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異世界に呼び付けられていたの

「私が14歳で過ごす最後の日。その夜が、爺ちゃんとのお別れになっちゃったんだよね……」

「なんで……」


 俺の気のせいでは無しに沈んだ様子のクーラ。また、手を握る力が強まっていて、


「その夜はさ、ふたりでささやかなお祝いをして、その後で爺ちゃんはお散歩に行くって出かけてたの。まあ、本当の目的は別にあっただろうし、私もそれをわかってたんだけどさ」

「……というと?」

「爺ちゃんは若い頃から大のお酒好きだったらしくてさ、ふたりで暮らしてた時だって、毎晩のように飲んでたの。だけど、私を助けるために酷い火傷しちゃったでしょ?それ以来、傷に障るから控えるようにって、お医者さんに言われてたの。私としてもさ、そのせいで爺ちゃんの具合が悪くなったら嫌だった。だからお医者さんとも相談して、飲んでいいのは1日にグラス1杯だけ。それも弱めのお酒にすること、って決めて、厳しくチェックしてたの」

「だから、外に飲みに出かけた、と?」

「そうだね。いつもなら止めるところだったんだけど、その日に限ってはね……。明日になって私が心色を手に入れたら、初仕事のタマ狩りに付き添うんだって。その姿があまりにも嬉しそうだったからさ。今日くらいはいいかなって思えちゃって。だから『明日は大事な日なんだから。あまり飲み過ぎたらダメだよ?』って伝えて、私はベッドに入って。結局、それが最後に交わした言葉になった」

「……何があったのか、聞いてもいいのか?」

「もちろん。言ったでしょ?私が話したいんだから。君が聞いてくれる限り、隠し立てはしないよ。……爺ちゃんはさ、困ってる人を放っておけない性分だったらしいの。けど、そういう人を毛嫌いする手合いってのはさ、いつの時代にも絶えないでしょ?」

「……そうだな」


 いわゆるところの悪党だろう。困ってる人を食い物にしてのさばっているような連中。


「爺ちゃんも例外じゃなくて。方々でド外道共に逆恨みを買ってたらしくてね」

「飲みに出かけた先で襲われた、と?」

「うん。後で酒場の人に聞いた話では、帰る時にはベロンベロンになってたみたい。そこを狙われてさ……。そのアホ共はさ、『今の身体だと狼鬼(ウェアウルフ)あたりと1対1でもヤバいだろうな』、なんて言ってた爺ちゃん相手に蛇毛縛眼(バインド・サイト)の吹き矢なんて使ったんだよ?普通に襲っても十分に勝算はあったはずなのに、わざわざそんなの持ち出すとか……。オマケに連中はその場を目撃してた虹追い人にあっさり捕まるし。トドメとばかりに、爺ちゃんは倒れた時に打ちどころが悪くてそのままポックリ。なんていうかさ、蛇毛縛眼の吹き矢なんて使った意味無いよね。あまりにアホすぎて笑えるでしょ?」


 たしかに襲った連中は阿呆だとは思う。それでも、俺は笑えなかったが。むしろ、そんな風に無理に明るい言い方をするクーラが必死で痛みを紛らわそうとしているようにしか見えなくて。


「けどさ……」


 また、クーラの頬を雫が流れた。


「一番アホなのはきっと私。翌朝その話を聞いて、最初は意味がわからなかった。けど、眠ってるだけに見える爺ちゃんはいくら呼んでも起きてくれなくて。私のことを呼んでもくれなくて。その身体は冷たくなってて。ホント、後悔したよ。なんであの時引き止めなかったんだ、って。こんな……ことに……なるんだったら、大好きなお酒くらい……好きな……だけ……飲ませてあげれば……よかっ……た……。お酌……して……あげれば……よかっ……!なんだったら、一緒に……飲んで……お祝いしても……よかった……のに……っ!そうすれば……爺ちゃんは……あんなことには……ならなかっ……たのにっ……!」


 話すうち、それは嗚咽に変わる。


 仮にだが……その日にクーラがお爺さんを止めたとしても、そんな連中に目を付けられていたのなら、そう遠くないうちに同じようなことになった公算は低くないだろう。


 だがまぁ……


 そういう話ではないんだろう。きっとその日に、クーラの心に突き刺さった後悔は今もまだ抜けていない。こうして話すうち、それが疼いたということなんだろう。


「あ……」


 クーラが呆けた声を出してこっちを見たのは、多分俺が手を離したから。


 その目がすがるように見えたのは、俺の気のせいなのか?


 もちろんクーラを見捨てようとしたからじゃない。


「……アズ君!?」


 驚いた様子で名を呼んでくるのは、後ろに回った俺が抱きすくめたからだろう。


「前にネメシアが目を覚まさなくされた時のことを覚えてるか?あの時も蛇毛縛眼の吹き矢が使われて、同じようにお前がこうやって。俺はずいぶんと情けない姿を晒す羽目になったんだよな?だからさ――」


 あえてひねくれた言い方を選ぶことにする。多分その方が、クーラも受け入れやすいだろうから。


「あの時の仕返しをさせてもらう。……お前も、辛かったんだな」

「あはは……。仕返しだったら……仕方ない……よね……?」

「ああ。情けない姿を見て笑ってやるからさ」

「うん……。そうするね……」


 そして――




「うん。もう平気」

「ならいいんだが」


 俺の体感的には10分くらいだろうか。結構な時間をわんわんと泣き続けたクーラは、いくらかは落ち着いた様子に戻っていて。


 とりあえずは、ってところだな。


 その様にやせ我慢の色が無かったことに軽く安堵をしつつ、俺は再びその隣に座る。


「あのさ、さっきみたいに手を握ってもいいかな?」

「構わ……っておい!?」

「あはは。もう握っちゃったけどね」

「ったく。拒むつもりは無かったけど、せめて返事は最後まで聞けよな……。というかこれって……」


 その握り方が気になった。


 指を絡ませ合うような握り方。たしかこれは、図書院で呼んだ話の中でも出てきたもので、どういうことなんだと思って、クーラとふたりで実践してみたこともあった。


「前に本で読んだよね」

「……けど、これって恋仲のふたりがやるものじゃなかったか?」


 たしか、物語の中ではそんな風に言われていたはずなんだが。


「まあ、それはそれってことで」


 大泣きをした直後だ。一見すれば平気そうでも、まだ内面では揺らいでいるのかもしれない。


「……いいけどさ」


 だから、そう受け入れることにする。


「ありがと。それで、話を戻すよ。そんな経緯で爺ちゃんが居なくなったわけだけど、お世話になったって言う人たちがたくさん来てさ、花を手向けてくれたの。本当に爺ちゃんは慕われてたんだなぁって思えて、私も嬉しかった」

「本当に、立派な御仁だったんだな」

「そうだね。……ちなみにだけどさ、さっき君にやった心臓の動きとか呼吸を取り戻させる動作。アレも、実は爺ちゃんから教わったものだったりするの」

「つまりはお前だけじゃなくて、俺にとっても命の恩人だったわけだな」

「たしかにそう言えるかも」

「……お爺さんの墓は、今もレスタインにあるのか?」

「うん。私もたまにお手入れしてる」

「……いつかレスタインに行く機会があったなら、その時は俺もその御仁に花を供えるよ。あなたのお孫さんにはお世話になっています、ってさ」

「きっと喜んでくれるよ」

「だといいんだがな」

「さて、話を戻すけど……」


 っと、これで話がわき道に逸れるのは何度目なんだか……


 そんなことを思いつつ、意識をクーラの話へと戻す。


「ひと通りの弔いなんかが落ち着いてからさ、私は連盟支部に足を運んだの」

「……虹追い人になるために、か?」

「そうだね。一人前になった姿を見せてあげることも叶わなくなったけど、せめてその日を迎えたら墓前に伝えたかったから。あとは、爺ちゃんが歩いてきたのがどんな道だったのかを知りたかったっていうのもあったかな。そこで手にした心色は、君も知っての通りの虹剣。当然ながら大騒ぎになってさ」

「だろうな」


 他に例の無い、今日に至るまでで唯一無二の8種複合だったわけなんだから。


「私の初仕事に()()()()()()()()()()()()()も居たんだけどさ……」


 クーラの声色が変わる先は、悲しげというよりも不快そうなものだった。まあそれ以前に、言い回しからもそんな雰囲気は見て取れたわけだが。なにせ「付き合うって言ってくれる人たち」ではなくて「付き合うって言ってくる奴ら」なんだから。


「そいつらが単独型だからって爺ちゃんを馬鹿にするから私も頭に来てさ」


 理由はそれだったらしい。というか……


「……複合至上主義ってやつか。当時も居たのか?」

「居たんだよねぇ……」

「けど、そいつらアホだろ?」

「うん」


 俺としても同感ではあるんだが、ためらいゼロの即答だった。虹追い人としては最高位の紫でもあり、たったひとりで灼炎紅翼(アヒニレーション・スカーレット)の討伐を成し遂げ、多くの人に慕われていた。そんな御仁を単独型だからってだけの理由で馬鹿にするとか、死んだ方がいいんじゃなかろうかとすら思う。


「当然ながら、そんな連中の手を借りるなんて嫌だったからさ。突っぱねてひとりでタマ狩りに行ったんだけど、その結果は散々でさ」

「……それは俺も覚えがあるな」


 あれは師匠に連れられて旅をする中でのこと。虹追い人になる前のことではあったけど、1対1で初めて対峙した時にはネコタマ相手ですら、震えそうになってしまったものだ。


「まあそんなわけで、ウサタマ相手に竦んじゃってさ。逆に襲われて怖くなって、泣きながら逃げ出しちゃったんだよね……」


『それこそ、クラウリアだってさ、初仕事の時はウサタマ相手にピーピー泣いてたんだから』


 いつかクーラが言っていたこと。どうやらアレは事実――実体験だったらしい。


「けど、そうやって逃げ惑ううち、不思議な感覚がやってきてさ。気付けば私は――」

「……………………はい?」


 続く内容に対して俺が発していたのは、そんな間の抜けた言葉。


「あはは。まあ、普通はそうなるよね」


 クーラも俺のそんなリアクションを当然のものと笑って受け止めていて。


「けど、偽りも隠し立ても一切するつもりは無い。だからさ、とりあえずはそういうものだってことで聞いてもらえるかな?本当だって言う証拠も示せると思うから」


 異世界に呼び付けられていたの。


 そう、クーラは口にしていた。

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