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そのすべてが俺の宝物みたいなものだ

「私としてはさ、君のことをずっと見守っていきたいって思ってる。エルリーゼの中――世界を隔ててさえいなければ、常に君のことを見ていられるだけの技能は手持ちにあるから。むしろ逆に、君を見ずにいることなんてできそうもないかもしれないけどね」

「……お前は俺の前から消えるってのに、お前だけは俺を覗き見し放題かよ。勝手な話だな」


 収まる兆候すら見えない苛立ちが言葉に棘を混じらせる。


「ごもっともで」


 それでもクーラは気を悪くした様子も無く、肩をすくめるだけで。


「まあ、その代償ってわけでもないけどさ、もしもの時には助けるつもり。……というか、君がヤバい状況で手をこまねいているなんてのも、私にはできそうもないから」

「……勝手な話だな」

「……そうだよね。けど、私は君が幸せに生きていく未来を見届けたいの。そうしたらさ、私の身勝手でこの光景を失わせずに済んだって。少しはマシな気分で居られると思うから」

「……本当に身勝手な言い分だな」

「……自覚してる。まあ、身勝手ついでに言わせてもらうなら、君には素敵な相手を見つけてほしいかな、とも思ってる。できれば、私も知ってる人だったらいいんだけど、その範囲でまだ相手が居ない人ってのは、ペルーサちゃんくらいしか居ないんだよねぇ……。あと、支部長さんもかな?」

「……ペルーサはともかく、支部長ってのはあり得ないだろ」


 いくつ年齢差があると思ってるんだか。まあ年齢差と言う意味では、クーラはそれ以上とも言えるわけだが。


「ともかく?……まさか君ってば、ペルーサちゃんのことをそういう目で見てたの!?あの子のお姉ちゃん分としては、さすがにそれは許せないんだけど」

「アホかお前は!」


 決して軽くはない話をしていたところに何を言い出すのやら……


 たしか、俺とペルーサの年齢差は10。俺の両親も10歳差だったわけだし(ちなみにお袋の方が年上だったりする)それだけならば否定する理由とはならないだろうけど、


「さすがにそれは犯罪だろ。それくらいはわからいでか」


 それでも、15の俺が5歳の女の子相手と言うのはあり得ない。


 というか、そういう手合いがトチ狂った行動を起こし、結果として衛兵のお世話になるなんて話もあるわけで。師匠に連れられて旅していた頃には、そんなゲス野郎の対処に当たったことだってあるくらいだ。


「それもそうだね。……けど、10年後だったらアリだとも……いや、やっぱりそれも嫌かな。君の相手って、絶対に苦労しそうだから。ペルーサちゃんには、そんな思いはしてほしくないよ」

「……だろうな」

「……君さ、意味わかって言ってる?」


 俺としては素直に同意できたことなんだが、なぜかそんな怪訝そうな目を向けられて。


「当たり前だろうが。仮にペルーサとそんなことになったとして、迷惑面倒心配をかけまくるとでも言いたいんだろうが。それくらいは予想できるわ」

「……はぁ」


 怪訝そうだった目が、その温度を下げて。いわゆるところのジト目へと形を変えて、


「……何もわかってないし。……だから君はお馬鹿さんなんだよ」

「……馬鹿で悪かったな」

「うん。大いに悪いからね。そこは反省してよ」


 そんなやり取りは、毎朝の10分間に散々繰り返してきたようなもので、妙な安心感すら覚えてしまう。


 それこそ、クーラが居なくなるというのは、タチの悪い夢かなにかだったんじゃないかと思えるほどに。


「まあそのあたりは諦めるとしてもさ、君が本気で誰かを好きになって……ううん、理由はなんだっていい。君が望むなら、いつだって構わない。私に関する記憶なんて、全部奇麗に消してあげる」


 そんな甘い考えは即座に粉砕されてしまう。まあ、現実なんてそんなものだ。


「お前……意味わかって言ってるのかよ!」


 それでも、はいそうですかとは言えないわけだが。


「それはもちろん。君の枷になるのは絶対に嫌だからね。今度は封鎖なんて半端なことはしない。君を苦しめるような私との記憶なんて、全部消えちゃえばいい」

「お前はそれでいいのかよ?」

「……それ以外の記憶も消しちゃうことになるわけだし、君は大変な思いをすることになると思う。けど、そのあたりの埋め合わせはするからさ」


 記憶の消去というのは、特定の期間に起きたすべてが対象になるとのことだったはず。その場合、クーラと出会ってから今に至るまで。この5か月のすべてが、俺の中から消えてしまうわけで。相当に苦労することになるだろうとは予想できる。


 できるけど……


「そういう問題じゃねぇ!」


 また、声を荒げてしまう。


「それは、お前との思い出が根こそぎ無かったことにされちまうってことだろうが!」


 この5か月間、本当にクーラとはいろいろなことがあった。いいことばかりだったとは言えないだろうけど、認めるのは気恥ずかしくはあるけど、それでも認めてやる。そのすべてが俺の宝物みたいなものだ。


 そしてそれ以上に――


「共に過ごした時間も、今ここで話してくれたことまでも。そのすべてを忘れられて、お前は平気なのかよ!」


 一方的に忘れられるのは寂しいとクーラは感じている。それくらいは俺にだって理解できていた。


「……なんとかなるんじゃないかな、多分」


 軽い口調。


 本当にこいつはどこまでもどこまでも……


「寝言は寝てから言えよ」


 けれど裏腹に、その表情は必死に痛みをこらえているのがまるわかりで。


 今までの付き合いで、クーラがマゾヒストでないということくらいはわかっている。それなのに、なんだってここまでひとりで痛みを背負い込もうとするのか。


「そもそもの話としてだ、お前は俺に……その……なんというか……ほ、惚れてくれてたんだろうが!」

「うん。それは本気の本気」


 こっちは口に出すだけでも気恥ずかしいってのに、すんなりとうなずきを返される。


「それなのに……」


 なんで?どうして?


 結局はそこへと行き付いてしまう。


「……前提が違うんだよ。君の前から姿を消して、君の中から存在を消す。そうすることを受け入れたからこそ、すべてを包み隠さずに話すことができたの」

「だからどういう意味なんだよそれは?」


 だったら――記憶を消してしまうくらいなら、なんでわざわざ話したんだ?


「……私たちのさよならはさ、自称看板娘(クーラ)と君と出会った時から確定してたわけでしょ?普通に考えたら、そんな相手に『好きです』なんて言われても、迷惑でしかないと思わない?」

「……理屈ではそうなるんだろうけど」


 言っていること自体は、大して間違ってはいない。俺の場合は、迷惑なんてことはまったく思うこともなく、それ以前にこうして言われるまで気付けもしなかったわけだが。


「まして、そんな相手が抱えてたクソ重い過去を聞かされるってのも、ね?」


 確かに言われてみれば、それは世間的には十分に迷惑と分類されそうな話でもあるのか。こっちも今の今までそんな風には思えもしなかったわけだが。


「だったら……」


 当然のように出てくるのは、なんでそんなことをしたのかという疑問。ここまでの言動を見る限り、そういうのはクーラがやりたがらないようなことなんだが……


 ああ、そういうことか。


「そういうことかよ……」

「そういうことだね」


 思い至れてしまったこと。それは――


「どうせ無かったことになるのなら。場合によっては、このあとすぐにでもそうするつもりだったんだな?」

「正解」


 もしも俺にとって重荷になるのであれば、すぐにでも無かったことにしてしまえる。だからクーラは、すべてを俺に話すことができたというわけだ。


 そして――


「そこまでしなければ、話す気にはなれなかった。そういうことなんだな?」

「そうなるね。私のこれまで。今の私が抱える想い。そして私のこれから。どれも、君に話したかったこと。けれど君の重荷になりかねないことでもあったから」

「そうかよ……」


 ため息をひとつ。このタイミングでクーラが別れを決めたこと。そう考えるに至った道筋を俺は()()……できてしまっていた。

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