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俺にはその権利があるなんてほざくつもりもねぇけど、それでも聞かせろ

「君とはここでさよならになるんだから」

「さよならって……」


 告げられた言葉。それ自体は過去にも様々な形で散々耳にしてきたものだし、頭では意味も理解できていた。


「どういうことだよそれは!」


 それでも半ば反射的に声を上げてしまったのは、納得することができなかったから、なんだろう。


「心配しなくてもいいってば。別に君を亡き者にしようだとか、そういう意味じゃないからさ」

「そういう問題じゃ……いや、それはそれで困るんだが……」


 俺を亡き者にするくらい、(実力的な意味では)クーラには容易いんだということくらいはわかっているつもり。


 この場に捨て置けば、そう遠くないうちに飢えて死ぬことだろう。あるいは急ぎの理由でもあるのならば、跡形もなく消し去ることだって。それこそジャガイモの皮をむくよりも簡単なことなんだろうから。


「じゃあどういうことなんだ?『さよなら』ってのは、俺が知らない異世界の言葉だとでも?」

「そうじゃない。君がこれまでにも親しんできた『さよなら』と同じ意味で使ったんだよ」

「だから、なんでそうなるんだよ!」


 繰り返しで声を荒げてしまったのは、それだけ受け入れがたいものだったからだ。


 正直なところとしては、数年後に控えている『さよなら』。クーラ――この気のいい悪友が俺の前から居なくなるということすらも嫌だった。


 それでも、クーラが抱える事情を知って。それならば、別れの日にはせめて気分よく送り出してやりたいと。その日までにはそんな気構えくらいは作っておきたいと。俺はそう考えていたんだ。


「あと数年は王都に居るって、お前がそう言ってたんだろうが!」


 だというのにいきなりそんな話をされて。はいそうですかと言えるほどに俺は聞き分けがいい方じゃない。


「ちょ……!?痛いってば」


 それでも、握ったままの手に力を込めすぎたのは俺の落ち度。


「……悪い。頭に血が昇りすぎてた」


 だから、その点は素直に謝る。


「まあ、君が怒るのも当然のことだと思うよ。もちろん私としては理由が――」

「聞かせろよ。俺にはその権利があるなんてほざくつもりもねぇけど、それでも聞かせろ」


 とはいえ、気持ちが収まったわけでもなし。口調は荒くなってしまう。


「もちろん。君にはその権利があるだろうし。私としてもさ、君には納得してほしい」


 もちろんクーラはその程度でビビるような胆力の持ち主であるわけがない。その口調も表情も静かなままで。


「だからむしろ、聞いてほしかった」

「んで、どんな理由があるんだよ?」

「きっかけになったのは、『甘い牢獄』」

「あれか……」


 前に図書院で読んだ物語のひとつであり、その中でもぶっちぎりで印象が強かったものだ。まあ、どちらかといえば悪い意味でだったが。


「さっきも話したけどさ、読んだ物語の登場人物を君と私に置き換えて妄想するのを楽しんでたの」

「……あれも例外じゃなかった、と?」

「……好奇心には勝てなかったというか、ついやってしまったというか。まあ、そういうことだね」

「……そうなのか」


 今しがたの話題に出てきた『甘い牢獄』というのがどんなお話だったのかと言えばそれは――クーラリアという少女が意中の男性を自分のモノにするために暗躍し、男性の近しい人を片っ端から破滅させていくというのが前半部分。そしてその男性までもを破滅させ、ドン底まで突き落としたところで依存させ、溺れさせていくというのが後半部分だったわけで。


 その男性を俺に当てはめた場合、第七支部の皆さんにエルナさん、ルカスやペルーサあたりがクーラの餌食になってしまうという話になるんだが……


 まあ、考えるだけならば無罪ってことでいいのか。俺だって腐れ縁共とは喧嘩の10や20はやってきたんだし、その時には殺してやるぞと考えたこともあった。多分だが、あいつらだって似たようなことは散々やってきたことだろう。


「まあ、ネメシアちゃんたちに酷いことはしなかったよ。いくら妄想の中でだって、そんなのは嫌だったからさ。というか、私の場合はそんな遠回りなことをする必要も無かったわけだし」

「というと?」


 妄想の中とはいえ、クーラがそんなことをやっていなかったということに軽く安堵しつつも、続きを促せば、


「私だけを見て、私のことだけを考えて。私を愛し、私に愛されて、私に寄り添い続けることが何よりの喜びになる」


 静かに告げてくるのはそんなこと。


「そんな風に君の心を作り変えて、私に都合のいいだけの人形にしてしまう。その程度のことはさ、やろうと思えば簡単にできちゃうんだよね、私って。あとは仕上げで君に『時剥がし(ときはがし)』を施してしまえば、私はいつまでも君に愛され続けることができるでしょ?」

「……まあ、お前ならばそれくらいはな」


 淡々とした口調で恐ろしいことを言ってくれるわけだが、それすらも『クーラだから』で済んでしまう。


 身をもってその効果を思い知らされている『ささやき』や記憶の封鎖。他にも似たような芸当の100や200は備えていても驚きには値しないような奴なんだから。


「けど、それは妄想をしただけだろ?」


 だからって、なんでそれが別れにつながるのか。どうにも見えてこない。


「たしかにただの妄想だけどさ。問題なのは……それをきっかけとして、私の中に願望が芽吹いてしまったということ。いつまでも君を隣に居させたいという願望が。……それこそ、どんな外道な手を使ってでも、ね」

「……俺を人形にしたい。ってやつか?」

「うん。そして、そんなド外道な願望は、いつの間にか私の心の奥底にまで根を張っていた。……ついさっきのことだけどさ、酷い怪我をして、鼓動も呼吸も止まった君を見て、私が最初に思ってしまったこと、なんだったか当ててみて?」

「そうだな……」


 俺とクーラとでは、互いに対する認識が大きく違っていたらしい。それでも、互いを友人だと考える部分は共通していたはず。その上で考えるに……


「……大変なことになった、あたりか?」


 出てきた結論はそんなもの。呑気すぎやしないかとは思わないでもないけど、妥当なところでもあるとは思う。


「ハズレ」


 けれどクーラは横に首を振って。


「……………………こんなことになるくらいなら、無理矢理にでも君を私のモノにして、ずっと隣に居させればよかった」


 短くはない間が挟まれていた。多分そこには、クーラが抱く心境も含まれていたんだろう。


「なんていうかさ、信じられなかったよ。あんなことになってた君を見て真っ先に――案じるよりも先に浮かんできたのが、よりにもよってそれだったんだよ?……正直、自分があそこまでのド外道だとは思わなかった」

「いや、そこまで言うほどじゃないだろ。ほんの一瞬だけ、そう思ったくらいだったら……」

「そこまで言うほどのことなんだよ」


 クーラが自分を卑下することがなぜか気に入らなかった。だから否定しようとするも、即座に切って捨てられて。


「……切羽詰まった状況でとっさに出てくるのは心の奥底にあるもの。これってさ、たまに聞く話だよね?」

「ああ」


 師匠からだって似たようなことを聞いた覚えはある。


「私がこれまでに経験してきたことに照らし合わせてみても、それは本当のことなんだよね。それで、そんな状況で私が思ってしまったのは?」

「……俺を人形にしておけばよかった、か?」

「そういうこと」

「……あの日、あの物語を読むことを、無理にでも止めておけばよかったんだろうかな」

「……そういえば、嫌な予感がするって君は言ってたっけ。案外、こうなることを無意識のうちに予測してたりしてね」

「さすがにそれはないだろ?」


 そんな未来予知みたいな話があってたま――


「いや、そうとばかりも言い切れないよ?可能性が視えるっていう私の能力だって、似たような感じだし」


 ――るか、と思っていたことは、クーラには現実のものだったらしい。


「まあ、そのあたりはさて置くとしてもさ。君が悔やむ必要なんてこれっぽっちも無いから。私が勝手に忠告を無視して好奇心を優先させた結果がこの様なわけだし。ついでに言うならさ、あそこでクーラリアの物語に手を出してよかったのかも……ううん、あの時点でこの願望が芽吹いてよかったんだよ」

「……なんでそう言い切れる?」


 そのせいで、こんなにも早く別れを決意したんじゃないのかよ?お前だって、今の日常が好きだったんじゃないのかよ?


「だってさ、ただでさえ私は君に溺れかけてるんだから。これ以上君と居る今が続いたら、絶対に今以上に君のことを好きになってた自信があるよ。そうしたら、君と居る今を終わらせたくないあまりに、ね?」


 陽だまりを思わせるような普段のそれではなく、あまり見せることのない自嘲的な笑み。


「その先にはさ、人形にされてしまった君の姿しか見えないよ。多分それでも、私は幸せに浸っていられると思う。でも、君はそんなの嫌でしょ?」

「それはさすがにな……」


 自分が作り替えた人形であっても、きっとクーラは大切にしてくれることだろう。俺だって、それを幸福と感じるように心の在り方を変えられたのであれば、多分幸せでは居られるんだろうが、それでも抵抗はある。


「……私がその気になったなら、エルリーゼの誰ひとりとして……もちろん君でさえも、止めることなんてできない。私には、それだけの力があるから」

「……だから別れを決めたと?今だったら、別れを受け入れることができるからと。そういうことなのか?」

「うん。私としてもさ、そこまでは堕ちたくない。そして、君が君でなくなってしまうのも嫌なの。……正直言うとさ、今だってかなりギリギリな自覚はある。君とさよならするくらいなら……なんて考えが渦を巻いてるの。……まあそんなわけだからさ、クーラリアの物語はひとつの分岐点ではあったのかもしれない。だけど、あそこで別の選択をしていたとしても、何かしらの形では、必ずこの問題は発生してた。だからむしろ、手遅れになる前でよかったんだよ」

「そうかよ……」

「うん。そうなんだよ。それでさ、これからのことなんだけどね……」


 たしかにそれはあるだろう。何がどうあろうとも、俺にもクーラにも、これからというやつは存在しているんだから。


 もちろん、ここまでの話に納得をできたわけではない。


 付け加えるなら、さっさと先のことまで考えているというのが無性に腹立たしかった。

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