表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/255

不可解の影にクーラあり

「んで、話を戻すけど……。そうしてまんまと君に惚れさせられた私は――」


 俺にとっては驚愕だった告白を終えたクーラは、早速そんな言い方をしてくれやがる。


「いや、まんまとって……」


 その言い方はいかがなのものなのかとも思うわけだが。


「けど、事実だからね。しかも君は5か月もずっと気付かずにいたわけだし、それくらいは甘んじて受けてもバチは当たらないでしょ?」

「……そういうものだということにしておく」


 引っかかるところではあるんだが、問答しても無駄な気がした。


「ともあれ、一度は君とお別れした私だけど、それでも気持ちを抑えられなくてね。気が付けば、王都に向かっていた。最初はさ、君と同じ第七支部に新人虹追い人として入るつもりでいたの。適当な理由を付けて心色取得さえ避けてれば、正体がバレるリスクなんて無いと思ってたし」


 けれど、実際にクーラが選んだのはエルナさんの店で働くことで。


「けど、その道すがらでも悩んでたの。君を私の旅路に付き合わせるわけにはいかない以上、どうやったって別れは避けられない。そして、深入りすればするほど別れが辛くなるのはわかってたからさ。そんな中で見かけたのが、パン屋さんがアルバイトを募集してるって張り紙。支部からも近いし、ここだったら君がお客さんとして来てくれる可能性は高い。それに、浅い付き合いに留めておいた方が、別れの時にも苦しまなくて済みそうだとも思えたし。あとは……遠い昔に叶え損ねた夢だったっていうのもあったからさ」


 パン屋の看板娘。それは、幼い頃にクーラが望んでいた未来。


「と、私はそんな算段を立ててたわけよ。けど、私にとっての再会で、君にとっての出会いだった、あの時にね……」

「アレか……」


 我ながら妙な言い回しではあるが、当時の俺にとっての初対面では、ずいぶんなことをやらかしてしまったわけで。


「やらかしの理由。なんとなくだけど、見える気がするんだがな……」


 記憶の封鎖とやらを受けていたとはいえ、実際には初対面ではなかったんだから。


「まあ、そうなるよね……。私としては、君の記憶を消すつもりでいたんだけど……」


 と、またしてもクーラが世間一般の常識からはかけ離れたことを言い出す。


「……記憶を消す、というのは、記憶の封鎖とは違うのか?」


 それを無抵抗にすんなりと受け入れている俺も俺なんだろうけど、そこは気にしないことにする。


「違うね。封鎖の方は、特定の記憶だけをピンポイントで思い出せなくしてしまうこと。君にやったのは、私の存在だけを思い出せないように、だった」

「なるほど」


 腑に落ちた。だから俺は、その時に出会った誰かを思い出せないことにわだかまりを感じていたというわけだ。


「なら、消すっていうのは?」

「文字通りの意味。ある特定の期間にあったすべてを、完全に消し去ってしまう。今回の例で言えば……ノックスで私と出会ってから、眠りに落ちるまでに起きたことのすべてが、君にとっては無かったことになるということ。最初はこっちにするつもりでいたの」

「そっちではなく、封鎖を選んだ理由は?」

「……双頭恐鬼(エティン)とやり合った記憶がいつか君の糧になるかもしれない。っていうのも、あったとは思ってる」

「……その口ぶり。本命は別にあるんだな?」

「……うん。今ならわかるよ。あの時に君が向けてくれた気持ちを、完全に無かったことにしてしまうのが嫌だったんだと思う。ホント、我ながら中途半端すぎて呆れてくるよ」

「そしてそのあたりが、初対面(・・・)で俺がやらかした理由ってことか」


 もし、クーラが記憶消しを選んでいたなら、あんなことにはならなかったんだろう。


「考えてみれば、髪の色以外はなにひとつ変えてなかったからな。それになによりも、お前のその特徴的な声」


 雪解け水のように涼やかに透き通った、耳に心地のいい声。少なくとも、これまで生きてきた中では、クーラ以外から聞いたことはない。


「そうなんだよねぇ……。私の声って、かなり特徴的らしいから。なんにしても……君はさ、ノックスで出会った私に対して、強い感情を抱いてくれてたんだよね?」

「ああ。つまり、そのあたりが結び付いた結果があれだったというわけだ」

「だろうね。そして私は、そのことに思い至って――どんな形であれ、強く君に想われてたんだって考えてしまったら、抑えが利かなくなってた。もっとたくさんの言葉を交わしたい。もっと君と仲良くなりたい、って。……これも今だから白状するけどさ、少しでもいい印象を持ってほしくて、読心なんかも使ってたの」

「……たしかにあの時は、やけに勘がいい人だとは思ってたけど」

「ごめんね。狡いやり方だったよね」


 たしかに、そんな側面があることを俺は否定しない。


「まあいいさ。そうやって、まんまとお前に対する好感を抱かされたわけだが――」


 さっきの言い回しを返してやるのは、気にするなという意図を言外に乗せるため。


「お前とのあれこれは俺にとっても楽しかったからな。だからそれでチャラにしてやる。感謝しろよ?」

「……そうだね、君だって楽しんでたわけだし、むしろ私の方が感謝されてもいいかも?」


 察してくれたんだろう。クーラもそんなことを言ってきて、


「調子に乗るな」

「あはは、ごめんね」


 笑いながら謝ってくる。まあ、それくらいの方が俺たちらしいのか。


「けどさ、読心を使うのは、すぐにやめちゃったの」

「……たしかに、そんな感じはするか」


 聡い、鋭いところは多々ある奴だったが、ここ最近を振り返る限りでは、クーラが読心を使っていたような印象はあまりない。


「……一応聞くけど、君は読心なんて使えないよね?」

「当たり前だろ」


 なんでそんなことを聞くのやら。むしろそんな芸当ができたなら、クーラの真実にだってとっくにたどり着いていたことだろうに。


「だけどそんな君がさ、私が欲しいと思う言葉をホイホイくれてたんだよ?」

「……すまん。心当たりがまったくないんだが」


 友人として最低限の礼節、気遣いあたりは欠かさないようにしていたつもりなんだが。逆に言うなら、それ以上のことなんてやった記憶は皆無と来ている。


「うん。知ってた。だから君はお馬鹿さんなんだよ。……アズ君の人たらし」

「……悪かったな、馬鹿の上に人たらしで」

「そうだね。そこは反省してよ?ともあれ、そんなわけでさ……。君はどんなことを考えているんだろう?ってあれこれ考えて、実際の君の言動に一喜一憂するのが無性に楽しく思えてきちゃってさ。だから、君がレビドア湿原から帰って来たあの日を最後に、読心は一度も使っていない」

「レビドア湿原か……。ずいぶんと懐かしい気がするぞ」

「まあ、それだけ濃密な時間だったってことじゃないかな?君だけじゃなくて、私にとってもだけど」

「……たしかにな」


 本当に、王都に来てからいろいろなことがあったからなぁ。もちろん、クーラとのこともその中には含まれ……いや、むしろクーラ関連の割合はかなり高いんじゃなかろうか?


 ともあれ、休みのたびに連れ立って王都を回る。いつの間にやら習慣――日常の一部と化していたことだが、それが始まったのがあの日だったか。たしか……アパートに戻ってきたらそこにクーラが居……て?


「なあ、まさかとは思うんだけど……」


 あの時俺は、タイミングが良すぎると感じていたわけだが、アレは偶然ではなくて――


「お前、俺が帰ってくる時間がわかってたんじゃないのか?」


 クーラにならそれくらいは容易いと。そんな確信めいたものがあった。


「……これも今だから白状するけどさ、帰ってくる時間どころか、君の所在は常に把握してたりしたんだよね、私」

「まあ、クーラだからな……」

「いや、その納得は私としても複雑なんだけど……」

「仕方ないだろうが。普通にそう思えちまうんだから」

「それを言われると言い返せないのがなんとも……。まあ、イメージ的には気配探りと同じだね。一応は、君がエルリーゼのどこに居ても、すぐにわかるよ」

「……さようでございますか」


 キオスさんの心色でさえ、200メートルが上限で、しかもいろいろと条件付きだったはずなんだが……


 まあ、そこもクーラだからで納得できてしまうのはアレだけど。


「けど、それでもプライバシーには配慮してたつもりだからね。基本的には居場所以外まで覗き見はしなかったから」


 俺の言動に一喜一憂するのが楽しいと言っていたくらいだ。そのあたりは大丈夫なんだろう。それはそれと、気になる言い回しもあったわけだが。


「……基本的にはって言うくらいだ。例外もあったってことだな?」

「……うん。君にもしものことがあったら即座に駆け付けられるようにって。ヤバそうな状況に居ると判断した時は、細かいところまで把握するようにはしてたし、レビドア湿原の時だって、場合によっては駆け付けるつもりだった。まあ、その時はソアムさんたちのおかげでそんな事態にはならなかったんだし、むしろ本当に君が危ない時に何もできなかったあたりはかなりやるせないんだけどさ……」

「……ついさっきのことか」


 実際に俺は死にかけていたというか、実質死んでいたというか、そんな状況だったわけで。


 まあ、さすがにその理由はわかる。俺が吐いた暴言で傷ついて、それどころではなかったということなんだろう。


「あの件は水に流すってことで決着してたからな。謝罪をするつもりも無ければ受けるつもりも無いぞ」


 不必要に罪悪感を抱かれるのも気が進まない。だから釘刺しをしておく。


「……わかってる」

「それに、本来ならばあり得ないはずの庇護だったわけだからな。それが無かったからどうのこうのなんて言うのは、さすがに恥ずかしすぎるだろ」

「そうだね。……話を戻すけどさ、君への気持ちが恋心だって自覚できたのも、初めてふたりで王都を歩いたあの日だったの。……君は全然気づいてなかっただろうけどさ」

「……慧眼、恐れ入るよ」

「むしろ私は君の節穴っぷりに恐れ入ってるよ。それにしたって……」


 大きくため息。


「なんだかんだで私って1500年以上生きてるからさ、この世界でも異世界でも、たくさんの恋模様を見てきたんだよね。けど、見るのと経験するのでは大違いだった。……君にはわからないだろうけどさ」

「……いちいち引っかかる言い方だな」

「うん。わざとだし」


 たしかに、俺が知る色恋なんてのは、図書院で読んだ物語くらいのものではあるんだが。


「好きになればなるほど別れが辛くなる。理性ではそう言ってるのに、心が全然言うことを聞いてくれなくて。それなのに、君への想いは際限なく大きくなっていって。君にも私のことを好きになってほしいって、そんな気持ちに押し流されてた。ホントにさ、1500年も生きてきて、私は何を知ったつもりでいたんだろう、って呆れちゃったね。恋心っていうのが、ここまで厄介なものだとは思わなかった。しかも、溺れるのが心地いいんだから始末に負えないっていう」

「そういうものなのか?」


 色恋を物語でしか知らない俺としては、そんな返ししかできなくて。


「そういうものだよ。まあそんなわけだからさ、この5か月間。君と居る今は、本当に楽しくて幸せで温かくて。いつまでも続いてほしいって思えるような、夢みたいな時間だった」


 エルリーゼを見つめるその目は、本当にまぶしいものを見ているようで。


 もちろん俺にだって、クーラと過ごしたこの5か月は素晴らしいものだった。それは胸を張って言い切れる。けれどそれでも、思い入れの強さは俺の比ではないんだろう。


「本当にさ、ふたりでいろんなことをしたよね?」

「そうだな」

「その中でも、私が一番好きだったのは図書院通いをしたことかな」

「そうなのか?」


 少し意外だった。図書院通いをしている時のクーラは、どちらかと言えば静かに落ち着いていた印象だったから。まあ、場所が場所だったというのもあるんだろうけど。それを差し引いても、市場なんかを回っていた時の方が楽しそうに見えたんだが。


「……実を言うとさ、メインのふたりを、私と君に脳内変換して妄想なんかもしてたり」

「……それはどこまで……いや、なんでもない」


 物語の中では、いわゆるところの夜の描写なんてのもあったし、さらにその先――出産とか授乳とかまで行っていたのもあったはずなんだが。まあ、そこはあえて聞かないことにする。


 当のクーラが隠し立てはしないと言っていた以上、聞けば答えてはくれたのかもしれない。けれど、さすがにそこまで踏み込む勇気は俺には無かった。


「けど、キオスさんたちのことで悩んでる君の力になりたいっていうのは、真剣だったつもりだよ。まあ、役には立てなかったわけだけどさ」

「そこは疑ってないさ。それに、俺はそんなお前に救われてた身の上なんだ。文句も言えるかよ」

「そっか」


 しかしまぁ、本当に驚かされる事実がポンポン出てくるな。たしか、図書院通いを始めたきっかけは……んん?


 そこでまた、気になるところが見つかった。


 クーラに知られたのは、その一件で悩んでいた俺が口を割ってしまったから。そう聞かされていたわけだが、それは本当のことなのか?俺自身、そこまで口は軽くないつもりなんだが。


 不可解の影にクーラあり。俺の中ではすでに、そんな図式が出来上がっていた。


 それに――


 ノックスで意識を失う直前。クーラのささやくような声を聞かされて、妙な心地よさに流されていた記憶があるんだが、問題の件をバラしてしまった際にも、同じようなささやきを聞かされ、同じように心地よくなっていた気がする。


 そのふたつは、果たして別物なのか?


「まさかとは思うけど、キオスさんたちの件を話しちまったのは、お前が何かやったからなんじゃないだろうな?」


 ともあれ、そこも聞いてみるのが一番早い。隠し立ては無しとの自己申告通りに、今のクーラは正直に答えてくれるだろうから。


「……バレたか」


 そして案の定というべきか。「しまったなぁ」とでも言いたげな顔で頭を掻きながら、クーラはそんな返しをしてくれやがる。


「まあ、クーラだからな……。んで、何をやったんだよお前は?」


 慣れというのは実に恐ろしい。俺は何の疑問もなく、そのことを事実と受け入れていて。


「私は『ささやき』って呼んでるんだけど……」

「それも例によって例のごとく、異世界仕込みの技術ってわけだ」

「うん。具体的なところとしては……そうだね……子守歌に近いのかな?」

「……そう聞かされると、妙にショボく思えてしまうというかなんというか」

「いや、そう馬鹿にしたものでもないよ?子守歌ってさ、聞いてる方が眠くなるようにできてるでしょ?『ささやき』も同じでさ、口調と声色と語りかけで相手の心身に干渉するような感じ」

「どうにもピンと来ないんだが……」


 これまでに聞いてきたあれこれと比べると、上手くイメージできない。


「だったら試してみる?」


 気安くそう言うくらいだ。特に問題は無いんだろう。


「……お前さえよければ」


 だから俺もその提案を受け入れて、


「承知。じゃあ、早速始めるよ。……さあ、身体から力を抜いて。……気持ちを楽にして。……心地のいい、穏やかな眠りへと引き込まれて行こうね」


 少しトーンを落――した、ささや――うな声――直接――に響くよ――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ