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少しでもクーラが楽になるのであれば応じたかった

 俺も落ち着かないと……


 落ち着くから少し待ってくれとクーラは背を向けたわけだが、その間に俺は俺でやることがあった。動揺しているのは俺だって同じだし、顔も身体中も燃えるように熱い。体温も上がってるんだろうなと思って顔に手のひらを当ててみれば、普段以上の熱を感じるわけで。


 とりあえずは、深呼吸だな。


 安易ではあるけど、心身を落ち着かせる手段としての有用さは誰もが認めること。


 原因、ではないのかもしれないけど、要因の大部分をクーラの存在が占めていたことは間違いない。ならばとりあえずは、クーラを視界から外しておいた方がいいだろう。だから俺もその場で回れ右をして、


「すぅぅ……はぁぁ……」


 全身にこもった熱を呼気に乗せて吐き出すイメージで、深い呼吸を繰り返す。そうするうち、少しは身体が冷めてきたような気がする。


 さて……


 そして考えるのは、クーラが動揺し、俺も同じく動揺させられた理由について。


 まさか、死にかけてる間にクーラに……その……なんというか……キス……とかいうやつをされて……じゃないか、させちまってたとはなぁ……


 あいにくと色恋に関しては図書院で得た知識しか無い俺だけど、キ……その行為が意味するところくらいは学習済み。愛情というやつを伝える手段の中でも、最上位に位置するもののひとつだったはずだ。


 もちろんのこと、恋仲の相手と交わすのであれば何の問題も無いんだろう。事実、ガドさんとセルフィナさんがやっているところを目撃してしまった――あくまでもアレは偶然、不可抗力であり、俺はそそくさと逃げ出したわけだが。というか、支部の倉庫なんて俺がひょっこり通りかかるような場所でそういうことをやらないでくださいマジでお願いします――ことだってある。


 俺自身はクーラに対して好意を抱いているし、クーラが俺に好意を抱いてくれていることだって疑ってはいない。とはいえ、それはガドさんとセルフィナさんなんかが互いに向けているものとは種類が異なるだろうし……


 あるいは、手の甲とか頬に対してであれば、それはそれで忠義とか親愛を示す行為と言えたんだろうけど……


 問題となっているのは、互いの口で交わしてしまったこと。


 本当に俺は、なんてことをさせちまったんだかなぁ……


 そう考えると、申し訳のなさで頭を抱えたくなってしまう。


 表向きの――看板娘としての部分だけを見たって、器量よしで気立てもよくて、気さくで明るい性分のクーラは相当に魅力のある女性だと思う。どこをどう間違えたって、俺なんかと釣り合うわけもないだろう。


 そういえば……


 なんだかんだで毎日のように顔を合わせていた間柄。今のクーラにそういった相手が居ないことくらいはわかるつもりだけど――というか、下手をすれば一番親しい異性が俺なんじゃないかとすら思えるくらいだ――過去にはどうだったんだろうか?


 そんなことが気にかかった。


 仮にそんな相手が居たとしても、クーラが1500年以上の時を生きてきたということを踏まえたなら、どこかで死別していたと考えるのが妥当という話になるわけで。


 幸いというべきなんだろう。俺はまだ、近しい誰かとの死別を知らない。だけどクーラは――


 っと、思考が逸れてきているな。


 今考えるべきは、恋仲でもない俺なんかのために、クーラに例の行為をさせてしまったことに関してだ。


 一応は、治療の一環だったとは言えないこともないだろう。昔はそれなりに知られていたそうだし、仮にだけど――呼吸が止まってしまったセルフィナさんに対して男性の医者がその行為をしたとしても、結果として助かったならガドさんは文句を言わないことだろう。


 だがまぁ……


 俺の方からそれを言ってしまうわけにはいかないよなぁ。そもそもが、俺がやらかして死にかけたのが原因なんだし。


 結局思考はそこへ戻ってしまう。


 いっそ、俺とクーラが恋仲だったなら話は速かったものを……って、何考えてるんだか俺は……


 ごく自然に浮かんできてしまった、とんでもなく阿呆な発想を振り払う。


 だからお前ごときがクーラと恋仲にとか、身の程知らずもいいところだとあれほど言っただろうが!さっきのアレは俺を死なせないために仕方なくやってくれただけなんだ。クーラが俺をそんな風に思ってるとか、妙な勘違いはするんじゃない!それ以前に、どんなに頑張ったところで100年もしないうちに、クーラを残して先に逝っちまうのは確定なんだから。俺なんかでは、どれだけ望んだところで、クーラの旅路を共に行くことはできないんだ!そのことは絶対に忘れるな!


「あれ?」


 必死でそう言い聞かせていると、不思議そうな声が背中に聞こえてくる。


「何でアズ君まで背中向けてるの?」


 どうやら俺がアホなことを考えるうち、クーラの方は落ち着きを取り戻したらしい。その声色は、すっかりいつもの調子に戻っていた。


「……多分お前と同じ理由だよ」


 だから俺も振り返る。少なくとも、身体と顔の熱は引いていたから。


「それもそっか。まあ、お互いに思うところはあるだろうけどさ、アレは治療の一種だったってことでどうかな?肋骨を折っちゃったのと同じでさ、君が死んじゃうよりはマシだったわけだし」

「それはそうだけど……」


 たしかに、俺も似たようなことを考えはした。


「むしろ、ためらったせいで目の前で君を見殺しにした、なんてことになったら、私は未来永劫悔やむことになりそうだったし。だからさ、私はそんな末路を未然に防げてよかった。君は命が助かってよかった。これで納得しちゃおうよ」

「……わかった」


 俺としては、クーラにやらせてしまったことを思えば複雑ではある。それでも、クーラがこれで納得しようと言うのであれば、食い下がる気にはなれなかった。


「それでさ、話を戻すけど……」

「戻す?」

「うん。ほら、元々はさ、君が寄生体へのトドメに『爆裂付与』1000発をぶっ放したのは、実は正解だったんじゃないか、って話だったでしょ?」

「……そうだったな」


 主にアレが衝撃的過ぎたからなんだが、すっかり忘れていた。


「けど、なんでそれが正解だったって話になるんだ?」


 そのせいで俺が酷い有様になっていた、という流れだったはずなんだが……


「えっと……じゃあ逆にさ、あそこで君が、単発の『爆裂付与』を使って寄生体を仕留めていた、もしもの未来を想像してみようか?」

「というと?」

「首尾よく寄生体を始末できたとして、その時の君はどんな状態だった?」

「……あ」


 理解できた。腹の中で『爆裂付与』なんてことをやったこともあり、その時点で俺はすでにかなりの重傷で、満足に動くこともできなくなっていた。


 その上でクーラが気付くきっかけであった『爆裂付与』1000発が無かった以上、クーラが駆けつけてくれることも無かったわけで。


 しかも、場所を考えたなら、クーラ以外の助けがあったとも思えない。


 その場合、どうなっていたのかといえば――


「そのままくたばってた公算が高いってことか」

「そういうこと」


 なるほど、それならばたしかに、俺は生き延びるための最善手を選んでいたということになるのか。


「まあ、これは今だから言えることなんだけどさ……上空で『爆裂付与』を派手にドカンとやるのが最善だったのかなぁ、とは思うけど」

「……その手があったか」


 たしかにそれならば、安全かつ確実に、クーラに気付かせることができていたはず。


 手段を選ばなかったとはいえ、俺ひとりでも相打ちに持ち込める程度の魔獣。普通に正面からやり合ったなら、クラウリア(クーラ)であればすんなりと勝てたことだろう。


「状況考えたら他に手が無かったっていうのは理解してるし、寄生体(ウィル・スローター)相手には有効な手段だったことも認めるけどさ、お腹の中で『爆裂付与』をかますとか、十分に狂った行為だからね?」

「おっしゃるとおりでございます……」


 それを言われると返す言葉もない。というか、クーラにも口止めを頼むべきだろうか?支部長あたりにバレたなら、間違いなくお説教が待っていそうな話だ。


「それはそれと……情報の交換はこんなところか?」


 ともあれ、必要なことは話し終えたと思う。


「そうだね」


 そしてクーラも同意見だったらしく、


「ところでさ、今話したのとは別で、君に聞いてほしい……じゃないか、話したいことがあるんだけど、もう少し付き合ってもらってもいいかな?」

「それは構わないけど」


 クーラの『時隔て』を使えば、時間は気にしなくてもいいらしいということだったはず。その話がどれくらいかかるのかはともかくとしても、1時間やそこらであれば容易いとも言っていたわけだし。


「何を話したいんだ?」

「君も少なからず気になってるんじゃないかと思うけどさ……私のことを洗いざらい」

「……たしかに、いろいろ気になってることは否定しない。けど、いいのか?俺なんかに話しちまっても」

「また『俺なんかに』とか言うし……。まあそれはともかく、ちょっと思うところがあってさ、一度くらいは自分語りってやつをやってみたかったの。けど、ことがことだけにホイホイ話せるものでもないでしょ?その点、君にはすでに正体がバレちゃってるからね」

「なるほど……」


 誰かに話すことで気が楽になるというのは、たまに聞く話。


「そういうことなら、聞かせてもらうよ」


 多分だが、クーラの自分語りには1500年以上に相応の重さがある。それは、俺が受け止めきれるようなものではないのかもしれない。また、さっきのように醜態を晒してしまうのかもしれない。


 それでも……少しでもクーラが楽になるのであれば応じたかった。


「ありがと。それでさ、長い話になりそうだから、場所を変えてもいいかな?どうせなら気分のいいところで話したいから」

「それは構わないんだが……」


 目の前には散々な状況。その気持ちはわからないでもない。


「『転移』を使うのか?」

「うん。さすがに歩いて行くのは無理そうだし」

「『時隔て』と同時にやれるものなのか?」

「そこはまったく問題無い」

「ならいいんだが」

「じゃあ、さっそく行くね。私がこれまでに見てきた中でも一番のお気に入りだし、君も気に入ってくれたら嬉しいんだけど」

「ああ。……いや、ちょっと待ってくれ!」

「どっちなのよ……」


 クーラには呆れられたが、待ったをかけたのには理由がある。


「お前が一番気に入ってる場所、なんだよな?」

「うん。始めて見た時は感動したね」

「なら、少し心の準備をさせてくれ」


 俺の師匠は各地を旅した経験のある人で、その中で目にしてきた様々な光景についても話をしてくれたことがあった。




 高い山の頂上で足元に広がっていた雲だとか、


 高原の夜に湖畔で見上げた満天の星空だとか、


 月に隠れた太陽の様が指輪のように見えたとか、


 どんな宝石も霞むほどに美しい花だとか、


 名のある職人が長い歳月をかけて建てた聖堂だとか、


 無数の流れ星が降り注ぐ夜だとか、


 視界に収まりきらないほどに幅広い滝だとか、




 どれも聞くだけで胸が躍るような話で、俺も一度は見てみたいと思えるようなものばかりだった。


 それに、連れられての旅の中で東端の港町で見た光景。海に沈む夕日が本当に奇麗だったことは今でも覚えている。


 そのあたりを考えたなら、師匠の20倍以上という時間を生きてきたクーラが感動し、一番のお気に入りという場所なんてのはどれほどのものになるのか?まして、『転移』が使えるクーラであれば距離も関係ない以上、大陸の外だという可能性すら普通にあり得るところ。


 無策で目にしたなら、腰を抜かしてしまうかもしれない。さすがにそんな無様は晒したくなかった。


 だから深呼吸を5回ほど繰り返す。


 これで気構えはできた……と思う。


「頼む」

「じゃあ、今度こそ行くよ」


 そうしてやってきたのは、一瞬だけの浮遊感。




「これはまた……」


 次の瞬間に俺が立っていたのは、少なくとも王都の内部ではない……どころの話ではなくて、


 足元の感覚は土というよりも岩に近い。色は白に近い灰色だろうか。デコボコなだけでなく、ところどころに大小いくつものくぼみが見えるものの、印象としては殺風景な荒野といったところ。そんな景色が見渡す限りに広がっていて。


 今が夜というのは、経過的に妥当なところだと思う。空は真っ黒で雲は見当たらず、いくつもの星が見えた。なんとなくではあるんだけど、空の見え方が普段と違うようにも思えるんだが……


 と、そこまではまだいいとしても……


 星以外にも、空に浮かぶものがあった。夜空に見える真ん丸となれば月以外にはあり得ないはずなんだけど、ソレは見慣れた月とは違っていた。


 月明りというやつを表現するのであれば、穏やかだとか、優しいだとか、落ち着いただとか、そういったものになるはずなんだが……


 降り注ぐ光は太陽さながらに強く、直視するのが辛いほどで、足元を見ればくっきりと影が伸びていた。というか……


 夜空に太陽が浮かんでいると言われた方がしっくりくるような気がするくらいなんだが。


 少なくとも、俺がこれまでに見た中にも、読み聞きした範囲内にも、存在していなかった光景。


「なんなんだよここは……」


 だから、唖然とした声を出してしまったのも当然のことだと思う。


「あはは。その様子だと、驚いてくれたみたいだね?」

「それはそうだが……」


 隣でクーラが言うように、たしかに驚きはした。すごい光景だとは思う。


 けれど……


 これが、本当にクーラのお気に入りなのか?


 何かが違う気がした。


 今までに見たことも無いような光景だとは思う。だけど、どこまでも殺風景で、寂しい光景にも見えてしまう。少なくとも俺には、目の前に広がる景色を見ても、気に入ったという感想は全く湧いてこない。


「本当に、ここがお前のお気に入りなのか?」

「拍子抜けした、なんて思ってる?」

「……すまないとは思うけどな」

「まあ、それは無理もないと思うよ。けどね……」


 ニヤリと笑うその様は覚えがあった。師匠に性根をたたき直される前、悪戯を仕掛ける時に腐れ縁共が見せていた表情とよく似ている気がする。


「後ろを振り返っても、同じことが言えるかな?」


 そして、どこか挑戦的に言ってくる。


「……つまり、本命は後ろにあるってことだな?」

「そういうこと」


 まあ、ここで振り向かないという選択肢があるわけもなく、


「……………………………………………………………………………………」


 心の準備なんてものは、一瞬で粉砕されていたんだろう。


 その言葉は知識としては知っていた。だけど俺はこの時、『絶句』というのがどんな状態を示すのか、身をもって理解させられていた。

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