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俺を『超越』させてくれたのも、お前だったんだな?

「んで、それはそれと……いつの間にネメシアを助けたんだ?」


 話を戻す。


「たしかあの時は……お前にネメシアのことを話して、それからすぐにキオスさんが朗報を持って来てたんだよな?……まさかとは思うが、俺の部屋に居ながらでどうにかしたとか言わないだろうな?」


 まあそれでも、クーラだからで納得できそうな気はしないでもないんだが……


「まさか」


 けれどクーラは肩をすくめて否定する。


「あの治療は結構な繊細さが要求されることはわかってたからね。それでネメシアちゃんにもしものことがあったら困るし、遠隔でやるのはちょっと怖かった」

「……そうか」


 ちょっと怖かったで済ませている。それはつまり、遠隔でも不可能ではないと、言外にそう言っているんだよなぁ。


「だから順番としては……まずトイレを借りて、私の姿が君の視界から消えたところで第七支部の医務室に転移。もちろん、支部長さんなんかに気配を掴まれないように小細工もした上でね。次に、姿を見られたくなかったから、アピスちゃんたちには『ささやき』で眠ってもらって。それからネメシアちゃんを治療。最後にトイレに転移で戻ってきて、何食わぬ顔で出てきたってわけ」

「……まあ、クーラだしな」


 ことも無さげに言うのは、例によってあまりにもアレすぎる内容ではあるんだが。所要時間だって、長く見ても数分というオマケ付きで。


 もっとも、その一方でいくらかの納得もできていた。あの時に残っていた違和感の正体はそれだったわけだ。


「治療自体がすんなり終わったのは、エルベルートさんのおかげでもあるんだけどね」

「……お前、エルベルートとも知り合いだったのか?」


 エルベルートは数百年前の偉人。とはいえ、クーラと同時に存在していた時期があったわけなんだが。


「知り合い、ではないよ。エルベルートさんってさ、過去に蛇毛縛眼(バインド・サイト)の吹き矢を受けた人を目覚めさせてたでしょ?」

「記録にはそう残ってるらしいな」

「その時に、こっそり盗み見をさせてもらってたの。あの吹き矢に関しては、私も思うところがあったからさ」

「……お爺さんの件か?」

「……うん。まさか今になって、その時の記憶が役に立つなんて思わなかったけどね。最初から全部を手探りでやってたら、結構手間取ってたと思う。まあ、その時は『時隔て(ときへだて)』を使うつもりだったけど」


 結構手間取ってた、で済むのかよ……


 聞いた限りではエルベルートの時だって、支部長をして再現には20年を覚悟するくらいの膨大な準備をしていたそうなんだが。


 いくら見ていたからって、それを即興でやってのけるとはなぁ。


 まあ、時代も方向性も違えど、同格に語られているカシオンが成し得なかったことを気軽にやってしまうような奴ではあるんだけど。


 彼方のエルリーゼ――カシオンが自力では届き得なかった光景を眺めつつ、そんなことも思う。


「つまり、ネメシアやアピスが声を聞いていた謎の女性はお前だったってことか」


 そしてネメシアが聞いたという言葉。『よかった。今度は助けられて』という言葉も、今ならば意味を理解できる。


「そうだね。聞かされた時はちょっと驚いたけど、私だってことは疑われてなかったようで安心したよ」

「まあ、普通はそんなことは思わないだろうけど……」


 俺だってほんの数日前までは、クーラと謎の女性が同一人物なんてことは夢にも思わなかったわけで。


「ちなみにだが……ネメシアが目を覚ました後で部屋に戻ってきた俺は、ベッドに入るなり寝ちまってたわけだが、あの時にも『ささやき』は使ってたんだろう?」


 ネメシアの件が片付いたと思ったら、今度は支部長がズビーロに殴り込むと言い出し、どうにかこうにか思いとどまってもらった後のこと。心身ともに疲弊しきっていた自覚だってあるが、それを差し引いても寝付きが良すぎた気がする。それに、あの時にもささやくような声を聞いた覚えがあった。


「うん。ゆっくりと心と身体を休めてほしかったからね。……実は『時隔て』も併用して、たっぷり半日は休んでもらったりも」

「……道理で奇麗さっぱり疲れが抜けてたわけだ」


 妙に腹が減っていたのもそれが理由なんだろう。


「なら……」


 その後にも不可解はあった。ということは、クーラが暗躍していた可能性は高いわけで。


「コロシアムに着いた後の話だが、控室に押しかけてきやがったクソ次男と不快な取り巻きたちが、急に泡食ったように逃げていったなんてこともあったな。あれもお前の仕業だったのか?」

「……さすがに君を踏みにじりやがったのは許せなかったから」

「……悪かったな。嫌な思いさせちまって」


 あの時の俺はクーラを守りたい一心で連中に土下座までしていたわけだが、クラウリア(クーラ)にしてみれば、あんな連中の100や200は物の数ではなかったことだろう。であれば俺は、無駄に不快な思いをさせただけというわけだ。


「君は悪くないよ。私を守ろうとしてくれたんだしさ。むしろその気持ちは素直に嬉しかった」

「……ならいいんだが。それで、具体的には何をやったんだ?」

「殺気を食らわせたの」

「なるほど」


 たしかに連中は、怯えて逃げ出したようにも見えた。俺も精神修練の一環として、師匠からは何度も殺気を浴びせられたことはあったが、あれは本気で怖かった。情けない話だが、初めての時には(小さい方を)漏らしてしまったのも事実。なんだが……


「けど、俺は何も感じなかったぞ?」

「そりゃそうだよ。連中だけにピンポイントでかましてやったわけだし」

「……器用な奴め」


 師匠だって、見境無しに振り撒くことしかできないと言っていたはずなんだがなぁ……


 まあ、そこもクーラだからで納得するとして。


「これでも長く生きてるから、それくらいはね。それで、ネメシアちゃんの件も含めてあのクソどもには本気で頭に来てたからさ、殺気で狂い死にさせてやろうかとも、ほんの一瞬だけ思ったんだけどね」

「おいおい……」


 恐ろしいことをサラリと言ってくれる。クーラだったら容易くやれてしまいそうなあたりが特に。


「さすがにそれは自重したよ。連中は君の獲物だったわけだしさ。それに、あの状況で死体が転がってたら、間違いなく君が疑われてただろうし」

「まあ、事実としてあそこで死人は出てなかったわけだが。……というかそれが理由かよ!」

「うん、そうだけど?」


 さも当然に返してきて。


「そんなわけだからさ、代わりに漏らさせるくらいで勘弁してやったの。クソ次男にはそれくらいに殺気を調整してさ。不快な取り巻きたちは、その一歩手前くらいで許してやったけど」

「……さようでございますか」


 かと思えば、またまたぶっ飛んだことを言い出す始末。殺気の微調整なんて芸当、師匠にすらできないことだったはずなんだが。


 それに――


 さらに思うこと。


 あの一件の後、クソ次男は心色を使えなくなっていたとのことだが、実はそれもクーラの仕業だったりしないだろうな?


 ノックスの件の後、ボロボロになっていてもおかしくなかった俺の色脈に傷が無く、整い過ぎていたというのもクーラのおかげに違いないわけで。そんなクーラであれば、逆に色脈を完全に破壊するなりして、二度と心色を使えなくすることだって普通にやれそうなところ。


「ちなみにだが、ノックスの時には、お前が俺の色脈を治してくれてたんだろう?」

「うん。私が頼んで無理させちゃったわけだし、そのことにお礼はいらないから」

「……あいよ」


 念のためにと確認してみれば、そこは予想通りだったらしい。


「まあ、クソ次男共のことは心底どうでもいいとして」

「そうだね。本気で心の底からどうでもいいね」

「連中が逃げていった後。頭を踏まれた痛みが引いたのも、お前のおかげだったわけだな?」

「そうなるかな。怪我っていうほどじゃなかったんだけど、一応ね」


 なんというか本当に……


「はぁ……」


 気付けば深いため息が。


「本当に俺はどれだけ、知らないうちにお前に助けられていたんだかな……」

「私としては、君に気取られないように腐心してたわけだし、即バレしてたら逆に立場が無くなってそうな話でもあったんだけど」

「それはそうかもしれないけどさ……。だったら……」


 不可解はその先にもあった。ならばきっと、その影にもクーラの存在があったんだろう。


 そして、その不可解に対するわだかまりは、俺がクーラを泣かせてしまった一因でもあった。


 あえて突く必要はないのかもしれない。それでも俺は、クーラがしてくれたことを知っておきたかった。


 暴言を吐いてしまった時に感じていたわだかまりはすでに消えていた。今ならば、どんな事実があっても受け入れることができる……と思う。


「俺を『超越』させてくれたのも、お前だったんだな?」


 だから、そこへ踏み込む。


 あれがクーラの仕業だったことには、すでに疑いの余地もない。だから――


『まあ、それは気付くよね』


 なんてのが、俺の予想した言葉。


「……ふぇ?」


 けれどクーラが返してきたのはそんな心底不思議そうな、『何言ってるの?』なんて心の声が聞こえてきそうな、可愛らしくも間の抜けた反応だった。

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