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むしろチョロすぎて心配になってくるぞ

「さて、今日は何をするかな……」


 明日のおおまかな予定を決め、クーラに勧められるままに購入した新作だというパンを背負い袋に入れて支部にやって来て、依頼掲示板の前で考える。


 動けるメンバーが少ない現状では大いにありがたいことに、今日はこれといった依頼は入っておらず、あるのは常設型の依頼だけ。


 そうなれば、自分の都合や好みだけで決めてしまっても問題無いわけだが。


「ねえ、アズール。今日は私と組まない?」

「俺は構わないけど」


 そんなところに声をかけてきたのはネメシア。


「アピスはどうしたんだ?」


 基本的には、ネメシアはラッツと共に仕事をしている。今日に限ってはそのラッツがそれどころではないんだけど、それにしたって同じく相方が寝込んでいるアピスと組んでいそうなところなんだが。


「ラッツとバートの看病」

「なるほど」


 実に説得力のある理由だった。


「そういうことなら喜んで」


 これまでにも行動を共にしたことは多々あったし、友人とも言える間柄であり、信頼している相手でもある。となれば、断る理由を探す方が難しいというものだ。


「ところで、ネメシアの方は特に希望とかってあるか?見ての通り、今日は常設の依頼しかないんだが」

「……じゃあ、コレにしない?ひとりだとまだ不安があったから」


 ネメシアが指差したのは、黄向けの納品依頼。ご注文の品は、狼鬼(ウェアウルフ)の残渣だった。




 そうして連れ立ってやって来たのは、西門から徒歩で1時間ほどのところにあるシュマギア丘陵。お目当ての魔獣である狼鬼が生息している区域だ。


「あまり奥には入らないでおくぞ。多数を同時に相手取るのは、できれば避けたいからな。変な場所で囲まれでもしたら、無事に帰れるかどうかも怪しい」

「そうだね。フォーメーションは……私が前に出るから、アズールは後方支援を頼める?」

「承知……っと!?」

「さっそく来た?」

「らしいな」


 そうこうするうちに、前方右手の崖上に1匹の狼鬼が。そいつはこちらを見て吠え声をあげると、そのまま飛び降りて四つ足で駆け出してくる。


「行くよ!」


 ネメシアも走り出す。俺は両手に泥団子を出して、周辺にも注意を巡らせる。




 この狼鬼という魔獣。簡単に言ってしまうなら、直立と四足のどちらでも走ることのできる人間サイズの狼といったところ。


 爪や牙にはたやすく致命傷を引き起こすだけの鋭さがあり、その気性は極めて凶暴。足が速く身軽な上に、群れを作るだけの知能も備えているという実に厄介な魔獣でもある。


 そんなわけで、もしも駆け出しが出会ってしまった場合、助けが入らなければ重傷で済めば幸運というのが世間の認識。


 討伐の適正ランクは黄であり、こいつを安定して片付けることができるというのが、一人前である基準のひとつとも言われている。




「ガアアアッ!」


 一気にネメシアとの距離がつまり、直立になった狼鬼は自由になった前足の爪を振り下ろして、


 まあ、訓練でやり合ってきた先輩たちと比べちまうとさすがにショボいのか。


 取り乱した様子も無く、ギリギリでかわすネメシア。その時すでに左の拳は固く握られていて、


「らあっ!」

「ギャンっ!?」


 みぞおちに叩きこまれたその拳には、荒い掛け声――ソアムさん直伝の気合らしいけど、ネメシアにはあまり似合っていないと俺は思う――だけでなく、風の心色も乗せられていた。さすがにひとたまりもなかったらしく、悲鳴じみた鳴き声をあげて狼鬼は身体をくの字に曲げる。無駄なく威力を伝えられるように角度を付けていたその一撃は勢いのままに狼鬼の身体を浮き上がらせて、


「もういっちょっ!」


 今度は無防備をさらした鼻っ面へと、右の拳が突き刺さる。もちろんこっちにも風が込められていたんだろう。


「とどめっ!」


 よろけた頭を掴んで膝蹴り。宣言通りにとどめとは行かなかったものの、さすがに耐えきれずに倒れ込んだその頭へと踏みつけを叩き込めば、狼鬼の身体は空気に溶けるようにして消えていった。


「……お見事。俺の出る幕は無かったな」


 完勝と言っていい勝ちっぷりに拍手を送る。


「でも、アズールがフォローしてくれるってわかってたから、思い切り行けたんだよ」

「そう言ってもらえるとありがたい」


 残渣を拾い上げて向き直るネメシア。その時にはすでに普段のおとなしい印象に戻っていて。


 あの戦いっぷりとのギャップがすげぇな……


 なんてことを思ってしまう。


 心色が癒風だということもあり、以前のネメシアは完全な後方支援型だった。第七支部に移ることになってからは先輩たちの指導で近接戦も学ぶようになったわけだが……


 どうやらネメシア自身そちらの方が合っていたようで、いつの間にかその戦闘スタイルは風をまとった殴り合いへとシフトしていたらしくて。


 しかもキオスさんのような洗練された型ではなく、ガドさんばりの喧嘩殺法の方が馴染むとのことで。


 さらにアレなのは、治癒を使えることによる思い切りの良さとためらいの無さ。ガドさんをして『あの捨て身っぷりは正直怖いぞ』と言わしめるほどだった。


 ある程度確立されたという新戦術を見た時には乾いた笑いを漏らしてしまったのも今ではいい思い出。余談だが、その時に同行していたアピスなどはどこか諦めたような表情をしていたか。


 そんなネメシアに影響されたのか、ラッツも近接戦に重きを置くようになっていて。こっちもこっちで、弓の弦ではない方(名称は知らん)がふたつに分離し、鎖鉄球的な感じで振り回すなどというおかしなことになっていたりもしたんだが。クーラが言うには『ぬんちゃく』とかいう武器に近い使い方なんだとか。


 まあそこらへんは、当人たちが満足しているのだからそれでいいだろうということにしておく。


「さて、最低でも10匹は狩りたいところだが……」


 とりあえず、思考を目の前に戻そう。


「そうだね。納品数は5個単位だから、私とアズールの分は確保しないと」

「昼まではまだ少しあるからな。それまでにあと1、2匹くらいは狩っておくか?」

「そうしようか」




「ここまで来れば安全だろう。飯にするか」


 その後も周辺を探して、さらに2匹の狼鬼を仕留めることができた。どちらも不意打ちを喰らうこともなく、単独で居るところを狙えたのも幸運だった。そして腹の虫がうるさくなってきたので一度生息域を離れたところ。適当な樹に寄り掛かって昼飯にする。


「それって、エルナさんのお店で買ったやつ?」

「ああ」


 キオスさん考案の携帯食料をかじりつつネメシアが目を向けてくるのは、俺の昼飯へと。


「クーラが勧めてくれたんでな。……うん、美味い」


 それは、以前に試作品を食べたこともあるパンの完成版だったらしい。


 甘く煮詰めた豆が入ったパン、だったか?ようやく店長さんの納得がいくものができたとのことで。


 かぶりついた中に入っていたモノはいつぞやの試作品と同様に甘く、それでいて甘すぎるわけではなく、ちょうどいいと思えるような加減。少しばかりの塩も入っているようで、抑えているはずの甘さが引き立っている風でもあった。


「……美味しそう」

「……ほら」


 こっちを見てくるネメシアの思っていることは、わかりやすく顔に書いてあった。


「いいの?」

「ああ」


 だから1/3ほどをちぎって渡してやる。


「……美味しいね」


 そうすればネメシアも気に入った様子。


「だろう?まあ、さすがにこれ以上はやらんぞ。食いたきゃ自前で買ってくれ」

「そうするよ。ありがとう、分けてくれて」

「おかげ様で楽させてもらったからな。その礼代わりだと思っていいさ」


 実際に、仕事は今のところは順調そのもの。ネメシアが易々と狼鬼を殴り倒してしまうので俺の出番はほとんど無かったくらいだ。


「まあ、さすがに昼からは俺も働かなきゃならんけどな。寄生はさすがにみっともないし、実戦経験を積む意味でも」

「じゃあ、午後は配置を変える?」

「そうしてもらえるとありがたい」




「そういえば、アズールとふたりでこうして話すのって、何気に初めてじゃない?」

「……言われてみればそうだな」


 その後は腹がこなれるまでのひと休みをしていると、思い出したようにネメシアが言ってきたのはそんなこと。


 付き合い自体は、レビドア湿原地下洞窟の最深部以来となる。会話だってそれなり以上に交わしてきた仲だが、ネメシアの隣にはラッツやアピスが居ることが多かったわけで。


「……大きなお世話かもしれんけど、ラッツとは上手くやれてるのか?」


 そんな流れで思い浮かぶのは、腐れ縁との間柄。


「……たまには喧嘩もするし、意見が食い違うことだってあるけど、そういうところも含めて上手く付き合えてる、と思う」

「喧嘩することもあるのか?」


 そこは正直意外だった。傍目にはそんな風には見えなかったんだが。


「あるよ。けど……」

「けど?」

「ぶつかり合って、乗り越えて、わかり合って。そういうのを繰り返すたびに、少しずつ、ふたりで成長できていると思う」

「……それが、恋人ってものなのか?」

「そこまではわからないけど……。少なくとも、私はそう思ってる」

「そうか」


 そんなネメシアはやけに大人びて見えた。


 優劣をつけるようなものではないんだろうけど、色恋に関しては物語でしか知らない俺なんかよりも、ずっと先に居るのかもしれないな。ひょっとしたらラッツも。


 ……俺の方がラッツよりも半年分だけ年上だってのに。


 そう考えると、自分が酷く未熟に思えてくる。


 俺が未熟なことはわかってるつもりだったけど、どうしても腐れ縁共が相手だと対抗心がこみ上げてくるというか、先を越されて悔しいというか……


 いや、そうじゃないな。


 そんな思考自体、俺が未熟者な証拠なのかもしれないか。そもそもが、色恋なんてのは相手の存在が前提になるもの。自分の気持ちだけで考えていいようなものではないんだろうし。


「そういうアズールはどうなの?クーラとは仲良くやってるみたいだけど」


 そこへネメシアがかけてきたのはそんな問いかけ。


「そういう、と言われてもな。俺とクーラの間柄はお前らのそれとは別物なんだが。それでも、仲良くやれてること自体は胸張って言い切れる。甘えすぎてるんじゃないかと思うことはあるけど、それでもあいつは得難い悪友だよ」

「……悪友なんだ」

「ああ。悪友だ」

「け、けど……あのリボンってアズールがプレゼントしたんでしょ?クーラ、すごく嬉しそうにしてたよ。……というか、5回は自慢されたんだけど」

「多いな!?」


 どれだけ喜んでくれたんだよあいつは。それ自体は俺としても嬉しいことだけど、むしろチョロすぎて心配になってくるぞ。


「あれはどちらかというと、日頃の感謝を込めてって意味合いで贈ったんだがな。もちろん、クーラが喜んでくれたことも大事にしてくれてることも疑うつもりは無いけど」

「うわぁ……」

「……なんだよその目は」


 正直なところを答えただけなのに、何故か向けられたのは呆れ目。本当に不思議で仕方がないんだが、ネメシアを含めた支部の皆さん――特に女性陣から呆れ目を向けられることが多いんだよな、俺。


「ホント、クーラは苦労するよねぇ。どうしてあんなに気のいい子が……。って、思っただけ」

「だからどういう意味なんだよ!?俺自身、なるべくクーラに面倒かけないように意識くらいはしてるつもりだぞ。まあ、アイツの気立てがいいのは同感だけど」

「はぁ……」


 けれど返されるのは呆れ目の追撃とため息で。


 結局答えはもらえず仕舞いだった。




「「ただいま戻りました」」

「お疲れ様です」


 その後、午後の狩りを終え、支部に戻ってきたのは陽が暮れた後。少しトラブルがあったものの、目的自体は無事に達成できていた。


「狼鬼の残渣納品をお願いします。数は、俺とネメシアがそれぞれ5で」

「わかりました」


 さっそく受付のシアンさんに報告。


 午後からもしばらくは順調に事が運びはしたんだけど、9匹目を仕留めたところで、5匹の群れに鉢合わせしてしまっていた。


 多少危ない局面はあったものの、撃破は無事に成功。冷や汗をかかされたということもあり、その後生息域から出てのひと休みが少し長引いた結果、こんな時間になったというわけだ。


 ちなみにだが、手に入れた残渣14個は山分け。余りは2個ずつ、俺とネメシアの懐に入っている。その使い道をどうするかはこれから考えればいいだろう。




「今日はありがとう」


 支部での要件を済ませた後は、連れ立ってユアルツ荘へ。俺もネメシアもあとは帰るだけ。であれば、わざわざ別々に行く理由はどこにも無かったというわけだ。


「お互い様だよ。俺だって、ひとりだったら狼鬼狩りをしようとは思わなかったからな」

「ならいいんだけど。ところで、アズールさえよかったら明日はアピスと組んでもらえない?明日は私が看病する予定だから」

「……悪いけど明日は無理だな。もちろん急な依頼が入るようなら話は別だが」


 すでにクーラとの先約がある。本当に急を要する依頼が入ったなら、あいつはきっと聞き分けてくれる。けれど、だからこそ相応の理由も無し反故にするような真似はしたくない。まあ、それはそれでアピスに悪いとも思えるんだが。


「もしかして、クーラとの約束?」

「ああ」

「じゃあしょうがないか」

「済まないな」

「そこは謝らなくてもいいよ。それよりも、明日は楽しんできてね?」

「それは約束するさ」


 トラブルのひとつやふたつはあるかもしれない。けれどそれを差し引いても……いや、それを込みで考えても、クーラとの1日が楽しいものにならない未来なんてのは、毛の先ほども想像できなかった。

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