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そこに宿る感情が強く真実を感じさせていたから

 クーラのことは信頼しているつもり。それでも、自分が異世界に呼び付けられていたと言われて「はいそうですか」となるわけもなく。


 物語の題材としては、この世界――エルリーゼとは別の世界というのは割とよくあるもの。エルリーゼに生きる人がある日突然に異世界へ、なんて始まりの物語だって過去にいくつかは読んだことがある。


「それで、何がどういうことなんだ?」


 それでも、現実にそんなことが起きていたというのは、すぐには信じられないわけで。問いかけもなんだかふんわりとしたものになってしまう。


「じゃあまずは、異世界とはなんぞや?から話すね」

「ああ」


 たしかに、そこを知らなければどうしようもないのか。


「私の経験から言うと……どこにあるのかわからなくて、エルリーゼとの位置関係も不明。そして、エルリーゼとは別の理で成り立つ世界、ってところかな。身も蓋もない言い方するなら、物語に出てくるような異世界そのままって感じ」

「……ホントに身も蓋もないな。まあ、わかりやすくはあるんだが」


 まさしくクーラの言う通りに、物語で読んだことのある異世界そのものだった。


「それはなにより。んで、私が呼び付けられた理由だけど……。実はこっちも物語の定番と同じだったりするの」

「……この世界が危機に陥っているから救ってくれ、とかいうやつか?」


 俺が知る物語では、基本的にそんな流れだったわけだが、


「そうなんだよねぇ……」


 ため息混じりの肯定がやってくる。


「それで、なんでお前だったんだ?」


 となれば、次に来るのはそんな疑問。まあ、心色だけを見るのであれば、クラウリア(クーラ)は有史以来の最高峰とも言えるわけだが。


「それは私にもわからないんだよねぇ……。ホントに、なんで私だったんだか……。というか、むしろ私が聞きたいくらい」

「……物語の中では召喚って言い回しが多かったけど、お前の言葉で言う呼び付けをやった人から聞かなかったのか?」

「いや、それがね……。たしかに呼び付けられた先では世界が危機だったし、そのために助力を求められはしたんだけど、なんで私が現れたのかを説明できる人って、()()()()()()ひとりも居なかったの」

「……そのあたりは物語とは違うのな」

「だね」


 まあ、何から何まで物語と同じってわけもないのか。


「とりあえず、私が()()()呼び付けられた世界はさ、エルリーゼと同じような人が暮らしてたよ。ただ、心色とか魔具みたいなのは存在してなくて、代わりに……なんて言えばいいのかな……。えーと……」


 説明が難しいんだろうか?考え込むような素振りを見せて、


「水車で小麦を挽く仕組みって、君はご存じ?」


 急にそんな問いかけを投げてくる。


「……正確な仕組みまでは知らんけど、見たことはあるぞ。たしか、水車小屋とか言ったか?」


 ともあれ、そこは正直に答えるべきだろう。


「そうそう。その世界は、その水車小屋をすさまじく発展させたような技術で栄えてたの」

「……と、言われてもな。具体的なところは?」

「身近なところでは火起こしとか低温保存の魔具みたいなことが、まったく別のアプローチで実現できる。あとは、馬が居なくても動かせる馬車みたいなのとか、大勢の人を乗せて他の大陸までだって飛んで行けるような乗り物だとかもあったかな。それなりのお金を出せば誰でも使えるくらいには普及してたみたい」

「……すげぇな、異世界」


 前半はまだイメージもできた。けど後半の方は、仮にエルリーゼで実現できたなら、大騒ぎになること間違い無しの芸当。


「あと、これは聞いた話だけど、星の世界とか月にも手が届き始めてたみたいだね」


「……すさまじいな、異世界」


 前言は訂正する。


 それはこの世界で最高峰の虹追い人に数えられているカシオンが成しえなかったことなんだがな。そこまで発展してたのかよ……


 まあ、クーラは除くとしても、あまりにもぶっ飛んでるということは理解できた。


「ちなみにだけど、そんな技術ってのは武器としても使われてたりしたのか?」

「もちろん。結構高く付いちゃうのはのはアレだけど、高位の心色使いも真っ青な威力を出せる武器なんてのもいろいろあったはず。一撃で山ひとつを吹き飛ばせる、とかね」

「なら、そんな世界が危機に陥るってのは、どんな事態なんだ?」


 そんなのがあるんだったら、それこそ星界の邪竜クラスが襲ってきても勝てそうなところなんだが。


「原因となったのは、たったひとりの人間だよ」


 けれど、返ってきたのはそんな答えで。


「あまりにも発展し過ぎたその世界はさ、ガラス瓶の中で人間を作り出そう、なんて領域にまで手を伸ばしてたの。それも、強靭な身体に優れた頭脳、通常よりも遥かに長い寿命を持った人間を意図的に」

「……それって大丈夫なのか?」


 根拠を問われても、なんとなく以外には返せそうもない。けれど、それはヤバいんじゃないかとも思えてしまうわけで。


「結果的には、全然大丈夫じゃなかった。まあ、その試み自体は成功……というか大成功を収めちゃってね。生み出されたのがひと組の男女。女の子の方がサウディちゃん、男の方がルザートって名付けられて。成長するにつれてそのふたりは、想定を超える優秀さを見せていった」

「そいつらが世界を支配しようとした、なんてことは……いや、悪い」


 途中で訂正、謝罪をしたのは、俺を見るクーラが不快そうな表情を浮かべたから。


 優れた存在が支配者になるのは当然。物語の中ではそんな発想がしばしば元凶となるわけだが、そういう話でもなかったんだろう。


「ううん。君がそう考えるのも無理はないよ。実際、半分は合ってるんだし」


 かと思っていると、クーラはそんなことを言ってくる。


「支配欲に取り付かれたのは、ルザートの方だけ。そこだけは誤解しないでほしい」

「なるほど」


 だから半分だったというわけだ。そして、サウディちゃんという呼び方をしているあたり、もうひとりの方に対してクーラは好感を抱いているということか。


「やがてルザートは自分で造り上げた兵団――命令通りに動く金属の人形を率いて世界に喧嘩を売ったの。月並みだけど、『服従か死か、好きな方を選べ』なんてノリで。もちろん、そんなのが受け入れられるはずはない。だから、世界中がルザートを敵対。いくらルザートが優秀だったとしても、数の前には敵うはずがない……と、なればよかったんだけど……」

「そうはならなかったわけか」

「うん。理由はわからないけど、ルザートにはとんでもない能力まで備わってたの。時の流れを操る、という」

「……すまん。理解が追い付かないんだが」


 なにやらとんでもない話が出てきたんだが。


「まあ、そう思うのも無理ないよね。どんな能力かっていうと……時の流れをアホみたいに加速させることができたの」

「加速というと……自分だけが速く動けるとか、そんな感じか?」


 真っ先に浮かんだのはそんなものなんだが、


「むしろ逆かな。自分じゃなくて、敵対する相手に使うの。そうすれば、人も武器も街も、あらゆるモノが一瞬で朽ち果ててしまうでしょ?」


 実際にはそれどころではなかったらしい。


「……シャレにならんだろそれは」


 何もかもを問答無用で朽ち果てさせるとか、向かうところ敵なしといっても差し支えが無さそうなところ。


「まあ、『時飛ばし』って呼ばれてたその能力は実際、シャレになってなかったんだけどね」

「……お前が使ってる『時隔(ときへだ)て』とは関係あるのか?」


 名前の雰囲気が似ている気がするんだが。


「そのあたりもこれから話すよ。結局、それですべての戦力をボロボロにされたところを人形に襲われれば、待っているのは成すすべもない蹂躙。誰も逆らえず、その世界はルザートに支配されてしまいました、というわけ。その後は絵に描いたような極悪な支配で面白半分にたくさんの人が殺されて。しかもタチの悪いことにルザートは寿命だってクソ長かったわけだから、そんなのが延々と続くわけで」

「……それが、世界の危機ってわけか」

「だろうね。だけどひとりだけ、対抗できる人が居たの」

「それって……」


 今しがたの話に、もしやと思える存在が居た。


「さっき言っていたな。たしか……サウディちゃん、だったか?」

「そういうこと。さすがにルザートも彼女のことだけは、妹みたいに思ってたみたいでさ、最初は共に世界を支配しようと持ち掛けた。だけど、サウディちゃんはそれを拒んだの。そうしたら豹変したルザートに殺されそうになって、辛うじて逃げ延びて。やがてルザートの所業に心を痛めた彼女は立ち上がった」

「……察するに、その人には『時飛ばし』に対抗できる手段があったんだな?」


 同じようにして生み出された存在であれば、そんな何かがあっても不思議じゃない。


「そうなるね。彼女に備わっていた能力は『時剥(ときは)がし』」


 また、似た雰囲気の名前が出てきた。


「……『時飛ばし』ってのは、文字通り時間を一気に飛ばしてしまうって能力だったよな?けど、時間を剥がすってのは?」

「こっちもある意味文字通りだね。()()()、じゃなくて、()()()()引き剥がしてしまうの。簡単に言ってしまえば、コレを使えば不老になるってこと。ちなみにだけど、不死ではないからね?」

「……まさかとは思うけど、お前もなのか?」


 1500年以上前から老いていない存在が目の前に居るわけだが……


「まあ、そのあたりも追って話すから。ともあれ、サウディちゃんは自分に『時剥がし』を施した。自分を時間から引き剥がしてしまえば……」

「『時飛ばし』を無効化できる、ってことか?」

「そういうこと。けど、それでもようやく戦いのスタートラインに立てたというだけ。問題は他にもあった」

「……ルザートが抱えている兵力か」

「正解。『時飛ばし』で問答無用にやられることはなくなっても、正面から殴り合えるだけの戦力は無かったから。なにせ、世界の支配者対逃亡者って構図だったからね。しかもルザートはサウディちゃんを指名手配してくれやがったの。生死不問で、莫大な見返りまで付けてさ」

「『時剥がし』を使って共闘できる人を増やすことはできなかったわけか……」


 ひとりで勝てないなら数を頼る。それは真っ先に思い浮かぶ手段なんだが、速攻で封じられたわけだ。


「そして、途方に暮れてたサウディちゃん。私が現れたのは、そんな目の前にだった」


 ここでクーラにつながるわけか。


「実を言うとさ、滅茶苦茶戸惑った」

「そりゃそうだろうよ……」


 むしろそれで平然としている方が怖い。


「それでも、パニック起こしそうな私をサウディちゃんが落ち着かせてくれて、どうにかこうにか状況を理解できてさ、そして言われたの。この世界を救うために力を貸してほしい、って。……その世界では存在していない、心色っていう力が私にはあったから」

「それで、お前はどう答えたんだ?」

「……私にはそんなの無理、って答えちゃった」

「まあ、それも当然だとは思うぞ」

「……君も私を責めないんだね」

「当たり前だろうが」


 唐突にそんな世界に放り込まれて救ってくれとか、物語では定番なのかもしれない。それでも当時のクーラにしてみたら、それこそ無茶言うなって話になりそうなところ。


「ウサタマ相手で自信無くしてたところもあったし、爺ちゃんの件からだって立ち直れてなかったから。けど、サウディちゃんはそんな私を責めることも、戦いを強要することも無かった。それどころか、『いつか元の世界に帰れる時までさ、クラウリアのことを守らせて』なんて言ってくれてさ」

「優しい人だったんだな」

「うん」


 言葉の端々からも、クーラがその人にどんな感情を抱いているのかは伝わっていた。


「見た目の歳は同じくらいだったのにね。それだけじゃなくて、明るくて前向きで気さくでさ。正直、まぶしかった。憧れて、私もこんな風になれたらいいのにって思えて。多分だけど、少なからず私は影響を受けてるんじゃないかな。ひとりよりもふたりがいい、っていうのもその時に言われた言葉でさ。一緒に戦うのは無理でも、せめてそれ以外で力になりたい。私に何ができるんだろう?なんてことを考えてた矢先に、ルザートが襲撃してきたの」

「……親玉自らがか?」

「そうなるね。なんでも、私が現れる時の兆候が気になったとかで。そして私を見て、『時飛ばし』を使ってきたの。理由は、とりあえず消しておこう、だったかな」

「けど、お前はこうして生きてるんだよな。それはつまり……」

「とっさにサウディちゃんが『時剥がし』を施したから、だね。どうにかその場は切り抜けて、その後はふたりで各地を転々としてた。ルザートの人形だけじゃなくて、それ以外の人たちからも狙われ続けて。それでもサウディちゃんは宣言通りに、いつだって私を気遣って、傷だらけになりながらも守ってくれてた。それでいつの間にかさ、追われることよりも危険な目に合うことよりも、サウディちゃんが怪我する方がずっと辛いって思うようになって。……一緒に戦う決意ができるまでに、2年もかかっちゃったけどね」


 クーラが実際に異世界を経験してきたということへの疑いはすでに消えていた。話の内容よりも、そこに宿る感情が強く真実を感じさせていたから。


「けど、私の心色は当時はまだ、ヒヨッコ同然だったでしょ?だから、そんな私のためにサウディちゃんが編み出した新しい力。それが『時隔て』だったの」

「なるほど……。止めた時間の中でならば、いくらでも鍛錬に励めるって理屈か」

「まあ、いくらでもってわけにはいかなかったんだけどね。私もその時に教わったんだけど、『時隔て』を維持するのだって消耗しちゃうし。まあそこは、ふたりで交互にやることでフォローしたんだけどさ。ともあれ、そうやって鍛えて――サウディちゃんが言うには100年くらいってことだったかな」

「100年て……」


 相も変わらずとんでもないことをサラリと言ってくれる。


 んん?


 それはそれと、今何かが引っかかったような……


「そうしていろいろあって、ルザートの本拠地に乗り込んだ。向こうの切り札は、20メートルはありそうな金属の人形で、ルザートはそれに入り込んで中から操ってきてさ。滅茶苦茶強かったよ……」

「親玉が自分を守るために使うんだ。強いのも道理だとは思うが」

「まあ、そうなんだけどさ。そしてその戦いの中で、サウディちゃんが深手を負わされたの」


 また、手を握る力が強くなる。


「その後のことはよく覚えてない。我に返った時には、ルザートは人形ごとバラバラだったから。多分だけど、私がブチギレしてたんだろうね。そして、大慌てでサウディちゃんに駆け寄ったんだけど……」


 また、その声が震えだす。


「もう助からないってことがひと目でわかるくらいに酷い怪我をしてて、サウディちゃんもそのことを理解してたんだろうね。すっかり取り乱した私はトチ狂ったことを口走ってさ、その時に言われたの。自分が犠牲になればいいっていうのは傲慢な考え方だ、って。サウディちゃんに叱られたのは、その一度きりだった。そうする間にも、どんどんその身体は冷たくなっていって……」


 また、その頬を流れるものがあって。


「……『辛い思いをさせてごめんね。だけど私はさ、クラウリアに出会えて幸せだったよ。ずっと、一緒に居てくれてありがとう。私の大好きなクラウリア。その未来にたくさんの幸せがありますように』って、それが最後の言葉だった。ホントにさ、最後の最期まで私のことを気遣うんだから……。全部、私のセリフだったのに……。ありがとうも大好きも、未来にたくさんの幸せがあってほしいのも。全部、私がサウディちゃんに思ってたことなのに……。結局、私からは最後まで伝えることができなかったんだよね」


 そして、嗚咽の代わりにため息を吐き出す。


 感謝できるのは幸せなこと。いつかクーラが言っていたのは、多分そういうことだったんだろう。


「なんで、悲しい記憶はいつまでも風化してくれないんだろうね?楽しかったことだけ、心に残ればいいのにさ……。っと、ごめん。また湿っぽくなっちゃったね」

「別に謝罪はいいさ。何が出てこようとも、最後まで付き合う覚悟くらいはできてるつもりだぞ」


 多分それが、俺にできる最大限。それくらいの意地は通して見せなければ、悪友としてはあまりにもみっともない。


「じゃあさ、お願いしたら、さっきみたいに慰めてくれる?」

「お前が望むならな。ご所望か?」

「……やめとく。私が後戻りできなくなりそうだから」

「……よくわからないんだが」

「まあ、そうだよね。……だから君はお馬鹿さんなんだよ」

「……悪かったな。なんにしても、俺で役に立てることがあるなら遠慮無く言ってくれていいぞ」

「ありがとね。ともあれ、そんなこんなで()()()()異世界はお終い。呼び付けられた時と同じように、不思議な感覚に包まれて、気が付けば私はエルリーゼに戻っていましたとさ」


 そう締めくくって、クーラが経験してきたという異世界にまつわるあれこれは幕引きになっていた。

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