語り継がれる英雄の5%か……
「お前……こいつらを寄生体の餌にしやがったな?」
「その通りだ」
俺の問いかけをクソ長男が肯定する。
個人的な考えとしては、一斉に支部を辞めてクソ長男の私兵に成り下がった連中には悪印象しかない。
ふざけるんじゃねぇぞ……
それでも湧き上がってくるのは怒り。自分の部下をそんな末路に向かわせて平然としているこいつは、俺の中ではド腐れのド外道に確定した。
いや、むしろそれ以前に……
寄生体を強大化させることの危険性をわかってるのかこいつは?
「当初は、こいつらを使って王城を落とす計画を立てていたのだがな」
「は?」
と、思っていたら、またアホな事を言いだした。
「腰抜けどもが揃いも揃って難色を示すものだからな。どうしようかと思っていたのだよ」
「当たり前だろそれは……」
当然のことながら、王城となれば常にそれなり以上の戦力が滞在しているはずだし、守るに有利な場所でもある。しかも速攻を決めきれなければ、背後から他支部の虹追い人が挟撃をかけてくる公算も高い。そこまで踏まえたなら、この程度では話にならないだろう。おまけに、失敗したら即処刑が確定するレベルでリスクが大きい。むしろ反対した連中は本気でこのクソ長男を案じていたんじゃないかとすら思える話だ。
「本気で何考えてるんだよお前ら一家は……」
冗談抜きで呆れ果てる。
「そんなこともわからないとは……これだからウジ虫は低能なのだ!」
「そう言われてもな……。じゃあ、低能なウジ虫でもわかるように説明してくれよ」
「簡単なことだ。我々ズビーロを不当に貶め、宰相の座を取り上げるような愚王にこの国を任せてなどおけるものか!」
「えぇ……」
クソ宰相がクビになったのは正当な扱いであり、自業自得以外の何物とも思えないんだが……。俺個人としては、むしろ処分がヌルいんじゃないかとすら思っているくらいだ。というかルクード陛下を愚王呼ばわりかよ。さらに付け加えるなら、このクソ長男がクソ宰相やクソ次男を諫めていたなら、話はだいぶ違っていたことだろうに。
ズビーロとは折り合いが悪かったらしいけど、むしろあの方はどちらかといえば、名君寄りなんじゃないかとも思うんだが。
「ゆえに、この国を正す私の正義に協力を渋る者に生きる価値など無いのだ」
うん。間違いなくこいつは頭おかしい。あえて口には出さずにおいてやるが。
「だが、神は正しき者の味方だったということだ。そんな私のもとに虫ケラが現れたのだ。宿主にしていたのは、ズビーロの窮地に王都を離れていた役立たずだった。寄生体に取りつかれていると聞いた時には、私がこの手で始末してやろうとも思ったのだがな」
「……普通に始末してればよかっただろ。そうすりゃ、結構な手柄になってたはずだぞ。それこそ、お前らへの処分が多少は相殺される程度には」
それほどまでに、寄生体という魔獣の危険性は大きい。
「馬鹿め!私ほどの逸材には魔獣ですら忠誠を誓うのだ!」
「忠誠って……寄生体がか?」
「当たり前だろう!」
……そういうものなのか?
たしかに現状を見る限りでは、それなりの信憑性があるように思えないこともない。それでも、俺としては正直なところ、控えめに言って全く信用できないんだが。
「だから契約を交わしてやったのだよ。私に従う代わりに、餌を与えてやろうとな」
「……そんな理由で部下を食わせたってことか」
「その通りだ。そして気付いたのだよ。この虫ケラの力があれば宰相の座に返り咲くだけではない。この国を手に入れることすら可能なのだと。この虫ケラをルクードに寄生させればそれだけでいいのだからな。あとはルクードに冤罪を謝罪させた上で私を宰相の座に就かせ、私に王位を譲るという旨の遺書を書かせてから虫ケラを抜き出してやればいい。いや、私に反抗的な連中に虫ケラを寄生させ、ルクード殺しの罪を被せてもいいだろう。死体には寄生できないというあたりはふがいないが、この虫ケラを使えば逆らう奴らなどどうにでもなるからな」
「いや、お前頭おかしいだろ?」
今度は反射的に口に出してしまった。
なんでそこまで寄生体を信用できるのか?契約だの忠誠だのと言っているが、寝首をかかれることが無いと本気で思ってるのかこいつは……
ただまぁ……
寄生体がクソ長男の思惑通りに動いたなら、その計画も案外すんなりと成功してしまいそうなのが恐ろしいところなんだが。
「ここまで言っても理解できないとはな。貴様のような愚か者は初めて見たぞ」
いや、鏡見ろよ。多分そこには俺なんぞ足元にも及ばないほどの愚か者が居るから。
「まあいい。そんな貴様でも虫ケラに寄生されれば私の役に立てるのだ。その女のようにな」
そう指を指すのは現在進行形で俺を縛り上げているニヤケ女こと、ミューキ・ジアドゥ。
「貴様の頭では気付くこともできなかっただろう。今はその女に虫ケラが寄生しているのだよ。そして、次は貴様の番というわけだ」
「うふふぅ。そういうことですのよぉ」
いや、寄生体の存在を知った時点でそれは気付いてたんだが。
さすがにそこに至れないほど阿呆ではないつもりだぞ俺は。散々俺のことを食いたいと言っていたのはそういう意味だったんだろうし。
ただ、それでも気にかかることはあるわけで。
「ミューキ・ジアドゥはお前の婚約者じゃなかったのかよ?」
「その通りだ。見た目はそれなりで家柄も悪くない。しかも、2種とはいえ複合持ちだったからな。婚約してやったというわけだ」
いや、だからお前の頭の中はどうなってるんだよ?
聞いた限りのクソ三男と、実際に対峙したクソ次男も心底クズだったが、こいつはそれ以上だぞオイ……。俺だって政略結婚なんて概念自体は耳にしたこともあるけど、それにしたって度が過ぎてるだろ……
「だが、私が与えた命令すら果たせないほどの無能だった。ならば、虫ケラの餌にしてやるのが有効利用というものだ」
命令って……どうせアホなこと押し付けようとしたんだろうが。
こいつの人となりを見るに、絶対にロクでもないことに違いないと断言できる。
「んで、その命令ってのは?」
それでも一応は聞いておく。
「それはぁ、アズール様を捕えることですわぁ」
答えを寄越してきたのはニヤケ女の方で。
「夢鱗蝶の魔具まで与えてやったというのに失敗するとは……。そこまで無能だとは思わなかったぞ。どうせ、使わずに自分の懐に入れようとでもしていたのだろうな。まったく、あんな女が婚約者だったことは、私の最大の汚点だ!」
「ですけどぉ、彼女の記憶では魔具を使っていたはずですわぁ。それがぁ、アズール様にはぁ、効いていませんでしたのよぉ」
……そういうことかよ。
昨日、ミューキ・ジアドゥが俺に接触してきた理由はそれだったわけだ。
夢鱗蝶というのも魔獣の一種で、かなり高位に分類されている。
外見は羽を広げると2メートルほどになる蝶で、その鱗粉を吸い込んでしまうと、自身がもっとも望む幻覚を強制的に見せられてしまうのだとか。
例えばだが、今の俺が吸わされたなら、クーラと他愛のないことで盛り上がる幻覚でも見てしまうんじゃなかろうかと思うわけだが。
そして幻覚に囚われ無防備をさらした相手の血を吸い尽くしてしまう。と、そんな魔獣。
たしか……その残渣から作られる魔具は、甘い香りを放つ香油だったか。
その効果は、香りを吸い込んだ相手の自我を麻痺させ、言いなりの人形にしてしまうというもの。
効果時間はそこまで長くないとか、一度でも受けた者には耐性が付いてしまうので二度は通用しないとか、当然ながら使い捨てだとか、いろいろと欠点もあるようだが、主に口を割らせる手段としてそれなりに重宝されているとのことだ。
「アズール様ぁ。どこかでぇ、あの魔具を受けたことがありましたのぉ?」
「さてな」
そのあたりだけは俺としても謎なんだが。
「あんな無能のことはどうでもいい!まあ、見苦しく命乞いをする様だけは見ていて愉快だったがな。くくく……貴様はどんな無様さを見せるのか、今から楽しみだ」
クソ長男がニヤリと、心底ゲスい笑い顔を見せてきやがる。
「ジマワ様ぁ。それではぁ、いよいよアズール様を食べさせてもらえますのねぇ?」
「その通りだ。いよいよお前も虫ケラの餌にしてやろう」
来やがったな……
「待ちかねましたわぁ。うふふふふぅ。アズール様はぁ、どんな味がするのでしょうかぁ」
ニヤケ女は俺を見て舌なめずり。その正体を知った今では、嫌悪感に恐怖感が上乗せされるから困ったものだ。当然ながら、おとなしく受け入れてやるつもりなんて毛の先ほども無い。それでも、イチかバチかで賭けを打つしかないんだろうが……
「待て」
だが、ニヤケ女を止めたのはクソ長男で。
「どうして止めますのぉ?アズール様はぁ、わたくしがいただく約束ですわぁ」
「場所を変えるぞ。いつまでもこんな臭い場所に居て匂いが移っては困るのでな。それに、ウジ虫の最期は明るいところでじっくりと見たいのだよ」
「ですけどぉ……」
「虫ケラの分際で口答えするな!貴様は私に従うという契約だったはずだぞ」
「…………わかりましたわぁ」
言われてうなずくニヤケ女。そこに間があったことが、少しだけ気にかかった。
さて、ここからどう立ち回るかだが……
道すがらで考えるのは、この後のこと。
どこへ連れていかれるのかはさて置くとしても、わずかながらとはいえ時間が取れた今のうちにある程度の算段は立てておくべきだろう。
最優先事項は、今もなお俺をぐるぐる巻きにしている鞭をどうにかして外すこと。このままでは、下手に動こうとした瞬間に電撃一発で無力化。そのまま食われてお終いだ。
まあこれに関しては、隙が見え次第としか言えないわけだが。
だから、首尾よく切り抜けられた前提で、その先を考えることにする。
まず、寄生体に負けるってのは絶対に避けなきゃならんことだ。イコール食われるってことなんだから。単純にそんなのは嫌だというのもあるんだが、それ以上に問題なのは、俺の記憶にはクラウリアの存在があるということ。
俺が食われるということは、その記憶も寄生体に知られるということ。その場合どうなるのか?
あのクラウリアが実在してたなんてことを知ったなら、間違いなく寄生体はクーラを狙うことだろう。所在ははっきりしているわけだし、俺のフリをしてクーラに近づき……。というのが、思いつく限りでの最悪。
クーラが寄生体に食われることの片棒をかつがされるなんてのは、絶対に……それこそ、死んでも御免だ。
あるいは、クラウリアであれば、目の前に居るのが寄生体だということに気づくことができるのかもしれない。だが、その時点で俺の精神はすでに食い尽くされた後。抜け殻になった身体を殺させるなんてことも、絶対にさせるわけにはいかない。
クーラの旅路がいつまで続くのかは、きっと俺なんかにはわからない。それでも、たとえ精神がすでに食われた後だったとしても、俺を殺めたなんてことになれば、間違いなくそのことはクーラの心を傷つけてしまう。
ただでさえ泣かせちまったばかりだってのに、そんなダメ押しをかけるなんてのは、受け入れられるわけがない。
多少マシな案としては、寄生される前に俺が自らの手で……。なんてのも、ないわけではないんだろう。
少なくとも、それならばクーラが寄生体に狙われる危険性は大きく下がる。
とはいえ、なぁ……
それはそれで、絶対にクーラは悲しむ。たとえ俺なんかでも、くたばったなら、間違いなくあいつは涙を流す。そのことは断言できる。まして、あんな別れ方をした直後なんだから。
ならば、どうにか逃げおおしてクラウリアに助けを求めるというのもひとつの方法ではあるんだろうけど……
そうなったらそうなったで、寄生体を野放しにしてしまうことになるわけで。
即座にクラウリアが対処できるならばまだしも、クーラでも寄生されている人を判別できない――寄生体の所在が完全にわからなくなってしまうなんて公算は、決してあり得ないものではないはずだ。その場合、未来にとんでもない禍根を残すことになってしまうだろう。それでもしもエルナさんあたりが犠牲になった日には、これまた確実にクーラは悲しむことだろう。
クソ長男は無警戒のようだが、寄生体がおとなしく従い続けるというのは、どうにも信じられなかった。
その点では逆に、寄生体の居所がはっきりしていて、わかりやすく俺に執心の現状はチャンスともいえるだろう。
俺が首尾よく寄生体を始末してしまえるのなら、万々歳だ。そうすれば、クーラに謝りに行くことだってできるんだから。
だがその場合に問題となるのが……
「なあ、参考までに聞きたいんだが」
「なんですのぉ?」
今も後ろで俺を縛り上げたままに、動きを警戒しているであろうニヤケ女に問いかける。
「お前はこれまでに、何人の精神を食ってきたんだ?」
「96人ですわねぇ」
ダメ元のつもりだった問いには、意外にすんなりと答えが返ってくる。
「その内訳は?」
「ジマワ様の部下が82人とぉ、ミューキ・ジアドゥ様とぉ、この屋敷で働いていた人が13人ですわぁ」
「ここで働いてた人たちまで犠牲にしやがったのかよ!?」
「うるさいやつめ。秘密を外部に漏らされては困るのでな。口を封じるついでに、食わせてやっただけのことだ」
こともなさげに言ってのけやがったぞこいつ。
「……どこまでゲスなんだよお前は」
「とてもぉ、美味しかったですわぁ」
「……そうかよ」
こいつはかなり厳しいな……
クソ長男のクズっぷりが底無しなのはともかくとしても、今の寄生体――というかニヤケ女は少なく見ても、虹追い人83人分の心色を備えているというわけだ。
ひとりで3人分の強さがあっても、ひとりで3人の相手にはかなわない。これは師匠の教えのひとつだが、83人分以上の力を持った奴をひとりで相手取るとか、無茶もたいがいにしろって話だ。
単純計算でなら、ニヤケ女の強さは灼哮ルゥリが刺し違えた個体の約4%。ならば、今の俺にルゥリの1/20ほどの力があれば、どうにかできそうな気はしないでもないんだが……
語り継がれる英雄の5%か……
現実味があるのか無いのか。微妙なラインではあるんだが。
まあなんにせよ……もう一度クーラに会うためにも、どうにかして勝ちを拾うしかないわけだが……
というか……
この期に及んでクーラのことばかり考えてるな、俺。
そんな事実に腹の中では苦笑いが止まらなかった。




