俺の成長は果たして真っ当と言えるのか?
木々の隙間から差し込む月明かりを頼りにして、心色で確保した灯りを補助に使いつつカイナ村からの林道を歩く。ほどなくして開けた場所が見えてきた。
「ここが問題の廃村か」
「予想以上に近かったわね。その分、カイナ村の人たちは不安だったでしょうけれど」
「なら、今のうちに片づけて、安心してもらえるようにしないとな」
「ええ」
樹の陰から廃村の様子を観察する。一応は見張りのつもりなのか、朽ちてボロボロになった門(だったであろう物体)の前には2匹の豚鬼が。もっとも……
「「フゴー……フゴー……」」
微妙にやかましくも間抜けな寝息を立てているあたり、見張りとしてはクソの役にも立っていないわけだが。
「手筈通りにね」
「心得た」
聞いた話では数は10とのこと。多少多く見積もっても、15を超えるとは考えにくい。
それでも、正面からやり合うには厳しいだろう。だから――
足音を忍ばせてゆっくりと、眠りこける豚鬼に近づく。俺の両手には泥団子。アピスの手にも自身の心色である大斧。
目の前まで来ても、目を覚ます様子は無い。俺は向かって右側の豚鬼を指差し、アピスが無言で首肯。そして、
そらっ!
『分裂』で10ほどに増やした泥団子を『遠隔操作』して、豚鬼の口と鼻を塞いでやる。これは断末魔を上げさせないため。
一瞬遅れて同じ豚鬼の脳天目掛けてアピスが勢いよく斧を振り下ろし、地面に当たる寸前に斧を消す。これは地響きを立てないため。
大概の魔獣は他の動物と同じく、頭を潰せば即死する。しぶとさが厄介な豚鬼も例外ではなく、叫び声ひとつ上げることなしにその姿が消え、後には残渣が残るのみ。
残るもう1匹にも目を覚ます様子は無く、同じ要領で始末するのに要した時間は3秒ほどか。
まずはふたつ。このまま同じ手口で減らせるだけ減らす。気付かれたら、逆に騒ぎを大きくして撹乱する予定ではいるが、その前にできれば半分は減らしておきたいところ。
そうしてアピスと頷き合い、廃村の中へと足を踏み入れて――
「まさか、闇討ちだけで全滅までもっていけるとは思わなかったぞ……」
「さすがにこれは予想外だったわね……」
ほどなくして、安堵と呆れ混じりにそんなことをつぶやき合う。連中が間抜けすぎたせいでもあるんだろうけど、最初の2匹と同じ手順の繰り返しでこの廃村に住み着いていた豚鬼はすべて始末することができていた。その数は合計で12。念のため廃村の中をくまなく探してみたが、他に見当たらなかった以上、打ち漏らしがいる線は薄いだろう。もちろん、陽が昇ってからも確認には来るつもりだけど。
「それでも、結構疲れたけどな」
「同感ね。意外と神経を使うものだったわ」
激しい立ち回りをしたわけではなかったが、少なからずの疲労感もあり、アピスも俺と同意見だったらしい。
「念のためというわけでもないけれど、少し休んでいかない?」
「そうするか」
多少は休憩が欲しかったところなのも同じ。休むならカイナ村に戻ってベッドに入った方がいいとは理解もしていたんだが、そこはそれというやつだ。
「ところで、さっき何度も使ってたけど、あの地響きを起こさない振り下ろし。随分手慣れてる風だったな?それなりに練習してたのか?」
それでも稼業柄というべきか、腰を下ろせば気になってしまうのはそんなこと。
「ええ。以前タスクさんに教わったことね。特に私の得物は大振りだから、上手く使えば隙もかなり消せるだろうって。ようやく、実戦の中でも安定して扱えるようになってきたところよ」
「なるほど」
たしかにいつぞやの対人戦訓練でも、タスクさんの曲芸じみた双細剣の出し入れで面白いように惑乱させられた記憶があったし、アピスがガドさんにしてやられたこともあったか。
「私としては、どちらかといえばソアムさんの戦い方に憧れるのだけれど……」
「……それはよくわかるわ」
単純な力押しだけというわけでもないんだろうけど、圧倒的な破壊力で正面から敵を粉砕していくソアムさんのあの雄姿には、俺も憧れを抱いていたりする。
「大振りな得物という点では似ているのかもしれないけれど、今の私ではあそこまでは無理だから、いろいろと小技搦手も学んでいるということ。もちろん先輩たちのことは心から尊敬しているけれど、それでもいつかは追い付いて、超えたいとも思っているから」
「そのあたりは俺も似たようなものか。本当に壁が高すぎて困るわけだが、それは幸せなことなんだろうな」
「そうね。今はまだ第一支部で過ごした時間の方が長いのだけれど、第七支部に来てからの方が自分の成長を感じられるもの」
「成長、か……。お前もネメシアもバートもラッツも、真っ当に成長してるんだよなぁ……」
俺だって、日々自分を成長させようとはしているつもりだったんだが……
「それはアズールだって同じでしょう?『超越』には驚いたけれど、むしろその後……『遠隔操作』の精度や多彩さが結構な勢いで増しているじゃない。今回は真新しいことを見せる機会がなかったけれど、どうせ手札のひとつやふたつは増えているのでしょう?」
たしかに、ここ数日の間で組み上げた動作だっていくつかはある。あるんだが……
俺の成長は果たして真っ当と言えるのか?少なくはない割合を占めているであろう『超越』は、実はクーラに与えられた力だったのかもしれないってのに。
そんな疑念が疼いた。
「……さて、そろそろ行くか。ベッドが恋しくなってきた」
だからもっともらしいことを言って立ち上がったけれど、それが逃げだということを俺は痛感していた。
そしてカイナ村に戻って床に就き、
起床後は村長さんの奥さんが用意してくれた遅めの朝飯をいただき、
確認も兼ねて、村の人同行で廃村に足を運んで、
「実は私も、新人戦は2回戦と決勝を観戦していたんですよ」
後は支部への報告を残すのみ。ちょうどいい時間だったということもあり、朝同様に用意してもらった昼飯をいただきながらで村長さんが話題に出してきたのは、新人戦に関するあれこれで。
「最初はアズールさんの活躍を楽しみにしていたんですが……」
「あいにくと俺は補欠でしたからね」
「ですが、他の皆さんに試合も素晴らしかったですよ。たしか、アピスさんも出ていたんですよね?」
「ええ」
「やはりそうでしたか。大斧使いの女性がいたことは覚えていますよ。そして、やっぱり印象に残っているのは決勝戦ですね。これまで出番の無かったアズールさんが出てきた時は嬉しかったんですけど、ひとりだけで試合に臨むと聞いて驚きましたよ」
「……まあ、いろいろと事情がありましてね」
主にクソ次男のやらかしなんだが、そこは話すようなことでもないだろう。
「ですが、1対4で圧倒するその雄姿は、私も年甲斐もなく興奮してしまいましてね。それに、あの虹色に光る剣。たしか……『クラウリアの再来』でしたか?」
「ぐあ……」
反射的にそんな声を上げさせられてしまう。
「世間様からはそんな風に言われちまってるんですよね、俺……」
またしても出てきたそのふたつ名。昨日までであっても、聞かされて気分のいいものではなかったそのフレーズ。けれどクラウリアの重すぎる真実を知った今の俺へと連れてくるのは、溶けた鉛を飲まされたんじゃないかと思えるような気分だった。




