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クラウリア、だったんだな?

「痛ってぇ……」


 応急処置は済ませたものの、クソ露天商に刺された肩がズキズキと痛む。


 クーラの奴、部屋に居てくれるといいんだがなぁ……


 結果的に傷害沙汰になったあの後、駆け付けた衛兵さんにクソ露天商が捕縛され、俺も説明を求められて。さらには俺が例のふたつ名の持ち主だと知られてしまったりであれやこれやとあって。ようやく解放された俺がクーラの住処に向かうことができたのは、陽が傾き始めてからのこと。


 いったい、何がどうなっているのやら……


 道すがらに考えたのは、あの露店市で起きたこと。それらを俺なりに結び合わせて出した結論は、


 クーラは30年前にも今と同じ姿で生きていた。


 という、あまりにも現実味を欠いたもので。


 こうしている今でも、あり得ないと思うこと。その一方で、それ以外では説明が付かないとも認識できてしまうことだった。


 わけがわかんねぇよ……


 そして、結局思考はそこへ行き付いてしまう。


 そうこうするうちに、クーラの住処が見えてくる。


 まあ、俺がどうしたいのかという点だけはとっくに定まっていた。そのことは唯一マシだと言えないこともないのかもしれないけど。


 灯りが見える。つまり、クーラは部屋に居るということなんだろう。ドアの前で深呼吸をひとつ。


「いらっしゃい」


 けれどノックをする前に、まるで見計らったようなタイミングでドアが開き、クーラが顔を出してくる。


「……もしかしたらさ、このまま来てくれないんじゃないかって、思い始めてた」

「後始末があってな。悪い、遅くなった」

「それってさ、私のせいだよね?」

「否定はしないが」

「……それなのに、自分が遅くなったことを謝っちゃうあたりがアズ君だよねぇ。私の方こそごめんね、君に押し付けちゃって」

「気にするな、と言ってもお前の性格上は無理だろうし。だったらせいぜい恩に着てくれよ」

「……そうするね。それにこの傷も、その時にやられたんじゃない?」


 クーラならば当然気付くことか。血はおおむね止まっているとはいえ、肩が赤黒く染まっているわけだし。


「……大した傷じゃないさ。止血も済ませてある」

「ホント、ごめんね……」


 しくじったな。せめて着替えてから来るべきだったか。


「それよりもだ、少し喉が渇いてるんだ。茶のひとつも出してほしいんだが」


 だから切り口を変えることにする。


「……うん。さっきは逃げちゃったけどさ。今だったら、少しは落ち着いて話せると思うから。上がって」

「ああ。お邪魔するよ」


 その言葉通りに。別れ際の時ほど取り乱した様子が無かったことには軽く安堵するものの、それでもクーラがまとうのは沈んだ雰囲気で。


 ……こんなに味気無かったか?


 用意してくれた焼き菓子をかじり、茶をすする。今までで一番美味くないと感じてしまうのはどうしてなのか。


「……なんでだろ?淹れ方も焼き加減も間違ってないはずなんだけどなぁ」


 クーラもまた、似たり寄ったりなことを思っていたらしい。


「そういえば、前に師匠が言ってたな。『単純に酒の良し悪しってのはある。それでも酒を飲んで旨いと思えないなら、心が病んでるのさ』だったか」

「妙に説得力感じるから困るよ……。正直、心が風邪ひいた気分」

「まったくだ」

「「はぁ……」」


 そしてため息が重なる。


「……聞かないの?」

「……聞いてほしいのか?」

「……わかんないや」

「……そうか」


 主語の無い会話。クーラの表情は優れなくて、多分俺も同じようなものだったことだろう。


 まあそれでも、根幹――俺がどうしたいのかだけは、定めておいてよかったのかもしれないか。


「覚えてるか?俺がキオスさんとシアンさんの件で悩んでた時のこと。ネメシアが例の吹き矢を受けちまった時のことも」

「忘れられるわけないよ」

「どっちの時もさ、お前は俺の側に居てくれたんだよな」

「……お節介かもなぁ、とは思ってたけどね」

「……それも否定はしない」

「酷いなぁ」

「けどさ、そんなお前のおかげで俺は随分救われてたんだよ。その時の借りを返す、なんて気取ったことは言わない。それでも……」


 俺なりに考え、心に定めたこと。


「お前が隠そうとしてきたことを無理に暴こうとは思わない。お前にはきっとそうするだけの理由があったことだろうから。その上で言うぞ。俺は、お前の力になりたいんだ。……役に立てるかは怪しいところで、愚痴を聞く以外に何ができるのかとは思うがな」


 なにせ、俺はクーラほど多芸じゃないんだから。


「……本当に、君は変わらないよね」

「悪かったな。図体以外の成長が無くて」

「そうじゃない。褒めてるんだよ。初めて出会った時から君はずっとそう。君は私に救われたなんて言ってくれるけどさ、私の方こそそんな君にどれだけ救われたか」

「……すまん。身に覚えが無いんだが」

「あはは……。だから君はお馬鹿さんなんだよ」

「そう言われてもな……。というか、出会った時って……俺が暴行未遂をやらかしちまった時だろう……に?」


 俺の記憶にある初対面とは、パン屋の前で出くわし、大声上げて肩を掴んでしまった時のこと。


 いや、違う!


 だというのに、そのことに対して強烈な違和感がこみ上げてくる。


 本当にアレが初対面だったのか?あの時俺を突き動かした激情。繰り返してしまうことを恐れて、ずっと考えないようにしてきたこと。だけどやっぱり、その前に起きた何かに起因してたんじゃないのか?


 そうじゃない!間違いなく、何かがあったんだ!


 疑念はそんな、確信めいたものへと姿を変えて、


「アズ君?」


 クーラはそんな俺を怪訝そうに見つめてくる。


「俺たちの出会いはあの時じゃない!本当はどこでお前と出会ったんだ?」

「なんで……っ!?」


 俺は……もっと前からクーラを知っていたはずだ!考えろ!思い出せ!思い起こせ!


 やがて、そんな思考は一点へと集中して、


「ダメっ!……考えなくていい。……思い出さないで」


 耳をくすぐるささやき声が急速に思考をほつれさせていく。それでも……


 思い……出せぇぇっ!


 完全にほどけてしまう寸前。ほとんど意地で思考を叩きつけたのは、ノックスの森での記憶。そこに存在した白髪の女性へと。


 その一撃は、女性の顔を塗り潰していた泥を粉砕して――


「ぐ……うあぁ……」

「アズ君!?」


 直後。堰が壊れたように、頭痛すら伴う勢いで溢れ出すものがあった。


『ホント、知能の高い魔獣ってのはロクなことしないよね』


『ただ、君と話をしたかったから、こんな対応を取らせてもらったの』


『私に……君の可能性を見せてほしい』


『私が見極めたいもの。それは……君が、届き得るかどうかなの』


『そういうわけで、私のことは『クーラ』って呼んで』


『あはは。アズール君のお馬鹿さん』


『期待に応えられなくて済まない、なんてさ……初めて言われたから』


『短い時間だけど、楽しかった。君と話せてよかったよ。この思い出があれば、私もまだ頑張れると思う。ありがとね、アズール君』


 そうだ。全部、あの時に交わした言葉だ。次から次と吹き出してくるのはあの時の記憶で、違和感無く俺の中に馴染んでいく。


「大丈夫?」


 そして目の前にある不安顔。髪の色は対照的な黒。リボンで束ねられた髪型もあの時とは違う。


 それでも……


「お前が……あの時のクーラ。いや……」


 あのクソ露天商じゃないけど……決め手となったのは声。涼やかに透き通ったその声が、あの時と今のクーラを結び付ける。


 そして、気を失う寸前にたどり着けた正体もひとつになって。


「クラウリア、だったんだな?」


 俺の中で、その結論が形を成していた。

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