騎士団本部
「ん。だいじょぶ?」
「ああ、おかげで助かった」
ティアは周囲を警戒しながら、俺と一緒に歩く。
「あの変態がまた出てくるかも。気をつけて」
「りょーかいりょーかい。いや、とんでもない目に遭った。ホント、助かったよ」
俺が答えると、ティアが何かを期待する様にこちらをジッと見つめてくる。
ティアは少し顔を赤くしている。
なんだろう、この顔は。いや、分かった。これはご褒美が欲しいときの顔だ。経験上こういうのは、大概飯をあげれば上手くいく。
「あー分かった分かった、また飯奢るよ」
それを聞いたティアは一瞬、頬を膨らませる。
「うん」
しかし、すぐに頷く。
「ノアとご飯。嬉しい」
「ああ。美味い飯は、最高だよな!」
一瞬、美味い飯と言わず俺とご飯と言った意味が気になったが、まあ良いか。そのままティアと家路につく。
人通りのある所にまで来て、俺とティアはようやく安心する事が出来た。
先程までの暗い静寂と打って変わって、王都のメインストリートは賑やかだ。
そこを抜けて、更に兵団の駐屯地を過ぎて、騎士団の宿舎が建ち並ぶエリアに入る。
目的地に着いて、ティアは呟く。
「着いた」
デカくてボロい木造3階建ての激安物件みたいな建物が目に入る。何故かこぢんまりとした日本庭園が申し訳程度にくっついたそこが、我らの新騎士団本部である。
ティアと二人きりの時間が終わるのは名残惜しいが、ガチャッとドアを開けて中に入る。
今日は騎士団の全員が揃っている様だ。
「やあノア、お帰り」
声を掛けてきたのは勇者グレイヴだ。無造作に足元に転がされているのは、見る人が見れば目を剥く逸品。黄金に輝く両手剣、聖剣である。
「お、ノア!酒飲むかー?」
ジョッキ片手に声を掛けてきたのはスウィフト。黄色い髪にブラウンの眼、ナイスバディを誇る我が団のお姐さん的存在だ。
「ノア、もう準備は出来てますよ」
異世界人である藍染透は、座って抹茶を飲んでいる。着物とゆったりとした空気を纏い、いつも穏やかな人だ。緑っぽい色合いの黒髪に、渋い抹茶の様な緑の眼をしている。ただ、両手に嵌められた金銀二つのブレスレットが圧倒的ミスマッチだが。
「……」
黒髪に深い藍色の切れ長の眼、キースさんもいる。黒い服に、藍色の外套をいつも着ている。我が団でも最高クラスの実力者であり、寡黙ではあるがとても優しい。
「よっ、ノア。隣あいてるぜ」
同年代で親友の、ヴァールも声を掛けてくる。革鎧を着ていて、戦闘では弓矢を使う。お調子者だが良い奴だ。
「早く……食べたいね……」
カーリーも座っている。筋骨隆々の長身と、髪の短さも相まって、一見すると男に見える。ズボンを履いて、地味なシャツ。格好に反して本人の性格が静かなせいで、快活なイメージは全く無い。
「お茶が入りました!」
青みがかった黒髪の少女。俺の一つ歳下で、我が団の天使。着物を着た、藍染雫ちゃん。透さんの娘であり、コバルトブルーの瞳がとても愛らしい。くるくると配膳を手伝う姿には、リスの様な愛嬌がある。
「ノア君、お疲れ様」
位は一番上なのに何故か配膳をしているのは、ボサボサの橙色の髪に緑色の優しげな瞳、我らが騎士団長、リューである。
俺とティアが席に着いてすぐに、食事の用意が済んだ。団長は両手を合わせて言う。
「いただきます!」
「「「いただきます!」」」
リューに続いて全員で唱和した後、箸やフォークに手をつける。
今日は六つの皿が、一人前だ。醤油とネギ、生姜をつけて頂く湯豆腐。ブリ大根と、貝で出汁をとった濃厚な味噌汁。醤油が掛かっているネギ入りの卵焼き。更に白米とほうれん草のお浸しと、全て和風の食事である。
透さんと雫ちゃんが作ったのだろう。
ウチの団には、晩飯は任務が無い限り必ず全員で食べる決まりがある。結束が強くなるのでとても良い習慣だし、暖かい空間を作るのにも役立つ。
「いやぁ、魔王討伐も終わって暇になったことだし、これからはのんびり休ませてもらおうかな」
リュー団長が言うと、
「そうそう、俺ら大活躍だったもんな!寧ろもっと休み伸ばしてよくね?」
ヴァールも同意する。
「いやいや、ヴァール、アンタは人のこと言えないよ〜?だって一番働いた団長が、一番休み短いんだからねぇ」
スウィフトが世知辛い団長の休暇事情に触れる。
「その通りです。リューは今回、一番頑張っていましたよね。何でしたっけ、私が全員、必ず倒す!でしたっけ。アレはカッコ良過ぎましたね」
透さんは団長の黒歴史をほじくり返すのが大好きだ。
「団長、カッコイイー。すごーい。惚れちゃいそー(棒)」
ティアがそれに乗っかる。気に食わない。団長が本気にしたらどうする。
団長、褒められたからって調子乗るなよ。ティアは譲らねーぞ。
ティアの発言を聞いて、口には出さないが、俺は団長に殺気を送る。
そうしていると、何故かヴァールに呆れたような眼で見られた。意味が分からん。
「や、やめろ!やめるんだ皆。そんな事よりノア君、帰りが遅かったじゃないか。何かあったのかい?」
そして団長は、必死に話題を逸らそうとする。
「そうそう、あん時の団長、チャック全開でカッコつけるもんだから、アタシもう笑っちまっ……そういやそうだね」
スウィフトも一旦、団長の恥についての話をやめて俺の方を向く。俺はちょっと、団長のチャック事情に興味が湧いてところだったのに。
「何かあったのか」
キースが静かに尋ねる。
「いや、それが実はファントムに出会して……」
「ファントムぅ!?」
「おいおいあのイカレ犯罪者かよ!」
全員が身を乗り出す。
カーリーも食べるのをやめて、ズボンの裾を直しながら俺の方を向く。
「どう……なったの……?」
「ノア、逃げてた。わたしが助けた」
「おいおいノアー?そんなんで良いんかー?んー?」
ティアが言うと、俺のティアへの恋心を知っているヴァールが、茶々を入れてくる。
ニヤけたその面に、パンチを打ち込みたい衝動を堪えて平然と返す。
「ヴァール、お前は自分の部屋のお宝の心配だけしとけ」
「???」
他の皆が怪訝そうな顔する中、ヴァールは一気に縮こまる。
「サーセンしたっ!ノアさんマジ勘弁して!だからその話は……」
「フンっ」
数年来の親友である俺は、ヴァールの部屋のエロ本事情を熟知している。この弱みがある限り、コイツをこれ以上調子に乗らせることはない。
「犯罪者と間違われるとは、相変わらずノアは運が悪いね!」
グレイヴは珍獣を見る様な目でバカにしてくる。
「プッ、ホントホント。これじゃ恋愛もどうなるか分からねぇな!」
「何だとこのヤロ!」
コイツ、まだ言うか。調子に乗るヴァールをヘッドロックでシメる。
「ギャー参ったギブ、ギブだって!」
皆が笑い、居間は和やかな雰囲気に包まれる。戦いの日々も終わり、緩やかな時の流れが団の中に戻っていた。
こうして、賑やかに夜は更けていった。因みに、その後当たり前のように話題は団長の黒歴史に戻り、団長は半泣きになってベッドに入った。