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その様は、やはりいつもとは微妙に違っているように思えた

「さて、朝飯はどうするかな……」


 決勝戦の翌朝。昨夜は帰りが遅かったわけだが、その割にはいつも通りの時間に目が覚めて、保冷用魔具の中に残る食材を眺めて考えるのはそんなこと。


 今日中に使い切らなければならないような物が無いのは幸いだけど、昨日一昨日とだいぶイレギュラーな使い方が続いていたこともあり、計画の組み直しが必要になりそうなところ。


 コンコン。


 来客を告げるノック音が聞こえたのはそんな時で。


「どちら様です?」


 こんな時間に珍しいなと思いながらも問いかけてみれば、


「おはよう、アズール君。キオスだけど」

「おはようございます」


 ドアを開ければ、そこに居たのは、同じアパートで暮らす先輩のひとり。


「こんな時間から済まないね」

「いえ、そこはお気になさらず。それより、何かあったんですか?」


 その表情を見るに、深刻な雰囲気ではなさそうなんだけど。


「ちょっとね。ちなみに、アズール君の方は、朝食の用意はどんな具合だい?」

「これから始めようかとしていたところです……けど?」


 何故そんなことを聞くんだろう?


「それはよかった。実は例の件で君に話したい事があるんだ。少しでも早い方がいいだろうってことでね。君さえよかったら、朝食でも食べながらでどうかな?もちろん、ご馳走させてもらうつもりだよ」

「そういうことでしたら、喜んで」


 例の件というのは、クーラに手伝ってもらいつつも未だに有効な手立てが見つかっていないあの話だろう。何かしらの変化があったのなら、是非とも聞いておきたいところ。


 それになによりも、タダほど美味い飯は無い。それがキオスさん手製となればなおのことだ。こっちとしては、食材の状況にはまだ余裕もあることだし。


「じゃあ、身支度を整えたら来てもらえるかな?」

「了解です」




 なんだかなぁ……


 それからしばらくして、いつもの時間にパン屋への道を歩く俺の中に行き交うのは、なんともやるせない感情で。


「おはよ、アズ君。……って、どうしたのさ?何か朝から冴えない顔してるけど」


 鋭いところのあるこの悪友には、瞬時に見抜かれていた。


「おはようさん。実際に、少しばかり複雑な心境なんだわ」

「ネメシアちゃんの具合が良くない……とかじゃないよね?」

「いや、そっちではないんだ。……ただまぁ、巻き込んじまったとはいえ、お前にも関係がある話になるんだよ。キオスさんとシアンさんの件で」

「そっちかぁ。新人戦の方も落ち着いたし、そろそろ何かいい方法を見つけたいところだよねぇ……」

「……そのことなんだけどな」

「……何か歯切れが悪いね?言いにくいこと?」

「なんというか……結論から言ってしまうぞ。ついさっきのことなんだけど……」


 朝食に招かれて向かったキオスさんの部屋には、何故かシアンさんの姿もあって、


「あのふたり、な。晴れて結ばれたらしい」


 そこで聞かされたのが、そんな話だった。


「……ふぇ?」


 クーラが呆けるのも無理はないと思う。直接に聞いた俺だって困惑したんだから。


「互いの想いを伝えあって、めでたしめでたし、とのことだ。後押しになったのは、ネメシアの件だと言っていたが」

「……そういうことね」


 ネメシアが例の吹き矢を受けたのは、本当に突然のことで、一時はそこからすべてが崩れ落ちる寸前で。


 俺も痛感させられたこと。今の日常は唐突に終わってしまうかもしれない。そんな考えが、ふたりの抱えるためらいを吹き飛ばしたらしい。


 その後、ふたり揃って俺に相談していたと知り、すぐにでも報告するべきという流れになったとのこと。


 何ひとつ役に立てたわけでもない俺が感謝されるのもどうかとは思ったが、そんなのもは些細なことだろう。


 クーラに手間を取らせてしまったことに関しては申し訳ないとも思うけど、そこらへんはこれから埋め合わせをしていきたいと思っている。


「けどさ、それだったらなんで君はそんな顔してるの?結果的にはよかったわけだし、自分が何もできなかったことを気にするような君じゃないでしょ?むしろアズ君的には万々歳なわけだし、ご機嫌になってそうな気がするんだけど。もしかして、私を巻き込んだことを気にしてるとか?」

「……本当にお前は的確だな。おおむねその通りだよ。ただ、なぁ……」


 こんな微妙な気分になっている最大の理由。


 それは――


「昨夜は祝勝会でしこたま飲んで、その後でキオスさんの部屋でふたりしてさらに飲んでたそうでな、そのままの勢いで、その……なんというか……身体を重ねてしまったらしい」


 このあたりの知識は図書院通いをする中で、おおまかにではあれど身に付いたこと。


「そ、それってまさか……!?」


 理解してくれたんだろう。クーラの頬が引きつる。


『簡単に言うとね。しこたま飲ませて同じ部屋に放り込むの』


 それは、この話を相談した時に最初にクーラが出して、俺が即座に否定して、詳細を知ったクーラもすぐに撤回した案。


 あくまでも結果論だけど、それが見事に成功してしまったということになるわけで。


「あはははははぁ……。私たちの苦労っていったい……」


 俺も同じくそんな風に思えてしまったこと。それこそが、やるせなさの元凶だった。


「まあ、結果良ければなんとやらで割り切るしかないんだろうけどな。俺らにとっても、望ましいことではあるんだし」

「そりゃそうだ」

「この件では、お前には随分助けられたよ」

「そう?私も君と同じで、何もできなかったわけだけど」

「それでも、俺はかなり救われてた。だからさ、ありがとうな、クーラ」

「……君の性格だと、気にしないで、なんて言っても無意味そうだよね。だったら、素直に感謝されてあげる。恩に着てね?」

「はいよ」


 なんともひねくれた言い回しだけど、それがクーラ……というか、俺たちらしい。


「あとせっかくだしさ、お礼も要求させてもらうよ?」

「……法外なものでなければな」

「そこはご心配なく。一応は手段って体裁だったけどさ、君とふたりで恋物語を読むのは、それはそれで楽しかったの。だからさ、たまにでいいから、これからもふたりで図書院通いしたいなぁ、って」

「それくらいならお安い御用だ。それに……」


 今こうして言われて気付いたことでもあるんだが、


「俺も、お前との図書院通いは楽しかったよ」


 色恋関連の物語なんてのは、ここに来るまでは読んだこともなかったが、それはそれで新鮮だった。俺ひとりで図書院に行くこと自体は可能だろうけど、その場合は好物である戦記物や英雄譚に流されてしまうこと請け合いだろうし。


「じゃあ、決まりだね。……あ、そうだった」


 そして、何かに思い至ったようにポンと手を打つ。


「今更感のある話になっちゃうけどさ。あらためて、優勝おめでとう」


 クーラが他意無く、素直に祝福してくれたということは理解できるつもり。


「……はぁ」


 それでも、口をついてしまうのはそんなため息で


「って、何でそこでため息ついちゃうのよ?」

「その後のことを思い出しちまってな……」


 ため息の理由は、その時の憂鬱な気分も思い出してしまったから。


 ああ、そういえば……


 同時にひとつ、思い出して気になったこともあった。


「ところで、昨日のことなんだが……。お前、いつの間に姿を消したんだ?」


 あの時。控室を出る時には一緒だったし、ホールまでの通路を歩く際にも、他愛の無いことを話していた記憶がある。けれど、待ち構えていた大人数に驚き、ふと隣に目をやった時には、すでにそこにクーラの姿は無かった。


「まあ、お前を巻き込みたかったわけじゃないけど……。本気で大変だったんだぞ?」

「ごめんごめん。さすがにあの時は疲れて……じゃなくて!……疲れることになりそうだったからさ、巻き込まれたら。だから、君に視線が集まった瞬間にトンズラこかせてもらったのよ」

「……まあ、それが正解だったんだろうな」

「その様子だと、本気で苦労したみたいだね」

「ああ。オマケに、とんでもないこと言われちまうしよ……」

「……まさか、また君を踏みにじりやがったクソが居たとか?」

「……それならまだマシだったんだがな。というか、お前まで汚い言葉吐くなよ。あと目が怖いぞ今のお前」

「だって……」

「まあそれはいいとしてだ。信じられないことにな、『クラウリアの再来』なんて言われちまったんだぞ?」

「……うえぇ!?」


 ソレを聞いたクーラが見せたのは、驚きつつも嫌そうな表情で。


「そうかぁ……。お前はわかってくれるんだなぁ……」


 その事実に泣きそうになってくる。


 そういえばこいつは、クラウリアに深い思い入れがある風だったな。だからこそ、なんだろうかな。


「そりゃあね……。私としてもそれは、さすがに照れ臭……じゃないや、恥ずかしいよ」

「……恥ずかしい?」


 少しだけ、俺の考えとは違っていた。俺としては恐れ多いと思うんだけど。だがまぁ……


「それも間違ってはいないか。俺ごときが『クラウリアの再来』ってのは、たしかに恥ずかしいにもほどがある」

「……君はそう考えちゃうわけか。ある意味ではアズ君らしいというかなんというか……。まあいいけどさ……」


 何で俺が呆れられるのか?妙にかみ合わないような気がするんだが……


「よくわからんけど……勝手に言われるのはアレだが、自分からは口が裂けたって言わないさ。そこは安心していいぞ」

「そうだね……。少なくとも、私の前では絶対に自称しないで。というかお願いだから勘弁して。君がソレを言うとか、拷問みたいなものだし」

「そこまでかよ!」


 それはそれで複雑ではあるんだが……


「まあ、それはそれと……誰も彼も、得物の見た目が多少共通してるってだけで安易に結び付けるんじゃねぇよと」


 気安く話せる理解者が目の前に居るからなのか、どうにも愚痴っぽくなってしまう。


「あの虹剣モドキを使った戦い方だって、少し考えだけで見つかるような致命的な欠点があるってのに」


 これは昨夜、ベッドの中で気付いたことではあるんだけど。


「わかるわかる。『遠隔操作』と相手の挙動だけに意識を集中しすぎてたから、その外側を突かれたら辛そうだし、格上相手にはキツいよね。目線が自分の得物に行き過ぎてたのもマイナスかも。今はまだ、急に増えた選択肢に振り回されてる感じもあるけど、意識しないで昨日くらいやれるようになれば動きの幅も広がりそうだよね。あとはさ、動きのパターンをいくつか作っておいて、とっさに繰り出せるようにするってのも――」

「……はい?」


 本当に何気ない風で、次から次とクーラが口にしていくことに対して、俺は呆けた声を出してしまう。


「俺が思っていた欠点は、ほぼ棒立ちになっていたこと……だったんだが」

「……ふぇ?」


 そしてクーラも呆けた声を上げる。


「いや、けど……」


 俺の考えとクーラの意見を比べてみる。


 クーラが言った内容には、足元が疎かということも含まれているだろうし。あらためて昨日のことを思い返せば、クーラが言ったことの方がより正確だとも言える。


 先のことまで見据えてより大きな、あるいは広い視点で見ている、とでも言えばいいんだろうか。


 何はともあれはっきりと言えるのは――


「たしかにお前の言う通りだな。足元だけじゃない。周り全てが見えていなかった。まして、どう改善していくかなんて考えてもいなかった。ありがとうな、見落としてたことに気付かせてくれて」

「あ、うん……。君の役に立てたなら嬉しいよ」

「そのあたりの考え方も、知り合いだっていう虹追い人に教わったのか?」

「そ、そうそう!あの人の……えっと……鍛錬するところ、いつも見てたからさ」

「なるほど……。俺も師匠の鍛錬風景は何度も見ていたけど、そういう視点は無かったからな。それはそれと……」


 さっきから妙に気になるんだが……


「何かお前、今日は少し変じゃないか?」

「そうかな?」

「ああ……っと、時間か」

「そ、そうだね。ほっ……」


 そしていつもの鐘が鳴り、安堵したように息を吐く。


「いらっしゃい。ほら、入った入った!私からの優勝祝いでオマケしてあげるからさ。今日のお勧めは……あれ?なんだったかな?」


 まるで誤魔化すように俺を店内に押し込む。


 その様は、やはりいつもとは微妙に違っているように思えた。

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