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黒髪も似合ってると思うぞ

「それからもいろいろあってさ。エルリーゼで虹追い人として活動しては異世界に呼び付けられて、なんてのを繰り返すうちに、いつの間にか私は爺ちゃんと同じ紫になってたの。ちなみにだけど、3回目以降の異世界に関しては省かせてもらうね。さすがに長くなり過ぎちゃうし、そこまで大きな影響になるようなものでもなかったから」


 2度目の異世界から帰って来てもそこでクーラのこれまでが終わったというわけでもなく、自分語りは続く。


「今も連盟で使われてる鏡の魔具を開発するのに協力したりとか、シトロンと知り合ったのもその頃。だけどさ、私に向けられる目には、だんだんと奇異の色が混じり始めてた」

「……お前が老いないから、か?」

「……唐突に年単位で行方をくらませてたこともそうだし、単純に私の力が周りから見て規格外だったのも理由だと思う」

「……実年齢プラス100年分の鍛錬をしてたわけだからなぁ」

「そしてそのあたりに耐えられなくなったのが、5回目の異世界から帰って来た時」

「星界の邪竜が暴れてた頃、だったか?」

「うん。これはヤバいと大慌てで駆け付けて、サクっと邪竜を片付けたところまではよかったんだけど……」


 星界の邪竜をサクっと、かよ……


「もっと早く来てれば誰々は助かったのに、とか言われちゃってさ……」

「……当然ながらお前にはそうできなかった理由があったんだろうけど」

「異世界に行ってました、なんて言えるわけなかったからね……。それでも、あれはグッサリ刺さる感じでキツかったなぁ。まあ、過去には私が爺ちゃんに同じようなことを言っちゃったわけだし、その報いだったのかもしれないけどさ……」

「それでも理不尽だろ」

「だよね……。後はさ、私の戦いを見てた人に化け物呼ばわりもされたりして」

「……お前が強すぎたから、か?」

「……うん。あの邪竜って、当時の精鋭虹追い人が数千人単位でまるで歯が立たなかったんだよね。でも、私がそれを片付けた所要時間は3秒。それにしたって、本気を出すほどじゃなかった」

「……どれだけすさまじいんだよお前は」


 100年を超える鍛錬を積み、異世界の様々な技術にも通じていることは聞かされていた。だけど、それを差し引いてもなお、そんな感想を抱いてしまう話でもある。


「まあ、これでもいろいろと経験してたからね。ともあれ、そんなこんなでクラウリア(わたし)は人前から姿を消すことにしたってわけ。見た目はともかくとして、歳も80を過ぎてたくらいだし。そうすればクラウリアの死はごく自然に受け入れられた」

「……それが1500年前のことってわけか」

「そうなるね。それから私は、まったく別の人間として生きることにしたの。言ってみれば第二の人生ってやつだね。髪の色を変えるのは異世界で覚えた技術を使えば簡単だったし。あとは適当に偽名を使って虹剣さえ出さなければ、こんな小娘がクラウリアだなんてことは誰も気付かなかったから。そして、少しでも経験を活かせればってことで、連盟の支部で事務員として働くことにしたの」

「……シアンさんとかセルフィナさんみたいにか?」

「そうだね。ちなみに、黒髪にしたのは、単純に白の反対が黒だからってだけの理由だったりするんだけどね」

「黒髪も似合ってると思うぞ」


 これは本気で思っていることだ。まあ、見慣れているからという理由もありそうではあるんだが、そこは言わないでおこう。


「そう言ってもらえるなら、黒を選んだ甲斐もあったかな」


 クーラは嬉しそうにうなずいてくれる。こういうところは見た目相応なんだが。


「そんな新しい生活も新鮮で楽しくはあった。だけど、ここでも問題になるのは、私が老いないってことでさ。最初はよくても、5年10年と経つと、だんだんと奇異の目を向けられるようになって。それに加えて、異世界への呼び付けなんかもちょこちょこと入ってたからさ。周りから見たら、ある日突然行方をくらませたようにしか見えないわけで、当然のようにクビ。異世界から帰って来ても、私の居場所は無くなってた。場所を変えてやり直そうとしても、同じことが何度も繰り返されてね……」


 涙こそ流れてはいなくても、その瞳が揺れる。


 老いないことの不自然さがあるから、ひとつところには留まれない。それは俺も聞いていたこと。そしてそれはきっと、俺が思う以上にクーラを苦しめてきたことだったんだろう。


「そんな折に、ふとしたことで山奥にある隠れ里に誘われたの。そこはさ、行き場を無くした人たちが集まってできたところで。更生するつもりのない犯罪者以外であれば、誰だって受け入れる。そして、その過去は一切詮索しないって暗黙の了解があるところでさ。老いないことも、唐突に年単位で行方不明になることも、全部含めて私を受け入れてくれた。すごく居心地のいいところでね、ずいぶん長いことお世話になってた。でも、そこに居るのもだんだんと辛くなってきて。結局は、200年くらいでさよならすることにしたの」

「なんでだ?居心地はよかったんだろ?」

「……むしろ居心地がよかったから、かな?」

「……どういうことだ?」


 居心地がいいのであれば、わざわざ離れることもないだろうに。


「……出産に立ち会って、おしめを代えてあげた子が成長して、私をお姉ちゃんって慕ってくれる。その子が年を取って大人になって、やがては老いて死んでいく。出会い、縁が結ばれた以上、必ずお別れの時はやってくるわけでしょ?だけど寿命と無縁の私は、そのたびに置いていかれる。そんな繰り返しに耐えられなくてさ……。初めから無いよりも失う方がずっと辛い。だったら、出会わなければいい。いつしか私は、そう考えるようになって。少し前に興味本位で行ってみた月――この場所でなら、誰かと出会うことも無さそうだった。だから、ここで暮らすようになってたの。まあ、それはそれで寂しくてさ。……邪神がかけた呪いの意味に気付いたのは、その頃だったかな」

「……生への諦観を封じる、だったな」

「うん。簡単に言ってしまえば、自殺できなくなるってこと。それ単独では、大した意味のない呪い。だけど……『時剥がし』と結実してしまった結果が、ね……」


 クーラの言う通り、自殺ができなくなるというのは、ショボい呪いに見える。けれど、老い――寿命が尽きることのないクーラにとってそれは、別の意味を持ってくる。


「しかも困ったことに私って、強くなりすぎちゃっててさ……」


 自分が強すぎて困る。そんなことを口にするのは、()()()()()ガキか阿呆のどちらかだ。だけど、クーラはそのどちらでもない。そもそもが、そんな手合いならばこんなにも悲しそうに言えるはずもないだろう。


「君も経験してると思うけどさ、結実っていうのは、1+1を10にも100にも変えてしまうところがあるでしょ?」

「ああ」


 例えば、俺の『爆裂付与』。単独でもそれなりの殺傷力を持つ彩技は、『追尾』や『分裂』と組み合わせる――結実させることで、その有用性は跳ね上がる。


「私は、いくつもの異世界で様々な技術を身に着けてきた。曲がりなりにも世界の危機を救うくらいだからさ、その世界でも上位に入るってくらいには使いこなせるようになってて。もちろんその全部が結び付くわけじゃないけど……数が数だからね。妙なところで妙なものが結び付いて、妙な効果を発揮して。そんなことが繰り返されるうち、誰も私には届かなく――誰も、私を終わらせることができなくなっていた。その証拠にさ、呼び付けられた先で世界を危機に陥れてた奴ら相手でも、ここ1000年以上は危機感を感じたことも無かったの。ちなみにだけど……」


 人差し指を立てたクーラが、その先に小さな青白い光を生み出す。


「これ、なんだと思う?」

「……灯り、か?」

「たしかにそんな使い道もあるけど。まあ、火の玉みたいなものだね。熱は完全に遮断してるから君も熱さは感じないと思うけどさ、アピスちゃんなんかが出せるのと似たような感じかな?」

「なるほど。で、その火の玉がどうしたんだ?」


 わざわざ出したくらいだ。なにかしらの意味はあるんだろうけど……


「仮にだけど……地上でこれを開放したら、どうなると思う?」

「……王都が火の海になる、とか言わないだろうな?」


 クーラの力は俺が知る虹追い人とは桁違い。それくらいは理解している。ならば、あんな小さな火の玉でもそれくらいはできてしまうのかもしれない。俺はそんな風に予想するんだけど、


 クーラは、静かに首を横に振って、


「あそこに見えてるエルリーゼのすべてが一瞬で蒸発……だとイメージしにくいか。エルリーゼのすべてが一瞬で、消し炭も残さずに燃え尽きてしまう」


 そんなとんでもないことを悲し気な目で、サラリと口にしていた。

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