表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/255

俺は、クーラにもう一度会って謝るんだ!

「ここが貴様の処刑台だ」


 ズビーロ邸を歩かされることしばらく。振り返ったクソ長男がそう告げてきたのは、相当に広い――支部のロビーと比べても数倍はあるんじゃないかと思えるような部屋だった。


 床に敷き詰められているのは柔らかな絨毯で、壁や柱には細やかな装飾が施され、ところどころには様々な調度品が飾られていて、天井からはやたらとデカい派手な灯りが――現物は初めて見たけど、いわゆるところのシャンデリアというやつだろうか?――ぶら下がっている。


 そんな、この部屋だけで数千万が、下手をしたら億単位の金がかけられているんじゃないかと思えるような、大広間なんて表現が似合いそうな場所。


「貴様らやあの愚王のせいで台無しにされてしまったが、ここはズビーロ家の繁栄を象徴する場所だった。貴様が天罰を受けるには相応しい場所だろう?」


 いや、だからお前らの没落は自業自得だと思うんだが。


「はははは!貴様に虫ケラを寄生させた後には何をやらせようか?街中で無差別殺傷をやらせた後に第七支部に逃げ込ませて、そこの連中をすべて餌にしてから、最後はあの老いぼれ支部長にでも寄生させてやろうか。そして王城に攻め込ませて、そこで適当な人間に寄生させればいい。そうすれば、愚王を狙うのも簡単になるだろうし、第七支部を過大評価していた愚王の威光も地に落ちるだろうな」


 本当にロクでもないことだけには知恵が回るなこいつは……。まあ実際には、俺の記憶(クラウリアのこと)を知られたらさらにロクでもない話になること請け合いなんだが。


「それではぁ、アズール様をいただきますわぁ」


 覚悟を決める。好機は訪れなかったが、クーラに謝るためにも全身全霊で悪あがきを――


「待て」

「どうしてですのぉ?」


 と、そこでまたしてもクソ長男がストップをかける。


「ウジ虫よ。貴様に最後のチャンスを与えてやろう」


 いらねぇよ。どうせロクな話じゃないだろうが。


 そう。控えめに言って、クソ長男のことはまったく信用できない……んだが。


「本当か!?」


 あえて食いつくことにする。何かの間違いで好機を引き寄せることができれば儲けもの、くらいの認識で。


「ほう……。やはり虫ケラに食われることが恐ろしいのか」

「ここまで来たら素直に認めるよ!頼む!助けてくれ!寄生体の餌になるのだけはどうしても嫌なんだ!助かるならなんだってする!支部の連中を売り渡したって構わないから!俺も本当はあいつらのことが気に食わなかったんだよ!」

「なるほど。いい心がけだ」


 心にも無い媚売りだが、クソ長男はご満悦。


 支部長に先輩方。それにシアンさんセルフィナさんとアピスネメシア。ついでに腐れ縁共も。この場を切り抜けるための嘘っぱちとはいえ、ふざけたこと言ってすいません!


 もちろん、支部の皆さんには腹の内で謝っておく。


「だが、私にものを頼むなら態度というものがあるだろう?そんなこともわからないウジ虫には、生かしておく価値は無いだろう」


 ……いつかのクソ次男も似たようなことを言ってた気がするんだが。


「わかりました……」


 基本的には頭の構造は大差無さそうだし、同じ手で行けるだろう。だから口調を変え、


「ジマワ様に忠誠を誓います!この愚かなウジ虫を、ジマワ様の奴隷として使ってください!だからどうか、寄生体に食われるのだけはお許しを!」


 クソ長男が喜びそうな言い回しに加えて、土下座も付けてやる。


「そうかそうか。それはいい心がけだ」


 本当にクソ次男と思考が変わらない。そうすれば、ぐりぐりと頭を踏みにじってくる。


「ジマワ様ぁ……。早くアズール様を食べ――」

「貴様は黙っていろ!」

「ですけどぉ……」

「黙れと言っている!私に忠誠を誓うという契約だったはずだぞ!」

「…………わかりましたわ」

「さて、ウジ虫よ。顔を上げるがいい」

「はいっ!」


 乗せられていた足がどいたので言われるままに顔を上げると、目の前に靴裏を突き付けられて、


「舐めろ」


 そんな命令を下してきやがる。


「ほう……。なんだその目は?まあいい。嫌だというならば、貴様を虫ケラに食わせるだけのことだ。残念だな。貴様が素直に舐めるなら、私の奴隷として生かしておいてやろうと思ったのだがなぁ」

「……わかりました」

「くくく……。私の目には、嫌そうに見えるのだがな。別に舐めることを強要するつもりはないぞ。なにせ、私は寛大だからな」


 心底愉快そうに言ってくる。本当にどこまでもゲスだなこいつは。昔の俺にも匹敵するレベルだぞ……


 だがまあ……


 後ろに立っているニヤケ女の様子は見えないが、目の前の餌をお預けされていることを不愉快とは感じているだろう。願わくば、上手いこと隙を見せてほしいんだが……


 だから俺も猿芝居を続行する。


「申し訳ありませんでした!どうか、ジマワ様の靴裏を舐める栄誉をお与えください!この通りです!」


 念のため歯は食いしばっておくが、勢いよく頭を床に叩きつけての土下座。


「ふっ、ふはははははははっ!それが貴様の本性か。見苦しいものだな。だが、そこまで言うのなら、特別に舐めさせてやろう。私の慈悲に感謝するがいい」

「はいっ!ありがとうございます!」


 当然ながら気分のいい話でもないが、過去にあった忌まわしい一件。バートに蹴り飛ばされ、泥沼に頭からダイブした時に比べたらだいぶマシだろう。あの時に味わう羽目になった泥の味は今でも忘れられない。まあそれでも、ここを切り抜けたら念入りに口をゆすぐけどな。


 そして舌を近づけて――


 舐めようとしていた靴裏が、急速に遠ざかる。


 いや、正確には――


「酷いですわぁ、ジマワ様ぁ。わたくしとの約束を破るなんてぇ」


 ニヤケ女がクソ長男を突き飛ばし、押し倒して、覆いかぶさっていた。


「貴様!?どういうつもりだ!」

「うふふふふぅ」

「ふざけるのはやめてさっさとどけ!私の命令に逆らうつもりか!」

「その通りですわぁ」

「な、なんだと!?」

「ジマワ様が悪いのですわぁ。だってぇ、アズール様はわたくしがいただく約束でしたのにぃ」

「そんなことで……。いいから早くどけ!これは命令だぞ!」

「ですからぁ、約束を破る方の命令にはぁ、従えませんのぉ。だってぇ、今後もぉ、同じことを繰り返されるかもしれませんものぉ」


 まったくのド正論だった。寄生体の方がクソ長男よりも道理をわきまえているというのもアレな話だけど。


 もっとも、クソ長男が俺を見逃すなんてことは、万にひとつ、億にひとつだってあり得るとは思ってなかったけど。どうせ最後は『考えるとは言ったが、助けるとはひと言も言っていないからな』的なことをほざきやがるつもりなんだと、確信に近いものを抱いていた。


「それにぃ、わたくしぃ、ジマワ様のことも食べたかったのですわぁ」

「なんだと!?」


 まあ、それも想定内ではあるんだがな。


 なぜか無警戒だったクソ長男が今になって驚愕しているが、寄生体が牙をむいてくる展開なんてのは、俺でも容易く想像できることだった。


「そんなことが……!?ひいっ!?やめろ!頼むからやめてくれ!」


 そして今更気付いたクソ長男が見せるのは、自分で『見苦しい』と評していたであろう有様で。


「そうだ!お前には、王都の……いや、この大陸の人間全部をくれてやる。私が王になったら必ずだ!約束する!だから――」

「そしてぇ、また約束を破るのですわねぇ。ですけどぉ、それには及びませんわぁ。だってぇ、無理矢理襲えばいいのですからぁ。このようにねぇ!」


 実際にその言葉通りに。83人分以上の心色――『身体強化』の使い手だって、多数居たことだろう――を備えたニヤケ女の腕をクソ長男は振りほどくことができずに。


 だがまあなんにしても……


 ようやく好機がやってきたらしいな。縛り上げる鞭は相変わらずだが、ニヤケ女の意識は完全にクソ長男の方に向いている。


「放せ!嫌だ!こんな終わりは嫌だぁっ!?私は王になる人間なんだぞ!それがなんでこんなことに……!?やめろ!私が悪かった!だから許してくれ!なんでもするから!頼むからやめろ!やめろやめろやめろ――」

「それではぁ、いただきますわぁ」

「――むがっ!?」


 ニヤケ女の口から這い出してきたのは、赤黒く、細長い、先端に目玉らしきものがある、ミミズのような何か。ソレがクソ長男の口へと滑り込み、


 よし!今なら!


 両手に泥団子を生み出す。あとは『遠隔操作』で鞭に張り付かせて『爆裂付与』……を?


 そう思った瞬間、唐突に鞭が消えた。


 なんだ?……いや、だったら!


 好都合には違いない。だからためらいは無視して次の行動に移る。


 立ち上がり、両手にある泥団子を向ける先を鞭から変更。狙うのは、ビクンビクンと痙攣するように身体を跳ねさせているクソ長男。そのはずみで吹き飛んだニヤケ女……もとい、ミューキ・ジアドゥだったモノの生気が抜けた様を見ても、今はクソ長男が寄生体に食われている最中なんだろう。


 その後の行動は容易に想像できる。今度は俺を狙ってくるに決まっている。だったらその前に!


 くたばりやがれっ!


 『爆裂付与』と『追尾』に10『分裂』。ついでにもろもろの恨みつらみも込めた泥団子を両手でそれぞれに投げつけると同時にバックステップをかけ、着地。追加で、500『分裂』と『遠隔操作』を併用して壁を作る。


 そして爆音。


 この距離で、俺が無傷で済む最大威力だ。これなら無事では――


「うふ……」


 そんな中に声が響く。


「うふふふ……」


 それは、口調だけならば、さっきまでのニヤケ女とよく似たもので。


「うふふふふふふ……」


 けれど、気色の悪さは格段に増していた。


「うふふふふふふふふぅ!」


 なにしろ、そんな笑いを上げているのが男の――クソ長男の声だったんだから。


「酷いですわぁ、アズール様ぁ」


 そしてゆらりと立ち上がるクソ長男。『爆裂付与』の直撃で衣服はボロボロ。全身のいたるところから血を流し、その顔は右頬がえぐれていて――目に見える速度でそんな傷が癒えていく。これは治癒によるものだろう。とはいえ……


 あれを耐えるのかよ!


 冷たいものが背中を流れる。


 恐らくは『身体強化』によるものだ。『身体強化』というのは、近接の実体型心色であれば基本的には習得できる彩技であり、俺の知り合いにも使い手は複数存在している。


 そんなわけだから、寄生体がこれまでに食ったであろう使い手は、10や20どころではないんだろう。そして恐らくは、その全員分の合計があの頑丈さというわけだ。


 それでも『爆裂付与』10個分の直撃を受けてあの程度で済むってのは、想像以上にキツいぞおい……


「どうしてぇ、こんなことをいたしますのぉ?」

「さてな……。それはそれと、その口調は変わらないのかよ?」


 ニヤケ女も十分に気色悪かったが、男の声&ニタニタ顔でやられるのは本気で勘弁してほしい。世間的に使われるものとは意味が違うだろうけど、言葉の暴力ですらある。


「あらぁ、お気に召しませんのぉ?」

「ああ。心の底から気色悪い」

「そうですかぁ。ですがわたくしぃ、ミューキ様を食べてからというものぉ、このしゃべり方が気に入っておりますのぉ。ですからぁ、アズール様の身体でもぉ、させていただきますわねぇ」


 勘弁してくれ本気で。


 いくら『俺』が実質死んでからの話になるとはいえ、生き恥どころの騒ぎじゃないだろそれは!


「ところで、少し気になってたんだが……。お前に食われたら、記憶なんかも全部知られちまうわけだよな?」


 だからそのためにあえて無駄話。


「そうなりますわねぇ」

「なら、食われる瞬間の記憶なんかも96人分……じゃないか、クソ長男を含めた97人分を持ってるわけか?正直、それはそれでかなりキツいと思うんだが」

「どうでしょうかぁ?皆様はたしかにぃ、とても苦しんでいたようですけどぉ、数秒で抵抗も無くなりましたしぃ。わたくしにはぁ、痛いとか苦しいとかはぁ、よくわかりませんのぉ」


 つまり、入り込まれたら数秒でお終いってことか。


「それにぃ、苦しんでいる方を食べる方がぁ、美味しいのですわぁ」

「なるほどな。たしかに、食い物は美味しくいただいてやるのが礼儀ってものだからな」

「さすがはアズール様ですわぁ。そんな風に言われたのはぁ、わたくし初めてですのよぉ」

「いやいや、人としては当然の考えだぞ。せっかくだ、お前もそこら辺を学んでみたらどうだ?逆に俺は精神の味なんてのは知らんが、美味い食い物ならばいくつかは知ってるつもりだぞ?」

「味覚、というのですよねぇ?けれどぉ、食べ物が美味しいという感覚はぁ、わたくしには理解できませんのぉ」

「そいつはもったいないな。多分この屋敷にも食い物はあるだろうし、さっそく今から実践してみるってのはどうだ?……って、あれ?」

「どうかしましたのぉ?」

「ああ。ちょっと気になったんだが……アレ、なんだろうな?」


 指を指してやるのは、クソ長男改め、ニヤケ長男の後方。


「アレ、というのは――」


 釣られて振り返るニヤケ長男。


 さて無駄話の合間に大雑把な方針はできあがった。あとは――食らい……やがれっ!


 その背中へと泥団子を投げつける。


 卑怯卑劣に不意打ち騙し討ちも大いに結構。


 俺は、クーラにもう一度会って謝るんだ!


 そのためだったら、なんだってやってやる!


 そんな不意打ちをもって、俺とニヤケ長男の戦いが始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ