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俺ごときを再来扱いするなんて、クラウリアに失礼すぎます!

「さて……なんだかんだといろいろあったけど……こうして誰ひとり欠くことなく、最高の形で終わりを迎えることができた」


 第七支部のロビーには、所属する全員が集合していた。


「明日からは明日からで、ズビーロの連中に落とし前を付けさせるための戦いが始まるわけだが……。いいかい?半年で連中を潰すよ!」


 そう豪語する支部長の目は本気。


「とはいえ……今だけはそのことも忘れて、思う存分楽しむとしようかね」


 当の支部長を含めて、全員の手にはグラスがあって。


 あたりから漂ってくるいい匂いが空きっ腹に響いてくる。


「それじゃあ……ラッツ、バート、アピス、ネメシア、アズールの健闘を称えて。そして、新人戦の優勝を祝して……乾杯!」


『乾杯!』


 号令と共に、一斉にそれぞれが手にしたグラスを掲げ、中身を飲み干す。俺の手にあるのは、いつぞの歓迎会と同じく酒の果実水割り。爽やかな甘酸っぱさが全身に染み渡るような感覚が心地いい。




 決勝戦を終えたその夜。支部で開かれたのは、新人戦の祝勝会。


 なんでもキオスさんが前々から準備を進めていたそうで、『祝勝会になるのか残念会になるのかはわからなかったけど、無駄にならなくてよかったよ』とのこと。


 まあたしかに、ネメシアが眠り続けていたならそんな気分にはなれなかっただろうし、俺としても食い物が無駄にならずに済んでよかったと思う。


 そうして、思い思いに飲んで食べて話して騒いで。一時は最悪の一歩手間にまで追い込まれたことの反動もあったんだろう。俺も含めてだけど、酒のペースは先日の歓迎会よりも早かった。だから開始から2時間も過ぎる頃には結構な具合で酔いが進んでいたようで……




「もう……さすがに飲みすぎだよ……」


 自身の頬も上気させて、ぶっ倒れたラッツに膝枕をして優しく頭を撫でるネメシアはそれでも幸せそうで、




「くかー」「すぅ……」


 仲良く限界を迎えたらしく、壁に寄り掛かって寝息を立てるバートとアピスは寄り添うように、




「今日こそはっきりしてもらうわ!ガド、あなたはお肉を食べないことと私、どっちが大切なの?」

「いや……。わけわかんねぇよ……」


 妙な方向に振りきれたらしいセルフィナさんに、俺から見ても意味不明な絡み方をされるガドさんはそれでも満更ではなさそうで、




「おいソアム。さすがに飲みすぎだろお前……。というかお前がそんなになるのなんて初めて見たぞ」

「うるひゃいなぁ……。あんたが下戸だかりゃ、代わりにあらひが飲んであげてるの……。こんな日くりゃい、一緒い飲んでくれらっていいのにぃ……」

「ったく、しょうがねぇなぁ……。夜風にでも当たりに行くぞ。少しは酔いを醒ませ」


 ベロンベロンになったソアムさんを小脇に抱えて訓練場の方に向かっていくタスクさん。呆れながらも、相棒を見る目はどことなく暖かで、




「……皆飛ばし過ぎじゃないかな?シアン、君だっていつもよりペースが速いだろう?」

「……今日くらいはいいじゃない。そういうキオスだって」

「……たしかにね」


 静かに酒を酌み交わすそんなふたりに流れる空気は穏やかで、




「酔い醒ましに効く薬湯でも用意しましょうかね」


 一見するといつも通りのセオさん。けれど、上機嫌に見えるのは俺の気のせいなのか?




 面白いものだよなぁ……


 そんな光景にしみじみと思ってしまう。歓迎会の時には、ラッツやバートに対してのやっかみなんてのもあったけど、今はまるで感じない。むしろ、眺めている俺の方まで満たされていくようで。


 まあ、間違いなく原因は例の吹き矢なんだろうけど……


 ドン底を味わったことで幸福感に対するハードルが低くなった、あたりなんだろう。多分。


『落ちるところまで落ちて、それでも這い上がってきた奴らは恐ろしい。敵に回すなら、相応の覚悟はしておけよ』


 これも師匠の教えだけど、案外こういうことなのかもしれないな。まあ、俺の場合は這い上がってきたわけじゃなくて、謎の女性に救い上げられただけなんだろうけど。


「おや、『クラウリアの再来』がひとり寂しく飲んでるのかい?」


 あれやこれやと考えていると、からかうようにして支部長がやって来る。まあそのこと自体は別にいいんだけど……


「……すいませんごめんなさい俺が悪かったです許してくださいどうかそれだけはご勘弁を!」


 その中にあったとあるワードだけは、土下座してでも許しを請いたくなってしまうようなものだった。それはもう本気で。




 数時間前に行われた新人戦の決勝。結果的には俺の勝利だったわけだし、クソ次男への報復に関しては毛の先ほども後悔はしていない……んだけど。


 思い至ったのは試合が終わってからだったんだが、その勝ち方。より正確には、その戦い方が問題だった。


 王都だけでなく、この大陸だけでもなく、この世界に生きる大半の人たちにとっては、


 虹色に光る剣=クラウリアの象徴


 なんて図式が成立していたわけで。


 そして俺が振るった得物も、見た目だけならば虹色に光る剣。


 これも試合が終わってから知ったことだが、やけに客席が静かだったのはそのあたりを理由に呆気に取られていたから、ということだったらしい。


 そんなわけで、誰が言い出したのかまではわからないが、『クラウリアの再来』なんてフレーズが瞬く間に広まってしまったとのことで。


 コロシアムの入り口ホールに戻ってきたところを待っていたのは、そんな俺をひと目見ようと集まってきた観客の皆様方。どうにか解放されるまでに費やした労力は、間違いなく試合でのそれを凌駕していたことだろう。


 ちなみにだが、入り口ホールまでは一緒に居たはずのクーラは――薄情なことに――いつの間にか姿を消していた。


「はぁ……」


 思い出しただけでも憂鬱になる。これまた師匠の受け売りだけど、この手の噂というやつは、それはもう恐ろしい勢いで拡散していくものらしい。


 俺ごときを再来扱いするなんて、クラウリアに失礼すぎます!


 そんな抗議もやってはみたんだが……。その謙虚さはクラウリアの高潔さに通じるんじゃないか。なんて解釈までされてしまう有様。


「いつになったら風化しますかね?その、身の程知らずなふたつ名は」

「はは、そういうところは相変わらずだね。けど、あんたの戦いぶりに度肝を抜かれたのはあたしも同じだったよ。ずっと眉唾物だと思っていた『超越』を実際にやってのける者がいて、それが顔見知りだったなんてねぇ……」

「……ですよねぇ」


 俺が遂げた急成長については隠しようもない。だから、支部の皆さんには話していた。『超越』に関する考え方は人それぞれだったとはいえ、それ以外では説明が付かないということもあり、割とあっさり受け入れられていたわけだが。


「俺ごときが『超越』とか……。多分俺が一番信じられずにいますよ」

「やれやれ……」


 俺のそんなため息に対して、何故か呆れたため息を返してくる支部長。


「逆にあんたは自分を過小評価しすぎだと、あたしは思うがね」

「……俺としてはそんなつもりは無いんですけど、何故かよく言われるんですよね、それ。クーラの奴にも言われましたし」


 付けられたてのふたつ名にしてもそうだけど、誰も彼もが俺を過大評価する。まったくもって困ったものだ。


「あの子にまで言われてたのかい……」


 さらにため息を重ねられた。


「ま、まあなんにしても……」


 俺としては望ましい話題でもない。だからさっさと変えることにしよう。


「ネメシアを助けてくれた謎の女性には足を向けて眠れませんよね」


 その対象は今回の立役者へと。


「そうだね……。ネメシアがあのままだったなら、今頃はウチの全員がどんよりとへしょげていたことだろうさ」


 ほっ……


 無事に流れが変わってくれたことに内心で安堵。


「どこの誰なのかはわかりませんけど、せめて礼くらいは言いたいですよね」

「まったくだよ。……そういえば、ノックスであんたとガドを助けたってのも、謎の女性らしいんだったね。同一人物なのかすらわからないようだけど」

「ええ。俺の記憶には確かに存在してるのに、そこだけが……んん!?」

「どうしたんだい?」

「いえ、その……」


 何気なく記憶をたどって、その光景に変化が起きていた。


 謎の女性の姿は泥で塗り潰されたようになっていたんだけど……その泥がボロボロと剥がれ落ちていくようだったからだ。まるで、長い年月に晒されたかのように。


 その向こうに姿が見えてくる。


 体格は小柄で細身で、間違いなく女性。身にまとうのは、いかにも虹追い人然とした素気の無い軽装で。


 意識を向けると、さらに泥が剥がれていく。


 髪は……長い白髪。手にしていたのは……虹色の光を放つ純白の剣。


 ……って、白髪に虹光の白剣の女性!?


 そんなの、誰にだって連想できてしまう存在が居るだろう!


「アズール?どうかしたのかい?」

「え、ええ。ノックスで助けてくれた謎の女性の姿が、見えてきたんです!」

「本当かい!?たしか、不自然に記憶が塗り潰されてたとかなんとかって……」

「はい。そこがボロボロになって剥がれていくみたいで。……それでその人は虹色に光る白剣を手にした女性だったんです」

「……それってまさか!?」

「……やっぱり、支部長もそう思いますよね?」

「「クラウリア」」


 声も発想もぴったりと重なる。


「それで、彼女のことは他に何かわかるかい?」

「ちょっと待ってくださいよ!」


 その姿に意識を向ければ向けるほどに泥が剥がれていく……んだけど。


「……駄目です」


 その顔を塗り潰す泥だけが、どうしても消えてくれない。見知った顔なのかどうかもわからず、あの時に何があったのかも思い出せないまま。


「……まあ、恩人の特徴が少しでもわかったことでよしとしようかね」

「……ですかね」


 無念ではあるが、これ以上はどうにもなりそうにないか。


「……たしか、クラウリアには不老説なんてのもありましたよね?」

「……まあ、今日のあんたみたいな例もあるわけだし、なにかしらの手段で同じような見た目を作り出した別人という線もあるだろうけど」


 考えてみても、『彼女はクラウリアなのかもしれない』というのがいいところ。


「皆さん。薬湯を用意してきましたよ」


 セオさんがやって来たのはそんな時で。


 そうして全員で飲み干した薬湯の(強烈すぎる)味は、生涯忘れられないものになりそうな気がした。

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