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俺ごときを恋人扱いするなんて、あいつに失礼すぎます

「お買い上げありがとうな、兄ちゃん」


 クーラへの贈り物をしようと支部を出てあちらこちらの露店を何度も往復。ようやく目的の物を購入した時には、すでに日が傾き始めていた。


「いえ、俺の方こそたびたびすいませんでした」


 最終的に購入を決めた露店の店主さんは、行っては来たりを繰り返す俺を邪険にすることもなく相手にしてくれていた。


「こっちはそれが仕事だからな。むしろ感心したんだぜ?そこまで悩むってのは、それだけ相手のことを真剣に考えてたってことだろう?」

「まあ、そうですけど……」


 クーラに少しでも喜んでほしいと、俺なりに知恵を絞り抜いたのは事実。


「まだ若いのに立派なことじゃねぇか。恋人のこと、大事にしてやれよ?」

「……恋人?」

「違うのか?じゃあ、これから告白するってことだな。上手く行くことを願ってるぜ」

「いや、そうじゃなくて……」


 この人、そういう勘違いをしてるわけか。


「たしかにこれを贈る相手は女性ですけど、恋人ではないですし、告白するような間柄でもないですよ」

「そうなのか?」


 そんな事実を告げれば、店主さんが見せるのは心底意外そうな顔。


「ええ。俺とあいつの関係は……悪友ですかね」


 それが一番しっくりくる表現。


「というかですね……俺ごときを恋人扱いするなんて、あいつに失礼すぎます」


 それくらい、クーラは魅力のある女性だと思う。だから、いつかクーラが想う相手が現れたなら、その時は全力で力になりたいと思う反面、俺なんかの出る幕はないだろうとも思っている。まあ、生半可な野郎が手出ししようなんてのは、万死に値するんだが。


「いや、そこまで自分を卑下することも……っていうか、その言い回しは昨日も聞いたような気が……」


 何かが引っかかったのか、考え込む店主さん。


「その黒髪……まさか!?」


 そして俺を見て、気付いたように声を上げる。


「兄ちゃん、ひょっとして……第七支部のアズールか?」

「そうですけど……。どこかでお会いしましたっけ?」


 何故か俺の所属と名前を知っていた。俺としては覚えが無いんだけど……


「そうか!やっぱり本人だったのか!昨日、コロシアムで見てたよ!まさかあの『クラウリアの再来』が俺の店に来るとは思わなかったぜ!」

「でぇえええ!?」


 そう言われて驚愕したのは俺の方だ。まさかあの時に詰め掛けていたひとりだったのかよ!?


「おいおい!本物かよ!?」

「よう、俺も昨日の試合、見てたぞ」

「私も幼い頃はクラウリアに憧れていましたからね。まさかその再来に会えるなんて……」

「あのいけ好かない宰相の息子をボコボコにしてくれたのは、見てて爽快だったぜ!」

「へぇ。『クラウリアの再来』ってのは、なかなかの男前じゃないか?アタシがあと20年若かったら放っておかないねぇ」

「すげぇ!僕、虹剣使いなんて初めて見たよ!」


 しかも事態はさらに悪化。俺の素性に気付いた周囲の人たちまでもが押しかけてきて、


「それじゃあ俺はこれで!」


 支払いを済ませていたのは不幸中の幸いか。


 紙包みを懐に押し込んで、大慌てで近くの路地へ。さすがに迎撃するなんてことをできるわけもなく、


「俺なんかを再来呼ばわりとか、クラウリアに失礼ですから!」


 そう捨て台詞を残し、泥団子で作った足場を使って近くの屋根に登って、一目散にその場を後にした。




「ったく、酷い目にあったぞ……」


 ある意味ではこれもクーラとの散策の成果なのか、それなりの土地勘が備わっていたこともあり、無事に追っ手を撒くことができていた。それでも、エルナさんの店にたどり着いた時には、すでに日が暮れていたんだが。


 この時間なら、クーラはとっくに帰った後だろうな……


「あら、アズール君じゃない」


 ならばクーラの住処に向かおうかとした矢先、店のドアが開き、出てきた女性――エルナさんが俺に気付く。


「どうもです」

「今から帰るところかしら?」

「いえ、その前に少し行こうと思ってるところがありまして。ちなみにですけど、クーラはもう上がりましたよね?」


 念のために聞いてみれば、


「少し前にね。……ところで、アズール君は今朝もクーラちゃんと話したのよね?」

「ええ」


 そんな問いを返される。


「その時のクーラちゃん、どんな感じだったかしら?例えばだけど……どこか様子がおかしいとか、そんな感じはなかった?」

「……それを聞くってことは、エルナさんも感じたわけですね。どこかいつもと違うって」

「じゃあ、アズール君もそう思ったのね」

「はい」


 まあ、当然と言えば当然か。10分ほど話しただけの俺が気付けること。朝から夕方まで一緒に働いていたエルナさんが気付けないはずはない。


「仕事自体はいつものようにソツなくこなしていたんだけど、時々ぼーっとしてたみたいで。調子が悪いなら無理しなくてもいいとは言ったんだけど、大丈夫だって」

「そうでしたか。実を言いますと、俺もクーラの様子を見に来るつもりでいたんですよ。……トラブルがあってこんな時間になっちまったわけですが」

「そうだったの」

「ええ。ですから、これからクーラのところに行ってみます」

「もうこんな時間だから、アズール君も気を付けてね」

「心得ました。それでは」




 そうしてやって来たクーラの部屋。見たところ、灯りは付いていないようだが……


 さすがに若い娘が出歩く時間じゃない。となれば、帰っていると考えるのが妥当なんだけど。


 ……………………居ないのか?


 それでも何度かノックをしてみるも、何の返事も無し。


 さて、どうしたものかな?行き先の心当たりなんて、それこそエルナさんの店くらいしか無いんだが……


「ふぁい……。どちら様ですか?」


 そんなことを考えていると、中から聞こえてきた声。眠そうというか、ぼんやりした印象はあるけど、間違いなくクーラのもので。


 無事に帰宅はしていたのか。


「アズールだけど」


 そのことに軽く安堵しつつも返事を返して。


「……アズ君?」


 ドアが開き、顔を見せたクーラ。その表情はさっきの声通りにどこか虚ろななもので。


「どしたの?」

「お前のことが気になってな」

「……ごめん。隠せてたつもりだったんだけど、心配させちゃったかな?」


 それだけで気付くあたり、つくづくこいつは察しがいい。


「まあ、そうなるだろうな。エルナさんも同じようなことを言ってたぞ」

「だよねぇ……。悪いことしちゃったな」


 ったくお前は……


「そこを気に病むよりもだ」


 他に優先することがあるだろうに。


「お前自身はどうなんだよ?今だって寝てたみたいだけど、具合が悪いのか?」

「いや、そうじゃなくてさ……寝不足なだけだよ。昨日の試合で興奮しちゃって寝付けなくてね。少しウトウトしてただけだから」

「……ならいいんだが」


 たしかに、それならば納得できる理由ではあるし、さすがに今夜は普通に眠れるだろう。そうすれば明日には復調していることだろうけど。


「とりあえずさ、上がって行ってよ。お茶くらい出すから」

「いいのか?」

「うん。これから晩御飯の支度もあるから、その前の眠気覚ましも兼ねてさ。せっかく来てくれたのに何もしないで帰すのもアレだし、付き合ってくれない?」

「そういうことなら喜んで」

「それじゃあ、いらっしゃい」

「ああ。邪魔するぞ」


 通されたクーラの部屋は、台所に寝室と便所に風呂。簡単に言ってしまえば、俺の部屋と大差無い作りをしていた。少しだけ狭いような気もするけど、多分ユアルツ荘の運営には支部からある程度の支援があるからなんだろう。


 意外と飾り気が無いんだよな、ここ。


 茶の用意をするクーラを待つ間、視線が向くのは部屋の中へと。先立つものの都合があるのかもしれないが、備え付けと思われる家具以外にはほとんど物が無い。そんな、俺の部屋と似たり寄ったりの雰囲気をしていた。


「……お待たせ。私の事情に合わせて、今日は眠気覚ましに効果のあるお茶にしてみたよ」

「ああ。いただこうか」


 そうこうするうちにクーラが茶を運んでくる。今しがたの昼寝にも効果はあったのか、調子が悪そうな雰囲気は特に見当たらず、足取りもしっかりとしたもので。


「……相変わらず美味いな」

「ありがと」


 香りが鼻に抜ける感じが印象的で、実際に目覚ましにも効きそうな茶は、それなりに癖が強いもので。それでも美味かった。


 ……んん?


 それはいいとして、テーブルの上に置いたカップが気にかかる。


「この模様、どこかで見たことがあるような気がするんだが……」


 虹色の花弁。リーフィアが描かれた様がどこか記憶に引っかかる。


「……さすがだね。前に露店で見かけたティーセットのことは覚えてる?ラウファルト製で、シトロンが手掛けた物なんだけど」

「それもどこかで聞いた覚えはあるんだが……」

「アズ君的にはこう言えばわかりやすいかな?お値段1500万ブルグのティーセット」

「あれか!」


 たしかにそれだ。どうしても値段ばかりが印象に残ってて……って待て!?


「なんでそれがここにある?」


 どう考えたってアレは、クーラに手が出せる値段じゃなかったはずだ。


「まさかとは思うがお前……」

「私が盗んだって疑ってる?」

「いや……」


 反射的に浮かべてしまったとはいえ、クーラはそんな奴じゃない。


「すまん。疑っちまった」


 だからその非は素直に詫びる。


「まあ、そう考えちゃうのも無理ないけどさ。少なくとも、後ろ暗いことはやってないよ。……私はね」


 そうすれば気を悪くした様子も無く肩をすくめ、何やら意味深なことを。


「引っかかる言い方だな。その口ぶりだと、誰かが後ろ暗いことをやった風に聞こえるんだが」

「そうだろうね。贋作って、君はご存じ?」

「……そういうことか」

「そういうこと。大昔に偽物として作られて、いつの間にかそんな事実すら忘れられ、ごく普通のティーセットとして二束三文で売られてた。なんてのはさ、ありそうな話でしょ?」

「なるほどな。それくらいなら、お前の懐具合でも手が届く、と」

「本物は無理でも、そっくりの偽物で気分だけでも。これも、ありそうな話だよね」

「……あいにくとティーセットの良し悪しはわからないけど、そういうこともあるだろうなとは理解できる」


 まあ、俺としてはそれでよかったところ。1500万ブルグの食器とか、使うだけでも緊張しちまう。


「ごちそうさん」

「お粗末様でした」


 そんな話をするうちに茶も無くなって。


「今日は早めに寝るからさ、君も安心していいよ。明日の朝にはいつもの私に戻ってるから」

「そう願うよ。それはそれと……」


 心配のタネは消えてくれたが、もうひとつの目的も果たしておこう。


「お前がエルナさんのところで働き始めてから、ふた月になるんだよな」

「もうそんなに経つんだっけ……」

「ああ。お前としてはさ、どんなふた月だった?」

「そうだねぇ……。いろいろあったけど、毎日を楽しめてるし、充実してたと思ってるよ。月並みな言い回しだけど、あっという間だったかな」

「そうか」


 表情に取り繕いは見えない。クーラとのあれこれが日常の一部になっている俺としても、そのことは素直に嬉しかった。


「けど、急にどうしたの?あらたまっちゃってさ」

「その……なんだ……」


 言うことはあらかじめ決めていた。それでも、いざ口にしようとすると気恥ずかしさが顔を出す。


「今のお前は見習い看板娘だけど……。明日からはさ、看板娘を名乗ってもいいと思うんだよ。だから……」


 そんな気恥ずかしさは無理矢理に抑え込んで。


「これは、俺からの祝いだ!昇格、おめでとう!」


 乱暴に扱ったせいで潰れてしまった包みを差し出す。最後は少しヤケクソ気味になってしまいもしたけど、どうにか言い切ることができた。


「私に……?」

「ああ。受け取ってもらえないか?」


 日頃の感謝という部分はあえて伏せた。多分その方が、気兼ねなく受け取れるだろうから。そこらへんは俺の中だけに留めておいてもいいだろう。


「ありがとう!」

「お、おう……」


 受け取った包みを抱きしめるようにして向けてくるのは、屈託のない――花が咲くような、なんて表現の似合いそうな笑顔。少し、顔が熱くなった気がした。


 コロコロと様々な表情を見せる奴だとは知っていた。笑うところだって、数えるのが馬鹿らしくなるほどには見てきた。


 だけど、


 ここまで無邪気に笑うクーラは、初めて見た気がした。


 結構な付き合いだってのに、わからなかったこともあるものだ。


「開けてもいいんだよね?」

「ああ」


 優しい手付きで包みがほどかれて、


「これって……リボン?」


 そこから出てきたのは、一本のリボン。色は、よく晴れた空に浮かぶ雲のような純白。


「お前の黒髪にはよく映えると思ってな」

「ありがとう!すごく嬉しいよ!」


 白にするか赤にするかは最後まで悩んだが、この喜びようを見る限りでは、正解だったんだろう。


 というか……


 心拍が跳ね上がるのがはっきりと知覚できる。ただでさえ直視するのが辛い笑顔だってのに、瞳まで潤ませるのは勘弁願いたい。正直なところ、妙な気分にすらなって来るんだが。


「ま、まあ……無理に使わなくてもいいんだぞ。紐の代わりとかでも……」


 だから、そんなことを言ってしまったのは、100%が照れ隠し。


「あはは。アズ君のお馬鹿さん。これはもう私のものなんだから、君が何言ったって、そんな使い方はしてあげないよ。……あれ?」

「どうした?」


 リボンを眺めていたクーラが首をかしげる。


「これ、やけに長いね」

「……言われてみれば」


 あいにくと女物の装飾品には詳しくない俺だが、たしかに長い。全長は……2メートルくらいになりそうか?もしかしたら、髪を結ぶ用途に使わないようなものだったんだろうか?あの店主さんは妙なものを掴ませるような人には思えなかったけど、手違いで別の品が混ざっていたというのは、あり得ない話でもないだろう。


「……切って使えばいいんじゃないか?」

「それもアリだろうけど、下手に切っちゃうとそこからほつれやすくなるからねぇ。できるならいつまでも使いたいし。……あ、そうだ!アレやってみよう!ちょっと目を閉じててくれるかな?」

「ああ」


 妙案が浮かんだらしいクーラに言われるままに目を閉じて、


「お待たせ。目を開けて」


 ほどなくして、ご機嫌に言ってくる。


 肝心のリボンは背中側にあるようで、正面から見た姿はさっきとほとんど変わらないわけだが……


「どうよ?」


 得意気な口調で手を背中側にやり、リボンで束ねられた髪を右肩から前に垂らしてくる。そうなれば目に留まるのは、複雑かつ綺麗に結ばれたリボン。本当にどうやったのか、艶やかなクーラの黒髪にいくつもの白い花が咲いているようで、


 さらには、愛嬌を前面に押し出したいつもの表情ではなく、同年代とは思えないほどに落ち着いた、大人びた笑みを浮かべて、


「似合うでしょ?」


 それなのに、不可疑問を投げかけてくる涼やかに透き通った声は俺が常々聞き慣れをしているもので。


 そんなアンバランスさにきっと――


 この時の俺は、完全に見惚れさせられていた。

これにて3章終了です。ここまでのお付き合いに心からの感謝を

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