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クーラと仲直りするためには、どうあってもあのニヤケ長男が邪魔だからな

 さて、やると決めたからには全身全霊だ。差し当たっては……仕込みも必要になりそうか。


 ようやく見えた勝ちの目とはいえ、気乗りしないという点以外にも、問題が無いわけではなかった。


 乗っ取りが完了した直後と、シャンデリア落としを食らわせた時。すでに俺は2度、不意打ちを成功させている。どちらも効果が無かったというのが切ないところだが、それでもあのニヤケ長男――寄生体は俺に対していくらかの警戒心を抱いている風でもあった。


 そのあたりをどうにかしないと、気取られてしまいかねないところでもある。


 あれだけ圧倒的な差を見せつけやがったわけだし、ザコだゴミだウジ虫だと侮ってくれていればよかったものを……。せっかくクソ長男の記憶を食ったのなら、そういうところをこそ、参考にしてほしかったぞ……


 まあ、愚痴を言っても始まらない。とりあえずは、小細工を用意しようか。幸いというべきなのは、罠を張っての待ち伏せを仕掛けられる状況。そして――複雑な気分ではあるんだが――悪ガキ時代にはこの手の悪戯は何度もやらかしてきた身の上。その頃の経験も活用することにする。




 また、ガチャリという音が聞こえて、


「あらぁ?」


 何度聞いても気色の悪さには慣れそうもない。そんなニヤケ長男の声が聞こえたのは、


 ギリギリだったな……


 思いついたすべての準備を終えて、静かに息を整え始めた。そんな瞬間だった。


「ここに居ましたのねぇ、アズール様はぁ」


 ニヤケ長男の声は何かに気付いた様子だったが、それは当然のことだろう。


 べちゃり、べちゃりと鳴るのは、あらかじめ床一面に撒き散らしておいた泥の上を歩く音。ついでに言うなら、壁に取り付けられた鏡には泥でデカデカと「アズール参上」と書き殴っておいたんだから。昔の悪事を思い出して憂鬱な気分になったりもしたんだが、そこは我慢して。


 できれば心の準備にあと2、3分はほしかったというのも正直なところではあるが、間に合ったんだからよしとするべきか。


「どこに隠れておりますのぉ?」


 その言葉通りに。俺の姿はまだ、ニヤケ長男に見つかってはいない。


 俺が身を潜めているのは、ふたつ並んだクロゼットの片方。


「うふふふふぅ。そこに居ましたのねぇ」


 そして、隣のクロゼットには、脱いだ上着を挟んでおいた。


 だからニヤケ長男もすぐに気付いたんだろう。べちゃり、べちゃりという音がゆっくりと近づいてくる。


 さあ、いよいよだぞ俺。クーラと仲直りするためには、どうあってもあのニヤケ長男が邪魔だからな。なんとしてでもぶち倒す!覚悟を決めろよ!


「たしかこれはぁ、かくれんぼという遊びなのですよねぇ?」


 足音が止まる。ニヤケ長男の声がすぐ近くから聞こえてくる。


 さて……どっちを開ける?


 クロゼットの扉が開かれるその瞬間へと意識を集中し、感覚を研ぎ澄ます。


 そして――


「見つけましたわぁ、アズ――」

「らあっ!」


 文字通りの意味で目と鼻の先にニヤケ顔。ニヤケ長男が勢いよく開いたのは、俺が潜んでいた方のクロゼットで、


 その瞬間を待ち伏せていた俺は、すでに動いていた。言葉を遮りつつで初撃とするのは左の拳。固く握りしめた上から泥をまとわせ、『衝撃強化』を込めて、狙うのはニヤケ長男のみぞおちを。




 この段階でニヤケ長男が取る行動に関しては、無警戒に俺が隠れている方を開ける展開を期待していた。


 だからそのために、隣の扉に仕掛けた上着はわざとらしい不自然な挟み方をしていたし、床に撒き散らした泥の上に残す足跡だって、俺が隠れている方のクロゼット前で途切れさせていた。


 詰めの甘い偽装をあえて見抜かせることで油断を誘うというのは、故郷で悪さをしていた頃にも多用していた手口。


 もちろんのこと、隣のクロゼットを開ける展開や、俺の思惑を完全に見抜いてくる事態だって想定はしていたが、そうなったらそうなったでその時はその時だ。というくらいに考えていた。


 まあ理由としては、初撃を入れやすいからというだけのこと。少しでも可能性を引き上げるという意味合いだったとはいえ、基本的には『上手くいったらそれでいい、ダメならダメで別にいい』の精神だ。


 ともあれ、幸先はよかったということなんだろう。


 突き上げるような角度で放つ拳は、障壁で防がれることもなく突き刺さり、まとわせていた泥に込めた『衝撃強化』がその身体をくの字に折れ曲がらせて、浮き上がらせる。


 こいつはオマケだ!


 さらに追撃で『爆裂付与』も乗せてやれば、


 ドゥン!


「ぷげっ!?」

「づあっ!?」


 ニヤケ長男の口からは息と唾液が混じったような声が吹き出し、俺の口からは左手が悲惨な有様になったことによる痛みを原因とするであろう苦悶が漏れる。


 視界の端に見えた左手は、肉がゴッソリとえぐれて骨らしきものが見えているような気もするんだが、クーラとの仲直りを最優先と定めた以上、それ以外はすべて度外視する。手のひとつやふたつ、対価としては格安だろう。


「もういっちょっ!」


 続けて繰り出すのは、五指すべてをまっすぐに伸ばした右手での突き。いわゆるところの抜き手というやつだ。「ほぼ確実に指がイカれちまうからな。よっぽどの理由がない限りは、使うんじゃねぇぞ」と、そんな風に師匠からは言われていた行為。まあ、今の俺にとってはそこらへんも二の次三の次。知ったことじゃないんだが。


 そんな抜き手にも左と同じように泥をまとわせて、狙うのはニヤケ長男の口内。


 ドゥン!


 こちらも同じくで泥をまとわせ、突き入れると同時に『爆裂付与』を見舞ってやる。


「ごうぇっ!?」


 いくら『身体強化』が出鱈目なことになっていようとも、口の中まではそうもいかないはず。そんな考えからの一撃は、それなりには効いていたんだろう。目を白黒させてたたらを踏んで、泥を撒き散らした床へと背中から倒れていた。


「とどめっ!」


 さらに追撃。


 部屋中を泥まみれにしていたのは、3つの目的があった。


 ひとつは、俺がこの部屋に居ることを確実にニヤケ長男に気付かせるため。


 ひとつは、その上を歩く音でニヤケ長男の現在位置を把握するため。


 そして残るひとつは――武器とするため。


 『遠隔操作』を発動。特大の泥団子に閉じ込めるようなイメージで、この場にある泥のすべてをニヤケ長男へと殺到させ、


 爆ぜろっ!


 そのまま、内側部分()()に『爆裂付与』を込め、同時に目の前に泥の防壁を展開。


 ズゥン……!


 ニヤケ長男を覆う泥と、目の前の泥壁。二重の壁を隔てたことでくぐもった爆音が響き、


 これならどうだ?


 泥壁を消し、あたりに散らばった泥を消してやればそこには、仰向けで白目をむいた血みどろの姿が。


 やったか?


 見たところでは、ピクリとも動いておらず、生死まではわからない。だが、意識を奪うことはできたんだろう。


 どうやら、ここまでで倒しきれたらしい。


 今この場で使ったのは、先日の狼鬼(ウェアウルフ)狩りでネメシアが見せた動きを俺なりにアレンジしたもの。


 そして、締めに繰り出したもの。デカい泥団子の中に閉じ込めての爆殺というのは、数を増やしすぎると俺まで巻き込まれてしまうという『爆裂付与』の弱点を補うための手段として、今この場で組み上げたものだ。


 血塗れ具合を見るに、予想以上の威力があったらしい。密閉された中での爆発ってのは、意外とヤバいものなのか?機会を見て検証してみるか。上手くいけば、強力な手札にも――


 ……っと、安堵するにはまだ少し早いな。


 逸れかけた思考を戻す。


 確実にとどめを刺しておかないと。


 そのための方法はすでに考えてある。


 口にねじ込んだ泥を『遠隔操作』で腹の中に押し込んで、そこで『爆裂付与』を食らわせてやればいい。そこまでやれば、さすがに寄生体もくたばるだろう。


 アレなことになっている左右の手のひらは、痛みだけでなく感覚まで無くなってきた。この様では泥団子を掴むこともできそうにないが、そこも『遠隔操作』でどうにかすればいい。


 身に着けた直後は微妙に思っていた彩技だが、本当に『遠隔操作』様々だな。


 そんなことを考えつつ、ニヤケ長男に近づいて――


 唐突に蠢いた目玉がぎょろりと俺を捉え、


「うびゅふふぅ!」

「んなっ!?」


 数秒前までは白目をむいていたとは思えないほどの速さと勢いで起き上がり、しがみ付かれて、勢いのままに押し倒されてしまう。


 まだこれだけ動けるのかよ!?


「ぼんとうにぃ、ヴァズールざまばぁ、どごまでばだぐしをだのじまぜてぐださいまずのぉ……」


 口の中に『爆裂付与』を食らわせてやった結果なのか、マトモに喋れてはいない。それでも、ミューキ・ジアドゥの口調は残っていた。


 つまり、これだけやってもまだ余裕があるってことなのかよこの化け物は!


「でずけどぉ、ごんどこそぉ、いだだぎまずわぁ」

「やめ……あがっ!?」


 馬乗りで抑えつけられ、握り潰されるんじゃないかと思えるほどの力で頬を掴まれて、口を閉じることもできずに。


 付け加えるのなら、気色の悪いしゃべり方をする血塗れの男に舌なめずりをしつつで、押し倒されて顔を近づけられるというのも、嫌悪感がすさまじい。


「や、やえてくえ……」

「ざぁ、わだくじをぉ、うげいれでぐだざいましねぇ」


 大きく開かれた口の中に見えた目玉と視線が交差する。アレが寄生体の本体。


「やうぇろ……くぅな……」


 受け入れるなんてのは嫌に決まっている。だから振りほどこうとあがくも、頬を掴む手はビクともしなくて。


 にゅるりと這い出してきた寄生体が俺の口へと滑り込んでくる。寄生体が抜けだしたことで、ニヤケ長男――クソ長男ことジマワ・ズビーロの身体からは力が抜け、頬を抑えていた手が外れる。


 それでも――


 すでに遅かった。


「んぐぅぉっ……!?」


 口を閉じて拒むこともできず、噛みちぎってやることもできないままに、寄生体は喉の奥へと潜り込んでいった。

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