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なんで、お前がそんな思いばかりしなきゃならないんだよ……

「……話を戻すよ」


 クーラはクーラで自前のハンカチを持っていたんだろう。ぬぐい取られた涙は、とりあえずは落ち着いたようで。


「その後、援軍の中にいた虹追い人のひとりに私は引き取られることになったの。お隣のお婆ちゃんの旦那さんでさ、私とも顔見知りだったから」

「……その人は、奥さんの危機に駆け付けようとしたのか?」

「だろうね。けど、不幸な偶然でそれは叶わなくて。だから、私を引き取ったのは罪悪感が大きかったんだと思う。まあ、私がそのことに気付けたのはずいぶん後になってからなんだけどね」

「そりゃそうだろうな……」


 唐突に両親を失った7歳。そこまでの達観なんてできるはずもない。


「そうしてその人――爺ちゃんは虹追い人を引退。隣町に引っ越して、ふたりで暮らすことになったんだけどさ、当時の私は酷いものでね。部屋に閉じこもって、泣いてるかふさぎ込んでるか寝てるかのどれか。食事とかのお世話は全部爺ちゃん任せ。それなのに、『なんでもっと早く来てくれなかったの!そうしたらみんな居なくならずに済んだのに!父さんと母さんを返してよ!みんなを返してよ!』なんて、わめき散らしちゃったりもしててさ……。たまに君は、昔の自分を殴りたいなんて言うけどさ、その気持ちは理解できるつもり」

「いや、全然違うだろそれは……」


 少なくとも、俺の方は完全な自業自得。それに、当時のクーラと比べたらぬるま湯もいいところだ。


「けど、そんな私を爺ちゃんは見捨てることもなくて、辛抱強く寄り添ってくれて。時の揺りかごは誰にでも優しい、なんて言うけどさ。そんな中でゆっくりと立ち直れた私は、いつの間にか爺ちゃんとふたりで機嫌よく笑えるようになってた。……実は私って、近しい人に影響されやすい性分だったのかもしれなくてさ。いつしか、『私も虹追い人になって、爺ちゃんと一緒に世界中を旅するの!』なんて夢を抱くようになってて。爺ちゃんはその時が楽しみだって言ってくれて。いろいろと、虹追い人に必要なことなんかも教わって。だけど……」


 また、クーラの声色が沈み込む。


「私にとっての二度目の転機は、12歳の時。タチの悪い病気にかかっちゃってね。君も名前は知ってるんじゃないかと思うけどさ、ラタバ病っていうやつに」

「……おいおい」


 次から次ととんでもない話が出てくる。


 ラタバ病というのはたしかに俺も聞いたことのある名で、クーラの言うとおりにタチの悪い病でもある。


 原因こそ不明であるものの、発生する頻度は極めて低く、誰かに感染するようなものではない。


 けれどそんな病が広く名を知られている主な理由は、その中身がシャレになっていないから。


 まず最初に手足の指先を一切動かせなくなって、やがてその範囲はゆっくりと広がっていき、3年以内には内臓すべてが機能を止め、死に至る。そして、治療するすべは存在していない。


 つまり、かかったら最後、死が確定してしまう。


「けど、お前は生きてるんだよな?」


 俺の目の前に居るクーラはこうして生きているわけで。


「もちろん、手足だって問題なく動くよ」


 手は握ったままに親指を動かして、くすぐるように撫でてくる。


「たしかにラタバ病は不治の病って言われてる。だけどひとつだけ例外があるの」

「そうなのか?」


 聞いたことが無い。ごく最近発見されたのであれば、それも道理だろう。けれど、それは1500年前の話になるわけで。


「爺ちゃんはさ、引退する前は、紫になるのも時間の問題ってところまで行ってたらしくてね。本人は、ここまで来たなら紫になって、そしたら引退するつもりだったみたい」


 話が変わったが、きっとそこに意味はある。


「つまり、藍の中でも相当に高位ってことか……」


 そんな御仁が引退をしたのは、クーラのためだったんだろう。


「私はラタバ病って知ってすぐに諦めちゃって、せめて最期までそばにいてほしいってお願いしたんだけど、爺ちゃんは私の前から姿を消したの。あの時はマジ泣きしちゃったっけ……」

「それはそうだろうよ」


 そんな状況になったなら、間もなく16歳の俺だってきっと泣く。


「爺ちゃんから頼まれてたらしくて、知り合いのお医者さんが私のお世話はしてくれてたんだけどさ。そんな中でじわじわと身体が動かなくなっていくのは怖かったなぁ……。それ以上に、爺ちゃんに会えないのが……爺ちゃんに名前を呼んでもらえないのが寂しくて。前に酷いこと言ったから、その罰で捨てられちゃったのかもしれない。こんなことになるなら、まだ動けるうちに身投げしてればよかった。そうしたら、父さんたちのところに行けたかもしれないのに。なんてことまで考えてたよ」

「なんでだよ……」


 話を聞くうち、こみ上げてくる感情があった。


「いや、当時は本気でそれくらい辛かったんだってば――」

「そういうことを言ってるんじゃない」


 それは多分、怒り。


「なんで、お前がそんな思いばかりしなきゃならないんだよ……」


 俺が知るクーラは、どこをどう間違えたって、そんな目に遭わされていい奴じゃない。


「アズ君……。私のために泣いてくれてるの?」


 気が付けば、隣に居るクーラも、彼方に見えるエルリーゼも、その姿はぼやけていて。


「……え?……いや、これは……その……なんというか……そう、汗だ!」


 とっさに飛び出したのは、月並みかつヘタクソな言い訳で。


「……そっかぁ。けど、君が風邪引くのは嫌だからね。少し濡れてるのは勘弁してくれるかな?」


 追及の代わりに、クーラはハンカチで()をぬぐってくれる。


 本当に、なんでこんな気のいい奴が辛い目にばかり……


 あまりにも理不尽すぎる。


「……自分語りを続けるよ。さっきも言ったけど、私はこうしてピンピンしてるわけだし、助かったってことだからね」


 そんな俺をよそに、大事そうにハンカチをしまったクーラは話を戻す。


「それはそうだけど……。けど、何でだ?いや、お前が助かったことが気に食わないとかじゃないからな」

「それくらいはわかってるってば。もちろん理由があるの。目には目を、歯には歯を、ってわけでもないけどさ。不治の病でも、万病を癒す薬には勝てなかったってこと」

「まさかとは思うが……」


 万病を癒す薬。それも、名前だけは有名だった。


灼炎紅翼(アヒニレーション・スカーレット)の魔具、とか言わないだろうな……?」

「実は、そのまさかだったりするの」


 恐る恐るでの問いかけに返されたのはうなずきで。


「いやいやいやいや!そうそう都合よく出回るようなものじゃないだろアレは!」


 魔具の中には、薬に近いものだって存在する。昨日のニヤケ女が使っていた夢鱗蝶(ドリームフロウ)の魔具なんかもそのひとつだ。そして……


 たしかに、灼炎紅翼の残渣からはあらゆる病を癒す薬が作れるというのは有名な話。雷迅リュウドの逸話にだって、その薬で難病に苦しむ妻を救ったなんてのがある。あるけど……


 いや、待て!たしかクーラを引き取った人ってのは……


「出回らないのは、手に入れるのが恐ろしく困難だから。灼炎紅翼って魔獣が、恐ろしく強いから。でも言い換えるならそれは、灼炎紅翼を討伐できるのであれば……ってこと。もう気付いてるよね?」

「あ、ああ……。お前のお爺さんが?」

「そういうこと。爺ちゃんは私を見捨てたんじゃない。むしろその逆。私を救うために、命を懸けてくれてたの。……まあ、そうは言っても、ひとりで討伐したって聞かされた時には、本気で魂消たけど」

「ひとりで!?」


 今の俺だけじゃない。多分だが、その話を聞いた当時の人たちは全員が魂消たんじゃなかろうか?それくらい、灼炎紅翼というのは恐ろしい魔獣だ。とある大国の王が息子を助けるために残渣を求め、1000人以上を率いて討伐に向かったが失敗に終わった。なんて話もあるくらいには。


「一応、その頃には紫になってたそうだけど……」

「それを差し引いても驚きなんだが……。まあ、それだけお前のために必死だったんだろうけど」

「私もそこは疑ってない。もっとも、2年ぶりに再会した時は、誰なのかわからなかったけどね」

「……そうなのか?」


 話を聞く限りでは、その人はかなりの高齢だったはず。であれば、2年程度で大きく容姿が変わるとも思えないんだが……


「顔も含めて全身は火傷だらけ。右目は潰れてて、左腕も肩から先が焼失。右足も同じくで義足に変わってたから」

「そりゃまた……」


 それだけのことを成した御仁に対しての非礼は承知の上で思う。本気で酷い有様だ。


「それも全部、私のためだったんだよね。後で聞いた話だけど、生きてることが不思議なくらいの重傷で、何人もの治癒使いのおかげで、()()()()で済んだってことみたい。そんな有様でも爺ちゃんだって気付けたのはさ、私を呼ぶ声が変わっていなかったから。聞きなれた爺ちゃんの声でクラウリアって呼ばれて、私はまだ捨てられてなかったんだって思えて、それだけで大泣きしちゃったよ。まあ、私の病気を治せる魔具っていうとんでもないオマケまで付いてきたわけだし。実際にそれで病気が治ったその後は、ふたりで抱き合って大泣きしたわけだけど」

「……まあなんにせよ、お前が助かってよかったぞ」

「ありがと。まあ、代償は小さくなかったんだけどね。ともあれ、それから私はリハビリに励むことになった。いくら病気が治っても、2年も寝たきりだったおかげで体力はガタ落ちしてたから。爺ちゃんも怪我で今までみたいには動けなくなってたけど、私に付き合ってくれてさ。リハビリも楽じゃなかったけど、闘病に比べたら大したことなかったね。なによりも、爺ちゃんが一緒だったし。それに、明確な目標もできたから」

「目標?」


 虹追い人になってふたりで旅をするのが、病にかかる前の夢だったらしいが。


「虹追い人として一人前になった姿を爺ちゃんに見せてあげるって目標がさ。……ランクダウンしてる気がする、っていうツッコミは禁止だからね?」

「……そんな野暮はするかよ。けど、お前は虹追い人になることを諦めなかったわけか」

「むしろ、ますます憧れが強くなった感じかな?爺ちゃんの偉業で救われた身の上だから、なんじゃないかと思ってるけど」

「なるほど」


 それはそれで理解できる気がする。


「ともあれ、そんなこんなで少しずつ体力も取り戻せて、15の誕生日が近づく頃には、日常生活はおおむね問題無く送れるくらいには回復してたかな」

「それは何より」


 クラウリアが虹追い人になる前のことはまったくの初耳だったが、すでにこの時点で波乱が多すぎるんじゃないかと思う。


 せめてこの先は、クーラにとって幸いなものであればいいんだがな……


「15歳になったら、さっそく連盟に行って心色を手に入れる予定でさ。お金は爺ちゃんに出してもらうけど、絶対に自分で稼いで返すんだって決意してた。私の心色はどんなのになるんだろう?爺ちゃんとお揃いの長剣だったら嬉しいな。なんてことを考えて、ワクワクしてたのも覚えてる。けどさ……」


 そんなことを思った矢先に、またクーラの声色が沈んだように思えて、


「私が14歳で過ごす最後の日。その夜が、爺ちゃんとのお別れになっちゃったんだよね……」


 抱いたばかりの望みは、一瞬で粉砕されていた

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