俺は、クーラのことをどう思っているんだろうか?
「私がもう一度、君の前に現れた理由。それはね、アズ君。君に、恋をしたからなの」
クーラの口から語られた驚愕の事実。それに対して俺が返していたのは――
「……………………………………………………………………………………はい?」
そんな、この上なく間の抜けたリアクション。
「いや、そこまで呆けられるのもこっちとしては腹が立つんだけど」
クーラはそれが気に入らない様子だが、俺としては反応に困るというのが正直なところ。
だってそうだろう?昨日今日で知らされた真実が大きすぎたというのはあるだろうけど、それを差し引いたって、俺にとってのクーラは、気安く話せる悪友という印象が何よりも強いんだから。
「念のた――」
「――ちなみにだけど、本気の本気で言ってるからね」
ひょっとしたら冗談なんじゃ?そんな考えは、問いかけを口に出しかけた時点で否定される。
「……お前の言う『恋』っていうのは……その……なんだ……。図書院で読んだ物語に出てきたようなアレってことでいいのか?」
「……むしろ他にどんな解釈ができるのか知りたいんだけど」
そして、俺が勘違いをしたという線も即座に潰されれば、
「……なんで?」
残されるのはそんな疑問。
時系列を考えたなら、俺がノックスで気を失い、目を覚ました頃にはすでにクーラはエルナさんの店で働き始めていた計算だ。
「ノックスでの件で、そんな風に思われるような理由なんてあったか?まあ、それ以降に関しても、まったく思い当たる節が無いんだけど……」
友人としてならば、クーラが俺に好意を向けてくれていることは疑わない。だけど、色恋的な意味でとなると、そんな結論になってしまう。
「……アズ君のお馬鹿さん」
それなのに、クーラはいつものようなお馬鹿さん呼びを返してくる。
「理由なんて、ノックスの件だけでもいくつもあったのに……。アズ君の無自覚天然人たらし」
「いや、だからどこにそんなものがあったんだよ?」
俺の知るノックスの件と、クーラの言うそれは別物なんじゃないのか?そんな風にすら思えてくる始末。
「だったらひとつひとつ教えてあげるけどさ……」
そうして指折り数え始めたのは、
「私が抱えてる悲しい気持ちに気付いて、共感してくれた」
「けど、それだけでしかないだろ」
「クーラっていう、可愛い名前をくれた」
「いや、それは適当に考えたあだ名みたいなものだし」
「私のために一生懸命になってくれた」
「それは……まあ事実だけど……」
どれもこれも、たしかにあの時にあったこと。
そして、どれもこれも、どうということとは思えなかった。
俺自身、色恋に関しては図書院通いの中で読んだ以上の知識なんて無い。だがそれを差し引いても、『その程度で?』としか思えない。
「……その程度で惚れたりするものなのか?」
だから、そんな疑問を素直に言ってみれば、
「……いやまあ、我ながらチョロすぎるんじゃないか。なんてことは、考えないでもなかったよ?」
どうやらクーラも同じようなことは考えたらしい。
「けどさ……自分で言うのもアレだけど、当時の私って、かなり酷い精神状態だったの。具体的には……私がこの世界を滅ぶような危機に晒したなら、異世界から呼び付けられた誰かが私を終わらせてくれるかもしれない。だったら、なるべく取り返しが付かないような事態を避けつつ、被害も抑えながらで世界を危機にするにはどうしたらいいんだろう?なんてことをかなり本気で考えてさ。気が付いたら20年もかけて、大真面目に計画立てたりもしてたの。我に返ってから、その立案書は慌てて処分したけど」
「それはまた……」
たしかに、相当参っていたんだとは理解できる話。それでも、取り返しのつかない事態を避けようとか、被害を抑えようと考えるあたりは、なんともクーラらしいとも言えるけど。
ともあれ、それくらいに追い詰められてでもなければクーラ程の女性が俺に、なんてのはあり得ないのか。
「言ってしまえばさ、私の心はすっかりと干乾びてたんだと思う。そんなところに、だったからね。君がくれたあれこれは、スルスルと染み込んできたんじゃないか。なんて風に自己分析してる」
「例えるなら、飢えて死ぬ寸前にクソマズ携帯食料を差し出されたとして、それがこの上なく美味く感じるようなもの、か?」
「いや、さすがにそれはどうだろ?例えるなら君は……おととい勧めた新作パンあたりでしょ」
「いや、俺ごときをあのパンに例えるってのはさすがに失礼だろ」
「また、俺ごときとか言うし……。私、君のそういうところだけはホントに嫌いだからね」
「そう言われてもな……」
「まあいいけどさぁ……。あと、トドメだったのは最後の不意打ちだね」
「……すまん。さっぱりわからないんだが」
これまたまったく身に覚えがない。
「……教えていないはずの、私の本当の名前を呼んでくれたことだよ」
「……………………ああ!」
言われてみれば確かに。
眠りに堕とされる寸前。その正体に気付けて、名を呼んだような呼ばなかったような、そんなあやふやな記憶はある。どうやら声には出せていたらしい。
「あの時の君は、私の『ささやき』を受けていた。だから、考える力だってほとんど無くなってたはずなのにさ、そんな中でかましてくれたんだから、本気でびっくりしたよ。……まあ、そんなこんなで揺らいじゃってね。ずっと、君のことが頭から離れなくて。また会いたい。また言葉を交わしたい。そんな気持ちを抑えられなくなっていった。それが恋心だったんだって気付けたのは少し後のことだったわけだけど。ともあれ、そんなわけだからさ――」
軽く言葉を切ったクーラが真っ直ぐに見据えてくる。
「アズ君。私は、君のことが好き」
一度口にして吹っ切れでもしたんだろうか?今度は気負う様子もなく告げてくる。薄く上気した表情が幸せそうに見えたのは、俺の気のせいだったのか?
クーラが……俺を?
向けられる言葉に偽りはない。そう、心が受け入れていた。
その上でまず感じるのは驚き。
それはそうだろう。俺にとってクーラは、大事な友人ではあっても、色恋的な意味で目を向けたことなんてただの一度も無かったんだから。
次に湧き上がるのは戸惑い。
それはそうだろう。俺にしてみたら、あまりにも唐突な話だったんだから。
そして疑問。
一応、その理由は話してもらった。それでも思うのは、『なんで俺なんかにそこまで?』ということになるわけで。
とはいえ……
真剣さは伝わってくる。だったら、俺も応えるのが筋というもの。
俺は、クーラのことをどう思っているんだろうか?
もちろん、好きか嫌いかで二分するならば、前者に含まれることは疑いようもない。だけど、今考えるべきはそんなところではないはずだ。
友人、悪友で済ませるのではなく、さらにその先へ思考を向ける。
驚きはした。戸惑いもした。どうしてという疑問もある。それでも――
「……答えは返してくれなくていい」
けれど、俺の思考を遮るようにして。穏やかに、諭すように、そう告げてくるのは、当のクーラ。
「けど……」
クーラの真剣さに対してそれでいいとは思えないんだが。
「……だってさ、君にしてみたら、急すぎる話だったわけでしょ?君の方こそ、そんな状況でぱぱっと出した答えに納得できる?むしろ、いい加減な答えを返してしまったことの方を悔やむ未来が容易に想像できるんだけど」
「……そう言われると反論もできないんだが」
イエス、ノー、どちらでもない。突き詰めたなら、この3択になるんだろう。だが、どれにしたって、この場の勢いで選んでいいようなものとは思えない。
「だからさ、返答は納得するまで考えてからでいいよ。……君がこのことを忘れてしまっても、私は恨んだりはしない」
「いや、忘れるってのは無理な相談だろ」
方向性こそ違えど、これだって相当に重い話なんだから。
「……そうだね。ごめん、変なこと言っちゃった。ともあれさ、今は『ふーん、そういうものなのか』くらいに流しちゃってよ。そんなことよりも、私の自分語りの方に集中してほしいかな?」
「……わかったよ」
とはいえ、同意するのは、今は流すという部分に対してだけ。この件は状況が落ち着いたらすぐにでも、真剣に向き合うべきだろうと。
この時の俺はそう考えていた。




