盗賊団
「では、今回の盗賊討伐作戦を開始する!」
リュー騎士団長が、皆が集まった居間で指示を出す。
事前の説明を要約すると、帝国に侵略されて取り込まれた小国から、約二百名の兵士達が不満を抱き逃走。亡命を希望したが人数が多く、行動も粗暴であったため拒否したところ、案の定盗賊と手を組み商人を含む荷馬車を襲撃する様になった。
……受け入れなくて正解だったな。
拠点は王国内、帝国との国境付近の山中である。元兵士なので無駄に練度が高い。
「我々の初仕事だ!全員気合を入れてかかれ!私と雫、ティアは残る!他は全員行ってこい!」
「「「了解!」」」
つまり、俺、キース、グレイヴ、スウィフト、カーリー、透、ヴァールの七人で数百人を殲滅、か。
時刻は朝五時。ほんのり明るいこの朝に、奴らの度肝を抜いてやる。
我が団のお兄さん的存在のキースとお姐さん的存在スウィフトの安心感はとても大きい。これなら勝てる。
朝の涼しく澄んだ空気が頬を撫でる。頼りになる仲間のお陰で、安心して戦いに臨める。前方から奥に向けて、切り立った崖の両側にくっつく様に建物がある。土木関連の魔法使いがいるようだ。
まず、透が着物の懐から取り出した札を投げる。式神というらしい。一見ただの文字が書かれた紙だが、それらは透の手を離れて自動で空を飛び奴らのアジトへ入っていく。待つことおよそ十分。それらが全て戻ってきた。
「どうやら人質等はいない様です。見張りが十数名。それと、なにやら一番奥が静かとのことです」
透が丁寧な口調で説明する。
静か?なんだろう。少し気になるが、まあ問題ないか。気づいていたとしても、殲滅することに変わりはない。
「行こう!」
グレイヴの号令で突撃する。十数名立っていた見張りの内、近くの半数は目にも止まらぬ速度で駆けるキースが双剣を振るい、残る半数をヴァールがコンパウンドボウで、一発も外すことなく制圧する。
一切砦内にこちらの存在を気取られる事なく見張りを全滅させた俺達は、そのまま砦内部に突入する。仕掛けてあった幾つもの罠も、透の式神が看破していたので気にならない。
「ノア、頼む!」
鋼鉄製の扉は、俺が手で溶かしてこじ開け、二股に分かれた道を、二手に分かれて更に侵入。スウィフト、俺、透、ヴァールの四人は迷わず右へ。他は左へ。
暫く駆け足で進むと、大きな広間に出た。悪趣味な骨のオブジェや、獣皮の絨毯。そして、カード遊びに興じたり、略奪品を数えている数十人の盗賊ども。
それが視界に入った瞬間、スウィフトは虚空に手を差し伸べる。掌を天に向けるような、恭しい動作。
その手にカシャンッと軽い音を立てて、空間から湧き出る様に現れたのはか細い造形の銃。黒光りするそれの銃身は無数の穴が空いた筒で覆われ、銃身の下には長いマガジン。小振りのグリップが申し訳程度にちょこんと付いている。連射に特化した銃。SMG、サブマンシンガンというやつだ。
敵はナイスバディのスウィフトが突然現れ銃を向けてくるのを見て、一瞬動きが止まる。動き出す前にスウィフトは躊躇いなく引き金を引く。
「バイバーイ」
カララララッと軽い音が響き、空薬莢が宙を舞い、同じ数だけ敵も倒れ伏す。俺も途中からスウィフトの射撃を補助するために、銃身内部の火薬の爆発を無理なく強化。ガラララララララッと悪辣な音を奏でて連射されるそれによって、敵は瞬く間に沈黙した。
弾を爆発させたり衝撃波を放ったり、バリエーション豊富な攻撃で敵を殲滅したスウィフトと目が合う。どう見ても行き止まりだ。透を見ても、ふるふると首を横に振っている。
討ち漏らしが無いことを確認した後、即座に来た道を引き返し、もう一つの集団と合流を図る。前方の敵数十人を纏めて斬り払うグレイヴと、鎖分銅で実力者の足を引っ掛け隙を作るカーリーらと合流。
その後も盗賊どもを蹴散らしつつ更に奥へと向かう。最終的に、頭領の部屋であろう豪奢な扉の前についたのだが。そこで俺たち全員の足が止まった。ゾッとする程の威圧感と殺気。冷や汗が出てくる。
魔王を優に上回り、百人隊長などという存在が間違っても出せないであろうその、全身を圧し潰すような圧迫感。犠牲を覚悟しても勝利できるか怪しいレベル。既に相手も、こちらに気づいているはずだ。
全員で目配せした後、ゆっくりと扉を開こうとする……そんな俺達を押しのけて突然グレイヴが扉の前に立ち、気合と共に聖剣を振りかぶり、斬りつけた。
「ハアアアッ!」
日に三度しか使えない、間合いを伸ばす能力。奇襲する気か。マズいな。
「止せ!」
キースが珍しく大声を出すのとグレイヴの聖剣がスパッと部屋の扉を斬り裂き、そのまま部屋の中へ斬り込んだのはほぼ同時だった。
そしてそのまま、何でも斬れる剣は部屋の中の人物を斬……ろうとしたのだが、あっさり聖剣が止められる。
いくらグレイヴが力を入れてもびくともしない。あり得ない事態に全員が動揺するが、こうなったら入らない訳にはいかない。勝手に仕掛けたグレイヴへの不満を押し殺し、室内に突入する。
すると部屋の中には、略奪品であろう豪奢な机に椅子、キングサイズのベッドに、繊細な刺繍の絨毯や革張りの椅子。それらにミスマッチな、悪趣味なオブジェの数々。
しかしそれらを鑑賞する暇など無く、俺達は相手から目を離す事が出来ない。
グレイヴの聖剣を防いだ、血の滴る金色の槍を右手で握った妙齢の女性。サラサラの紫の長髪に、黄金の怪しい輝きを放つ眼。壁には大きな穴が空いており、倒れ伏した頭領を始末したばかりなのは間違いない。
「何のつもりじゃ?」
女が口を開いた。口調の割に、声は若々しい。
「申し訳ありません。こちらの若い者がとんだ失礼をしました。私達は元勇者一党の騎士団で、敵対するつもりは全くありません」
身動きが取れない俺達を他所に、一番歳上で、動揺を素早く鎮めた透が口を開く。女がこちらを直視する。
(マズい)
こいつに即座に対応出来るのはカーリーとキース、それと奥の手を使った透の三人だけだ。どうする?
女は俺達をガラス玉の様な目で見て答える。
「儂は帝国十二神将序列二位、モーガン。此度は逃亡し、帝国の名に泥を塗った痴れ者共の始末に来た」
若々しい声と裏腹に高圧的口調と、それに伴う圧倒的重圧。しかし一先ず話をするつもりはある様だ。
序列二位と言えば、帝国でも二番目の実力者だ。戦闘になれば、犠牲を覚悟しなければならないだろう。
「とんだ失礼をしました。先程も言った通り、こちらに争うつもりは全くありません。その死体を引き渡してくれさえすれば、すぐにでもこの場を去るつもりです」
「左様か。ではこのゴミの始末は任せる。好きにするが良い」
「感謝します。しかしここは我が王国の領土内。申し訳ないが、そちらも速やかにお引き取り願いたい」
これ程の圧迫感を前にしても顔色一つ変えない透には恐れ入る。俺は脚の震えが止まらないのに。
「良いじゃろう。儂は戻るとしよう。賊の始末の為とはいえ、侵入してあいすまんかったの」
見た目少し雰囲気を和らげて、スッとモーガンは手を差し出す。握り返そうとした透を制し、何故かキースが手を差し出す。
二人の手がガシッと握り合ったかに見えた瞬間、ゴギンッ!グギベキッ、と嫌な音がキースの手から聞こえてきた。次の瞬間、手を離し目にも止まらぬ速度で後ろにいたグレイヴにも、蹴りを一発叩き込む。ガードはなんとか間に合った様だが、相当痛そうな音がした。
(見えなかった!速い!こいつ、キースさんの手を握り潰しやがった!?しかもグレイヴにも!?)
カーリーは大鎌を構え、透は刀を抜いて、俺やヴァールの前に出て備える。
気色ばむ俺達を左手で制しつつ、キースは顔色一つ変えずに頭を下げた。
「ご協力に感謝する」
「ええじゃろ。それと、今のはちょっとした手違いじゃ。本に、申し訳ない。じゃが、こちらは手違いで首を斬られる所だったのじゃ。これ位は許せ」
先程の透の台詞をなぞった、皮肉のニュアンスが多分にぶち込まれた慇懃な物言いである。やはり先制攻撃を笑って許してくれる程甘い訳では無いらしい。このまま仕掛けてくるのか?
警戒する俺達を他所に、二人にダメージを与えたモーガンは、あっさりと壁に空いた穴から外に飛び去った。
胸を撫で下ろす俺達だったが、透はグレイヴを睨み、キースは歩み寄ってグレイヴの顔面を殴りつけた。ゴッ、と痛そうな音が響き端正なその顔が歪む。
「独断専行は控えろ」
静かにキースに言われ、グレイヴは恥じる様に俯いた。実力は確かなのだが、こういう風に直ぐに動いてしまう悪癖があり、何度も仲間を危険に晒してきた。相手の脅威が明確な場合はすぐに仕掛けてしまう。大きな問題だ。
因みにキースの手を見たが、折られたハズのその手には、既に何の外傷も見られなかった。相変わらずの化け物っぷりだ。
その日は死体を回収し、それ以上余計な問題が起こる前に撤退となった。今回の件、問答無用で先制攻撃を仕掛けてしまったのはこちらの落ち度なので、国境侵犯について帝国に文句を付けることは出来なかった。
帝国とぶつかるような事態になったら、今みたいな奴とも戦うことになるのだろうか。考えたくない未来だ。