あのクソ長男はとんでもなくロクでもないことをしてくれやがったな
食らい……やがれっ!
ニヤケ長男の背中へと食らわせる不意打ち。『衝撃強化』に『追尾』と500『分裂』込みの泥団子を両手に出して、片っ端から投げつける。
ドゥンッ!ドゥンッ!ドゥンッ!
『追尾』を加えて『分裂』の数は増え、チラホラと『爆裂付与』も込めてはいるが、言ってしまえば、いつぞの双頭恐鬼へと仕掛けた足止めの改良版だ。
あまり大量に『爆裂付与』付きを入れすぎれば、余波でこっちも無事では済まないところだが、この程度であれば問題は無い。そのあたりを涼しい顔で対処してみせたクーラはどれだけすさまじかったのやらとは思わないでもないが。
ともあれ、『身体強化』と『治癒』でしのがれはしたものの、少なくとも『爆裂付与』自体は効いていたはず。ならば、癒えようとする傷ごとえぐりとって、このまま押し切ってやる!
84人分以上の心色を備えているなんてのは、はっきり言って底が知れない。想像もつかない。だったらマトモやり合ってやるつもりなんて毛の先ほども無かった。
「うふ……」
そんな中で聞こえたのは気味が悪い笑い声で、
直後に大量の泥団子を蹴散らすようにして、何かが飛んでくる。
「うおあっ!?」
半ば反射的にとはいえ、かわすことができたその一撃は明らかに俺を狙ったもので、そのまま後ろの壁へと突き刺さる。
「うふふぅ」
無傷かよ!?
今の一撃を放ってきたのがニヤケ長男であるというのはまだいいとしても……泥が晴れたそこに立っていたニヤケ長男は、衣服こそすでにボロボロになっていたが、その身体には傷ひとつ無い。殺すつもりでの泥団子乱れ打ちはまるで効いていなかった上に、負っていたはずの手傷も治癒が完了してしまっていたらしい。
「実はわたくしぃ、障壁も使えますのよぉ」
「……そうかよ」
厄介な……
どこか得意気にニヤケ長男が言ってきた障壁というのも、心色の一種。文字通りに壁を作り出すというもので、治癒と同様にそれ自体には殺傷力は無い。けれどその反面、守るということに関してならば数ある心色の中でもトップクラス。敵に回した場合、複合だったなら、あるいは連携を取られたなら、かなりやり辛い部類に入るんじゃなかろうかと俺は思う。
どうせ食い荒らした中に使い手がいたんだろうけど、ただでさえ『身体強化』でアホみたいに頑丈だってのに、さらに治癒と障壁の組み合わせとか、鉄壁過ぎるだろ。本当に返す返すも思う。あのクソ長男はとんでもなくロクでもないことをしてくれやがったな。
しかも、一応は俺の切り札であるはずの『爆裂付与』を完全に防ぎきるほどに強力ときたものだ。
「ですけどぉ、驚きましたわぁ。アズール様はぁ、虹剣以外でもお強いのですわねぇ」
「虹剣、じゃなくて虹剣モドキなんだがな」
付け加えるなら、どちらかと言えば俺は泥団子投げの方が本領という認識。それを完全に防ぎ切った上で褒められても困る。
「そうですかぁ。ですけどぉ、わたくしもぉ、こういうことはできますのよぉ」
次の瞬間には、ニヤケ長男の背後に10や20どころではない――無数の土矢が現れる。さっき飛ばしてきたのはこれらしいが……
冗談じゃねぇよ!?
壁に突き刺さるくらいだ。ひとつでももらったら無事では済みそうもないし、かといってあれだけの数を避けきるなんてのは、まず不可能。
「今度はぁ、わたくしの番ですわねぇ。心配しなくてもぉ、いいですよぉ?わたくしならぁ、数秒もあればアズール様を食べることができますからぁ。即死さえしなければぁ、何も問題はありませんわぁ」
心配するし問題大有りだろ!?そういう話じゃないんだよ!?
「それではぁ、行きますわよぉ」
そして大量の土矢が、視界を埋め尽くすほどに飛んでくる。逃げ場は無い。
だったら防ぐまでだ!
膝を付いて姿勢を低くし、目の前に『分裂』と『遠隔操作』併用での壁を作る。
ひっきりなしに飛んでくる土矢が泥の壁に突き刺さり、えぐってくる。
対する俺は、次から次と作り出した泥団子を壁に同化させて修復して、
……マズいな。
一見すれば拮抗しているような状況。だけど、背中を流れるのは冷たい汗。
ゆっくりと。ゆっくりとではあるが、天秤が傾いていくような感覚。割合にしたら、せいぜいが49:50といったところだろうか?
それでも確実に、押されているのがわかってしまう。
防ぐことすらできないのかよ!
なにか……なにか手を考えないと……
現状が続いたなら、いずれは押し切られ……なんだ?
焦燥感にかられる中で、唐突に土矢が止んだ。
なにが……うおあっ!?
それでも、安堵する間は無かった。
さっきまでの土矢は、俺の泥壁に突き刺さっていた。けれど今度は鋭いなにかが、あっさりと泥壁を貫いてくる。咄嗟にかわせたのは、勘に助けられたからで。
「アズール様はぁ、守りもお得意なのですわねぇ」
当然クソ長男の心色も使えるわけか。どこまでも厄介な……
泥壁の陰から飛び出して目にしたのは、杖を手にしたニヤケ長男。杖というのは複合型の一部としてのみ発現するような心色で、他の心色を強める効果があったはず。
杖無しで泥壁に突き刺さるだけの威力を出せるのなら、杖有りでなら容易く貫通できるというわけだ。
本当にいい加減にしろよお前は!
悪い冗談どころの騒ぎじゃないだろ……
「うふふふぅ。わたくしはぁ、こんなこともできますのよぉ」
そうして杖をかざせば、無数の氷槍が現れる。
さっきまでのは土の『矢』だったわけだが、今度のは氷の『槍』。
今放たれたばかりのものを見るに、泥壁程度は簡単に貫けるだけの威力があるんだろう。
「これはぁ、どうなさいますかぁ?」
こっちは必死だってのに、向こうは軽い調子で楽しそうですらある。けれど、実際にやられている方としてはまったく笑えない。
なにせ回避に加えて、今度は泥壁で防ぐこともできそうにないんだから。
「さぁ、行きますわよぉ」
これはあまり使いたくないんだがな……
それでも背に腹は代えられない。抜き放った懐の短鉄棒を軸に、虹剣モドキを形成。
迫りくる無数の氷槍を見据え――
まずは……これか!
『遠隔操作』で操る得物を氷槍のひとつに叩きつけ、『衝撃強化』で氷槍を弾き飛ばす。
『遠隔操作』任せで動かす虹剣モドキ。これは、新人戦の決勝でクソ次男にやったことの応用だ。
次がこれで……右のは無視。これとあれはまとめて行けるな。それから……左のは多分当たらないから放置。っと、あれとあれは絶対にヤバいコースだ。そしたら次は……
飛来する氷槍の中から被撃しそうなものだけを選び、虹剣モドキで弾き飛ばす。
とはいえ……
急速に危機感が水位を上げていく。
今やっている行為は、さっきの泥壁防御がぬるま湯に思えてくるほどの綱渡り。
あれは……弾いてる余裕が無いから外れることを祈って……づあっ!?
虹剣モドキの『遠隔操作』任せが出鱈目な剣さばきを可能にするとはいっても、当たりそうな氷槍すべてに手を回すことまではできず、無視した氷槍すべてが当たらないということもない。だから致命傷こそ避けてはいるものの、確実に手傷は増やされていき、
このままじゃジリ貧だってのに!
新人戦の決勝で同じような手口を使った時のこと。足元が留守になっているという指摘を受けたことはあったが、今だってそれは同じ。むしろ、目の前の氷槍ひとつひとつに意識を割かなければ、到底しのげるものでもなく、現状打開のために振り分ける思考すら、満足に確保できないと来たものだ。
手が……かじかんできやがった……
おまけに、弾いた氷槍の飛沫を浴び続けてきたせいなのか、あるいは失血が増えてきたせいなのか。指先の感覚もおかしくなり、身体から熱が奪われていく。
「うふぅ」
そんな中で、またあの気色悪い笑いが聞こえて、
この3本はまとめて弾く!これで少しは楽に……なぁっ!?
一直線上に並んでいた氷槍をひと薙ぎで弾いた直後、ヘマに気付く。不自然に集まっていた氷槍群の影に隠れるようにして、小さな矢が見えたからだ。白と黒の螺旋を描いているようにも見える何か。しかも――氷槍よりもひと回り小さいとはいえ――わき腹を直撃する軌道。
虹剣モドキの返しも間に合わない。……だったら!
歯を食いしばって備え、予想通りの痛みがやってきて、
「ぐぁっ……!?」
なんだ……これ……?
同時に予想外の感覚――心身の両方へと、強烈な虚脱感がやってくる。
「うぁ……っ!」
ガクガクと膝が震える。踏み止まれたのは、得物を杖代わりにしてようやくだ。
これも覚えのある感覚だった。
たしかこれは……興味本位でラッツの心色を受けてみた時のそれだ。
「わたくしはぁ、光と闇とぉ、風の組み合わせもできますのぉ。ですけどぉ、これでも倒れませんのねぇ。本当にぃ、アズール様はお強いですわねぇ」
やっぱりかよ!
予想は当たっていたらしいとはいえ、ふざけた賞賛には苛立ちしか湧いてこなかった。




