そこはかとなく、嫌な予感がしてきたんだが……
「俺を『超越』させてくれたのも、お前だったんだな?」
「……ふぇ?」
「…………あれ?」
すんなりとした肯定が来るだろうと思っての問いかけ。けれど実際に返されたリアクションは不思議そうに首をかしげるというもので、逆に俺の方が困惑させられてしまう。
すっとぼけてる、ってわけじゃないよな?というか、今更そんなことをする理由も無いわけだし。
なら、あの『超越』は俺が自力で成し遂げたのか?
なんてことも一瞬だけ思いはしたんだが……
いや、さすがにそれは無いだろう。そうそう上手く行ってたまるか。
「……なんのこと?」
「……新人戦決勝の直前、唐突に急激に俺の心色扱いが上達してただろ?あれも、お前が与えてくれた力だったんじゃないのか?って話なんだが……」
キョトン、なんて言い回しが似合いそうな様子のクーラへ再度問うてみれば、
「……ああ!」
何かに気付いたような反応。手をつないでいなかったなら、ポンと叩いているだろうなとすら思える。
「そういえば、『超越』ってことにしてたんだっけか……。ゴメン、すっかり忘れてたよ」
「……どういうことだ?」
忘れてたのはまだいいとして、妙な言い回しを返されたんだが。
「あの時点ではさ、まだ私の素性を明かすわけにはいかなかったでしょ?だからそれっぽい理由でごまかしてたの。ぶっちゃけるとさ、君が『超越』って誤解してくれたのが好都合だったから、そこに乗っからせてもらった形」
「……つまり、自信を持つように吹き込まれたことで俺が『超越』をした。というわけではないんだな?」
「うん」
となれば、他の理由で唐突な成長が起きたという話になるわけか。まあ、クーラのことだ。そんな手段の100や200くらいは持っていたところで驚かないけど。
「というかさ、『超越』ってのは君が思ってるほど……世間一般で言われてるほどいいものじゃないからね?」
「……ひょっとしてお前、『超越』に関しても詳しいのか?」
「詳しいかどうかはさて置くけど。前に調べてたことがあってね。一応、仕組みは理解してる」
「さようでございますか……」
世間的には謎に包まれてることなんだがなぁ。
「『超越』ってのは、ハイリスクハイリターンの極みみたいなところがあるの。得られるものは確かに大きいけど、代償がシャレにならないレベルで大きすぎる」
「そういうものか」
「うん。そういうもの」
まあ、クーラがそう言うからには、そういうことなんだろう。
「少なくとも、シャレにならんほどの代償を差し出した認識はないからな。あれが『超越』じゃなかったのはいいとして」
どんな理屈があったのか。そのことは、それほど大きな問題じゃない。俺にとって大事なのは、
「それでも、お前が与えてくれたものではあったんだろう?」
その一点。恩恵を受けたのであれば、そのことを正確に知っておくべきと思うわけで。
「まあ、たしかにあの件には手出ししてたけどさ、与えられたっていう認識は違うからね?」
「そうなのか?」
「そうなの。君を『超越』させて、決勝が終わったら即座に解除しておくっていうのが手っ取り早かったのは認める。けどさ、たとえ短時間であっても君を『超越』させるなんてのは絶対に嫌だし、もしも君が『超越』しそうになってたら力尽くでも止めるつもりだし、何かの間違いで君が『超越』しちゃってたなら無理矢理にでも解除するつもりだからね、私は。それ以前に、安易に力を与えられるのって君も好きじゃないでしょ?」
「……さようでございますか」
『超越』を意図的に引き起こすことや解除することすらも不可能ではない。口ぶりからして、それは難しいことでもない。言外にそう言っているように思えるんだがなぁ……
まあ、唐突にポンと力を与えられるってのは、俺としても気乗りしない話ではある。その点は間違ってはいない。といっても、あの急成長分が無かったなら、とっくにニヤケ長男に転がされ、食われていたことも事実なわけで。仮にあの力が与えられたモノだったとしても、俺は感謝以外の気持ちを抱くべきではないとも思うわけだが。
「そんなわけだからさ。力を与えられた、なんて誤解をされたままで終わるのは、私としても嫌なの。だからさ、できればそのあたりも聞いてほしいんだけど、いいかな?」
「問われるまでもないだろ。お前が話したいことには、いくらでも付き合うつもりだぞ」
「……ありがと。それで、あの時に私がやったことなんだけどね。まず最初は例によって、『ささやき』で君を夢見心地にして――」
「……それを『例によって』で済まされるのもアレな話なんだが」
まあ、それはそれとしておこうか。
「ただ、あの時のことはどうにも記憶があいまいなんだよな……」
ささやくような声を聞かされた記憶も残ってないんだが。
「君の心身や頭に負担をかけたくなかったからね。あの時はかなり念入りに『ささやき』をかけて、ゆっくりじっくりと君の存在をほぐしておいたの。だからそれも無理はないと思うよ」
言い換えるならそれは、普通であれば結構な負担がかかるようなことをやったという話。
そこはかとなく、嫌な予感がしてきたんだが……
「そんなわけでまずは……丹念に『ささやき』を使った後で、君の心を抜き出したの」
「おい!?」
予感は見事に的中してくれやがったらしい。早速クーラの口から出てきたのは、実にぶっ飛んだ発言だった。




