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まだまだ半人前ですから

「今日もいい天気になりそうだ」


 朝。いつもの時間に起きて、いつもの道を歩いていつもの場所へと向かう最中。見上げればそこに広がるのは、綺麗な青色。


 もう、あれから3か月になるんだよなぁ……。まあ、まだ3か月しか経っていないと言うべきなのかもしれないけど……


 しみじみと思うのは、そんなこと。


 あれからというのは、新人戦の決勝――クソ次男こと、ガユキ・ズビーロの公開処刑を済ませてからのことで。


 その日から始まったズビーロの連中に落とし前を付けさせるための戦いに一応の決着がついたのが、ひと月ほど前のこと。


 支部長が「半年で片付ける」と豪語したことが実際にはその半分以下のふた月で片付いてしまったのには、当然ながら理由がある。


 恐ろしくフットワークの軽いお方だったよなぁ……


 何があったのかと言えば……とんでもなく強力な援軍があったからだ。




 例の吹き矢に関する件で第七支部に接触を図ってきたのが、このストゥーラ王国を統べる王、ルクード陛下だったわけで。


 さすがに、非常時のために保管しておいた物が偽物とすり替えられていたとあっては看過できなかったというのもあったんだろうけど……


 指定した日に単身で第七支部にやって来た陛下は事前の要請通りに集まっていた所属メンバー全員の前で深く頭を下げて詫び、協力を申し出てきたのだから。こちらも全員が本気で魂消ていた。


 なんでもその際に聞いた話ではこのお方、先王とズビーロ家のベッタリズブズブっぷりを見るうちに王位を継ぐことに嫌気が差して城を飛び出し、虹追い人としての旅暮らしを10年ほど続けてきて、最終的なランクは青だったんだとか。


 その間にいろいろあって、善き王になろうと決意し、帰還したということらしい。ちなみにだが、虹追い人をやっていた頃には、色無しのザグジア(師匠のふたつ名だ)の世話になっていたこともあったんだとか。つまり――恐れ多い話ではあるが――俺や腐れ縁共とは兄弟弟子だったということらしい。


 俺が物心ついた頃にはすでにルクード陛下の治世であり、それが当然だったんだけど、両親の話では明らかに暮らし向きが楽になったとのことだった。


 ともあれ、最終的には利害の一致もあり、手を組むことになった。先王の下で勢力を伸ばしていた宰相一派の好き放題には陛下も手を焼いていたらしい。


 その後はあれやこれやの末に例の吹き矢が決め手となり、オビア・ズビーロはめでたく宰相をクビ。処刑こそ免れたものの、王都からは追放。辺境に飛ばされ、生涯監視付きの生活を送ることになったそうな。そしてクソ次男も同じくで。どうでもいいことではあるんだけど、クソ次男は決勝戦以来、マトモに心色を扱えなくなったらしい。なんでも、色脈がズタズタに破壊されていたんだとか。


 そしてズビーロ家は長男が相続し、四男は父親と共に辺境に向かうことを選んだとのこと。


 結果的には後継者争いに勝利した長男だが、こちらも万々歳からは程遠いことだろう。なにせこの件で、ズビーロ家そのものが見事な没落を遂げたんだから。


 それと、クソ次男に加担した咎で第一支部のクソ支部長――バガキとかいう名前だったらしい――も解任されることになった。


 もっとも、第一支部関連ではまた別の問題が湧いてきやがったのも事実なんだけど。


 クソ支部長の後任は第二支部のドナ支部長が務めることになったわけだが、この人が第一支部の風潮を良しとしていなかったのは有名な話だったらしい。このあたりは、ズビーロ家の膿を出し切ってしまいたいという思惑もあったんだろう。


 ドナ支部長自身は、元々の第一支部所属だからと言う理由での差別をする人ではなかったと思う。それでも、今までのように甘い汁を吸えなくなるのが不満だったんだろう。そんな変化に対する反発でか、第一支部に所属していた虹追い人の9割以上が一斉に辞めてしまっていた。なんでも、ズビーロ家長男にして新当主のジマワ・ズビーロが私兵として引き抜いたんだとか。維持費だってタダではないはずなんだが、ロクでもないことを企んでいないと願いたいところ。


 それはそれとして、王都に存在する8つの支部には、それぞれの管轄区域というのがあるわけで、一気に人員が減ってしまっては、第一支部の管轄では大きな支障が出る。


 対応として他の支部から人員を回すことになり、タスクさん、ソアムさん、セオさんの3人が第一支部に移籍したのが、20日ほど前のこと。


 今後の新生第一支部にやって来た新人の成長ぶり次第ではあるけど、一応は1年が目途という話だ。


 もちろん寂しくはあるんだが、今生の別れというわけでもないし、同じ王都に居る以上、いくらでも会う機会はあるだろう。


 それに送別会では『皆さんが帰ってくる場所は守ります』と約束した以上、いつまでもメソメソしてはいられない。


 ちなみにだけど、移籍するメンバーの内訳はシアンさんとセルフィナさんに配慮してのことらしかった。




「おはよ、アズ君」

「ああ。おはようさん」


 そんなこんなでここしばらくのことを振り返るうち、パン屋の前に到着。そこで待っていたのは看板娘のクーラ。長い黒髪は肩の前に垂らされ、白いリボンで彩られていた。


 本当に気に入ってくれてるんだよなぁ。


 その白リボンは、しばらく前に俺が贈ったもの。あれ以来、俺が目にするクーラには常にその姿があった。本人曰く、風呂とベッドに入る時以外は常に肌身離さずにね、とのことだが。


 結局アレはなんだったのやら……


 ふと思い出すのは、このリボンを贈った時のこと。見事に見惚れさせられてしまい、妙な気分になったわけだが、翌朝にはいつも通りに戻れていた。


「そういえばさ、昨日の夕方にソアムさんとタスクさんが来てたよ」

「そうなのか?」


 早速そんな話題を振って来る。会う機会は云々と思った矢先だったけど、実際にクーラは会っていたらしい。


「うん。ウチの卵サンドが無性に食べたくなったって」

「なるほど」


 ソアムさんの好物だとは、以前に聞いたことがあった。


「まあ、そこまではよかったんだけどねぇ……」


 肩をすくめたクーラが見せるのは苦笑で。


「茶化し合ううちに熱くなったみたいでさ、ふたりして怒鳴り合いを始めちゃったのよ」

「……その光景が目に浮かぶわ」


 ある意味では、それは第七支部の日常だった。


 というか……恋仲になってもあのふたりは本当に変わらないな……


 呆れはんぶ……もとい、呆れ3割の感心7割程度でそんなことも思う。




 これは送別会の夜に聞いた話だけど、タスクさんとソアムさんは付き合い始めていたとのこと。なんでも、ネメシアが例の吹き矢を受けた件でいろいろと思うところがあったらしい。その後、祝勝会の夜にあれやこれやとあって、そうなったんだとか。


 俺は本気で驚いていたんだけど、他の皆さん(新人4人を含む)は妙に納得した風で。ひとり理解できていなかった俺だけが呆れた目線を向けられてしまったりもしたんだが。


「けど、どうやって収まったんだ?」


 あのふたりが熱くなったなら、止められる人は相当に限られてくる。支部長やシアンさんあたりならば可能だとは知ってるけど……


「さすがに私にはどうにもできなかったけど、騒ぎを聞きつけてやって来たエルナさんが止めてくれたよ」

「エルナさんが?……正直、想像できないんだが」


 俺が抱く印象としては、穏やかで優し気な人。あそこに割り入れるようには見えないんだが。


「エルナさんがすっごくいい笑顔で『店内ではお静かにね?』って言ったらそれだけでビクッとなってさ、冷や汗も流してたかな」

「……あの人も見かけによらないのか?」

「過去に出禁食らわせたことがあったみたい」

「……なるほど」


 たしかにそんな理由ならばうなずける話。世間的に使われる意味合いとは異なるんだろうけど、胃袋を掴まれてしまっては逆らえないというやつか。


 まあ、無事に収まったなら、それで結構ということにしておこうか。


「それでさ、その時ソアムさんにこんなのもらったの」


 ゴソゴソと懐から取り出したのは1枚の紙きれ。何かのチラシらしいが。


「……劇団ミユイツマ?」

「昨日の昼間にさ、ふたりでそこのお芝居見に行ってたんだって」

「へぇ……」


 場所は……北区の劇場か。入ったことは無いものの、何度か前を通ったことはあったか。


「それで、タスクさんはラストシーンで泣いちゃったみたいでさ」

「……ソアムさんじゃなくてタスクさんなのか?」

「うん。ソアムさんにそのことからかわれてた」


 割と涙もろいところもあるからなぁ、タスクさん。


「ところでさ、そのお芝居のタイトル、見覚えない?」

「タイトル?えーと……『星空の天使。月明かりの恋人たち』。これってたしか……」


 いつか図書院で読んだ物語と同じタイトル。


「そういうこと。明後日のお休みにさ、見に行かない?……ほら、この前がアレだったでしょ?その口直しも兼ねて」

「……たしかにな」


 前回ふたりで出かけた先は図書院だったわけだが、その時に選んだ物語が悪かった。いやまあ、物語そのものには引き込まれたんだけど……


 そのタイトルは『甘い牢獄』


 内容はというと、




 クーラリアという名の少女がひとりの男に恋をするも、彼にはすでに婚約者がいた。と、そんな冒頭。タイトルからしても嫌な予感はしたんだけど、私と名前が似てるしこれはこれで続きが気になるとクーラが言うのでそのまま読み進めてしまって……


 作中ではその後、彼女は暗躍を重ね、男の婚約者を自殺に追い込み、さらには男の大切なもの――身内やら友人やら財産やら地位やら――をことごとく失わせる。


 すべてを失い、どん底へと突き落とされた男に対して彼女は優しく寄り添い、ドロドロに甘やかして依存させてしまう。


 最後には、すべてが自分の仕業だったと暴露するクーラリア。それでも、完全に溺れさせられていた男には、彼女を拒むことはできず、


「私のものになりなさい」


 と、そんなセリフで物語は締めくくられる。




 繰り返しになるが、物語自体には大いに引き込まれた。


 それでも、読後にはどんよりと気分が重くなったのも事実だったわけで。というかクーラリアが怖すぎた。現実に存在していたなら、まかり間違ってあんなのに惚れられてしまったなら。そんなことを考えると背筋が凍り付くくらいには。


 その一方で、今話題になった芝居の元であろう物語、『星空の天使。月明かりの恋人たち』は、様々な苦難を乗り越えて結ばれるふたりを描いたもの。素直な展開に、爽やかな読後感の物語だったはずだ。


「じゃあ、明後日はこれで決まりってことで」

「うん」

「細かい予定は……明日の朝にあらためて、だな」


 店の開店時間を告げる鐘。


「そうしよっか。いらっしゃい」




「ただいま戻りました」

「お疲れ様でした」


 その夕方。今日の仕事を無事に終え、支部に戻った俺を迎えてくれたのはセルフィナさん。


「依頼を片付けてきましたんで、確認お願いします」

「はい」


 今しがたに終えてきた依頼は逃げ出した猫の捕獲だった。師匠なんかは、


『猫探しなんてそうそう起きるとは思えないんだが、何故かちょくちょく発生する依頼なんだよなぁ……。長年この稼業をやって来たが、そこは未だに謎だ』


 なんてことを言っていたが、まさか実際に経験することになるとは思わなかった。


 ちなみにだが、依頼自体はすんなりと片付いていた。『遠隔操作』で猫の頭上に飛ばした泥団子を檻の形に変え、そのままストンで完了。むしろ猫を見つける方が大変だったくらいだ。


「完了を確認しました。連盟員証をお願いします」

「はい」


 そして手渡すのは、黄色の石が付いた首飾り。俺のランクもとうとう黄。半人前と言われる区分であり、一人前を意味する緑まであと一歩というところでもある。まあ、その一歩が恐ろしく遠く、険しい道のりになるとも認識はしているつもりだが。


 他の新人4人も今では黄。俺とアピス、ネメシアは新人戦の報酬で昇格を果たし、ラッツとバートもそこから遅れること20日ほどで昇格していた。


 新人戦に関しては、決勝にしか出ていない俺と決勝に出なかったあいつらだったが(あの4人が決勝に出られなかったのは謹慎が理由であり、失格ではなかった)規則上拒否は認められていなかったという事情もあり、頂くことになったというわけだ。


「はい。手続きは完了です。……それにしてもさすがですね、アズールさんは」

「……と、言いますと?」


 いきなりそう言われても何が何やら。


「今回の依頼ですよ。猫探しって実はかなり大変なんですよ。なにしろ猫って、小回りが利く上にすばしっこくて、高いところも狭いところもスイスイで、警戒心の強い動物じゃないですか。だから追う方も追われる方も怪我することが多いんです」

「……そういえばそうですね」


 たしかに、猫というのはそんな生き物。依頼のランクが黄だったのはそんな事情もあったのか。


「それをひとりで1日で無傷でって、何気にすごいことなんですよ?」

「まあ、相性が良かったんでしょうね」


 依頼主は困っているだろう。それだけで深く考えずに受けたということは黙っておくことにする。


「ふふ、黄になってもそういうところは変わらないんですね」

「まだまだ半人前ですから」

「はいはい、そうですね」


 肩をすくめるセルフィナさん。付き合いが長くなるにつれて、だんだんと砕けたところを見せてもらえるようになったのは素直に嬉しく思うところ。


「ところで話は変わりますけど、アズールさんって体調は大丈夫ですか?特に腹痛とかは無いですか?」

「……唐突ですね。そういうのは今のところ無いですけど」

「それはよかったです。実は少し困ったことになっていまして――」




「うへぇ……。ファルファロ茸に当たっちゃったのかぁ……。たしかに、リノサラ茸との区別って難しいけどさ、それでも市場に出回らせちゃダメでしょ……」

「……相変わらずあれこれ詳しいなお前は」


 そして翌朝。いつもの時間にいつもの場所で、昨日セルフィナさんから聞いたことを話せば案の定というべきか、このやたらと博識な看板娘は知識のある者に特有の呆れを見せてくれる。


 昨日発生した問題というのは、ファルファロ茸という毒キノコを食べてしまったラッツとバートが腹痛で寝込んでしまったというもの。


 そして、このファルファロ茸とよく似た外見のリノサラ茸というキノコもあり、こちらは食用として手頃な価格で流通しており、俺の食卓に上がることもたまにある。


 今回はそんなファルファロ茸を知らずに購入したラッツとバートがやられてしまったというわけだ。


 不幸中の幸いというべきか、ファルファロ茸の毒性はそこまで強いものではない。特に持病も無く体力のあるあいつらであれば、数日寝ていれば綺麗に完治するはず、なんだけど……


「けど間が悪いよね……。たしか今ってさ、ガドさんとキオスさんが遠出してるんでしょ?」

「そうなんだよなぁ」


 このあたりは第一支部の連中が一斉に辞めた弊害でもあるんだが、必要ランクが高く、急を要する依頼が複数舞い込んできて、第七支部に残っていた先輩ふたり――キオスさんは先日、緑への再昇格を果たしていた――も10日ほどは戻ってこない予定になっている。


 そこへさらにふたりが動けなくなったという話。


「まあそんなわけなんでな。ひょっとしたら、明日は俺も駆り出されるかもしれないんだ。約束しておいて済まないとは思うんだが」

「見損なわないでほしいね。これでも私はさ、それくらいで立てるような目くじらは持ち合わせていないつもりだよ?」

「いや、お前ならそう言うとは思ってたんだが……」


 だからこそ。理解があるとわかっているからこそ、なおのこと気が引けるわけだが。


「そんな起きるかどうかもわからないイレギュラーを済まないと思ってる暇があったらさ、明日の予定だけでも決めちゃおうよ。何かあったら、その時はその時ってことで。最悪を想定することが悪いとは言わないけど、何も起きない可能性だってあるわけだしさ」

「違いない」

「待ち合わせの場所は……たしか劇場の近くに噴水があったよね?その前でどう?距離考えたら、10時くらいかな?」

「わかった。たしか……芝居が始まるのは午後からだったよな?近くの露店市を適当に歩きつつ、そこで昼飯も済ませてしまうって流れにするか?」

「だね。んで、その後はいつも通りってことで」

「ああ」


 そんなこんなで、明日の予定はすんなりと決まる。


 予定は未定であって決定ではない、なんてのはよく聞く話だけど、何かあったならその時に変更をかけるのは難しいことでもない、と。


 その時はどう埋め合わせをしようか、と。




 この時の俺は、そんな呑気なことを考えていた。

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