たしかに詭弁臭さはあるな
「そんなわけでまずは……丹念に『ささやき』を使った後で、君の心を抜き出したの」
「おい!?」
思わず声を荒げてしまったわけだが、俺は悪くない。そう思いたい。
いや、心を抜き出すってどういうことだよ!?
あくまでもイメージ的な話だが、心というのは、自我とか意識とか意思とか精神とか、そんな感じのモノなんだよな?
んで、それを抜き出すってことは……
真っ先に浮かんだのは、寄生体に食われた連中のこと。奴が食っていたのも、心とか精神とかといったモノだったんだろうけど……
食われるにせよ抜き出されるにせよ、心が無くなった身体がどうなったのかも、ついさっき見てきたばかり。
……大丈夫なんだよな?俺。
あの日以来も、これといった異常は無かった……と思うんだが。
「いや、あの時は我ながらいい考えだと思ったんだけどさ……。あとで冷静に考えたら、割と無茶なことをしたかなぁ、とは思わないでもなかったんだけど……」
「それを『割と』で済ませられるお前が恐ろしくもあるんだがな……」
「あ、あはははぁ……。とにかく私としては、君に妙な後遺症を残さないように、細心の注意を払ったんだけど……」
クーラ的にも、思うところはあったのかもしれない。どこか気まずそうな口調で、その語尾も弱弱しい。
「……まあ、ネメシアの治療に関しても、安全面を重視してたらしいからな。そういう意味では、お前のことは信用してるけど」
そのことは間違いなく、俺の中では事実。
それでも驚きも小さくはなかったわけだが。
ともあれ、続きを聞くべきだろう。
「……それで、抜き出された俺の心はそれからどうなったんだ?」
だから深呼吸を3回ほど繰り返し、多少なりとも自分を落ち着かせたところでそう問いかける。
「それからね、君の心を私の心の中に溶け込ませたの。君と私の心が混ざり合ってた状態……君が自分のことを私だって認識してたというか……イメージ的には、前に露店で買って飲んだミルクの果汁割り、みたいな感じ?私というミルクの中に君という果汁を混ぜる、とでも言えばいいかな?」
「だから、とんでもないことをサラリと言うのはいい加減にしてくれと……」
おとなしく話を聞くべき。理屈ではそうとわかっているつもりなんだが、それでもツッコまずにいられないのは、果たして俺の堪え性がないせいなのか。
俺がクーラの中に溶け込んでたと言われても、どうにもピンと来ない。とはいえ、一般的に使われる表現の「気持ちをひとつにする」なんていうのとは意味合いが違うことくらいは理解できる。
というか、今クーラが出した飲み物の例えにしてもそうだけど、一度混ぜたミルクと果汁を分けるなんてのは、神の御業的な芸当だとも思うんだが。それに……
ふと浮かんでしまったのは、女言葉を話すニヤケ長男の気色悪さ。
まさか俺があんな風になってた、なんてことはないだろうな?
まあ、クーラの口調は比較的中性的と言えなくもないんだが。
「……んで、その後は?」
それでも、俺は俺のことを俺だと認識しているし、自分がクーラだなんてことは毛の先ほどにも思わない。だから、妙なことにはなっていない……はず。そう気を取り直して、続きを促す。
「その上で『時隔て』を使ったの。んで、君の心――精神が、私の身体を使って鍛錬に励んだってところだね」
「……たしかお前は、『時隔て』を使って100年の鍛錬を積んだんだったか。理屈としては理解できないこともないんだが……」
それでも、気にかかったこともある。それは――
「だったら、今と同じようにして、俺に『時隔て』を使えばよかったんじゃないのか?」
どうせ記憶に関してはクーラだったらどうにでもできるだろう。ならばその方が手っ取り早いんじゃなかろうかとも思うわけで。
「それができなかった理由があってね……。サウディちゃんと私の時も、食糧をどうするのかって問題があったし」
「……なるほど」
仮に100年という時間を得られたとして、水は心色でどうにかなるとしても、食い物の問題もあるわけだ。
「まあ、3000年分くらいの食糧が手持ちにあったからそこはいいんだけどさ」
「……そうですか」
どこにどうやって持っていたのやら。仮に1食をパンひとつで済ませたとしても、1年で1000以上。3000年だったなら、3000000――300万個以上になるんだが。
まあ、それもクーラだからでいいか。
「他にも問題があってさ。サウディちゃんと私の時にその問題を無視できたのは、『時剥がし』があったからなの。……君なら、こう言えばピンと来たんじゃないかな?」
「……つまり、短期的には腹が減る。長期的には背が伸びるってことか」
「そういうこと。付け加えるなら、限りのある君の寿命を削ってしまうのは避けたかったし」
『時隔て』の中では時間の経過があるということか。俺自身、この5か月の間にも多少なりとも背が伸びていたくらいだ。年単位を『時隔て』の中で過ごしたなら、間違いなく外見上の大きな変化が生じるだろう。そうなれば当然、気付かれないはずがない。
「だから、心だけを抜き出したってわけか」
「うん。心には寿命がないことは知ってたから」
「なるほど」
どこでそんなことまで知ったんだ?なんて疑問の答えも、クーラだからでいいとして。
「最後に君の心だけを私の中から抜き出して、君の身体に戻してから『時隔て』を解除して終了。そんなわけだからさ、私がやったのは時間を用意しただけ。あの成長は間違いなく、君の鍛錬の結果として生まれたものなの。そのことは疑わないでほしい。……まあ、我ながら詭弁臭いかなぁとも思わないではないんだけど」
「たしかに詭弁臭さはあるな」
「あはは……。そっちには素直に同意してくれるんだね……」
……それでも、お前の恩恵が小さかったとは思わないんだが。
浮かびかけた言葉は飲み込む。多分クーラはその言葉を望まない。
だから、そのあたりに対する感謝は俺の中だけに留めておく。
「そういうことなら、あれは鍛錬の結果と受け入れようか」
代わりにクーラが望みそうな言葉を返してやれば、
「うん」
実際にそれは、クーラにとって望ましいものだったんだろう。嬉しそうにうなずいてくれていた。




