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別れを告げる時みたい……じゃないか

「それはそれと……具体的には、どれくらいの鍛錬を重ねたんだ?」


 急成長の理由には納得できて、次に気にかかるのはそんなこと。あの時に起きていた成長は、5年や10年はかかるんじゃないかと思えるようなもの。まあ、さすがに過去のクーラみたいに100年ってことはないだろうけど、それでも気になるものは気になるわけで。


「――年」

「……………………………………………………………………………………はい?」


 返された答えに間の抜けた言葉を漏らしてしまったのは、そこに含まれていた数字があまりにもあんまりなものだったから。


 どうやら聞き間違えたらしいな。


 そしてそう結論付ける。


 まだ耳が遠くなるような歳でもないだろうし、思考に意識を向け過ぎていたせいで、返答への注意が疎かになっていたに違いない。


 いかんな。これはさすがに、クーラに対して失礼だ。


「すまん。上手く聞き取れなかったみたいだ。今度はしっかりと聞くから、もう一度言ってもらえるか?手間をかけて悪いとは思うんだが」

「だから1200年」


 そうしてやってきた言葉は、今しがたに俺が聞き間違えと考えたものをそのままの繰り返しで。


「えっと……マジですか?」

「うん。大マジ」


 重ねて問うも、クーラはうなずきを返してくる。


「いや!?おかしいだろそれは!?」


 俺がそんな声を上げてしまったのも、無理ないことだと思う。


「1200年って……どういうことだよ!?」

「どういうことって言われても……1200年だとしか……」

「いや、そりゃそうだけどさ……」


 俺の心がクーラの中に混ざり合って鍛錬を重ねたという時間は――このあたりを普通に受け入れてしまっているというのもアレな話なんだが――あまりにもぶっ飛んだ数字で。


 いやまあ、5年なら問題無いのかとか、10年なら許容範囲なのかとか、100年はどうなんだとか、そんな疑問もないわけではないんだが……


 それにしたって1200年はさすがにないだろう……


「えっとね……一応は理由もあるんだけど……」


 まあたしかに、クーラにはクーラの理由があったというのも当然の話か。


「……聞かせてくれ」


 だから素直に耳を傾けることにする。


「まず前提として抑えておいてほしいのは……心技体、なんて言葉じゃないけどさ、心色の扱いっていうのは、心と頭と身体のすべてが重要になってくるの」

「それは俺も漠然とは理解してるつもりだけど……」


 心色の源というのは心で、身体の中にあるという色脈を通して発現するもので、その形は頭のイメージに依存。そのあたりは俺も知っていること。


「けど、あの時の君の場合は、というと……」

「……心だけが抜き出されて、身体と頭は時間が止まっていたような状態、だったか?」

「うん。それだとさ、当然ながら鍛錬の効率はガタ落ちしちゃうわけよ」

「……頭と身体は別だったわけだからな」

「まあ、心だけが重ねた鍛錬でも、いくらかは頭――イメージする力にも反映はされるんだけど。ともあれ、その対策として考えたの。効率が落ちるんだったら、その分だけ時間をかければいいじゃない、って」

「……間違ってはいないんだろうけど」


 理屈としては、なんて但し書きは付くが。


「でしょ?それでせっかくだから、限界に挑戦してみようかなって思ってさ」

「……その限界が1200年だった、と?」

「そういうこと。……さすがに疲れたよ」

「……さようでございますか」


 『時隔て(ときへだて)』の難度はさて置くとしても、1200年も維持しておいて「さすがに疲れたよ」だけで済ませてしまうあたりも……クーラだから、なんだろうかな。


「……あの時のお前が酷く疲れてたように見えたのも、それが理由だったんだな?」

「そうだね。ちなみにだけど、顔色をごまかしたのは、髪の色を変える技術の応用。とはいえ、我ながら迂闊だったとは思ってるけど」

「なんでそこまでしてくれたんだ……ってのは、愚問か」


 クーラが俺に対してどんな気持ちを抱いていたのか。それはさっき聞かされたばかり。


「うん。大好きな人を足蹴にされて黙ってられるほど、私は物分かりがいいわけじゃないから」


 そこまで想われていたってのに、まるで気付けずにいた自分が情けない。答えは急がなくていいと言われているとはいえ、俺なりにしっかりと結論を出すべきなんだろう。


 俺は、どんな結論を出すんだろうかな……。っと、そういえば、


「お前の方は大丈夫だったんだろうな?限界まで無茶をしたとのことだったが。というか、次の日も様子が変だったのはそれが原因だろ?」

「そうなるね。君にもエルナさんにも心配かけちゃったのは反省してる」

「いや、エルナさんはともかく、俺が心配したのはもうこの際どうでもいいんだが……。それよりもお前自身のことだよ」

「そっちは大丈夫。さらにひと晩休んだら、もう完全に調子は戻ってたし。それ以前に――」


 白いリボンで束ねられ、肩の前に垂らされた髪を揺らす。


「君からの贈り物が嬉しすぎて、疲れなんて吹き飛んでたかも」

「……そんなわけがあるか」


 クーラが喜んでくれたことは疑っていない。それでも、疲れなんてのは基本的には休息でしか抜けないもの。


 まあ、1200年も『時隔て』を維持した疲れがたったのふた晩でというのは以下略。


「まあ、そのあたりは気持ちの問題ってことで。あとさ、君に施した記憶の封鎖が解けたのも、その1200年間が理由だと思う」

「……そういえばそんな話もあったな」


 いろいろとありすぎてすっかりと流れていたが、記憶の封鎖が解けたのはクーラとしても想定外だったんだか。


「記憶っていうのはさ、基本的には頭に由来する部分が大きいんだけど、身体とか心もまったくの無関係っていうわけじゃないの」

「……身体が覚えてる、とかいうやつか?」

「そうそう。似たような感じ。それで、記憶の封鎖っていうのはね、心に干渉する技術なの。封鎖がほころびてたのってさ、あの1200年の後だったでしょ?」

「ああ」


 正確には、そのことに気付けたのが決勝戦の後だったわけだが。


「理由はシンプルで、1200年っていう時間の経過」

「なるほど」


 風化したようだと、そんな印象を抱いた記憶がある。たしかに、封鎖を施した時点のクーラが、1200年後まで俺が生きていることを想定できたはずもない。けれど現実には、『時隔て』の中で俺の心は1200年を過ごしていたというわけだ。


「付け加えるなら、夢鱗蝶(ドリームフロウ)の魔具が君に効かなかった理由も同じく、その1200年だったんじゃないかって、私は思ってる」

「……またポンポンと妙なところで話が結び付くな。んで、それはどういった理屈で?」

「君の心はさ、1200年の間ずっと私の中に居て、私の干渉を受け続けてたわけでしょ?だから、多少なりともその手の耐性が付いてたんじゃないかな、と」

「そういうものか」

「多分、だけどね」


 気が付けば、1584年前のことから始まった話は昨日へと移っていた。


 本当に、想像すらもしていなかったことがどれだけ明かされたのやら……


 少なくとも、昨日今日だけで、生まれてから王都に来るまでの15年分に匹敵する程度には驚かされたんじゃなかろうかとすら思う。


 クーラだけじゃなくて俺までが、アレな体験をしていたというのも完全な予想外。


「とまあ、私がやりたかった自分語りはこんなところかな。ありがとね、最後まで付き合ってくれて」


 そして、長かった語りもこれにて終幕ということらしい。


「どういたしまして」

「なにせ、1000年以上もずーっと、誰にも言えずにお腹の中に留め込んでたこともあったわけだしさ。ホント、スッキリしたよ」


 手はつないだままで、大きく伸びをする。なるほど、確かにその様には、どこか晴れ晴れとした様子があった。


「まあ、おいそれと話せるようなことでもないからな。けど、俺はこうして知ったわけだ。だからさ、今後も遠慮なく言ってくれて構わないぞ。愚痴でもなんでもいい。聞くくらいなら、いくらでも付き合うからさ」


 事実を知ったことで俺は、そういったこともできるようになったわけで。


「……………………今後も、か」


 けれど、そう相槌を打つクーラの声色はどこか沈んだもので、妙な違和感を覚える。


「けどまあ、またひとついい思い出ができたよ。他に聞きたいことってないかな?」

「いや、今のところはこれと言って思いつかないな」

「そう?遠慮なんかしなくていいから、なんだって聞いてよ。……私としてもさ、心残りを置いて行きたくはないから」


 心残り?


 そのフレーズがさらに違和感を膨れ上がらせる。


「これまで生きてきて、しんどいことも山ほどあったけどさ。君と過ごせた時間は、この上なく素敵なものだったよ。本当に、君と出会えてよかった」


 違和感はますます加速していく。


「これで、まだ私は頑張れる」


 ノックスで意識を失う――奪われる直前にも、似たようなことを聞かされた覚えがある。


「お前、何を……言ってるんだ?」


 問いかける声は、少なからず震えていた。


 だってそれは――


「別れを告げる時みたい……じゃないか」


 そんな風に思えてしまうんだから。


『あはは。たしかに紛らわしかったかも。ゴメンね。まだしばらくは王都に居るつもりだからさ、心配しないでいいよ。アズ君の寂しがり屋さん』


 きっと俺が望んだのは、そんな風に茶化すような返し。


「それは()()違うかな」


 けれど現実には、困ったように静かに微笑みながらで、


「みたい、じゃなくて――」


 クーラが返してきたのは、


「君とはここでさよならになるんだから」


 そんな淡々とした言葉で。その瞳は、必死で何かをこらえているように見えた。

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