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俺は……クーラと……なか……なおりを……す……る……

「んぐぅぉっ……!?」


 俺の口に入ってきた寄生体が、そのまま喉の奥へと潜り込んでくる。その感覚自体は、飯を食う時のそれと少しだけ似ていたのかもしれない。まあ、口から腹へと入るわけだから、当然と言えば当然なのかもしれないけど。


 それでも、伴う嫌悪感は桁が違っていた。


 それもまた当然のことだろう。


 なにせこの魔獣は入り込んだ対象の記憶やら精神やらを食い尽くし、最後にはその身体までもを乗っ取ってしまうのだから。


 寄生体(ウィル・スローター)に入り込まれた俺はこの後どうなるのか?


 抗うことができる、なんて風には思っていない。灼哮ルゥリの逸話に語られる個体なんかは、藍の虹追い人を何人も餌食にしてきたとのことだった。


 言い換えるならそれは、それほどの先達たちであっても抗えなかったということ。そんな魔獣相手に俺ごときが抵抗できるなんてことは、それこそ夢にも思えない。


 ニヤケ長男の自己申告通りなら、寄生体が俺を食い始めてから食い終えるまでには数秒程度しかかからないとのこと。その後に残るのは、ニヤケ長男やニヤケ女の同類となり果てた、俺だったモノというわけだ。


 クラウリアが存命だということを俺の記憶から知った寄生体は、間違いなくクーラを狙う。さすがにその際には俺のフリをするだろうから、あの気色悪いしゃべり方を俺の身体でクーラの前でされずには済みそうだが。


 それはともかくとして、その時にクーラはどうするのか?


 俺が謝罪をしたなら、きっとあいつは笑って水に流してくれる。それくらいには、俺だってクーラのことを理解しているつもり。だけどそのあとは……本性に気付くこともないままに、ニヤケ顔を浮かべた俺に襲われ、寄生体に食われてしまう。クーラを陥れる道具に使われるなんてのは、絶対に嫌だ。


 あるいは、あいつなら目の前に居るのが寄生体に食われた俺の抜け殻だということに気付けるのかもしれない。クーラであれば、80人分以上の心色を備えた相手にだって負けることはないのかもしれない。けれど、それはそれでクーラを苦しめることになってしまう。すでに精神を食い尽くされた後だったとしても。その姿もその身体も、この5か月ほどを共に過ごしてきた悪友のものなんだから。あんな別れ方をした上でそれを手にかけたなんてことになれば、あのお人好しは間違いなく悔やみ続ける。


 つまりはどう転ぼうとも詰み。クーラにとってロクでもない結末しか待っていないという話になるわけだ。


 まあ、但し書きを付けるのならば――




 俺がこのまま何もしなかったなら、という前提での話になるわけだが。




 そして幸いにも、俺はそんな結末をぶっ飛ばす可能性を所持していた。


 この案――最後の一撃を思いついたきっかけになったのは、ミューキ・ジアドゥからジマワ・ズビーロへと寄生体が移った時のこと。俺を縛り上げていた心色の鞭が消え、その際に食らわせた『爆裂付与』が一定の効果を上げていたこと。あれは恐らく、乗っ取りが完了して『身体強化』を発動するまでに数秒を要したからだ。


 そして、以前セオさんから聞いた話。心色を使うには色脈が不可欠で、色脈を備えているのは人間だけだということ。


 このふたつを結び合わせてたどり着いた結論は、寄生体が心色を使うためには、人間に取り付いている必要があるということ。


 つまり、寄生体が人体の外に居る時を狙うのであれば、あの心色も脅威にはならないという話になるわけで。


 もちろん、そんなことは寄生体の方だって承知していただろう。少なくともアレは、クソ長男以上には知能を備えているように思えた。だから自分からわざわざ寄生先の外に出てくるなんてことは、()()()()()あり得なかったはずだ。


 別の相手に寄生する時のみを唯一の例外として。


 そして、寄生体は俺を食いたいと散々繰り返してきた。ならばその瞬間は確実に訪れ、その瞬間にこそ奴は無防備を晒す。


 と、そう考えたまではよかったわけだが……


 寄生体の方だってそれくらいはわかっていたことだろう。そんな警戒をすり抜けるにはどうしたらいいかと考え、用意した最後の一撃。それは可能性があるということを認めた上で、クーラと仲直りするためにすべてをぶん投げた今の俺でさえも、こうしている今だって、心の底から嫌だと思えるような――本気でやりたくない手段だった。


 さらに問題として、これまでに往生際悪く散々抵抗してきた俺があっさりと白旗を上げたとしても、不審に思われるのは容易に予想できた。最後の一撃を見抜かれるなんてのは、万にひとつもあっては困ることだった。


 だからそのために用意したのが、この部屋で仕掛けた一連の待ち伏せ。捨て身で死力を尽くした上で万策尽きた。そんな状況であれば、最後の一撃を気取らせないことができる……かもしれないと考えたからだ。


 もっとも、最後の一撃は心の底から使いたくなかったということもあり、今しがたの待ち伏せは偽装であると同時に、本気で仕留めにいっていたのも事実なんだけど。まあ、それくらいの方が最後の一撃から目を逸らさせるには有効だったことだろう。それに、多少の手傷は負わせたものの、結局は仕留めきれず、こうして入り込まれたわけだが。


 さて……やるか!


 ともあれ、いよいよ他に取れる手立てが無くなってしまった状況。こうしている今でさえもやりたくはないという気持ちは少しも萎えていないわけだが、ここに至ってしまえば選り好みなんてできるわけもない。クーラと仲直りできないままで終わるよりはマシだと言い聞かせて覚悟を決める。


 俺が最後の一撃として用意したのは、あらかじめ飲み込み、腹の中に仕込んでおいた泥。それに、『爆裂付与』を発動させてやるというもの。その場所であれば確実に、無防備状態の寄生体にぶちかますことができるというわけだ。もちろんのこと、ためらっている暇はない。そんなことをしていたら、すぐにでも食い尽くされてしまうだろう。


 それ以外では、威力の調整は勘に頼るしかないという難点もあった。


 なにせこんなことは過去に経験があるわけもなく、基準にできそうなものだって皆無。


 それでいて、腹の中で爆発を起こす以上、強ければ強いほどに俺がくたばる公算が高まり、弱ければ弱いほど寄生体を仕留めきれない公算が高くなる。


 本当に、綱渡りにも程がある。こんな案しか出せなかった阿呆を、助走付けてぶん殴ってやりたいとすら思う。


 けど!


 ここを渡り切って、俺はクーラと仲直りするんだ!


 そして――


 そのためにお前は邪魔なんだよ!今度こそくたばりやがれ寄生体!


 ためらいをねじ伏せて『爆裂付与』を発動。


「ぐぶへあっ!?」


 直後に口から吐き出されるのは、ボディブローでも食らったような声と、赤色の飛沫。


 その衝撃自体も、腹を殴られた時のものに近かったんだろうか?けれどそんな衝撃はすぐに姿を変えて、


「あ……が……ぎぁ……」


 全身をバラバラにでもされているんじゃないかと思えるような痛みがやってくる。


 意識は切らすんじゃねぇぞ!トドメを刺すまでは!


 それは、気を抜いたらすぐにでも、意識まで吹き散らされかねないほどの苦痛で。


「うぉ……えぁぁ……」


 そんな中で、何かが腹の底からこみ上げてくる。


「ぶぉ……えあああぁっ!」


 嘔吐に近い感覚と盛大な血飛沫を伴って吐き出されたのは、手のひらに収まりそうな大きさをした、先端に目玉の付いたミミズか蛇のようなモノ。


 まだ生きてやがったか……


 見た目以上にしぶとかったのか、あるいは俺が『爆裂付与』の威力を抑えすぎたからなのか。


 まあ、綱渡り自体は上手くいったということでよしとする。


 俺がくたばることもなく、寄生体に食われちまうことにもならなかったんだから。


 そんな寄生体はこの場を逃げ出そうと、ドアの方へと這いずって行く。


 逃がしてたまるかよ!


 あんなのを野放しにして他の誰かに寄生された日には、間違いなくロクでもない事態になっちまう。


 寄生体を目で追おうと首を動かすだけでも、全身を滅多刺しにされたんじゃないかと思えるほどの激痛がやってくる。この様では、起き上がることすらもできないだろう。


 だがそれでも、心色を発動することはできた。


 だから――


 今ここで確実に殺す!


 使うのは、俺に叩き出せる最大威力。


 『追尾』『衝撃強化』『爆裂付与』に500『分裂』と、オマケで『封石』も付けてやる!


 そんな泥団子を両手に生み出す。骨がむき出しになっているような手では投げることもできそうにない。けれど込められた彩技により、逃げ出そうとする寄生体目掛けて飛んでいく泥団子は2から1000へとその数を増やす。これだけ食らわせればさすがにくたばる……ってマズいだろそれは!?


 最後の最後で気が緩んでいたのかもしれない。とんでもない大ポカをやらかしていたことに思い至る。


 そもそもが、俺が普段から500『分裂』の『爆裂付与』全部乗せをやらない理由というのが、余波で自分まで死にかねないからというものだったわけで。


 ダメだ!『爆裂付与』だけでも解除を――


 ドドドドドドドドオオオオオオオォォォォォォォォォンッ!


 けれど、それよりも早くやってきたのは、立て続けの爆音で、


 直後にやってきたのは爆風だったんだろう。けれど、乱暴な浮遊感が全身に居座る痛みに油を注いだのはほんの一瞬。


 吹き飛ばされたなら、壁か床に叩きつけられる衝撃が来るはずなのに、代わりに感じるのは落下感。それも、どこまでも際限無く深い暗闇へと吸い込まれていくような感覚。


 すぐに痛みも感じなくなって、


 いや、ヤバいだろこれは……


 こみ上げてくるのは安堵ではなく危機感。こんなのは過去に経験したことも無い。それでも、直感とか本能とかといった部分が告げてくる。


 意識が身体から引き剥がされていく。このまま落ちていったら、二度と這い上がれない。その先に続くのは黄泉路だ、と。


 俺は……クーラと……なか……なおりを……す……る……


 定めた根幹。クーラのことを思い描き、必死で自分に言い聞かせて、


「クー……ラぁっ!」


 そんな叫びを最期にして、意識が闇の底へと沈んでいき、




「――――んっ!?」


 その寸前、何かが聞こえたような気がした。

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