ガレット
ギルドの窓口で紹介状を渡すと受付嬢が血相を変えて走っていき、その後すぐに奥からのっそりとスキンヘッドで色黒の偉丈夫が出てきた。中立都市最強。騎士団全員の顔馴染み、ガルドだ。
「ふあ〜、アルゴスの爺さんの推薦だって?どんな奴か……って、ノアじゃないか!久しぶりだな!本当に鍛える必要あんのか?」
「俺、最近ちょっと力不足気味なんだよ……」
先日、犯罪者から逃げるしかなかった自分を思い出す。もっと周囲に被害を出さない戦い方等、課題は多い。
「ガハハハ、なるほどな!そういうことなら任せろ!また鍛えて欲しいんだな!ついて来い!」
ガルドは話を進めるのが早くて助かるが、本人が指導してくれるのだろうか。
後ろに目を閉じた儚げな灰色の髪の美女、イリスと、青髪の女の子、ガレットもいる。
ガルドの後についていくと、ギルドの奥、とある部屋に通される。そこには立派な木製の扉が一つあった。転移門に似ているが、文字盤が無い。中に入ると、そこには足元に砂が敷き詰められたコロッセオの様な空間が広がっていた。空は青いが、よく見ると天井に青く水彩で描かれているだけと分かる。
その中心に向けて、ガルドの後ろを歩く。
「ここに他人は入れない。安心して全力を出せ!さあ、行くぞ!」
コロッセオの真ん中に至るやいなや、ガルドに告げられる。師匠と言い、戦場に出たことがある人は話が早い。早過ぎるくらいだ。
「いきなりかよ!」
慌てて片手剣を抜いて構えをとる。
ガルドは鉄球が先端にある、鎖が巻きついた棒を持っていた。見た目はただの木の棒に金属の鎖と球だが、何か普通の素材とは違うような圧迫感を感じる。
「そう、まずは模擬戦。言っただろう、実力を見ると!じゃ、ガレット、後は頼む」
「いや、今の流れでガルドじゃないの!?」
やっぱりガルドが指導するんじゃないのか。俺が落胆していると返事が返ってくる。
「ガハハ、当たり前よ。俺がやったらすぐに勝負が終わる!」
中立都市最強と名高いガルドの名は、王国中にも知れ渡っている。実力者のガルドに指導を受けられないことに、内心がっかりしながら相手を観察する。
ガレットが出てきた。青髪でロング、身長は俺と同じくらい。片手に蒼く輝く結晶の様な材質の剣を持っている。面識はあるが、ガルドと違って本格的に指導をしてもらったことはない。
関係は少し年下の生意気な友人といったところか。彼女の攻撃は反応しづらいので全方位に気を配り、いざとなったら全身から炎を放出して近づけない様に準備する。
「この空間では殺意無き攻撃は相手の命までは届かん!無用な心配などせずにガンガン攻めろ!二人とも!」
そういう事なら全力で行く!ガレットは中立都市でガルドに次ぐ実力者と聞いた。手を抜く余裕などない。
「久しぶり、ノア。よろしくね」
「ああ、よろしくガレット!」
知り合いなので、挨拶は手短に済ませる。
「オーケー。それじゃ、挨拶も済んだことだし、チャッチャと済ませようか」
ガレットは右手を出して先手を譲ってくれる。
「いや、先手は譲るよ」
しかし断る。後手の方が相手を観察しやすいし、俺の性格に合っている。
「ふーん?分かった」
ガレットは面白そうに片眉を上げる。強いのは分かるが、余裕ぶってやがる。
(その余裕を崩してやる。まずは様子見。間合いと能力の強度を測る!)
以前軽く相手をした時は大分加減してもらったので、今回はどの程度の力加減で来るのだろうか。相手を観察しながら炎剣を発動し、炎を放出する準備をする。
「行くよ?」
相手の確認に、首を縦に振る。
相手の動きを見る為に目を見開き、炎を放出する用意も万全。
そうして凝視していると、ふっ、と相手が突然、視界から消えた。
考える間もなく反射的に俺は全身から爆炎を放つ。後ろから手応え。そこか!
「ハァァァァッ!」
裂帛の気合いと共に、振り向きざまに緋剣を横一文字に薙ぎ払う。炎が尾を引き、一瞬緋色の線が空中に走る。対するガレットはブリッジでもするかの様に膝を曲げて大きく身体を後ろに倒して避け、その低い体勢のまま、脚を支点に横回転して斬りつけてくる。
「うっ!?」
予想外のトリッキーな動きと、大きく剣を空振ったせいで俺の体勢が崩れる。なんとか牽制を兼ねた爆炎を足から放出。空中へ避難しようとするが、そこにガレットの剣が襲い掛かる。突然、ガレットの剣が蛇の様にくねって俺の首を狙ってきたのだ。
「ッ!」
身を捻り、苦し紛れに炎を口から噴き出すが、それを特に防御もせず、真正面から受けきったガレットは俺の首に剣を突きつける。
「私の勝ち!」
「クソッ!?やっぱ強い!」
ニヤリ、としてやったりと言わんばかりの笑みを向けられる。ちょっとムカつく。
ガレットに剣を下ろしてもらい、刹那の交錯の疲労と、苦い敗北の味を噛み締めていると、ガルドが近づいてきた。
「ガハハハ!やはりこうなったか!どうだ我が義娘は!」
「娘!?」
思わず声が大きくなる。ゴリラみたいなガルドと、細くて可愛いガレットが親子!?
「ああ、と言っても義理のだがな。それとシエスタ、お前からも何とか言ってやれ」
なんだ義理のか。ビックリした。以前から疑問に思っていたことだが、全然似てないので娘というのは冗談かと思っていた。
ガルドが後ろの儚げな灰色の髪の美人に声をかけると、目を閉じたままその人は答えた。
「シエスタと申します。治療術師です。目は見えませんが、魔術は使えます。よろしくお願いします」
と言いながら綺麗なお辞儀をした。玲瓏な声が響いて耳にとても心地良い。
この人とはほぼ関わりは無いが、この世界でも最高レベルの治癒術師だということは知っている。
こちらも当然お辞儀を返す。
「ガハハハ!お前は何度もボコされて、コイツの世話になるだろうからな!今の内から拝み倒しておけ!」
ガルドの言葉に少し俺は顔を引きつらせた。
しかし、そんな事より気になることがある。さっきガレットが見せた特別な身体操作とトリッキーな動きについてだ。今までは普通に友人として過ごしてきたので気にしなかったが、やはりこの気配と異能は……
「なあ、ガレットってもしかして、魔人族だったりするのか?」
ガルドは一瞬答えに窮したが、ガレットはあっさり答える。
「あーバレちゃった?その通り!どうする?気になるんだったらお父さんに指導してもらうことも出来るけど」
俺は先日まで勇者と一緒に魔人族、特に魔王と戦ってた人間だからな。普通嫌がると思うよな。
「いや、穏健派がいるのは知ってるし、問題無い」
俺の仲間、剣の勇者グレイヴは魔人族が大っ嫌いだからガレットにも危害を加える可能性がある。訓練についても皆には伏せといた方が良さげだ。勇者の件といい、どんどん秘密が増えていって少し疲れる。
魔人族は基本的に、自分の身体の形を自在に変えることが出来て、その上異能や魔法も使う。人より頑丈で素早く動く身体と凄まじい回復力、トリッキーな動作は対応が難しい。
特に、身体を一瞬で形態変化する事で可能となるテレポートじみた速度の攻撃や移動は、魔王討伐の大きな障害だった。魔人族は幼い頃から成長が早く、成人してからは成長がほぼ止まり歳をあまり取らない、つまり寿命で倒れることが滅多にないという強みがある。
ガレットは俺と同じくらいの年齢に見えるが、実際の年齢は十四歳といったところか。見た目からすると悪戯っぽい言動も、精神年齢が追いついていないからだろう。
「それとノア、気になったところがあるんだけど」
「ん?」
「ノアは騎士団の人達と一緒に戦ってきたんだよね」
「ああ」
「だからかな。一発目は炎を出してうまく牽制してきたし、剣を振るって攻撃してきた。でもその後は、私の動きに全然ついてこれてない。仲間と戦うのが前提で、一人で長く戦うのが苦手なのかも」
「確かにその通りだと思う。今後の模擬戦で解決したい問題の一つだな」
ガレットは暫く顎に手を当てて思案した後、コクッと頷いた。
「そっか。分かった。じゃ、そういう事で。私達はもう用事があるから、また明日の午後、ギルドに来て」
いきなりアポ無しで押しかけて腕を見て貰えただけで上出来なのだから、こちらに否やを言う権利は無い。ガレット達に礼を言い、頭を下げて帰ることにした。
――――――
ノアが帰った後。ノアを見送っていたガルドは、ガレットとシエスタに問いかける。
「あいつ、どう感じた?」
「力不足と仰ったり、最初からご自分が弱い事を前提に話を進めている様でした」
シエスタはゆったりとした口調だが、目が見えずともズバリとノアの周囲へのコンプレックスを指摘した。
「動きも悪くなかったけど、やっぱり後方支援って感じ。守ってくれる仲間を前提に戦術を組み立ててる」
更にガレットが戦闘の観点から補足する。
「周りが強過ぎて、中途半端に成長が止まっちまってる。努力でのし上がってきた奴らがよく引っかかる壁だ」
ガルドは呟いた。普通は実力と共に自信も育っていくが、周りが強過ぎるといくら強くなっても自分の成長が分からなくなる。
「気持ちは分かるけどね。凱旋パレード観に行ったけど、パッと見で化け物が三人、他も全員強そうだったし。無理もないと思う。」
「ガレット、お前に任せるぞ。何とかしてやれ。生きて帰って来てるってことは、土壇場での実力は必ずある。それを引き出してやれ」
「りょーかい」
可愛い娘の頭を撫でながら、ガルドは思案に耽る。
(とは言え、このタイミングでアルゴス爺さんから推薦状か……少し気になるな。俺達を使ってノアの動きを改善させる狙いは分かるんだが……)
ガルドの耳に入ってきた幾つかの情報。一つは王国に関して、魔王討伐完了の報せ。そして、もう一つの大国である帝国に関して。現皇帝が老衰で、そう永くないということ。そして、第一皇子はゴリッゴリの帝国主義的思想の持ち主だという事。
(もし戦争になるのなら、勇者一党は王国側の主戦力。帝国側の化け物揃いの十二神将とぶつかることになる。ノア、か。素直でいいやつなのは分かったんだがな。正直言って今回討伐された魔王なんぞ、洗脳が上手いだけのテロリストに過ぎん。数百年の歴史を誇る帝国、その十二神将に比べれば大したもんじゃない)
大陸中最大の二つの国が激突する事で生まれるとてつもない時代の唸り。中立都市とノア達に降り掛かる災難を想って、ガルドは憂鬱そうに見せかけの空を仰いだ。