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俺は与えられた力でいい気になっていただけなんじゃないのか?

「カイナ村の近くにある廃村に、豚鬼(オーク)の群れが住み着いているのが確認されたわ」

「そりゃまた……」


 アピスが伝えてきたのは、たしかに対処を急ぐべき案件。


 カイナ村というのは、俺の記念すべき初仕事で向かった先。近くに廃村というのも、その時にチラッと聞いた覚えがある。


 たしか……異常種に率いられた大鬼(オーガ)の群れが生息域から出てきて住み着きやがって、それを始末したのが若かりし日の師匠&支部長だったんだか。


 詳しくはこれから聞くとして、多分似たような状況なんだろう。今回は豚鬼とのことだが、そのあたりはまだ(大鬼に比べたらの話ではあるけど)マシとも言えるのか。


 豚鬼というのも魔獣の一種で、おおまかな見た目としては、豚顔の巨漢といったところ。討伐の適正ランクは黄以上。世間的には、昨日ネメシアと共闘でやり合った狼鬼(ウェアウルフ)とは同格扱い。そこそこの知能があり、凶暴で好戦的というあたりもよく似ている。そんなのが近場に住み着いたとあっては、夜ものんびり眠れやしないだろう。


 特徴としては――狼鬼をスピード型と評するなら、さしずめ豚鬼は腕力、体力特化といったところ。そこまで足は速くなく、出くわしてしまっても逃げること自体は難しくはない。


 その一方でとにかく打たれ強いというのが厄介な点で、それが群れているのだからなおさら始末に負えない。対多数の基本は、いかにして数を減らすかということなんだから。


「具体的な数は?」

「10体ほどとのことよ」

「その廃村からカイナ村までの距離は?」

「大人の足で徒歩30分くらいと聞いているわ」


 となると……


「俺とお前が行くのが妥当か」

「ええ。いざという時は支部長も動いてくれるそうだけれど、なるべくなら動ける人員は支部に残しておくべきだと思うわ。今夜中にでも、寝込みを襲ってしまうのがいいわね」

「その点でも、灯りを使える俺たちが適任か」

「ええ」


 どうやらアピスも俺と同じ算段を立てていたらしい。


 夜の魔獣生息域に入るのは基本的には避けたい行為。だが、外に出てきた連中を叩くのであれば、逆に夜――寝込みを襲うというのは選択肢に入る。幸いと言うべきか、豚鬼というのは夜に眠って昼に活動という習性をしていた。諸々の距離を考えれば今夜中にケリをつけてしまうべきだ。


「わかった。一度支部に立ち寄って、その後すぐにカイナ村に向かうか」


 話は決まった。となれば……


「おーい、クーラ」

「話は終わった?」


 奥に居るクーラに呼びかける。


「ああ。それで、今からやることができたんだ」

「わかった」

「ごめんなさいね。アズールを借りていくわ」

「あはは。そこは無傷で返却してくれればロハにしておくからさ」


 そう送り出してくれるのは、いつもと変わらないクーラで。


「人を所有物扱いするんじゃねぇよ」


 半ばいつものノリで俺も言い返す。


 クーラに対して思うところは多々あるが、今は目の前の仕事に集中するべき。考え事の片手間に魔獣とやり合って食い殺されるなんてのは、それこそ虹追い人失格だろう。


「それはそれと、泊りがけになりそうなんでな」

「わかったよ。エルナさんにも伝えておくね」


 まあ、このあたりはこれまでにも数回あったことなんだが。


 余談だが、そういった時にはなるべく伝えておくようにとは(クーラではなく)エルナさんに言われていたことだ。


「じゃあ、行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい」


 見送られて部屋を出ようとして、気にかかったことがあった。


 気のせい、か?


 根拠を問われても、『なんとなく』としか言えそうもない。それでも、瞳の片隅に寂し気な色が見えたように思えてしまう。


 クーラの事情を知ったから、そんな風に感じてしまっただけなのかもしれない。それでも――


 あの日、クラウリアが抱いていたであろう悲しみに触れて生まれた感情を思い出せたのはついさっき。クーラが同一の存在と知って、その気持ちはさらに強くなった。


「あのさ……」「あのさ……」


 そんな感情に突き動かされるようにして口を開こうとして、言いかけた言葉は、クーラのそれと見事に重なってしまう。


「……お前からでいいぞ」


 俺とクーラの間では割とよくあること。だから、いつものようにそう譲ろうとして、


「いつも先を譲ってもらってるからね、たまには君からでいいよ。どうせ、先か後かの違いでしかないんだし」

「……そりゃそうだが」


 いつも俺が使っている口実を返されては、反論のやりようもない。


「今回の仕事なんだけどな、泊まりがけになりそうではあるんだが、順調にいけば明日の昼過ぎには王都に戻れそうなところでもあるんだ」


 カイナ村で仮眠を取った後で廃村に向かい、討伐が終わってから就寝。多少の朝寝坊をするとしても、明日の昼過ぎには王都に戻れる。というのが、俺の思う最良。


「だからさ、明日。お前のアルバイトが終わる頃に、また来てもいいか?」


 まあ結局は、俺にやれそうなことで思いつくのはそんな、気休めになるかすら怪しいような寂しさ対策程度だったわけだが。


「ふぇ……!?本当に、どうして君はいつも私が欲しい言葉ばかりくれるんだか……。そんなだから私はさ……」


 けれど、一瞬だけ大きく目を見開いたクーラが笑いながら言うのはそんなことで。


「ってことは……」

「そういうこと。こっちからお願いしようと思ってた」

「なら、時間を見てエルナさんの店に迎えに行くってことで」

「うん。朝のうちにお菓子も作っておくね。今日のは微妙だったから、そのリベンジも兼ねてさ」

「いや、それは菓子そのものに問題があったわけでもないだろう」

「それはそうだけどさ……。あ、せっかくだし、晩御飯も一緒にどう?」

「お前の腕前はよく知ってるし、ぜひとも頼みたいところではあるんだが、晩飯も菓子も明日はやめておいた方がいいだろ」

「そう?私としては、何の苦にもならないけど」

「取らぬ狸のなんとやら、だよ。仕事でトラブルが起きないとは限らないし、明日になって急な依頼が入らないとも言い切れないからな」

「それもそっか……」

「だから、そのあたりは腐れ縁共が復帰して、ガドさんとキオスさんが戻ってからでいいだろ」

「じゃあ、その頃のお休みにでもどうかな?」

「そうするか。何だったら、材料の買い出しからでも付き合うぞ。俺の方である程度の代金を出しておいた方が、気兼ねなく食わせてもらうことができるからな。荷物持ちと、簡単な調理の手伝いくらいはやれるだろうし。それに、そんな1日もそれはそれで悪くないとは思わないか?」

「そうだね。だったらその時は、遠慮なく骨の髄までしゃぶりつくしてあげるから、期待しててね」

「好きにしろよ」

「うん」

「とりあえず、そんなわけだ。都合が付くようなら明日も来るからさ」

「だったらさ、疲労回復に効きそうなお茶を用意しておくよ」

「ああ。楽しみにしてる」

「さて……じゃあ、あらためて。行ってらっしゃい、アズ君。くれぐれも気を付けてね。君にもしものことでもあったら、八つ当たりでこの世界滅ぼしちゃうかもしれないからさ、私」

「……おっかないことを言う奴め。まあ、言われなくても用心はするさ。じゃあ、あらためて、行ってくるぞ」




「ねえ、アズール。あなたとクーラって、本当は付き合っていたりしないのよね?」

「……まだ言うかお前は。あいつと俺はただの悪友だよ」


 そして支部への道すがら、アピスが聞いてくるのはそんな、今朝と同じようなことで。


 まあ、今朝とは少しばかり事情が変わったのも事実なんだろうけど。


 クーラの真実を知っているからこその接し方、というのもあるのかもしれない。とはいえ、あまりにも気兼ねしすぎるのも多分あいつは望まない。わざわざ隠していたくらいだ。今まで通りに接してやるのがいいだろう。まあ、俺がそれをやれるかという問題はあるわけだが。


 そういえば……


 ふと思うのは、別れ際にクーラが言った、八つ当たりで世界を滅ぼす云々。気にした様子が無いあたり、アピスは冗談と受け止めたんだろうけど、果たして本当に冗談だったのか?


 いや、さすがにそれは無いだろ。


 少しだけ背筋が冷たくもなったけど、いくらクラウリアでも不可能はいくらでもあるはずだ。


「悪友、ねぇ……」


 それはそれと、俺を見るアピスの目が冷ややかで、少しばかり居心地が悪かった。




 それから――


 アピスと共に支部で正式に依頼を受け、


 まだ閉店前だったエルナさんの店で晩飯を調達して、


 カイナ村の村長さんを訪ねて詳細を聞き、


 襲撃をかける深夜に備えて、村長宅のベッドを借り、仮眠を取ることになって、




 それにしても、クーラの正体がクラウリアだったとはなぁ……


 やはりというべきなのか、考えてしまうのはクーラのこと一色になってしまう。


 衝撃の事実、とでも呼べそうな情報は多々あったわけだが、こうして考えるうち、頭の中もいくらかは整理できたように思う。


 なぜ1500年以上も生きていられるのか?


 なぜ変わらない姿でいることができるのか?


 虹剣には無かったはずの治癒、転移、記憶の封鎖、時の流れからの切り離し、読心。心色使いの常識を置き去りにするような技術を複数持っていたのはなぜなのか?


 ノックスで別れを告げてきたはずなのに、なぜ再び現れたのか?


 その上で、疑問に思うところはいくつもある。


 それでも――


 あいつが抱えている悲しみ。俺には、どうすることもできないんだろうかな……


 なによりも強く心に浮かぶのは、そんなこと。


 これまで通りにクーラとの日常を楽しんで、旅立ちの日には笑って送り出す。クーラが俺に望むのは、多分そのあたり。それだけでも、きっとクーラは喜んでくれることだろう、けど……


 今思えば随分と軽々しく口にしてしまったという反省はあるが、旅路を共にと言いかけた時に、クーラはそれを拒絶した。


 けれど、そこに不快そうな雰囲気は見受けられず。


 ひとりよりもふたりがいいと、たびたび口にしていたクーラ。そのことを考えるに、あいつの旅路はひとりきりだったんじゃないだろうか?


 そして、隣を歩く誰かの存在を望んでいたんじゃないだろうか?


 まあ、俺ごときではお話にならなかったんだろうけど……


 そういえば……


 これもさっき思い出せたこと。ノックスの森でクーラが俺の前に現れたのは、俺が届き得るかどうかを見極めたいから、だったはず。


 アレは、どんな意味だったんだろうか?


 あの時のクーラはあえて言わなかったんだろうけど、『届く』のであれば、その先があると考えるのが妥当。すんなりと浮かぶところとしては『どこに』か『誰に』あたりだろうか。


 これまた俺では期待に沿えなかったわけだが、クーラは『届く』存在を望んでいたんだろう。


 なら、そんな存在を探し出せば……って、そう簡単に行くはずもないか……


 俺なんぞに見つけられるような存在なら、とっくの昔にクラウリア(クーラ)が見つけているはずだ。


 不相応なふたつ名はともかくとしても、『超越』したところで結局俺はなにもできな……ってまさか!?


 そして思い至るのは、俺が『超越』をした時のこと。


 あの時にも、傍らにはクーラが居たはずだ。実際になにがあったのかはわからない。いつの間にかウトウトして、目が覚めたら劇的なほどに心色の扱いが上達していた。というのが、俺の認識。


 自信を持つように吹き込んだとクーラは言っていたが、本当にそれだけだったのか?


 いや、それだけだったはずはないよな……


 その程度であそこまで腕を上げることができるなら、誰も苦労はしない。


 ってことは……


「『超越』すらも、クーラのおかげだったって話になるんだろうかな……。だったら……俺は与えられた力でいい気になっていただけなんじゃないのか?」


 そんな俺をクーラが内心で嘲っていた。なんてことは、100%無いと断言できる。それくらいには、あいつのことも理解しているつもり。


 それでも、


 そんな自分があまりに惨めに思えて。悪友の存在が酷く遠く感じられた。

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