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心が折れる、というやつだったのかもしれない

 光と闇。非実態型の心色としては比較的ポピュラーな心色であるこのふたつは、どちらも固有の性質を備えている。


 簡単に言ってしまうのならば、光は受けた者の体力を奪い、闇は受けた者の精神力を奪うというもの。


 一見すれば有用にも思える特性ではあるんだけど、両方の使い手であるラッツ曰く、


「直接の殺傷力自体は風に劣るし、使う分にも割と消耗が激しくてなぁ……」


 とのことだった。




 強い痛みを訴えてくる腹に左手を当てれば、ヌルりとした生暖かい感覚。それに加えて鉄サビ臭さが漂ってくる。そんな状況で疲労感まで上乗せ。いよいよ追い込まれるところまで追い込まれてきた感じか。


 けど、なんで追撃をかけてこない?光、闇、風の合わせ矢を受けた時点で、無数の氷槍は止んでいた。あのまま続いていたなら……直撃をもらってひるんだところに仕掛けていたなら、俺はとっくに転がされていたはずなのに。


「そうですわぁ。せっかく虹剣を出していただいたのですしぃ、今度は剣で()()()いただけませんかぁ?」


 その疑問には、すぐに答えがやってくる。


 つまりニヤケ長男にとっては、『遊び』だったということだ。


「わたくしはぁ、剣の他に炎も使えますのぉ」


 そう言って生み出すのは、炎をまとう剣。


「これってぇ、わたくしはクラウリアをぉ、越えたということですわよねぇ?」

「……そんなわけあるか」


 それだけは、断固として否定する。


 たしかに、心色の種類だけならば8種複合である虹剣以上だろう。それは事実として否定はしない。


 けど、それだけだ。こんな奴が俺の大事な悪友(クーラ)よりも格上を自称するなんざ、絶対に認めてなるものかよ!


「それではぁ、行きますわよぉ」


 っと!今はそれどころじゃない!


 ニヤケ長男が炎剣を手に、腰だめの構えを取る。


 全身に広がる倦怠感をねじ伏せ、虹剣モドキを構えて、


 次の瞬間、すでにその姿は目の前に。


 だから速すぎるんだってばよ!?


 内心で悪態を吐きつつも辛うじて横薙ぎを受けることはできたものの、純粋な膂力で押され、虹剣モドキ自体だって新たに生み出した泥団子での随時補修が追いつかない。


 なら……これで!


 とっさに閃いたのは、いつだったかの訓練でアピスがガドさんにやられていたこと。


 あの時のガドさんをなぞるように、虹剣モドキを消すと同時に身を落とす。


「あらぁ?」


 すぐに崩れそうだったとはいえ、一応は拮抗していたところでその片方が急に消えた形。勢い余って振り抜かれた炎剣は俺の頭上を通り過ぎ、その際に髪の一部を焼かれたんだろう。特有の臭気が鼻をついてくる。


 けど……


 即座に作り直した虹剣モドキを突き出す先はガラ空きの腹へと。


 そこに『爆裂付与』を――


 そんな中で、視界の片隅で動くものが見えた。ニヤケ長男の足に現れていた、膝までを覆う具足が跳ね上がるように迫ってくる。


 これでもダメなのかよ!?


 それでもとっさの対応を取れたのは、一瞬でも気を抜けば次の瞬間には転がされてしまうような先輩たちに相手をしてもらってきたことの成果なのか。


 得物を手放し、両腕を交差。腕に泥の壁をまとわせて、無理矢理に踏み込みを止めてバックステップに切り替え、


「ぐっ……うああああっ!?」


 腕への激痛と同時に、乱暴な浮遊感。


「がふっ!?」


 受け身を取り損ねて背中から落下、肺にあった空気が吐き出されて、


「がほっ!げほっ!」


 息苦しさが連れてくる咳き込み。結構な距離を蹴り飛ばされていたらしく、上体を起こせば、ニヤケ長男の姿は離れた場所に。


「とても楽しい遊びでしたわぁ」


 浮かべているのは、さっきからずっと変わらないニヤケ顔。口にしている通りに、実際にこれまでの攻防はお遊び程度でしかなかったということなんだろう。


 勝てるわけ……ねぇだろ……


 そんな、泣き言めいた思考が広がっていく。


 膝蹴りを受けたのは左腕。痛みこそ引かないものの、折れてはいない様子で、頑丈に生んでくれた両親には感謝だ。もっとも、あと数分のうちに、一般的に言われている最大の親不孝をやらかしちまう公算が高まってきやがったが……


 時間にしたらせいぜい5分程度。長く見ても10分以内に収まりそうな攻防の結果。こっちは騙し討ちまで使い、真剣に全力でやった上でボロボロだってのに、向こうは無傷で余裕綽々。


 遠距離でも近距離でもまるで歯が立たない。


 すぐにでも立ち上がらなきゃならない状況なのに、気怠さが重く、振り払えない。それ以上に、心が奮い立ってくれない。


「ですけどぉ、そろそろアズール様を食べてもよろしいでしょうかぁ?」


 すでに何度も聞かされてきたような言葉が死刑宣告のようにすら思えてくる。


 灼哮ルゥリの5%程度の力が俺にあればどうにかなるかも、なんて考えたのはどこの阿呆なんだよ……。いくらルゥリが雲の上の存在だからって、見通しが大甘すぎるわ!


 ここは屋内。だから頭上を見てもそこには雲なんて見えな――


 んん!?


 たしかに雲は見えなかった。だけど――


 代わりに目に付いたモノがあった。


 まだ、ツキは残ってたのか?


 しっかりしろよ俺!


 萎えそうになる心に喝を入れる。打てる手立てがあるのなら、諦めるにはまだ早い。


「参った参った。ここまで見事に封殺されちまうと、いっそ清々しいぞ。降参だ。負けを認めるよ」

「……今度はぁ、何で遊んでくださいますのぉ?」


 せっかく俺が両手を上げて白旗宣言をしたというのに、ニヤケ長男は首をかしげてそんなことを聞いてくる。その様はむしろ警戒しているようで。


「なんだ?この期に及んで俺が何か企んでるとでも思ってるのか?」

「だってぇ、アズール様はぁ、油断ならないお方ですものぉ」

「……こんな風に、か?」


 両手に出した泥団子を放り投げる。片方は障壁で弾かれ、もう片方はニヤケ長男の頭上を越えて後ろの床にべちゃりと落ちる。


「見ての通りだ。もう、彩技を込める余力すら無いんだよ。それに、仮に残る力を絞り出したところで、返り討ちにする手段なんてお前には10や20はあるだろうが?」

「それもぉ、そうですわねぇ」


 そこをあっさり認められるってのは、それはそれで複雑なんだが……。まあ、今は流しておく。


「だろ?だから、食われちまう前にひとつだけ聞きたいことがあるんだ。まあ、いわゆるところの冥途の土産ってやつだな。聞かせてもらえないか?」

「わかりましたわぁ。アズール様と遊ぶのはぁ、楽しかったのでぇ、答えて差し上げますわぁ。それでぇ、何を聞きたいんですのぉ?」


 食いついてきやがった!


 余裕のつもりなのかもしれないが、俺にとっては好都合。


「さっきのクソ長男……ジマワ・ズビーロが言ってただろう?靴の裏を舐めたら俺を助けるって。アレは、本心だったのか、あるいは出まかせだったのか、そこが気になっててな。記憶も食ったお前なら、真偽を知ってるんだろう?」

「あれですかぁ。あれはぁ、嘘でしたわぁ。ジマワ様はぁ、最終的にはぁ、わたくしにアズール様をくれるつもりだったようですわぁ」


 やっぱりかよ……


 予想は的中していたらしい。


「知らなかったとはいえぇ、悪いことをしましたわぁ」

「まあ、それはクソ長男が悪いだろ。本心であろうとなかろうと、一度口に出しちまった言葉ってのは消えないものだからな」

「そうなのですかぁ?」

「ああ。奴が間抜けだったってだけのことだよ。けどまぁ……俺はその時点で……いや、お前に捕縛された時点で、とっくに詰んでたってことだな……クソッタレめ!」


 ドドンッ!


 拳を床に叩きつける。そして――


「あらぁ?今何かが――ぶぎゅえっ!?」


 ガシャァァァン!


 ニヤケ長男の疑問を遮るようにしてやかましく響いた音は、天井からシャンデリアが落ちてきたことによるもので。


 ついさっき、ニヤケ長男の後ろに落ちていた泥団子を『遠隔操作』で天井へ飛ばしていた。ソレをシャンデリアを吊るしていた鎖にへばりつかせ、床を殴りつける音で誤魔化しつつ、『爆裂付与』を発動させた結果だったというわけだ。


 ニヤケ長男がシャンデリアの真下にいたのは、ただの偶然。それでもどうにか注意を引きつけ、シャンデリアを直撃させることができていた。


 障壁を展開した様子は無かった。このまま一気に……っ!?


 多分これが最後の好機。だから心を奮い立たせ、追撃をかけようとして――


「うふふふぅ……」


 また、あの気色悪い笑い声が聞こえる。


「う……」


 それだけで、心に帯びさせた熱が、急速に霧散していくような感覚。


「アズール様はぁ……」


 シャンデリアの下敷きになっていたニヤケ長男が顔を上げて、


「あ……」


 血の一筋も流れていない顔でニタリと笑い、


「本当におもしろいですわぁ……」


 ペロリと舌なめずり。


「あぁ……」


 ためらうべきじゃないと、ここが勝負どころだと、理屈ではわかっている。わかっているのに……


「ますますぅ……食べたくなりましたわぁ……」


 そして目が合って、


「どんな味がするのかぁ……楽しみでたまりませんわぁ……」

「ひっ……」


 こみ上げる恐怖に耐えることができたのはそこまでで、


「ひああああああぁぁぁぁっ!?」


 ここまで情けない叫び声を上げることができるとは思わなかった。いわゆるところの――心が折れる、というやつだったのかもしれない。


 少しでも離れたい。ただその一心で俺は、この場を逃げ出していた。

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