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お前だって背は伸びてるんじゃないのか?

「おはよ、アズ君。今日は珍しく私の方が早かったけどさ、何かあったの?」


 さっきの女性――たしか、ミューキ・ジアドゥだったか――から逃げ出して、少し時間を置いてから待ち合わせの場所に戻れば、さっきまで俺が座っていた噴水のほとりにはクーラの姿。


 まだ鐘が鳴っていない以上、俺の遅刻にはならないんだろうけど。


「悪い。少しばかりな」


 とはいえ、わざわざクーラに話すようなことでもないだろう。


「まあ、遅れたわけじゃないし、君の具合が悪そうでも無いから別に……あれ?」

「どうした?」


 俺の顔に目を向けていたクーラが首を傾げて、


「……この匂いって」


 立ち上がり、顔を近づけて、鼻をひくつかせるうち、その表情が急に険しさを帯びていき、


「ねえ、アズ君。君の身体から甘い匂いがするんだけど、覚えはある?」


 真剣、を通り越して、深刻とすら言えそうな顔と声色で聞いてくる。


 あの人だろうな……


 幸いにも、今この場には見当たらないが、思い当たるのはさっきの女性以外にはあり得ない。多分あの人にうつされた匂いなんだろう。あいにくと自分ではわからなかったが。


「例のふたつ名に釣られちまう人が多くて困ってるって話だよ」


 クーラが嫌そうな顔をするのはわかっているから、ふたつ名自体は口に出さないが。


「……あのさ、気分が悪いとかってない?頭がぼーっとするとか」


 いつもならばそう言えば、『あはは、アズ君も大変だ』なんてことを他人事で気楽そうに言ってくるクーラ。


「いや、特にそういうのは無いけど」

「ホントに?私に心配かけたくないから隠してるとかはやめてよ。お願いだから、正直に答えて」


 それが今は、本気で俺を案じる風で。


「だからなんともないんだが」


 たしかに、あの女性の甘ったるい匂いはずっと嗅いでいたら気分が悪くなりそうな気はしないでもないが、短時間だったおかげなのか、そういった感じも無い。


「……嘘を言ってるわけじゃあ、なさそうだね。でも、なんともないってのもそれはそれでおかしいような……あれ?」

「今度はどうした?」


 まじまじと俺を見ていたクーラが、再び首を傾げる。


「ねえ、アズ君。背筋伸ばしてもらえるかな?」

「……こうか?」


 よくわからないが、言われるままに背筋を伸ばせば、


「やっぱりだ……」


 得心したようにうなずく。


「だから何がやっぱりなんだよ?」

「君さ……背、伸びたよね」

「そうなのか?」

「うん。間違いない」

「自分ではよくわからないんだが……。けど、言われてみれば……最近は高いところにある戸棚から物を出し入れするのが少し楽になったような気はしないでもないか」


 俺はまだギリギリで15。まだまだ伸び盛りの範疇に居るのもおかしなことじゃないんだが。


「よく気付けたな」

「まあね」


 そこは素直に感心する。相も変わらずの観察眼だ。


「けど、お前と出会ってから半年近いからな。それだけあれば、少しは背も伸びるわけだ」

「そっか……。まだ、半年も過ぎてなかったんだよね……」

「クーラ?」


 そうつぶやくクーラの目は酷く寂し気で。憂いを帯びたことで、神秘的に整った顔立ちをしていることを認識させられて、心拍が跳ね上がった気がした。


 そして同時に、そんな表情を見ているとこっちまで辛く思えてくる。


「まあ、俺の方が伸び幅は大きかっただけでお前だって背は伸びてるんじゃないのか?あいにくと俺にはわからないけど、お前の歳ならまったく変わらないなんてことはないだろ」

「……うん。そう……だよね……」


 だからいつものように軽い言葉をかけてみるも、返答には力が無くて。


「……ごめん。おかしな空気にさせちゃったね」


 そんな謝罪をさせてしまった自分が、酷く情けなかった。




「あ!あそこは食器を扱ってるみたいだよ!」


 その後は近くの露店市へ。露店市というのは、俺たちが散策で向かう中でも定番中の定番だった。店舗という形だと、入ったはいいが何も買わずに出るというのは少しばかり気が引ける。だが露店であれば、足を止めて眺め、そのままスルーしてもそこまで罪悪感は覚えずにいられるからだ。


 とはいえ、なぁ……


 内心ではため息。さっきの一件から、どうにも気分が踊らない。


「ほら!行ってみようよ!」

「ああ」


 俺の腕を引っ張るクーラ。はしゃいでいるようにも見えるが、それがカラ元気だとも見抜けてしまうくらいには親しい付き合いをしてきたわけで、どうにも居たたまれない。


 何がそこまで影を落としちまったんだかなぁ……


 それがわからないから、なおのことやるせない。


 流れからしたら、俺の背が伸びたことに起因しているように思えるんだが。


 自分の背が低いことを気にするというのは、割とよくある話だろう。クーラが小柄かつ細身というのも事実。けれどそのことを気にするような素振りなんて、これまでにはただの一度も見たことは無いわけで。


「おや、可愛らしいお客さんだね。ゆっくりと見ていくといい」


 向かった先の店主さんは好々爺然とした初老の男性で、にこやかにそう言ってくれる。


「……あ、これって」


 そんな露店の売り物を見ていたクーラの視線が止まったのは、やはりというべきなのかティーセットで。


 相変わらず好きだよなぁ……


 私物の類が少ないクーラの部屋だが、何故かティーセットだけは5つもある。なんでも、茶の種類やその日の気分で使い分けているんだとか。俺もひと通りは使わせてもらったことがあった。


 なんか、見覚えがあるんだが……


 クーラの目線の先にあったのは、七色の花弁を持つ花が描かれたカップ。クーラが所持している物のひとつと同じ見た目をしていた。


「これに目を付けるとは、中々鋭い娘さんだね」


 気付いた店主さんも満足そうにうなずく。


「これはね、シト()ンという300年前の陶工の作品なんだよ」


 んん?


 何か違和感があったような気が……


「とても貴重な品物なんだ。本来なら、200万ブルグはするんだけど……」


 はて?


 またしても違和感が……


「私ももう歳だからね。そろそろ引退を考えていたんだよ。だから特別だ。3万……いや、2万ブルグにまけておくよ。どうだろう?可愛い恋人にプレゼントしてみないかね?」

「いや、俺たちは恋仲ってわけじゃ――」


 ふたりで散策をしていると、割とよく受ける誤解。いつものようにそれを解こうとするも、今回ばかりは言い終えることができなかった。


「……何ふざけたこと言ってるの?」

「クーラ?」


 それは底冷えするほどに低く、普段の透き通ったソレからは想像もつかないほどにドスが利いた声で、


「私の()()()()()()()()()だからね。舐められるのはしかたないよ。そのことは別にいい。けどね!」


 店主さんを睨みつけるその目には、隠しようのない怒りがにじんでいた。


「このリーフィア柄を得意としてたのは、シト()ンじゃなくてシト()ンだから!名工の名前を間違えないで!」

「なっ……」


 怒鳴りつけられた店主が面食らう。


 俺としても、クーラがここまで激するところを見るのは初めてで。


「それに!シトロンが生きていたのはラウファルトが海に沈む前!300年前じゃなくて、1500年以上前だから!」


 ……違和感の正体はそこか。


 以前、別の露店で見かけた時に聞いた話と食い違っていたんだ。


 そして、クーラがここまで激怒する理由も理解できた。流れから察するに、この露天商が並べているのはニセモノ。茶だけでなくティーセットにも深い造詣とこだわりを持つクーラとしては、許せるものではなかったんだろう。


「そ、そうだったね。私も歳だからね、勘違いをしていたよ」

「勘違い?上っ面だけを似せて作った贋作を本物と称して売ろうとするのを勘違いって言うんだ?へぇ、それは知らなかったなぁ。私はそういうの、詐欺って言うと思ってたんだけどなぁ」


 店主――もうクソ露天商でいいか――は取り繕おうとするも、クーラの方は止まらない。


 本気でキレてる風だなこれは……


「……いくら子供だからって、あまりいい加減なことを言うなよ!これは正真正銘の本物だ!このエンブレムがその証拠だろうが!」


 化けの皮がはがれたクソ露天商がそう凄むも、クーラにはまるで動じた様子は無く。


「うん。そうだね。そうやって言い訳するために、エンブレムだけはよく似せてあるんだね?……そのエンブレムこそが、ニセモノだっていうなによりの証拠だとも知らないで」

「ガキが!これ以上商売の邪魔するようなら、ただじゃおかねぇぞ!」

「私が邪魔してるのは商売じゃなくて詐欺なんだけど。まあいいや。説明してあげるよ」


 クソ露天商の手からヒョイとカップを取り上げて、その裏側にあったエンブレムを突きつける。


「シトロンの作はね、エンブレムひとつひとつに小さな欠けをいくつも入れてあるの。そして、欠けの位置に応じて、筆使いに癖を付けてある。正しい組み合わせは全部で29通り。だけど、コレはその中のどれとも一致しない。つまりニセモノってこと。どうしてシトロンがわざわざそんなことをしたのか、わかるかな?シトロンは女性だったんだけどね、そこを軽く見られた彼女はタチの悪い連中に目を付けられて、大量の贋作をばら撒かれて困ってたの。だからその対策として、こういう細工をしていたってわけ。ちなみに、このあたりは目利きを生業としている人の間では割と有名な話だよ。なんだったら、この件で役人に掛け合ってもいいけど?出るところに出る?私は逃げも隠れもしないよ?」

「ぐぬ……」


 容赦の無い追い込みだが、ここまで胸を張って言い切るあたり、多分本当のことなんだろう。というか、これを出まかせで言えるなら、それはそれで恐ろしい話だが。


 周りを見れば、騒ぎを聞きつけてか、結構なギャラリーも集まっていて。


 勝負あり、だな。


 詐欺を働こうとしていた以上、気の毒とは思わないが、このクソ露天商もお咎めなしとは行かないだろう。


「どうよ?」

「つくづく大した奴だよ、お前は」


 今のやり取りで少しは気が晴れたのか、見慣れた得意顔で親指を立てて来るクーラに対して、俺も同じ仕草を返す。まあ、結果よければなんとやらか。


 というか、本当にコイツの知識量はどうなってるんだかなぁ……


 そのあたりには戦慄すら覚える始末。


「クソガキが……。()()、俺の邪魔をしようってのかよ!」


 そんなことを思っていると、クソ露天商が忌々し気に叫ぶ。


 『また』ってのはどういう意味だ?


 前にもこんなことがあったのかとクーラを見れば、


「なんのこと?」


 やはり首を傾げるばかりで。


「忘れたとは言わせねぇぞ!30年前!オルバド港でのことを!」


 いや、それは人違いだろ。


 いくらなんでも、30年前にクーラが生まれていたはずはない。


「髪型は変えたみてぇだが、その黒髪!その顔!その口ぶり!それになによりもその声!てめぇのせいで俺はビルレオ大陸に居られなくなったんだぞ!ようやく後ろ盾が見つかったってのに、なんで俺の邪魔ばかりしやがるんだ!」


 たしかにクーラの透き通った声が特徴的なのは認めるけど、30年前という時点であり得ない。その上さらに同じ顔というのは、なおのことあり得ない……んだが。


 ひょっとして、クーラの母親あたりか?


 思い浮かぶのはそんなところ。王都に来る前のクーラに関しては、知り合いに引退した虹追い人がいたことくらいしか知らない。けれど、母娘が生き写しと言えるくらいに似るというのは、あり得ないことでもない。15+30として、クーラの母親が現在45歳くらいだというのも、無理なく納得できる話だ。


 と、俺はそんな風に思っていたんだけど……


「まさか……あの時の!?」


 まるで思い出したかのように、クーラが声を上げる。


 いや!ちょっと待て!


「そうだ!てめぇのせいで俺の人生は滅茶苦茶になっちまったんだ!」

「昔からふざけた真似してたそっちが悪いんでしょ!たとえニセモノでも、そのことを偽らずに商売してたなら、今だってあの時だって、私は何も言わなかったよ!」


 クーラが言っていることは明らかにおかしい。クソ露天商の発言――30年前にもひと騒動あったということを否定していないんだから。


 どういうことだ?


 クーラ自身、自分が長く生きてきたような口ぶりをすることはたまにあった。けれどそれは、14歳前後に特有の――妄想じみた思考の残渣じゃなかったのか?


 だというのに今のクーラは、本当に30年前にも同じようなやり取りをやってきたとしか思えない風だ。


 言っていること自体はクソ露天商とかみ合っているというのも、そんな疑惑を後押しする。


「クーラ、どういうことなんだ?」

「だから昔に……あっ!?」


 そして口を押さえるその様はまるで、言ってはならないことを口にしてしまったかのようで、


「ち、違うの……」


 怯え、揺らぐ瞳。その顔からも、みるみる血の気が引いて行って、


「これはその……違う……。違うの……っ!」


 青ざめた顔に震える声。痛ましいほどに表情が歪んで、


「ごめんなさい!」


 今にも泣きだしそうな声と共に、逃げるように駆け出して行く。


「クーラ!……づあっ!?」


 とっさに伸ばそうとした手を止めたのは、右肩に走った痛みで。


「ガキが!てめぇもグルだったんだろう!ぶっ殺してやるぞ!」


 周囲から悲鳴が上がる。見れば、クソ露天商の手にはナイフがあって、俺の肩に突き立てられていた。


「邪魔しないでくれ!」

「ぶぎゅっ!?」


 威力を加減した『爆裂付与』乗せ泥団子を食らわせれば、クソ露天商はあっさり気を失って。


「クーラ!」


 あらためて探すも、その姿はすでに、どこにも見当たらなかった。

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