……ふざけるんじゃねぇぞ鳥頭
本当に、まったくもって困ったことに。俺はクーラの思惑を理解できてしまっていた。
「やれやれ……」
だから、つないだままだった手を放して立ち上がり、数歩分の距離を取って向き直る。
「やっぱり、そうなっちゃうんだよねぇ……」
向けられるクーラの顔に浮かぶのは、どこか困ったような表情で。
「ああ。お前だって、予想はしてたんじゃないのか？」
「……まあね。それでも、ささやかな望みはあったんだけどなぁ」
「それは残念な話だ。だがまあ、世の中ってのはままならないものらしいぞ？……これも師匠の受け売りだけどな」
「だよねぇ……。私だってさ、そのことは身に染みてるよ」
「だろうな。なにせお前は、1600年近くも生きてきたんだからな。……いや、『時隔て』も含めたら、少なく見ても3000歳近い計算になるのか？」
「……あはは。それも間違ってはいないと思うけどさ」
「同い年と思っていたお前は、実際にはとんでもなく長く生きてたわけだ。先輩たちやエルナさんどころじゃない。師匠や支部長よりもずっと年上だったなんてな。見た目からは想像も付かなかったというか、若作りにもほどがあるだろ」
「……あまり歳のことを繰り返すのは勘弁してほしいかな。さすがに微妙な気分になってきたんだけど」
「はは、悪かったな」
「そうだね。というかさ、女性に歳の話をするのは失礼だっていうのが一般論でしょうが」
「……そういえば、そんな話もたまに聞くっけか」
交わすやり取り。流れる雰囲気だけならば、きっとそれは俺たちの日常――いつもの朝とよく似ていたことだろう。こんな時だってのに心地よくて、ずっと続けていたいとすら思えてしまう。
「……君ってさ、外面の割には、意外と聞き分けが悪いんだよね」
「さすが悪友、よくおわかりで。とはいえ、敬意を抱いている相手の言葉は、なるべく真摯に受け止めるつもりではいるんだがな」
「なるほど……。クラウリアはともかく、私は尊敬には値しないってことかな？」
「そうじゃないさ。エルナさんの店で働く看板娘にだって、俺は敬意を払っているぞ。ただまあ、時と場合によりにけりってやつだ。尊敬してる人に言われたからって、なんでも無条件で丸呑みにするのは、何かが違うだろう？」
「つまり、今は時と場合によらないってことか……」
「そういうことになるんだろうな。……残念なことに」
「ホント、残念だよ……」
「「はぁ……」」
ふたり揃ってため息。
「……ふざけるんじゃねぇぞ鳥頭」
だけど、俺はそんな空気をぶち壊す。そうせずには居られないほどに、頭に来ていたからだ。クーラのため息がどんな意味合いだったのかは、想像するくらいしかできない。だが俺の方には、煮えくり返るはらわたが発する熱が結構な量、含まれていたことだろう。
「自分が犠牲になればいいなんてのは傲慢な考え方だ。少し前にそう口にしたのは、どこのどいつだった？三歩すら歩く前に忘れたか？」
「……忘れたわけじゃないよ」
「じゃあ、お前がやろうとしていることはなんだ？俺が人形にされる未来を現実のものとしないためか？なるほど、それはありがたい話だ。俺だって、そんなのは遠慮願いたいさ。けどな！そのためにお前ひとりに痛みを背負い込ませるなんてのは、我慢ならないんだよ！」
「できれば、わかってほしかったんだけどね」
「一応、お前の言い分自体は理解したつもりだぞ。だが――」
「納得はしていない、ってことだよね？」
「ああ」
器量よしで気立てが良く、明るく気さくな看板娘。毎日のように顔を合わせる間柄で、気安く接することのできる悪友。実は伝説的に語られる英雄その人で、俺にとっても恩人。そして、色恋の対象として俺のことを好きだと言ってくれた初めての女性。
そんなクーラがひとりで痛みを背負い、俺はそのことすらも忘れてのうのうと。納得なんてできるものか。
結局、俺が行き付いた先はそんな身勝手な答え。まあ、クーラだって自分の考えを身勝手と言っていたくらいだ。そこを非難される筋合いはないことだろう。
「よーくわかったよ……」
ため息混じりのその言葉は、俺の言い分に納得したというわけではなくて、
「君の言いたいことは理解した」
「まあ、そうなるよな」
俺だって、これくらいでクーラが折れてくれるなんてことには、申し訳程度の期待くらいしか抱いていなかった。
「けどさ、いくら君の望みでも、それだけは聞いてあげられない。私の中にだって優先順位はあるの。そして私にとっては、君が君であることを奪わせないっていうのは、君の命の次くらいには大事なことだから」
「たとえその手段が、お前の望まないものだとしても、か？」
「そうなるね。私を阻止できるのは私だけ。そしてそのためには、私は君の前から居なくならなければいけない。例えるならさ、左手の薬指を失うことと右腕を失うことのどちらかを選べ、って話だよ。誰だってどっちも嫌だろうけどさ、他に選択肢が無いんだったら、少しでもマシな方を選ぶでしょ？」
「だから……俺がお前の人形にされちまうくらいなら、お前ひとりが痛みを引き受けた方がまだマシだと。お前はそう言いたいんだな？」
「うん。だから……お願いだからさ、受け入れてほしい。こんな形にしちゃったのは本当に残念だよ。けど、君とは笑顔で握手して、気持ちよくお別れしたかった。君だって、私に同情してくれてる部分はあるでしょ？だから、私の最後のわがまま、聞いてくれないかな？」
「……奇遇だな。俺としても、別れの日には気分よく送り出してやりたいと思っていたんだが。まあ、仕方ないだろう？他ならぬお前が、そうさせてくれなかったんだから。ああ、本当に残念だともさ」
ため息をひとつ。今度のため息にも、さっきのそれを上回る程度には、はらわたから溢れてきた熱が含まれていたことだろう。
さっきから聞いてりゃ、好き勝手言いやがってからに。
なんだかんだと言ってはいるが、突き詰めてしまえばクーラの言い分は、自分が犠牲になればいいというもの。いい加減俺もキレかけていた。口にこそ出さなかったとはいえ、少し前に吐き出してクーラを泣かせてしまい、心底後悔した言葉までもが喉元までこみ上げていた。
何様のつもりなんだよお前は、と。
