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何様のつもりなんだよお前は!

 食休みの後は村長さんに別れを告げて王都へ。次にやるべきは報告であり、西門から入って、第七支部への最短コースを歩く。その通り道にはエルナさんの店があった。


「あっ!」


 だから、


「アズ君!それにアピスちゃんも!」


 透き通った心地のいい声が耳に届く。ホウキを手にしたクーラが店から出てくるところに出くわすというのも、普通にあり得ることだったんだろう。


「ふたりともお帰りなさい。それとお疲れ様」


 駆け寄って来るクーラが見せるのは看板娘の名に恥じぬ、いつも通りの明るい笑顔で。


 クーラが機嫌よく笑っていられるのは、俺としても望むところ。それでも顔を見た途端、腹の底で渦を巻くモノが重苦しさを増してくる。


「アズ君?」


 そして、この聡い悪友が勘付くには十二分な根拠が顔に出ていたのかもしれない。


「大丈夫?」


 間近で顔を覗き込んでくるその目にあるのは、俺を気遣う色で。


「少し疲れてるだけだ」

「……嘘。すごく辛そうな顔してるよ」


 俺の取り繕いはあっさりと看過されてしまって。


「……私のせい、だよね?」


 クーラはあっさりと、そこへ思い至ってしまう。


「違う!」


 だが俺としては、それだけは断固として否定する。


 たしかに、知らされたクーラの真実に起因しているのは事実だろう。


「俺が、飲み込み切れていないだけだ」


 それでも、責の在処をクーラに求めるなんて恥知らずな真似は絶対に嫌だった。


「……ごめんね」

「だから、なんでお前が謝るんだよ……」


 クーラにそんなことを言われるのが……いや、クーラにそんなことを言わせてしまったことが辛い。


「……その原因を作ったのは、私だから」


 そして、クーラに罪の意識を抱かせてしまったことが辛い。さっきまでの明るい表情を一転させてしまったことが辛い。


「正直言うとさ……君が私の真実を受け入れてくれて、浮かれてた。舞い上がってたんだと思う。けどさ……構わないよ。無かったことにしても」


 伏せてはいるが、その意味は理解できた。俺の記憶を封鎖する、ということだろう。


「けど、お前は……」


 無かったことになってしまえば、たしかに俺が頭を悩ませることは無くなるのかもしれない。だけど、クーラにとっては無かったことになんてできないだろうに。


「短い間だけ、いい夢を見ていた。それが今まで通りに戻る。ただそれだけのことだよ。大丈夫、これでも慣れてるからさ。そんなことよりも――」


 なんでだよ……


 クーラが俺の手を優しく握って微笑む。


「君が気分よく暮らしていけること。その方がずっと大事」


 なんでお前がそんな顔をしなきゃならないんだよ……


 その微笑みは、俺が普段から見慣れているような機嫌のいいものではなくて。


「私のことなんて、君は一切気にしなくていい。君を苦しめるような記憶なんて全部、無かったことにしてしまおう?ね?」


 必死で痛みをこらえて、無理矢理に浮かべているのがまるわかりで。


 なんでお前がそこまでしなきゃならないんだよ……


 これまでにクーラが歩んできた1500年の旅路がどんなものだったのか。断片的にとはいえ、聞かされていた。そして、自分だけが置き去りにされるようだとも言っていた。


 それならば、俺の記憶を封鎖するってのは、クーラにとっても辛いことになるはずなのに。


 そんな様でなお、俺のことを気遣おうとする。


 なんでお前がそんな思いをしなきゃならないんだ。なんで俺は、気休め以上のなにもできないんだ。なんでお前は、俺なんかにそこまでするんだ。なんで俺なんかのために、お前がそんな顔をしなきゃならないんだよ。


 なんで……。なんで。なんでなんでなんでなんで――


 訳が分からなくなりそうな思考が暴れまわる。


「そうしたら、明日の朝にはいつも通りに戻れ――」

「好き勝手言いやがって……」


 そして、思考に振り回された挙句に俺がとってしまったのは、


「何様のつもりなんだよお前は!」


 八つ当たりという名の、最低で最悪極まりない、どうしようもないほどにクズな対応で。


「……え?」


 怒鳴り声を伴って、乱暴に手を振り払われて、クーラが見せたのは唖然とした顔。発したのは呆然とした声。


「アズール!?急にどうしたのよ!」


 アピスの声に乗っていたのは驚きと、非難めいた色。当然といえば当然か。アピスにとってもクーラは友人なんだから。


 そして当のクーラは――


 いっそ、どうしようもなく見苦しい俺を責めてほしかった。この上なく無様な俺に呆れてほしかった。


 それはそれでいい気分にはならなかったことだろうけど、それでも、ずっとマシだったはずだ。


 それなのに……


「わ、私……そんな……つもりじゃ……」


 向けてくるのは非難でも軽蔑でもなくて。その顔をくしゃりと歪ませて、


「ごめん……なさい……」


 告げてくるのはそんな、あまりにも痛々しい謝罪の言葉で。


 なんでだよ!?


 また、その叫びが腹の中にこだまする。


 けれど、今度は苛立ちも疑問も湧いてはこなかった。正確には、そんなものはすべてが吹き飛ばされたというべきなんだろうか。


 それは多分、空からの陽光を受けて光るモノが、クーラの目元に見えたから。


 俺自身は虹追い人としてはまだ5か月ほど。その間に、生死にかかわりそうな深手を負ったことは一度も無かった。まあ、師匠や先輩たちには幾度となくボコボコにされてきたわけだし、大事に至らないように手加減されていたとはいえ、それなりの痛みは知っていたつもり……だってのに……


 痛かった。ただ、痛かった。


 今の俺は傷なんてひとつも負っていないはずなのに。昨日クソ露天商に負わされた傷だって、他でもないクーラが治してくれたはずなのに。


 これまでに経験したことが無いほどに。これまでに経験してきたそれらがお遊びだと思えるほどに、心臓のあたりが痛かった。それこそ、胸に刃物を突き立てられたらこうなるんじゃないかと思えるくらいだ。


 その痛みは辛そうにするクーラを見ているだけで、ますます膨れ上がっていくようで。


「クソっ!」

「アズール!?待ちなさい!いったい何がどうしたのよ!?」


 16年近く生きてきて、今ほど自分に呆れ果てたことは無い。その痛みに耐えきれず、俺はその場を逃げ出していた。




 結局、クーラもアピスも追ってくることはなかった。当然だろう。多分クーラはそれどころじゃなかっただろうし、アピスだって今のクーラを放り出せるような奴じゃないんだから。


 クソッタレが……


 内心で罵りを吐くのは自分自身に対してだ。クーラの姿が目の前から消えたことで少しは痛みも薄れて、荒れ狂うようだった思考もマシにはなっていた。


 そして、だからこそ思う。本当に俺はなにをやっているんだ、と。


 クーラが抱える事情を知って、やれることが無いに等しい自分への不甲斐なさに腹が立っていたのは事実だ。


 俺の『超越』はクーラに与えられたものなんじゃないか?そんな疑念が疼いていたのも事実だ。


 自分を蔑ろにしてまで俺を気遣うクーラになのか、そこまでされてしまう俺自身になのか。どっちに対してだったのかはわからなくとも、そのあたりにイラついていたのも事実だ。


 けど、だからって……


 別れ際に見えた光が目に焼き付いて離れない。あいつは、俺が落ち込んでいれば当然のような顔で手を差し伸べてくれる世話焼きで。背負って来たであろう悲しみを少しでも軽くできるなら、俺にできることはなんだってやりたいと本気で思える人で。そしてなによりも、気安く話せる大事な悪友だった。


 俺は、そんなクーラに何をやったんだよ……


 自分のやらかしを振り返れば振り返るほどに、どこまでも沈み込んでいくような気分だ。


『……こういう時ってさ、ひとりで居ると際限なく沈んで行っちゃうものだよ』


 不意に思い出すのは、ネメシアが例の吹き矢を受けてしまい、ドン底に居た俺にクーラがかけてくれた言葉。


 たしかに、そいつは言えてるな……


 そんなクーラを傷つけたのはどこのどいつだとは理解しているが、もしもクーラが隣に居てくれたなら、少しは気分も上を向いていたのかもしれない。


 ひとりよりもふたりがいい。よくクーラが口にしていたことの意味も、誰かが隣に居てくれることがどれほどありがたいことなのかも、今ならば痛感できる。


「っと、ここは……?」


 どこをどう歩いてきたのかはわからない。気が付けば俺が居たのは見知らぬ場所で、目の間には格子型の門。その向こうにあるのは、お屋敷なんて表現が似合いそうな建物だった。太陽や王城の方向からして王都の中央区ではあるんだろうけど。


 思えば、これまでにはさんざんクーラと王都を散策してきたわけで。言い換えるなら、いたるところにクーラとの思い出があったということ。もしかしたら、半ば無意識でそんな場所を避けるうち、足を運んだ記憶の無い場所にきていたのかもしれない。


 ともあれ、やたら立派な門構えの割には門番の類は居ないようだけど、あんまりジロジロ見るのもあれだろう。


「あら、アズール様ですの?」


 だからきびすを返そうとした背中にかけられる声があった。


 アズール……様?


 基本的には使われることなんて皆無な呼び方。けれど、昨日も上品っぽい口調でそんな風に呼ばれたことがあったなと振り向けば、


「うふふ。またお会いしましたわね」

「……どうも」


 門の向こう側に居たのは、華美なドレスを身にまとった、派手な金髪の女性。昨日も目にしたこの顔はたしか……ミューキ・ジアドゥさんだったか。


「もしかして、わたくしに会いにきてくださいましたの?」


 そんなわけないでしょうが。


「たまたま通りがかっただけですよ」


 どうにもこの人は苦手だ。だから、さっさと立ち去ろうとするんだけど、


「せっかくですし、お茶でもご一緒いたしませんか?ジマワ様もアズール様には興味があるようでしたし」

「ジマワ?」


 何やら覚えのある名前が出てきたんだが……


「あら、ご存じありませんでした?ここは、ジマワ・ズビーロ様の邸宅ですもの。いらっしゃるのは当然でしょう?」


 また嫌な場所に来ちまったもんだ……


 面識こそ無いが、ジマワ・ズビーロというのも知った名前だった。


 クソ宰相ことオビア・ズビーロの長男であり、クソ次男ことガユキ・ズビーロとクソ三男ことユージュ・ズビーロの兄だったはず。


 俺が知る範囲ではゲスな真似はしていないようなのでまだクソ長男呼びはしていないが、それでもいい印象なんて全く抱いていない相手。当然ながら、一緒に茶を飲みたいだなんてことは夢にも思わない。


「いえ、遠慮しておきます。それでは」


 そんなジマワ・ズビーロと親しいような口ぶりをするこの人とも、かかわりたいとは思わない。だから今度こそさよならを告げて背を向――


 ヒュンっ!


「……なに……がああぁっ!?」

「せっかく来てくださったんですものぉ。逃がしませんわぁ」


 風切りの音。何かで身体を縛り上げられ、足の先から頭のてっぺんまでを貫くような衝撃を受けたと気付いたのは、その場に転がされてから。


 ただでさえクーラのことで頭がいっぱいだった上に、街中だからってことで完全に無防備をさらしていたらしい。


 身体が思うように動かないのは縛られてるせいだけじゃない。この長時間正座させられた後みたいな感じが全身に来るのは覚えがある。模擬戦でバートに食らわされたやつより強力ではあるが、電撃か!


「うふふふふぅ」


 不気味な笑い声。痺れる身体で転がるように顔を向ければ、ミューキ・ジアドゥの手にあったのは鞭で、俺はそれで絡めとられていたらしい。


「わたくしぃ、アズール様のことが欲しかったんですのよぉ」


 口調だけでなく表情も、さっきまでの上品っぽいものから一転。ニタリ、なんて表現が似合いそうな笑みで舌なめずりをしながら俺を見下ろすその様には嫌悪感以外が湧いてこない。まあ、それはそれとして。


 複合型。雷鞭ってやつか……


 現状を把握。どうやら俺はあの心色でやられたらしい。


「ジマワ様のぉ、命令でしたしぃ、捕えに行く手間が省けましたわぁ」


 そりゃズビーロ没落に一枚噛んでた以上恨みは買ってただろうけど、そこまでするのかよ!


 どの道、このままおとなしく捕まってやる義理は無い。


 まだ身体は思うように動きそうもないが、この鞭さえ外してしまえば、後は『分裂』と『追尾』でどうにかなるはず。


 生み出した泥団子を『遠隔操作』で鞭にへばりつかせてそこに『爆裂付与』で――


「あがっ!?」


 けれど再度の電撃を叩き込まれる方が早かった。


「早くぅ、アズール様をぉ、食べたいですわぁ。そうすればぁ……うふ、うふふ、うふふふふふぅ」


 意識を刈り取られる寸前。最後に知覚できたのは、気色の悪いニヤケ顔。


 そして――


 気色の悪い笑いを垂れ流す口の中に、何かが見えたような気がした。

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