農村で悪行三昧をやっていた身としては
「よう!待ってたぜ!」
いい顔でバキバキと指を鳴らす支部長と別れて、師匠の無事を祈りつつ支部のロビーに戻れば、そんな声と共に勢いよく向かってくる姿があった。
起きていること自体は、今朝ソアムさんに出会った時と近いんだろうけど、既視感の類は皆無。
「よろしくな、新人。俺はタスク。第七所属の虹追い人だ」
その理由は、ロビーに響き渡る野太い声でタスクと名乗ったこの御仁の外見。
見上げるほどの長身は2メートルにも届きそう。露出し、浅黒く日に焼けた両腕は丸太のように太く、拳のひと振りで大木をなぎ倒したとしても違和感が無いほど。無精ヒゲを生やした顔で笑うその様は、性別から何から何まで、見事なまでにソアムさんとは正反対。第七所属、と言っていたが、それはこの支部のことだろう。ここは王都の連盟第七支部なんだから。
「初めまして。アズールです」
ともあれ、俺も名乗りを返す。先達に対して先に名乗らせてしまったのは不覚だった。
「昨日から、この支部所属の虹追い人となりました。よろしくお願いします」
「おう。こっちこそよろしく頼むぜ、アズール。ま、そんなにかしこまらくていいからよ」
いかにも豪快そうな雰囲気そのままにバンバンと肩を叩かれる。
「んで、これからどうするんだ?依頼を受けるんなら、こっちだぜ」
そう決めつけ、スタスタと行ってしまう。このあたりの行動も、ソアムさんと似たり寄ったりだった。まあ、ソアムさんの時と違って今は俺の目的もその通りなんだけど。
「虹追い人への依頼は、基本的に支部を通してだな。持ち込まれた依頼は、その内容を吟味した上で適正なランクを対象としてここに張り出されるんだ」
タスクさんが向かった先にあったのは、白、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、白の順に張り付けられた9枚のボード。これも師匠から聞いただけの知識としてはあった。それぞれのボードが虹追い人のランクに対応していて、自分のランクと同じか、それよりも下の依頼のみを受けることができるというシステムだ。求められる力量が高すぎる依頼を受け、ロクでもない結果になることを防ぐため、とのことらしい。
ちなみに、白がふたつあるんだが、このふたつは全くの別物だ。
一番下の白は、まだひとつも依頼を果たしたことが無い者のランク。当然俺はここに分類されるわけだし、シアンさんやセルフィナさん、護身目的などで心色を得ただけの人なども該当する。
一番上の白は、世界の危機を救うレベルの功績を上げた者のために存在するランクなんだが、分類されているのは有史以来ただひとり。1500年前を生きたという、虹剣のクラウリアのみ。まあ現実的な話としては、在って無いようなランクだ。当然ながら、今の俺が分類されている白と混同することなんてあるはずもなし、だろう。
余談だが、昨日この支部の皆さんから送られた祝詞。「白より出でて、白へと至ることを願って」というのは、いつかクラウリアの域に届きますように、という意味が込められているんだとか。
「さて、白の依頼は……」
雲を掴むどころか、太陽を掴むような話はさて置き、現実に――今の俺が受けることのできる白向けのボードに目を向ける。
「これだけ……?」
そこに張り付けられていた紙は、ただの一枚だけ。
「ま、仕方ねぇさ。昨日までは荒事とは無縁に生きてきたような奴でも果たせそうな依頼っていうとな。赤になれば受けれる依頼も一気に増えるからよ」
タスクさんの言うことは至極もっとも。一応は心色があり、師匠に鍛えられてきた経験もある俺は、スタートラインには恐ろしく恵まれている方だ。
なお、一度でも依頼を果たせばランクは赤になり、その上には橙、黄、緑、青、藍、紫、白の順で続く。現実的なところとしては、紫が最上位と言えるだろう。なお、このランク呼称は虹にちなんだもので、虹追い人の呼び名もそこから来ているのだとか。個人的にはロマンを感じられて好きなんだが。
ちなみにだが、過去には『虹追い人呼称をを冒険者に。ランク呼称をS、A、B、C、D、E方式に。連盟の名を冒険者ギルドに改名しよう。わかりやすさを重視するべきだ』なんて声が上がり、猛反対されたこともあったんだとか。
ちなみにだが、ランクの大まかな指標としては――
白――登録しただけ。
赤――駆け出し。
橙――まだまだヒヨッコ。
黄――ようやく半人前。
緑――一人前。
青――手練れ。
藍――達人級。
紫――英雄格。
白――伝説的存在。
と、いったところだろうか。
「最初の依頼は俺も手伝わせてくれよ。もちろん、分け前は要らねぇ」
「いいんですか?」
経験豊富であろう先達のサポートをロハで受けられる。俺としてはメリットしか見当たらない申し出だけど……
「もちろんだ!それによ……」
「それに?」
なにやら不満そうにつぶやくので問うてみれば、
「昨日お前と一緒にやって来たふたりが居ただろ?バートにラッツ、だったか?」
「居ましたね」
「そいつらをソアムにかっさらわれちまったんだ」
「なるほど……」
多分だが、俺が訓練場に行った後でここにやって来たラッツたちのフォローはソアムさんが引き受けてくれたんだろう。
そして、かっさらわれたという言い回し。昨日の様子を加味して考えるに、タスクさんとソアムさんは互いに張り合うような間柄ということか。
「でしたら、お願いできますか?」
「おうよ!ソアムには負けてられねぇからな」
「さて、内容は……」
思わぬ支援を受けることができたのは幸運。今の俺が受けることのできる依頼に選択肢は無いので、そのひとつに目を通す。
常設依頼 残渣納品
依頼人 虹追い人連盟
報酬 4000ブルグ
ランクポイント 1
詳細 イヌタマ、ネコタマ、ウサタマの残渣を合計10個納品(内訳は問わず)
注意事項 赤以上の方が受ける場合、報酬は1000ブルグとなります
「なんというか、初心者向けって感じですね」
白以外。言い換えるなら、初仕事以外で受けても報酬が1/4というあたりがそんな印象をさらに強める。
「感じ、じゃなくて初心者向けそのものだな。赤になるためには、白でも受けれる依頼が必要ってことで、連盟が用意してるんだよ。俺も最初はコレを受けたぜ」
「なるほど……」
イヌタマ、ネコタマ、ウサタマというのは魔獣の中でも最も弱い部類に入る。直径50センチほどの毛玉に、犬、猫、ウサギの顔を張り付けたような外見で、その可愛らしい見た目から、ぬいぐるみのモデルとしては人気なのだとか。具体的な脅威度としては、丸腰で10歳の子供が1対1で正面からやり合った場合、ビビッてしまわなければ、十分に倒せるといったところ。
修行の最後の1年は師匠に連れられて各地を回ったんだが、俺も何度かはやり合ったことがある。油断はするべきじゃないし、実際に囲まれたなら危険とも思う。
「受けるんだろ?」
「ちょっと失礼しますね」
「セルフィナさん?」
もちろんです。そう言いかけた矢先にやって来たのは、受付で事務仕事とおぼしき作業をやっていたセルフィナさん。ボードになにやらをペタペタと張り付けていく。恐らくは、支部に入ってきた依頼なんだろう。そして――
「白の依頼か?珍しいな」
俺が見ていたボードにも一枚、ペタリと貼り付けられるものが。
「ええ。連盟の基準に合わせれば白になるんですけど……」
その歯切れはあまりよろしくない。
白の俺としては他人事でもないので目をやればそこには――
通常依頼 畑の草むしり
依頼人 カイナ村村長
報酬 20000ブルグ
ランクポイント 2
詳細 カイナ村にある畑のひとつ(20メートル四方)を覆う雑草の除去
注意事項 カイナ村までは王都から徒歩で約1時間。滞在中の食事、宿泊場所は報酬と別に依頼人が用意するとのこと
「これはまた厄介そうだな……」
「そうなんですよね……」
セルフィナさんとタスクさんが難色を示す。
たしかに、面積といい注意事項といい、数日仕事になるのは確実。草むしりというのは、延々同じ作業の繰り返しであり、精神的にもキツいものがある。当然ながら身体的にも。危険性の低さから白に向けられたとは予想できるが、先の常設依頼と報酬を比べても、美味しいとは思えないんだが……
「これ、受けます」
俺は、そう口にしていた。
「マジか!?」
「あの、アズールさん。私から言うのもどうかと思いますけど、報酬で決めたのでしたら、考え直した方がいいですよ。この依頼、すごく大変だと思いますから」
タスクさんは驚きの声を上げ、セルフィナさんに至っては心配そうに止めに来る。まあ、言いたいことはわかるけど。
「報酬に目がくらんだわけじゃなくて……少し、昔のことを思い出しまして……」
「昔って……ああ、そういうことですか」
「ええ、そういうことです」
師匠に叩きのめされる前のこと。農村で悪行三昧をやっていた身としては、農家の方たちが困っているという状況に知らんぷりはやり辛い。罪滅ぼしにはまるで足りないだろうけど、まあそういうことだ。多分だけど、ラッツたちがこの依頼を先に見つけたとしても、即座に受ける決断をしていたことだろう。
「わかりました。では手続きをしますね」
「お願いします。昼前に向かえば、今日も2、3時間は作業できるでしょうし」
「なあアズール。よくわからねぇけど、お前はこの依頼を受けるってことでいいんだよな?」
「ええ」
「そうか……。スマン!」
「って、急にどうしたんですか!?」
「タスクさん!?」
突然に深々と頭を下げてきたタスクさんに、俺もセルフィナさんも戸惑ってしまう。
「さっきよ、お前の初仕事を手伝うって言っただろ?」
「ええ、言いましたけど……」
とはいえ、アレは常設依頼を受けるという前提の上での話。
「けど、受ける依頼が変わったわけですし……」
もとはタスクさんが善意で申し出てくれたこと。前提が変わり、撤回することになったとしても、それがタスクさんの落ち度になるとは思えないんだが……
「それに草むしりなら、タスクさんの手を煩わせることでもないですし……」
「いや、そうじゃねぇ。仮に依頼が変わったとしても男に二言はねぇ。だからお前の手伝いはする。けどな……」
はて?だとしたらなおのこと、タスクさんが謝る理由が見えないんだが。
「今夜と明日は予定が入ってるんだ!だから、お前の手伝いができるのは明後日からになっちまう」
「……あ、はい」
それでも、俺としては感謝以外を感じないんだが。
「ちなみに、タスクさんの名誉のために言っておきますけど、予定があるのは本当ですよ。今夜は第四地区の見回り。明日は第三地区にある修道院の屋根が雨漏りしているので、その補修でしたよね」
第三地区第四地区というのは、多分王都にある他の支部の管轄。その応援といったところだろう。
「ランクが上がるとそういう依頼もあるんですね」
「いえ、タスクさんの場合は完全なボランティアですけど」
「そうなんですか?」
「ああ。第四の知り合いが大怪我しちまったんだ。明日からは代わりも確保できるみたいなんだけど、今夜だけはどうしてもってな。最近あのあたりで不審な奴がいるらしくてよ。修道院の方はな、あそこはいつも金欠で、依頼を出す余裕も無いんだよ。ガキの頃は、あそこの院長に世話になっててなぁ……」
「あの……つかぬことを伺いますが……」
話を聞いていて、浮かんだ可能性があった。
「もしも、ですけど……俺やバートたちがこの依頼を受けなかったら、タスクさんが受けるつもりだったんじゃないですか?」
「……んなっ!?なんでそれを!?」
確かにこの依頼、受けたがらない新人だって居そうなところだ。そして、今話した限りで見えたタスクさんの人柄。そのあたりからの思い付きは正鵠を射抜いていたらしい。
「まあ、困ってる連中を放っておくってのもアレだしよ……。つっても誤解はするなよ?新人の仕事を奪おうとか、そういうつもりじゃないからな」
そんな弁明までやってくる始末。
なるほど……。段々とこの人のことを理解できてきた。この人、人がよすぎるだろう。セルフィナさんの方を見れば、浮かべているのは苦笑。多分、いつものことなんだろう。
「……でしたら、明後日から応援をお願いします」
そういうことであれば、断っても逆に気に病みそうなところ。ここは素直に頼った方がいいだろう。
「おう。それまで無事でいろよ?」
「ええ。気を付けますよ」
「本当に気を付けろよ?腰を痛めないようにな?」
草むしりで無事も何もないんだろうけど。たしかに、腰を痛めないようには気を付けるべきか。
そんなこんなで、俺の虹追い人初仕事は始まった。