妙な予感とでもいうのか
「あれは……」
カイナ村を目指して歩くことしばらく。王都につながる街道だからなのか、結構な数の荷馬車や旅人とすれ違いを重ね、体感時間的にはそろそろ半分かといったあたりに、ソイツらが居た。
街道から離れること20メートルくらいか。草地の上でピョンピョン――というかポヨンポヨンといった表現が似合いそうに跳ねるのは、ひと抱え程の大きさをした丸いモノ。3匹のイヌタマだった。
さて、どうしたものか……
こちらには気付いた様子もなく跳ねるソイツらを眺めて考える。
俺にある選択肢はふたつ。無視するか、戦うかだが……
よし、やるか。
決断まではほぼ一瞬。
魔獣としてはもっとも弱い部類に入る相手とはいえ、荒っぽいことに慣れていない行商人あたりが襲われれば、軽くない怪我を負わされる恐れくらいはある。ならば、そんな危険を事前に潰しておくというのは虹追い人的にも間違いじゃないはず。
もちろんのこと、自分の手に余る相手にケンカを売るのは阿呆のやることだろうけど、イヌタマ相手の3対1であれば、心色を得る前にもやり合った経験はある。先制に使えそうな飛び道具がある以上、あの時よりも有利にやれるはずだ。
左手に短鉄棒、右手には泥団子を持って、街道を外れる。距離は詰めすぎない。初撃は、不意打ちを決めたいところだから。
行くぞ!
腹の中の掛け声と同時に投げつけた泥団子は、見事に1匹にあたり、その身体を跳ね飛ばす。
「「プニャアアアァッ!」」
残る2匹もこちらに気付くと、毛を逆立てて鳴き声とともに跳ねて来る。
「よいしょ!こらしょの!どっこいしょ!えんやこらせの!ほいさっさ!っと」
こちらは迎え撃つように、泥団子を投げ続ける。狙いを定めるのは、その時々でもっとも近くに来ていた奴へと。さすがに泥団子だけトドメとは行かなかったようだけど、無傷とも行かなかったらしい。各2発の計6発を受けたイヌタマたちは近接戦の距離に来る頃には、わかりやすく動きを鈍らせていた。
「……これで終わり!っと」
だからその先は短鉄棒を振るえば、危なげなく倒しきることができた。
そうすれば周りに残るのは何事もなかったような静けさと、足元に転がる残渣が3つだけ。
ちなみにだが、『魔獣』と『動物』にはいくつかの違いがある。
動物が生殖行為で増えるのに対して、魔獣はどこからともなく発生する。
動物は死ぬと死体を残すのに対して、魔獣は死ぬと消滅し、『残渣』と呼ばれる鉱石のような外見をした物を残す。
主なところはこのふたつ。それ以外で魔獣の特徴としては――地域ごとに発生する種類がほぼ決まっていて、発生する地域の外に出てくることは滅多にないということ、だろうか。
だから、街道沿いにイヌタマが現れた今回は、割と珍しいケースと言えるんだろう。
「コレはどうするかな」
戦利品である残渣3つを拾い上げて考える。
なんのひねりも無く、在り方そのままの名で呼ばれているこの残渣。使い道は大きく分ければふたつある。
ひとつは材料として。残渣を加工することで、様々な機能を持った『魔具』と呼ばれる道具を作り出すことができる。
例えば――イヌタマの残渣から作られるのは火を起こす魔具で、しばらく使っていると効果を失うんだけど、それを差し引いても、どこの家庭でも調理用にと重宝されている。
似たようなところで、ネコタマの残渣は水を生み出す魔具に。ウサタマの残渣は物を冷やす魔具の材料として、これまたイヌタマの残渣と同じように広く使われている。理由や原理までは知らないが、魔獣の種類によって残渣の性質は異なるようで、イヌタマの残渣からは火起こし以外の魔具は作れないんだとか。
それ以外にも、身に着けているだけで特定の心色を強化する永続的に効果のある魔具だとか、治癒の心色と同じような効果を発揮する使い捨ての魔具なんてのもある。どちらも虹追い人的には実に有用なんだろうけど、材料となる残渣を残す魔獣がかなり強い部類に入るとのことで、入手は難しいんだとか。
ちなみにだが、強い魔獣の残渣ほど、強力な魔具の材料になるとのことだ。
残渣のもうひとつの使い道は、心色の糧。心色というやつは使い続けることで成長していくという側面もあるんだが――毎日長い距離を歩いていれば、足腰が強くなるようなものだろう――残渣を取り込むことでも成長させることができるとのこと。
そして、魔具と似たような話になるんだが、強い魔獣の残渣ほど、取り込んだ際の効果が大きいのだとか。なお、一度魔具に加工した残渣を取り込むことは不可能らしい。
他にも、納品依頼用だとか、売りさばくというのもあるんだろうけど、その場合も行き着く先は材料と糧の二択だろう。
「……よし、取り込もう」
少し考えた末に俺が出したのはそんな結論。理由のひとつは、残渣を取り込むという行為への好奇心。もうひとつは、存外にいい仕事をしてくれた相棒への慰労というやつだ。最初は残念な心色と思っていたが、いざ使ってみれば案外悪いものでもなかったんだから。まあ、我ながら現金な考えとも思うけど。
そのあたりはともかくとして、経験は無くても取り込む方法は知識として持っている。残渣を胸に当て――衣服の上からでもいいらしい――『取り込もう』と念じればいいんだとか。
だからその通りにしてやれば――
「……っと!」
手の中にあった残渣の重さが消え、何かが身体に入り込んでくるような感覚。その何かも、すぐに溶けるように消えていく。これもよく聞く話だけど、心色を得た時とどことなく似ていた。
「……お?」
その直後に、これまた奇妙な感覚がやってくる。心の中にあった心色に、新たな何かが書き込まれるような感覚。これもまた、知識としてはあった。多分だが、新しい彩技を身に着けた時のものだろう。
さて、どんなものなんだ?
そうして心色に意識を向ければ、『封石』の他にもうひとつ。『衝撃強化』という文字が見えた。
名前だけではピンと来ないので、さらに意識を向ける。そこにあった効果というのは『命中時の衝撃を強める』というもの。
推測だが、先ほど俺の泥団子を食らったイヌタマは跳ね飛ばされたんだが、コレを使っておけばさらに大きく跳ね飛ばされるようになるということなんじゃないだろうか?その分威力も上がりそうなところだが。
とりあえず、試してみるか。
とはいっても、今から支部に戻ってシアンさんに頼むわけにもいかない。だから対象は、足元に広がる草地。
「よっ!」
まずは比較用に、『衝撃強化』を使わずに一発。
「それっ!」
今度は『衝撃強化』を込めて一発。こちらは命中した時に、少し音が響いた気がしたが。
「……なるほど」
草地をカラフルに染めた泥を消してみれば、確かな差があった。どちらも草が倒れていたんだけど、『衝撃強化』を使った方は草が倒れた範囲が広かった。
とりあえずは、多少は威力が上がる、くらいのいの認識でよさげだな。あとは、またイヌタマを見かけたら実験台にでもなってもらおうかね。
ここがカイナ村か。
それから歩くことしばらく。幸か不幸か……いや、街道近くに魔獣が現れなかったことは幸いと言うべきだろう。あのあとはこれといったこともなく、目的地に到着。
簡単な柵で守られただけの、ハディオと似た雰囲気の農村に足を踏み入れる。
さて、村長さんはどこにいるのやら……
考えていると、木材を乗せた台車を押すひとりの男性が目に付いた。この人に聞いてみようか。
「お疲れ様です」
そう声をかければ、男性はこちらに気付いてくれる。
「よう!どうかしたのか?」
「お忙しいところ済みません。依頼を受けた虹追い人なんですけど、村長さんの家がどこか、教えていただけませんか?」
「虹追い人……?まだ坊主みたいだが……」
「ええ。今回が初仕事の白です」
「白……ってことは……草むしりの依頼か?」
「はい。頼りないと思われるかもしれませんが」
「いや、こんなに早く来るとは思わなかったんでな。てっきりいつものように、何日かしたら、あのガタイのいいダンナか精悍なダンナかちっこい娘っ子かやたら綺麗な兄ちゃんか三つ編みの兄ちゃんが来るものだとばかり思ってたからよ」
多分だが、タスクさんとソアムさん、セオさんとキオスさんのことだろう。タスクさん以外も、白の依頼でも受け手がいなければこなしていたというわけだ。精悍なダンナ、というのは、今は遠出しているという先輩のことなんだろうな、多分。
「俺はその方たちの後輩になります。先輩たちの顔に泥を塗らないよう、心掛けるつもりです」
「まだ坊主なのに感心だなぁ。あの依頼は村長が出したものだから、まずはそっちに会うのがいいんだろうけど……」
難しい顔で首を傾げる。
「俺もまずは村長さんに会うつもりでしたけど、何か問題が?」
「いや、問題ってわけじゃないんだよ。村長なら今は自分の家にいるはずなんだが……」
「なんだが?」
「村長の家ってのがわかりにくくてな……」
「周りより大きいとか、村の奥にあるとかでは?」
素直に考えればそんなところ。俺の故郷でもそんな感じだったんだが……
「村の真ん中らへんにあるし、大きさも他と変わらないな」
なるほど、それだと探すのも多少は骨が折れそうか。
「でしたら、大まかな方向だけでも。あとは道すがらで聞きながら行きますから」
「悪いな。そうしてもらえるか。あの畑もさすがに薄気味悪くなってきてなぁ……」
薄気味が悪い?
妙なフレーズが出てきた。畑に草がぼうぼうというのはいい気分はしないだろうが、薄気味が悪いというのは、なにか違う気もするんだが……
まあ、詳しくは依頼主に聞けばいいか。
そうして、「頑張れよ。それと、腰は痛めないようにな」と見送ってくれた人に礼を言い、村長の家を探す。途中、3回ほど同様の質問をし、答えてくれた全員が最初の人と同じような反応をしていたあたり、第七支部の先輩たちがこれまでに積み上げてきたことがうかがえた。こんな俺でも今は第七支部の看板を背負っているようなもの。気を引き締めないとな。
「ごめんください」
「……おや、どちら様で?」
ようやくたどり着いた家のドアをノックすれば、出てきたのは落ち着いた雰囲気をした初老の男性。この人が依頼主だろう。
「王都の第七支部から来た虹追い人のアズールと申します。この依頼を受けて来ました」
セルフィナさんから預かって来た書類を渡せば、
「驚いたねぇ。こんな若い子が来るとは……」
これまでに出会った人たちと似たような反応を返してくる。
「昨日第七支部に入ったばかりの新人です。頼りないかもしれませんが……」
「いえ、こんなに早く来てくれるとは思いませんでしたし、頼りにさせてもらいますよ。よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします。それで、依頼の詳細をお聞きしたいんですけど」
「そうですね。ではこちらに」
「どうぞ。まだ若いのに感心ねぇ。ソアムちゃんだったかしら。あの子は元気にしてる?」
「ありがとうございます。そうですね、ソアムさんは今日も元気に溢れていましたよ」
「相変わらずみたいね。帰ったらよろしく伝えてくれるかしら?」
「ええ」
通された家の中で、村長さんの奥さんとおぼしき人が淹れてくれたお茶をいただく。同じ農村でも俺の故郷と違って王都に近いからなのか、村長さんも普通にお茶をすすっていた。
「それで、依頼した畑なんですけど……。ごく最近、新しく開墾した場所でして……肥料をたっぷりとやって、いよいよ種をまこうかという矢先に、急に草だらけになっていたんです」
「最近?それに急に?」
妙な話だ。草むしりを依頼する必要が出るほどに雑草が生えるには、多少は時間が必要なはずなんだが……
「今は村全体が忙しい時期でしてね、手を回せる者が居なかったので依頼を出したんですけど……。それから3日ほどで草が背丈ほどに……」
「3日で背丈ほどに!?」
いやいや、それはおかしいだろう。これでも、師匠に叩きのめされてからは畑仕事も真面目にやっていた身の上。多少は農作業にも通じているつもりだけれど、その上で思う。普通じゃない、と。
「我々としてもこんなことは初めてでして……」
なるほど、それならば村の人が薄気味悪いなどと言うのも道理。
「とりあえず、現場を見せてもらえますか?」
どの道、足を運ぶ必要があるのは確定だ。
「わかりました、それでは案内しましょう」
連れられて外に出る。妙な予感とでもいうのか、空は晴れ渡っているというのに、俺の行く先には暗雲が立ち込めているような気がした。