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知らぬ間にとんでもない恩を受けていたわけだ

「――ん!――君!」


 なんだ……?


「――ズ君!アズ君ってば!」


 揺れる……というか揺すられているというか……


「んぁ……」


 口からはそんなトボけた言葉が流れ出る。首を振って意識のボヤケを振り払い、目を開けて、


「大丈夫?気分が悪いとかはない?」

「……特に悪くはない……というかむしろ……ってそうじゃないだろ俺!?」


 そこでようやく思い至る。クーラの自分語りを聞いていたはずの俺は、いつの間にか寝落ちしていたということに。


「……ひょっとしてこれが、お前の言う『ささやき』なのか?」


 そして、その直前になにがあったのかも。『ささやき』とやらを実際に試していたところだったはず。


「うん。それで、気分が悪いとかはなさそう?」

「むしろかなり心地よかった気がするんだが……」

「何度か感想は聞いたことあったんだけど、みんなが口を揃えて同じこと言うんだよね。生憎と自分には使えないから私はよくわからないんだけど」

「……その人たちの気持ちがよくわかるぞ」


 というか、ノックスでの時も基本的にそんな感じだった気がする。まあ、クーラの声自体が、聞いていて普通に心地のいいものだというのも一因なのかもしれないけど。


 ともあれ……


「まあ、相当にとんでもない技術だってことは理解できた」


 その点だけは間違いなく事実。


 疲れていたことも事実だろうけど、意識も頭も覚めていたはずの俺は、あっという間に眠りに堕とされていたわけで。


「これも使い方のひとつなんだけどさ、同じ要領で意識を眠りと目覚めの境目――夢見心地みたいにすることもできるってわけ。さすがにその状態だと抵抗もできないから、君は私の言うがままになっちゃう。そしたら黙秘なんてできないでしょ?」

「なるほど。そうやって俺は、あの件を吐かされてたわけだ。ちなみにだが……」


 それはそれと、さらに気になるところが出てくる。


「この『ささやき』を使ったことは他にもあったよな?具体的に言うなら、ネメシアが蛇毛縛眼(バインド・サイト)の吹き矢でやられちまった時なんだが」


 あの時も、相当に参っていたところにクーラがささやくような言葉をかけてきた記憶がある。


「というかそれ以前に……」


 今更だが、その直前にも妙なことがあったはずだ。


「階段で派手に転んだところをお前が受け止めてくれたわけだが、あれだって普通に考えたら無理だろ?」


 それ以外のことが大きすぎて流れていたが、階段で転んだ俺をクーラは、()()()受け止めていた。だが、どこをどうやったって、あそこに滑り込むなんてのは不可能だ。


 普通に考えたなら、という但し書きは付くわけだが。


「あの時はねぇ……。待ち合わせの時間になっても君は来ないし、まだ部屋に居るみたいだったからさ。遅刻なんて珍しいなぁ。この埋め合わせに何してもらおうかな?なんて呑気なこと考えながら迎えに行くところだったの。そしたら、派手に転ぶ姿が見えたから。大慌てで『転移』して受け止めたってわけ。まあ、君に怪我が無くてなによりだったよ」


 そんなこんなでネメシアのことを伝え、その直後にもまた、起こり得ないことが起きていたわけだが……


「ネメシアを助けてくれたのも、お前だったんだろう?」


 だから問いかけも付加疑問形になっていて、


「結果的にはそうなると思う」


 すんなりとではなかったものの、クーラも肯定する。


「これでも私ってさ、世間様的に見たらあまりにも理不尽な存在からね。見た目相応以上の力はなるべく使わないつもりでいたんだけど」

「……その割には、俺に関わるところではあれこれやっていたようだが?」

「あ、あははぁ……。それはそれ、ってことで」

「……だがまぁ、たとえその力が規格外に過ぎても、それ以前にお前だってひとりの人間なんだからな」


 喜びもすれば怒りもする。哀しみや楽しいなんてことは、俺なんかとも同じように感じていると。それくらいにはクーラのことも理解しているつもり。


「……だからそういうところなんだよね、君は」


 それなのに、なぜかクーラは呆れ気味にため息。


「とにかく、ネメシアちゃんがやられたあれはさすがに我慢できなかった」

「無理もないと思うぞ。お前にとっても、ネメシアは友人だったわけだし」


 そんな相手があんなことになって、自分にどうにかできる力があったなら。それを振るうというのも自然なことだと思う。


「……それも無いとは言わない。けど、ネメシアちゃんには悪いけどさ、私にしてみたら君が苦しんでることの方がずっと……ううん、それも違うか。君と居る今――夢のように幸せな時間が失われてしまう。そのことに、私が耐えられなかった。だから私が助けようとしたのは、そんな私自身の心だったの」

「……だから、結果的には、なんて言ったわけだ」


 ったく、妙なところでお前は……


「けど、それで俺も結果的には救われてたんだよ。いや、俺だけじゃないか……」


 それは当のネメシアもだし、アピスもラッツもそうだろう。それに――


「あの時ネメシアを助けてくれた謎の女性に対しては、第七支部の全員が感謝してるさ。とはいえ、ことがことだからな。名乗り出るつもりは無いんだろう?」

「それは、ね……」

「当然、俺がそのことを暴露するのだって、お前は望まないんだろう?」

「……うん」

「恩を仇で返す恥知らずにはなりたくないからな。そのことに関してはだんまりを決め込むつもりだよ。……支部の皆さんを差し置くのは申し訳ないけど、そこは役得と割り切る」


 あの日、クーラの助けが無かったなら、今頃は支部長も先輩たちも王都を離れていた。俺もアピスもラッツもバートも、シアンさんやセルフィナさんだって。もちろん当のネメシアも、機嫌よく笑えていたとは思えない。


 そんな未来が訪れなくてよかったと、本当に心の底から思う。


 だから――


「皆さんに代わってとか、皆さんを代表してなんて偉そうなことは言わないし、俺にはそんな資格があるとも思わない。だからこれは、俺個人としての言葉だ」


 あの時にクーラが失わせたくなかった今。あの時に俺が失いたくなかった今。思いの強さに差はあったとしても、そのふたつは同じモノだったはずだ。


「俺だって、支部の皆さんが揃っている日常がたまらなく好きだったんだ」

「今の日常が好きっていうのはさ、痛いほどによくわかるつもり。私も同じだから」

「なら話は速い。だから、ありがとうな。俺の大事なモノを失わせないでくれて」

「……どういたしまして、でいいのかな?」

「ああ。なんだったら、死ぬまで感謝し続けろ、くらいは言ってもいいんだぞ」

「あはは……。さすがにそれは遠慮しておくよ。いくらなんでも恩着せがましすぎるってば」

「俺はそうは思わないが」


 なにせ、支部長&先輩たちをして、20年は覚悟するというレベルの難題だったんだから。


「私が気にするの。だからさ、お礼は聞いた。それでこの件は解決ってことで」

「……あいよ」


 そう返事をしたのは、ここで食い下がってもクーラは絶対に受け流しに来ると思えたからだった。


 とはいえ、知らぬ間にとんでもない恩を受けていたわけだ。クーラが王都を離れる日までに返しきれる自信は無いけど、それでも可能な限りは返したいところでもあったわけだが。

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