辛かったんだな
「さて、そうしてエルリーゼに戻ってきた私なんだけど――」
異世界に関する話は終わっても、生きてきた年数を考えたら自分語りにはまだ相当に続きがあるんだろう。続くクーラの話に耳を傾ける。
「その時のエルリーゼは、私が姿を消してから3年後だったの」
「……3年?」
なんだろう?何かが引っかかったような……
「『時隔て』は除くとして、サウディちゃんと過ごした時間はだいたいそれくらいだったからね。多分、異世界もエルリーゼも、時間の流れ自体は同じなんだと思う。その後、連盟の支部に顔を出したら大騒ぎになってさ」
「……なるほどな。エルリーゼの人から見たら、お前は3年間も行方をくらませてたことになるわけ……待てよ!まさか『空白期』ってのは……!?」
いつか読んだ本にあったこと。クラウリアは虹剣を得た直後に、3年ほど行方不明になっていたというのは……
「あはは……。あの本、ホントに正確に調べてあってさ、正直私もびっくりした。けど、空白期とか不老説の正体が異世界にあったところまではたどり着けなかったみたいだけど。さすがに誰も夢にも思うまい、ってね」
「……だろうな」
ここまでで聞かされたクラウリアの真実は、どれも語られている逸話には存在しないもの。ある意味では、大発見ともいえるのかもしれない。まあ、俺が公表したところで正気を疑われてお終いだろうけど。
「ともあれ、連盟への生存報告を済ませた後は、父さん母さんと爺ちゃんの墓前に報告に行ってたの。まあ、3年越しにして100年以上ぶりに伝えたのは主にサウディちゃんとのことだったけど。そんな折に、剛鬼の大群が近くの街に向かってるって話が飛び込んできてさ」
「……それもあの本で読んだな」
たしか、300以上だったか。
「虹追い人的な意味では当時の私は白。当然、そんな状況にはお呼びじゃなかったんだけど、個人的な恨みがあってさ……」
「故郷の件か?」
「うん。だからこっそり先回りして。結果は、非実体型7種全盛りの『飛刃』の1発でお終い。むしろ、余波で彼方にある街にまで被害が出そうだったから慌てて消したくらい」
「……100年に及ぶ鍛錬の成果、ってことか」
「だね。当然ながら、大騒ぎになっちゃった」
「そりゃそうだ」
甚大な被害が出そうだった事態が、文字通り一瞬で解決してしまったんだから。
「称賛されるのはくすぐったかったけど、助けられた人が居たっていうのは、爺ちゃんに近づけたみたいで嬉しくてさ。大切な人たちがつないでくれたこの命で、私も命をつなぐ人になりたい。そう考えて、その後は虹追い人としての活動に精を出すようになって。だけど、それから1年もしないうちに、また私は異世界に呼び付けられてたの」
「……はい?」
俺が発していたのは、そんな間の抜けた声。
「異世界の件はあれで終わりじゃ……いや、待て!?」
よく考えてみれば、『最初の』とか『初めての』とか言っていなかったか?わざわざそんな言い回しをするというのは、1回きりではないということの暗示でもあるわけで。それに――
例の本に関して、正確に調べてあるとクーラは言っていた。そこにはたしか……5回の『空白期』があると書かれていたはず。であれば……
「まさかとは思うけど……。5回も異世界に呼び付けられてたとか言わないだろうな?」
そんな疑念に行きついてしまう。
「少し違うかな」
だけどクーラは首を横に振って、
「5回っていうのは、表向きにクラウリアが存命だった間に起きたこと。実際には、それ以降も散々呼び付けられてたの。通算だと……全部で94回」
さらにとんでもない話をぶっこんでくる。
「いや、だからなんでお前がそこまで……」
「だからそれは私にもわからないんだってば。ともあれ、2度目に呼び付けられた先は、サウディちゃんと出会ったところとは別の異世界だったの」
「……やっぱり、その世界も危機に陥ってたのか?」
「そうだね。イメージとしては、エルリーゼにかなり近い雰囲気の世界だったかな。けど、心色が存在しなくて。代わりに、訓練次第では誰でも何種類でも使える非実体型心色みたいな技能が普及してたの」
「……つまり、俺でも炎とか治癒を使えるってことか?」
「そうそう、そんな感じ。まあ、資質とか、向き不向きはあったんだけどね。それに私が見た感じでは、心色と比べると効果では見劣りしてたかも」
「なるほど」
本当に、いろいろな異世界があるものだ。
「その世界の危機っていうのはさ、どこからともなく現れた邪神が手下の魔獣的な連中を率いて、すべてを支配しようと喧嘩を売ってきたっていうもの」
「……わかりやすくはあるな」
未知の侵略者。さっきの話に出てきたルザートに比べたなら、話は格段にシンプル。
もっとも、世界の危機と言うくらいなんだ。単純ではあっても、簡単な話ではなかったんだろう。
「まあ、その世界に住んでた人たちが団結するのは当然の流れになるよね。けど、邪神側の圧倒的な戦力相手にどんどん押されて行って、世界の8割が邪神の手に落ちた頃に、私が呼び付けられたの。ちなみにだけど、1回目と同じく誰がそれをやったのかは一切不明」
「……もう少し早ければお前の負担も減ったんじゃないのか?」
「……それは否定しないけどさ。ともあれ、それで助力を求められた。さすがに2回目だったし、私自身も戦い慣れしてた部分もあって。それに何よりも、困ってる人を放っておけなかったからさ、すんなりと協力を決めることができた。まあ、戦力としてはともかく、異世界からの救世主として祭り上げられるのは本気でキツかったけど」
「……状況を考えれば士気はガタガタ。拠り所となる神輿も必要だったってことか」
「そういう話だね。しかも、若い娘が虹色に光る剣を掲げて未知の力を振るうわけでしょ?理屈ではわかっててもさ……。『虹の女神』とか、かなりアレなふたつ名を押し付けられちゃうとねぇ……」
「うへぇ……」
俺だって、勘弁願いたいふたつ名に苦しめられている身の上。それは本気で気の毒だと思う。
「辛かったんだな」
「うん。本当に辛かったよ……」
「よく頑張った。お前は立派だよ」
「うん。そう言ってくれたのは君がふたり目だよ」
だから、ごく自然にそんな優しい言葉をかけることができた。
「まあ、そんな2度目の異世界だったんだけど、私のことを立派だって言ってくれた人。サクア姉様に出会えたことには、心から感謝してるかな」
また、知らない名前が出てきた。
「姉様って言っても、当然ながら血のつながりはないよ。ペルーサちゃんが私をクーラおねえちゃんって呼んでくれてるようなものだから」
「だろうな」
まさか生き別れた姉妹が異世界に、なんてのは、さすがにあり得ない。……あり得ないよな?
クーラの話を聞くうち、実際にそんなことがあったという話になっても、すんなりと受け入れられそうになっている自分が少し怖くはあるんだが……
「フルネームはサークレイア・シュフス・ターシュ。真っ先に邪神に滅ぼされた国のお姫様で、反邪神連合でも唯一の『転移』の使い手で、治癒の名手でもあった。まわりからはレイア姫。近しい人からはサクアって愛称で呼ばれてたね」
「ひょっとして、お前が使ってる『転移』ってのは……」
「うん。サクア姉様直伝。他にも治癒も教わって、必死で学んだね。もう二度と、父さんや母さん、サウディちゃんの時みたいな思いはしたくなかったから。それ以外にも、あれこれとひと通りは覚えたけど」
「……納得した」
この世界ではあり得ないことでも、異世界の技術でなら可能。クーラにまつわる不可解の大半は、それで解決できそうな気がしてくる。
「共に戦う仲間ではあったわけだけど、仲良くなったきっかけは……その容姿だけじゃなくて、立ち振る舞いなんかもすごく奇麗でさ、見惚れてた私に声をかけて、お茶の席に招待してくれたことだった。そこで互いにひとりっ子だったって話になってさ。お姉ちゃんに憧れてた私と妹がほしかったサクア姉様。そんなふたりの利害が一致した結果が、ね。ちなみにだけど、私のお茶好きはサクア姉様の影響だと思ってる。それと、礼儀作法なんかも教えてもらったかな」
「……たまにお前が見せる洗練された仕草が妙に様になってたのはそれが理由か」
「なにせ本物のお姫様仕込みだからねぇ。ともあれ、私は反邪神連合に加わって、サクア姉様以外にもたくさんの仲間たちと共に戦い続けて、とうとう邪神を追い詰めることができた。まあ、そこまでに15年もかかったわけだけど」
「そういえば、2度目の『空白期』もそれくらいだったか」
「うん。だからさ、出会った時のサクア姉様は20歳だったけど、その頃には35歳になってて。それでも奇麗な人ではあったけど、姉妹で通すには無理が出てきて。……けど、よりによって、最後の決戦を前にしてさ「私、この戦いが終わったらクラウリアの『母様』になりたいの。どうかしら?」なんて言われた時はさすがにどうしようかと思ったよ」
「……お姫さんだったとのことだが、案外気さくな人だったのか?」
「そうだね。偉ぶった様子なんて少しも見せない人だった。まあ、割と変わったところもある人だったけど」
それでも、クーラがその人を慕っていることも、しっかりと伝わっていた。
最後の戦いでクーラをかばって――。なんてことがなければいいんだがな……
そんなことも思ってしまうわけだが。
「話を戻すよ。邪神軍との最後の決戦が始まって、ある程度戦況が落ち着いたところで、私とサクア姉様は精鋭部隊と共に『転移』して、直接に邪神を狙うことになったの」
「頭を潰す、か。シンプルだけど、決まればデカいな」
「うん。早く決着を付ければ、それだけ犠牲も減らせるからね。そして、邪神に致命傷を負わせることができたんだけど……そこで私は大ポカをやらかしちゃったの」
また少し、その声が沈む。
まさか、クーラが慕うお姫さんに何かあったんじゃないだろうな?
「サクア姉様が深手を負わされてて、私はその治療を優先しちゃったの。多分サウディちゃんと重ねちゃったんだとは思うけどさ。邪神にとどめを刺す十数秒くらい手当てが遅れても大丈夫だってこと、理屈ではわかってたんだけどね」
「それで、どうなったんだ?」
嫌な予感を感じつつも、続きを促す。
「邪神の最後の悪あがきを許すことになって、私は心の底に呪いを刻み込まれてしまった」
「呪い……?」
やけに仰々しいフレーズが出てきた。俺の知る範囲ではエルリーゼに存在しないシロモノだが、これも物語では割とよく見かけるものだ。
「その効力は、生への諦観を封じるというもの」
「生への諦観……?」
言われて考えて、大まかな雰囲気らしきものは掴み取れた。
「……意味あるのか、ソレ?」
その上で、そんな印象が浮かんでくる。
呪いというのは、イメージとしては対象への嫌がらせとして使うもの。だけど、生への諦観なんてものを封じたところで、相手にどんなマイナスがあるのかという話になるんだが。
「……私もその時は同じように思ったけどね。その意味に気付けたのは、かなり後になってからだった。まあ、そのあたりは追々話すから。ともあれ、邪神の討伐は成功。役目は果たしたということで私もエルリーゼに戻ることになって、大事には至らなかったサクア姉様とも、泣いて別れを惜しみつつも笑顔でさよならすることができた。2度目の異世界はこんなところかな。サクア姉様は普通に寿命のある人だったからね。それからどうなったのかは一切わからないけど、幸せに生きて幸せに逝ったんだろうな、って思ってる」
「……なんというか、濃密すぎるわ」
出てきた感想はそんなもの。それでも、別れは別れとしても、想起したクーラが涙を流すような形ではなかったことへの安堵はあったけれど。




