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図書院通いの中で得た知識によればそれは――

「ズビーロってアホのクズでゲスなバカタレしかいないの?」


 念願叶って仲直りして、パン屋の前で別れてから俺が死にかけるまでにあったことを話し終えて。その後の開口一番にクーラが口にしたのは実に辛辣なお言葉で。


「わざわざ自分の部下を寄生体(ウィル・スローター)にプレゼントするとか……あり得ないでしょ。しかも最後は自分が食われてお終いって……。頭腐ってたんじゃないのそいつ」

「まあ、そのあたりは俺もまったくの同感だけどさ……」


 言葉に出されてあらためて俺が思うのもそんなこと。本当にあのクソ長男は頭がおかしかった。クーラが言ったように、実は腐っていたんだとしても驚かない自信がある。


「とりあえず、四男だけは除外してやってくれ。一応現時点では、特にやらかしてはいないはずだから」

「……血に罪は流れない、なんて言葉はあるけどさ……ホントに大丈夫かな?君ってズビーロ一族と妙に縁があるみたいだし」

「……それを言われると不安ではあるんだが」


 頼むから四男は妙なことをやらかさないでほしい。やらかすにしても、俺に迷惑が掛からない範囲でお願いしたいところ。


「まあ、そこは祈るしかないだろうな」

「たしかにね。この先の君を危険に晒すかもしれないからとりあえず消しておこう、なんてわけにはいかないし。……今はまだ」

「……最後のひと言が妙に怖いんだが。お前なら証拠も残さずにやれそうなあたりが特に」


 『転移』ひとつでも、暗殺やらの難度は格段に下がることだろう。


「大丈夫だってば。お日様に顔向けできなくなるようなことはやらないよ」

「信じてるからな」

「お任せあれ。けどさ、本当に君が助かってよかった……というかさ、君って密かにこの世界を救ってたんだよねぇ……」


 話す内容は物騒なものではあったが、流れる雰囲気はいつもの朝と似ていた。だからなんだろう。クーラが妙にしみじみと、そんなアホなことを言い出したのは。


「さすがにそれは無い。たしかに寄生体の恐ろしさは身に染みたけど、それでも世界を救ったなんてのは大げさが過ぎるだろ」

「そっちじゃないよ。君がこの世界を救ったのは寄生体からじゃなくて、私からってこと。昨日も言ったでしょ?」

「……そういうことか」


 たしか……俺にもしものことがあったら八つ当たりで世界を滅ぼすとかなんとか。そんな冗談(・・)を聞いた覚えはある。


「そういうこと。だからさ、新しいふたつ名を名乗ったらどうかな?『救世の英雄』とか、割とよさげじゃない?」

「寝言は寝て言え」


 大仰過ぎにも程がある上に恥ずかしすぎるわ。『クラウリアの再来』ですら勘弁してほしいってのに……


「というか、現行で広がりやがってるふたつ名でも俺は辟易してるし、お前だって同じだったはずだろ?」

「たしかに君が『誰かさんの再来』なんてふたつ名で呼ばれてるのは、その『誰かさん』としては恥ずかしいものがあるよ。けど、『救世の英雄』とかだったら私には無関係だからさ。まったく気にならない」


 完全にお前の都合だろそれは……


「……あまりふざけたこと言うようなら、天下の往来で『クラウリアの再来』を自称するぞ」

「……すいませんごめんなさい私が悪かったですどうかそれだけは許してください」


 だからそんな脅しをかけてやれば、即座に平謝りをしてくる。


「それ以前の問題として、俺は寄生体に勝てたとは思ってないからな。実質的には相打ち……引き分けだろ。しかもその最後でヘマやらかして死にかけるとか、間抜けすぎるぞ」

「……そのことなんだけどさ、結果論ではあるけど、君の選択はむしろ正しかったのかもしれないよ?」


 声色が楽しそうなものから神妙なそれに変わる。


「どういうことだ?」

「別れた後で君の身に起きたことは聞いたばかりだけどさ、私はその時どうしてたと思う?」

「それは……」


 言葉に詰まる。言われて初めて思い至れたというのも情けないところ。


 というか……


 ふと湧いてきた疑問。あの時はそこまで頭が回らなかったこと。加害者である俺が言っていいことではないんだろうけど、あの程度の暴言でクラウリアが涙を流したりするものだろうか?


 1500年以上を生きてきたというクーラならば、軽く流せそうな印象の方がずっと強いんだが……


「相当に酷い有様だったんだろうね。見かねたアピスちゃんがエルナさんを呼んでくれて、そのままアピスちゃんに付き添われて部屋に帰ってたの」

「……そうか」


 やっぱり、相当傷ついてたってことなのか。


「ちなみに、さっき君が言った通り、蒸し返すのは禁止だからね。私は君に非があったことを否定しないし、私に非があったことは君に否定させないから」


 そう言われてしまえば、どうしようもなかった。


「けど、アピスにもエルナさんにも迷惑かけちまったわけか……」


 そのことだって、今に至るまで気にも留めていなかった。


「だよねぇ……」

「だったら、明日にでもふたりで謝りに行くか?」

「…………………………うん。そうだね」


 んん?


 割と順当な提案をしたはずなんだが、その割にはクーラの反応が遅かったような気が……


「まあ、明日のことは明日考えるとしてさ」


 急な切り替えにも違和感が。クーラの性格なら、あのふたり――特にエルナさんに心配をかけたなんてことになれば、かなり引きずりそうなところなんだが……


「私が君の危機に気付けたのは、爆音と地響きが原因だったの」


 っと、今はクーラの話だな。


「……それって、俺が最後にやらかしたアレのことか?」

「そうなるね」

「……ここからお前の部屋って、それなりには距離があるんじゃないのか?」

「それはそうだけどさ、『爆裂付与』1000発分ってのはそれだけ大きかったんだよ。揺れとか音の性質がノックスの時とそっくりだったからね。君の仕業だってことはすぐにわかった。しかも場所は王都の中みたいだったでしょ?だからこれはヤバいって思って、大慌てで『転移』して駆け付けたってわけ」

「……音と揺れだけでそこまで理解できるってのも何気にすごいことだと思うんだがな」


 まあ、そこは『クーラだから』で思考停止してしまってもいいんだろうか?


「そこで君を見つけたんだけど……。ちなみにだけどさ、その時の君がどんな状況だったか、聞きたい?」

「死にかけてたんじゃないかとは予想できるけど……」

「少なくとも、アレはどこをどう間違えたって、軽傷とは言えなかった」

「だろうな……」

「だからさ、私としては聞かないことをお勧めするよ。もちろん、君が知りたいのなら隠すつもりもないけど。……どうする?」

「聞かせてくれ」


 聞くのが怖いという部分もあったが、それでもためらいはなかった。


 俺を死の淵から救い上げてくれたのがクーラだったわけで。実際にどんな状況に俺があったのかは知っておくべきだろうと思えたから。


「わかった。まずは……」


 そうして指折りでクーラが挙げていくのは、俺の予想を大きく上回るもので。




 手足のあちこちがおかしな方向に曲がっていたとか、


 骨折箇所は数えるのが馬鹿らしくなるくらいだったとか、


 腰もねじれていて、上半身は仰向けなのに下半身がうつ伏せだったとか、


 腹には大きな穴が開き、そこから何かがはみ出していたとか、


 内臓もズタズタを通り越してぐちゃぐちゃになっていたとか、


 左右の手首から先が見当たらなかったとか、


 右の目玉が潰れていたとか、


 顎は砕け、左の耳はちぎれていたとか、


 自分で望んだとはいえ、聞いているだけで痛くなるような有様で。間違いなく俺は頬を引きつらせていたことだろう。




 というか本当によくそれで生きてたな俺……


 ちなみにだが、頭の中には大きな損傷が無かったことは不幸中の幸いで、もしも大きく傷ついていたなら、クーラにもお手上げだったらしい。


 悪運の強さに呆れたらいいのか、そんな状態だった俺を無傷にまでもっていったクーラに感心すればいいのか、そのあたりすらも決めかねるところ。


「あとは……」


 まだあるのかよ……


「息をしてなかったね。それと心臓も止まってた」

「……はい?」


 トドメとばかりにとんでもないことを言い出しやがる。


「それって……死んでたって言わないか?」


 いやまあ、聞かされた限りの怪我だけでも十分すぎるほどに致死性なんだが……


 というか俺、生きてるんだよな?


 実在はしないらしいが、物語の世界にはゾンビなんて魔獣もいるわけで。


「どうだろうね?心臓とか呼吸の停止からの復帰を蘇生――蘇る生って言うくらいだから。そういう意味では死んでたって言えるかも。まあ、そのあたりの解釈は人それぞれかな」


 あっけらかんとそんな知識を披露してくれる。


「……つまり、お前の治癒は死んだ人間すら蘇らせることができる、と?」


 ともあれ、俺はそう結論付けたんだけど、


「さすがにそれは無理」


 クーラは否定する。


「怪我だけだったら、私にはいくつか治す手段もあったわけだし、実際にすぐに治せたんだけど……」


 またぶっ飛んだことを言い出した。あの怪我をすぐに治せたとか、それもまたとんでもない話なんだがな……。しかもその手段が複数とか……


「その時には心臓も呼吸も止まってたんだから。私の方まで心臓が止まるんじゃないかと思ったよ」

「……けど、俺はこうして生きてるわけだよな?」


 試しに息を吸って吐き出してみるも違和感はなく、手首に指を当ててみれば脈拍も感じ取れる。


「昔に教わったことなんだけどね。止まっちゃった呼吸と心臓を回復させるっていう方法があるの」

「それも治癒の心色なのか?」

「そうじゃないよ。純粋な技術だから、君だって身に着けることは不可能じゃない。というかさ、私の心色には治癒は含まれてないし」

「そりゃそうだけど……」


 たしかにクラウリアの虹剣は、炎、氷、風、地、雷、光、闇、剣の8種複合であり、そこに治癒は含まれていなかったはず。クーラ自身が当然のように瞬時に傷を治していたから、てっきりそういうものだと思い込んでいた。


「まあ、私が使う治癒は心色とは別物ってことで。それで、話を戻すよ」

「ああ」


 それはそれで、これまたとんでもない話なんだが……。今はさて置くことにする。


「それで……心臓の動きや呼吸を取り戻させる手段がある、だったか?」

「うん。一応、誤解の無いように言っておくけど、むしろこの方法が使える状況自体、かなり希少なことだから。誰も彼もを助けられるなんてことはない。むしろ、君の場合は本当に運が良かったんだと思う」

「そういうものか」

「そういうものだよ」

「ちなみにだが、それって具体的にはどうやるんだ?もちろん、言えない理由があるのなら大人しく引き下がるし、他言無用だというのであれば素直に従うけど」


 興味自体は無いはずもない。


「私から聞いたってことだけ隠してもらえれば……って、()()()()()()()()()()。いいよ、教えてあげる」

「……よくわからんけど、そういうことなら聞かせてくれるか?」

「うん。昔――クラウリアが生きてたことになってる時代にはお医者さんの間では有名だったらしいし、虹追い人の中にも知識として持ってる人は結構居たはず。廃れちゃったのは、有効になる局面が少なかったからなんだろうね。断言はできないけど、図書院にでも行けばこのことが書かれてる本もあるんじゃないかなって思う」

「なるほど。それはそれでもったいない気もするけど」


 役に立つ機会は少ないのであって皆無ではない。それを思えば、知っている人は多いに越したこともないと思うんだが。


「まあ、それはそうとして……具体的な話だね。まず心臓の方は――」


 そう言って指を当ててくるのは、胸の中心あたり。


「ここを強く押し込むの」

「心臓を、か?」


 骨を隔てているとはいえ、その下には心臓があるはず。


「そうだね。早い話が、心臓に物理的な衝撃を加えることで、動きを再開させようってこと」

「随分乱暴だな……」

「たしかに。けど、実際に成功例もあるわけだし」

「俺もそのひとつってわけだな」


 ただ、言われてみれば……


「目を覚ます前に、締め付けられるような感覚はあったような気がするな。それに、骨が折れてたとも言ってたな?」

「あ、そのあたりは感じてたんだ?まあ、力を入れすぎて肋骨を折っちゃったのは、死ぬよりはマシってことで、見逃してほしいかな?」

「……そのおかげで助かったんだ。感謝こそすれ、くだらない言いがかりをつけるような恥知らずをできるわけないだろ」

「あはは、君はそう言ってくれるよね。それで、呼吸の方なんだけど」

「ああ」


 聞いたところでは、俺は息もしていなかったとこと。生きるために息をしなければならないというのも、よく知られた話なわけで。


「こっちも物理的にってところは同じだね。自力で呼吸ができないなら、呼吸させてやればいいってこと。具体的には直接口に……………………あ」


 淀みなく話していたクーラが急に言葉を詰まらせ、呆けた声を出す。さらには、その顔がみるみる朱色に染まっていくようで、


「クーラ?」

「ちょっと待って!?これってひょっとして!?」


 だから名を呼んでみるも、返ってくるのは返事ではなくて、何かに気付き、驚いたような反応。


 急にどうしたんだ?


 よく見れば、その視線は俺の口あたりに向いているようで。


 俺の口に何か付いてるのか?


 そう思い、拭ってみる。けれどそこには何も無く。


「あ……うぅ……」


 今度はうろたえ出すクーラ。本当に何があったのかと思いつつ、その口元に目を向けたのは何となく。


 そうしてふと浮かんできたのは、闇の中で感じたもの。そのうちひとつは今クーラが説明してくれたわけだが、もうひとつの方。


 柔らかいモノが口に触れ、そこから何かを入れられていたような感覚があって、


 目を開けた時には、ゼロ距離なんて表現がしっくりくるような場所にクーラの顔があった。


 そして、たった今言いかけたこと。


 ……まさか!?


 これだけ揃えば俺でもわかる。


 呼吸が止まっていた俺に対してクーラは、直接に、口移しで息を吹き込んでくれていたんだろう。


 互いの口を触れ合わせる。その行為は、世間一般では口づけとかキスとか言われているもので。


 図書院通いの中で得た知識によればそれは――


「う……あ……」


 そこに思い至った瞬間、俺の口からもうろたえ声がこぼれ出て顔が……いや、顔だけじゃなくて、全身が急速に熱を帯びてくるようで。


 ……奇麗な色、してるんだな。


 意識してしまうとクーラの薄紅色から目を離せなくなり、そんなことを思ってしまう。


 そのままふたり揃って固まっていたのはどれくらいの時間だったのか。


「うああああっ!?」


 均衡を打ち破ったのは、耐えられなくなったようにクーラが発した叫び声。そのまま背を向けられてしまって、


「ごめん!落ち着くからちょっと待ってて!」


 あからさまに動揺した風でそう頼まれた。


「あ、ああ。わかった」


 同じく動揺し、落ち着きを吹き飛ばされていた俺としても、拒む理由はどこにも無い。むしろ――


 助かった……


 そんな安堵感がこみ上げてくる。


 あと数秒もさっきの状況が続いていたなら、俺の方が先に耐えられなくなり、背を向けていた。そんな確信があった。

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