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凱旋

耳が痛くなるほどの歓声が左右から聞こえてくる。轟々と唸るそれに俺は圧倒される。紙吹雪や横断幕、魔法で放たれた花火等が目に鮮やかでチカチカする。それら全てが、俺に……ではなく、その横の勇者サマに向けられている。


 この剣と魔法、そして異能の世界において、勇者程特別な存在はそうそういるものではない。ましてや、人類を脅かしてきた魔王を倒した勇者であれば尚更だ。


 金髪碧眼の青年。腰に吊り下げた、金色に輝く両手剣。The・勇者である。見た目に相応しく、剣技も半端なものではない。


 対して俺は黒髪に赤い眼。まだ十代。腰に吊っている自慢の剣は紅く、宝玉が埋め込まれていて立派だが、生憎誰も注目していない。炎魔法で味方の支援をするのが基本的な仕事で、正面から戦うことはあまり無い。勇者は二十代、俺は十代。やってることは同じで、歳も変わらないハズなのに、何故こうも差が出るのだろうか。


「ノア、大丈夫かい?顔色が悪いよ」

「大丈夫。ちょっと気疲れしただけだよ」

「なら良いんだけど……」


 勇者パーティに入って三年。初心者から必死に鍛えて、何度も死にかけながら今日、やっと帰ってきた。しかし、誰も俺のことなんか見ちゃいない。そう思って落ち込んでいた俺の眼に、こちらを指差す人が飛び込んでくる。


(おっ、見る目がある奴がいるな。うんうん、やっぱりこうでなくては)


 気になったので意識を集中して話を聞いてみる。


「ねぇあの人、指名手配犯の奴に似てなーい?」

「あー!めっちゃ似てるー!キモーい!」


 ハイハイ。指名手配犯に似てて悪かったな。あれで聞こえてないと思ってるんだろうか。声を潜めても丸聞こえなんだよ、俺の耳には。別に聞こえたところで嬉しくはないが。


 勇者がメインディッシュだとしたら、俺などは前菜に過ぎないらしい。キラキラのオーラを纏っているかの様な剣の勇者、グレイヴを見ながらそう思う。


 周りの面子を見ると、今回の魔王討伐に出向いた我が騎士団は相変わらずとんでもない実力者揃いだった。俺を含めたったの十人で魔王に挑み、それまでの敵も、犠牲を出さずに薙ぎ倒して行った。


 大通りを抜けて城門をくぐり、いくつかの通路を通って王城の広間に入る。辿り着いた広間では、相変わらずの太ったお腹を摩りながら、国王という名の肥満体のオッサンが、よくやり遂げてくれた、などと上から目線でのたまってくる。しばらく勇者を慰労する名目で長々と唱えられる、つまらない言葉の羅列を聞き流さねばならない。


「キャー、勇者様ぁカッコいいですわぁ」

「惚れ惚れしますぅ」

「ハッハッハッ。真に、勇者様は素晴らしいお方だ」


 キャッキャウフフと姦しく。ウヘヘアハハと浅ましく。金銭と名誉への欲を、貼り付けた笑顔の仮面に隠した奴らがすり寄ってくる。


「いえいえそんな事は……」


 勇者の周りには取り入ろうとする者か玉の輿狙いの女ばかりが寄ってくる。狙いが見え見えなのに笑顔で対応するグレイヴには脱帽する。俺にはとても無理だ。


 魔法技術で空中に浮かべられた皿の数々から、芸術品のように美しく彩られた料理を取っていく。つまらない交流に興じるよりも、どうせ捨てられてしまう美味い飯を楽しんだ方が良い。


 広間を埋め尽くしそうなほど大量に浮かんだ皿なんて、食べきれないだろうしな。


 と、その時、俺の目が妙な物を捉えた。グレイヴの聖剣が一瞬妙な光を放った様に見えたが、周囲の誰も反応していない。まさか誰も気付いてないのか?


 急いで駆け寄って、グレイヴに声をかける。


「グレイヴ、様子が変だぞ。何か身体に不調は無いか?」


「いや、僕には何も感じ取れなかったが……山育ちの君が言うんなら何かあるんだろうね」


 グレイヴは虚空に手を差し伸ばして唱える。

「ステータス」

 俺からは見えないが、グレイヴの目の前には、青白く自らの情報が記された表が浮かび上がっているはずだ。

 すると、グレイヴは大きく目を見開いた。


「無い……」

「どうした!?」


「勇者の称号が無い……」


「何だって!」


 慌てて俺もグレイヴに表を可視化してもらい、中身を見る。名前、性別、年齢、装備、能力、魔法、そして最後に……称号。だが最後の一つだけがものの見事に空欄と化していた。


「嘘だろ!?」


 俺が思わず後ずさったその瞬間、俺の紅い片手剣が、オレンジの眩い光を放った様に見えた。周りを見ても、誰も気付いていない様だけど。


「前代未聞で……!」


「こんな……どう……すれば……」


 どんどん紛糾していく広間から人の合間を縫ってひっそりと抜け出した俺は、バルコニーでこっそり唱える。


「ステータス」


 するとそこには、名前ノア、性別男、年齢16。そして称号……


         勇者



 金色に輝くその文字を見て、俺は声を潜めて頭を抱えた。


「嘘だろ……」


 騒ぎがますます大きくなっていく中、俺はその場から動くことが出来なかった。

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