ご来場の皆様方をガッカリさせずに済んでひと安心
「――君!――君ってば!」
何かが聞こえる。誰かが耳元で何か言ってるのか……?
「――ズ君!ア――君!」
「……んぁ?」
どうやら俺のことを呼んでるらしいけど……
「アズ君!」
「……クー、ラ?」
いつの間にか閉じていたらしい目を開ければ、そこには悪友の顔。
「うん、私。気分はどう?」
「……何か変な感じがする」
頭はすっきりとしているし、身体に怠さを感じるわけでもない。それなのに、なぜか寝起き――夢から覚めたばかりのように感じてしまう。身体と頭と心が上手くかみ合っていない。とでも言えそうな違和感がある……んだけど……
「いや、もう大丈夫だ」
そんなことを考えるうちにも違和感は溶け消えるように薄れていき、すぐに消え失せていた。
「それよりも……」
代わりにというわけでもないが、別の違和感があった。
「お前の方こそ大丈夫なのか?」
それはクーラの表情に。汗をかいているわけでなければ、息を切らせている風でもない。だがそれでも、疲労の色がありありと浮かんでいた。
「ふぇ!?……き、気のせいじゃない?」
「そんなわけがあるか!」
というか、俺の目はそこまで節穴じゃないつもりだぞ?
「それはその……。あ!アレなんだろう?」
「ん?」
何かに気付いたようなクーラが指差す先には何も無くて。
「……んん!?」
目線を戻せば、クーラの顔色はいつものそれに戻っていて。
「なんで……?」
本当に気のせいだった……のか?
「だから気のせいだって言ったのに……。それよりもさ、イメージトレーニングの成果はどんな具合?」
「イメージトレーニング……?」
言われて思い至るまでには、少し時間がかかった。
「そういえばそうだったな」
たしか……効率よくやれる方法があるとかで、それを試していたところだった。
ついさっきのことだったはずなのに、遠い昔のようにも感じてしまうんだが……。まあ、それはさて置くとして。
「……そうそう上手くは行かないと思うんだがな」
それでも念のためというやつだ。懐の短鉄棒を抜き、現時点では不可能と諦めていた心色の使い方を思い描いて……
んん!?
何かが今までと……いや、今までとはイメージの繊細さ、鮮明さがまるで違う。頭だけじゃなくて、心の中からイメージがあふれてくるとでも言えばいいんだろうか?
これなら、やれるんじゃないのか?
そんなことを思いつつも心色を発現させて、
嘘だろ……
自分でも信じられないほどにスムーズかつ正確に、思い描いていたものが現れて、
まさか……
さらにはその動きも。5年や10年は鍛錬しなければ到底届かない、なんて思っていたことが、すんなりとあっさりと成功してしまう。
「何で……?」
「その様子だと、上手く行ったってことかな?」
「あ、ああ。……お前の言う、短時間で集中できるイメージトレーニング法ってのがここまでとんでもないものだとはな……」
「それなんだけどさ……。ごめん。私嘘ついた」
だというのに、クーラはそんな風に謝ってくる。
「嘘?いや、そんなわけないだろ?」
今俺がやれたこと。それこそが何よりの証拠だろうに。
「実を言うとね……私がやったのは『君なら絶対にやれる!』って吹き込んだだけなの。イメージトレーニングがどうのっていうのは、ただの出まかせ」
「……そう……なのか?」
まあたしかに、力が欲しいと強く求めたのは間違いないけど。
「100%の力を発揮するには適度な自信も必要、なんてのはたまに聞く話だよね?君って必要以上に自分を卑下するところがあるからさ。そんなところが、自分の可能性にフタをしてしまうっていうのも、ありそうな聞く話でしょ?」
「いや、それにしたってこれは……」
あまりに急激な成長すぎやしないか?それこそまるで……
「『超越』でもしたんじゃないかと思えるほどだぞ」
「さすがにそれはな……いや、やっぱりそう思うよね。……正直、私も驚いてる。まさか本当にこんな方法で『超越』できるようなたんじゅ……もとい、純粋な人がいたなんて……」
「悪かったな、単純でよ」
「いや、私は君が単純だなんてひと言も言ってないからね?」
「ほぼ言ってただろ」
「言い切ってないから大丈夫」
「どんな理屈だそれは……」
「まあそれはそうとして……。結果として、君には新しい力が備わったわけだよね?それを使えばさ、君が本当に望んだ勝ち方だって可能になるんじゃない?というかさ、あのクソ野郎がズタボロにされるところを見たいの」
「……確かにな」
まあ、俺だってそれを強く望んでいるのは事実。この際だ、使えるものは使うとしようか。
コンコン!
ドアをノックする音が聞こえたのはそんなタイミングで、
「間もなく試合が始まりますので。入場口に案内します」
いよいよその時がやって来る。
『ご来場の皆様。大変長らくお待たせしました。これより、支部対抗新人トーナメント、決勝戦を開始いたします!』
高々と響き渡るのは、すでに聞き慣れた感のある解説の声。
「ブチのめしちまえ!」
「おうともさ!」
親指を立ててくるクーラへは同じ仕草を返して、
『それでは、第七支部代表チームの入場です!』
そういえばルカスにペルーサ、エルナさんも見に来てるんだっけか。支部の皆さんはどこにいるんだろうかな?なんてことを思いつつ足を進める。
決勝だからなんだろう。観客の数はこれまでと比べても目に見えて多く、ほぼほぼ満席といった感じ。
そして上がった歓声は、すぐにどよめきへと姿を変える。
まあ、無理もないんだろうけど。なにせ俺ひとりだけなんだし。
『巧みなコンビネーションでここまで勝ち進んできた第七支部代表チームですが、トラブルにより、5人中4人が出場できなくなってしまったとのことです』
その言葉にますますどよめきが大きくなって。
トラブル、ねぇ……
まあ間違ってはいないんだろうけど……
それでも、アイツらが謹慎処分になった、なんて言われるよりはマシなんだろう。ほぼ冤罪なんだし。
『1対4というあまりに不利な状況にどう立ち向かうのか?過去にはふたりだけでの優勝を果たしたことのある第七支部ですが、果たしてその偉業を塗り替えることができるのでしょうか?』
そういえばそんな話もあったな。タスクさんとソアムさんの偉業を塗り替える、なんてのは恐れ多い話だけど……。まあ、そこは相手が阿呆だったおかげということにしておこう。
『続いて第一支部代表チームの入場です!』
再度の歓声。
俺の正面向かいから姿を見せるのは、クソ次男と不快な取り巻きたち。この距離でもはっきりわかるニヤケ顔は本当にウザいことこの上ないんだけど……
まあ、好きなだけ浮かべていればいいさ。すぐにでも吠え面に変えてやるからよ。
そう自分に言い聞かせて我慢する。
『こちらは1回戦、2回戦ともに圧倒的な強さで勝ち上がってきたチーム』
魔具の性能と取り込みまくった残渣のおかげで、の間違いだろうが。事実は正確に説明するべきだろ。
『優勝候補筆頭という前評判通りにこのまま優勝を果たすのか、あるいは波乱が起きるのか?』
波乱は起きないだろうな。
少なくとも、俺が思う波乱は。
というか……順当かつ妥当な結果以外はお呼びじゃないんだよすっこんでろ!
「アズールくーん!ボッコボコにしちゃえー!」
と、そんな中で、歓声を貫いて声が耳に届く。
ソアムさん!?
その方向に目をやれば、立ち上がって声を張り上げる小柄な姿。
周りには、先輩たちや支部長。セルフィナさんとシアンさんの姿もあった。
よくこの中で通るだけの声量出せるもんだなぁ。
そんな感心をしていると、
「アズール!遠慮はいらねーぞー!」
同じく立ち上がったタスクさんも、負けじと叫ぶ。
「泣きべそかかせちゃえー!」
「そのツラ鼻水まみれにさせちまえー!」
「鼻血吹き出させろー!」
「ションベン漏らさせろー!」
いやいやいやいや!
こんな時になにやってるんですかあなたがたは!
前言撤回する。負けじと、ではなかった。あのふたり、普通に張り合ってるだけだろ?
それはいつもの光景で。
さすがに見かねたのか、支部長の拳骨が落ちて、揃って頭を抱える。
「はは……」
思わず笑いが漏れる。
本当にいいもんだよな、日常っていうのは。
だからこそ……
皆さんの方に手を振って応える。
あのふたりのシャウトは連中にも聞こえていたらしく、苛立たし気に睨みつけてくる様は、大変に気分がいい。
俺の大事なモノを奪おうとした報い、軽く済むとは思うなよ!
『そ、それでは……支部対抗新人トーナメント決勝戦……』
解説の人も多少引いた様子ではあったが、気を取り直したように続けて、
さて、タイミングは……
『試合、開始!』
合図が告げられる。
さあ、やるぞアズール!
呼びかけ、想起するのは、かつての――どうしようもない悪ガキだった頃の自分。今は……今だけは、当時のロクでもなさが役に立つ!
同時に動く。まず初手は短鉄棒を抜き放つと同時に、手のひらと得物の隙間に発現させた泥団子を『発光』させつつ、『遠隔操作』で短鉄棒を柄に見立てた剣――虹剣モドキを形作って、
そらっ!
振り抜く。『発光』による虹光を帯びた泥が手元を離れ、前方――クソ次男目掛けて飛んで行く。これはさしずめ、『遠隔操作』による『飛刃』モドキといったところか。
ここで!
さらに『遠隔操作』。クソ次男の目の前で3『分裂』。そして、それぞれの標的を不快な取り巻きたちに設定した『追尾』を乗せる。
この『飛刃』モドキには切れ味なんてものは宿っていない。さすがにそこまでは無理だったからだ。付け加えるなら、たっぷりの後悔と反省、屈辱を堪能してもらう都合上、殺してしまうのも避けたい。その代わりに、
ドゥン!ドゥン!ドゥン!
「ぶぎゃっ!?」「がべっ!?」「ぎゃぶっ!?」
与撃の瞬間に、意識を奪う程度に威力を抑えた『爆裂付与』を発動。
今まさにお得意の氷風を放とうとしていたアホ共は、3人仲良く地べたに這いつくばる。
まずは清掃完了、と。
不快な取り巻きたちにも恨みはあったが、こいつらへの公開処刑は初めからこれで終いにするつもりだった。
なんだかんだ言ったところで、クソ次男だけが一方的に有利となる状況を作り出せる支援要員は厄介。
その対処法として俺が選んだのは、もっともシンプルでもっとも手っ取り早く、もっとも確実であり、ある意味ではもっとも乱暴な――言うなれば、究極の支援要員対策。
すなわち――何もさせないうちに支援要員を排除すること。
合図を聞いてから連中が動くよりも、合図に重ねるように機をうかがっていた俺の方がわずかに早かったというわけだ。
「ば、ばかな……!?」
そしてこの事態。どうやらクソ次男にとっては完全に予想外だったらしく、唖然と棒立ちをするばかり。
やれやれ。そこで動きを止めるのは阿呆のやることだろうに。
どうせランクが緑というのも、他の高ランクにおんぶ抱っこでポイントだけを稼いできた結果なんだろう。
ウチの先輩たち相手の時なんて、こっちが瞬きするほどの隙を見せたら次の瞬間には転がされてるってのに……
まあ、ここで追撃をかけるのはあえてやらずにおいてやる。代わりに――
「来いよ!剣を教えてやる!」
『飛刃』モドキとして飛ばした次の瞬間には『遠隔操作』で再構築していた虹剣モドキを向けてそう告げてやる。もちろん見下すような口調を意識して。
「き……」
そうすれば、さすがに硬直からは脱したらしい。遅すぎなんだよウスノロが、なんてことも思うんだが、そこは我慢してやる。
「貴様あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
どうやらよほど頭に来たらしい。風剣を振り上げ、顔を真っ赤にして駆け出してくる。風をまとっているだけあってか、かなりの速度ではある……んだけど。
間抜けめ。
その途中で、目に見えて動きが鈍る。不快な取り巻きたちの始末に使った『飛刃』モドキの残骸を再利用。『遠隔操作』でこっそりと足にまとわりつかせていた泥が、クソ次男の動きを阻害。
「くそっ!?だが、これで終わりだっ!」
それでも目前までやって来て風剣を振るう。風をまとう剣閃も速いことは速い。勝ちを確信したような顔を見せるわけだが……
「なにぃっ!?」
これでも師匠や先輩たちに散々相手をしてもらってきた身の上。そこから連撃につなげられたならまだしも、一撃であれば俺の技量でも受けることはできる。そして、
「うおあっ!?」
連撃にだってつなげさせるつもりはない。この虹剣モドキには、『衝撃強化』を込めておいた。その勢いでクソ次男をのけぞらせ、同時進行で左手に作り出した泥団子を50個ほどに『分裂』。『遠隔操作』で膝から下を完全に固めてやる。
さあ、これで逃げ場も無くなったぞ?準備は完了、ここからが本番。まずは……そのご自慢の風剣からだ!
棒立ちになったクソ次男の風剣へと、『衝撃強化』付きの虹剣モドキを叩きつける。
当然ながらさっきの『飛刃』モドキと同じく切れ味は皆無だが、『遠隔操作』の応用でガチガチに押し固めた棒状に形成している。その理由は少しでも強度を高めるため。
では、なぜ強度が必要かと言えばそれは――
「な、なんだと!?」
どうにかこちらからの初撃を防いだクソ次男が見せるのは驚き。それはそうだろう。なにせ、勢い良く振り抜かれた虹剣モドキが、間髪入れずに、返すように振るわれたんだから。
もちろんこの二撃目で終わりというわけもない。
ギンギンギンギンギンギンギンギンと立て続けに、十分な勢いと『衝撃強化』を乗せた虹剣モドキが叩きつけられる。
「ばかな!?こんな……こんなことが……!?」
並みの腕力では到底不可能であろう、出鱈目な軌跡を描く連撃……いや、乱撃とでも言うべきか。
それを可能にしているのも当然ながら、『遠隔操作』だ。
叩きつけた勢いで流れたところを即座に反転させ、直接次の一撃に切り替える。腕――体幹で振るうのではなく、『遠隔操作』で操る。
ただシンプルに執拗に、それだけを繰り返していく。
相手取るのは一応は風をまとう剣。叩きつけるたびに泥の刀身が削られ、吹き飛ばされていくわけだが、強度を重視していることに加えて欠けた分は『分裂』と『遠隔操作』で即座に補充してやることもできる。
そうなれば、クソ次男は延々と風剣による防御を強要され続けるというわけだ。
ちなみにだが、直接クソ次男自身に虹剣モドキを叩きこむというのは、あえてやっていない。簡単に終わってしまいかねないから。それでは興が醒めるというものだ。
「……くそっ!」
だんだんと、クソ次男に浮かぶ焦りの色が濃くなっていく。
ひと言で心色といっても、その性質は様々。
例えば俺の泥団子なんかは、一度出してしまえば斬られようが潰されようが燃やされようが俺自身には何の影響も無い。
その一方で剣なんかの場合は、心色そのものに受けた衝撃の一部が負荷として使い手の精神に返って来るようになっている。
剣そのものへの与撃が消耗を誘うと言い換えてもよさそうか。
そして、過剰に心色を使いすぎるとどうなるのか?
「はあっ……はあっ……」
クソ次男には、その兆候が表れていた。息が上がり、ダラダラと汗を流す以外にも、すでにその顔は青ざめ始めている。
限界近くまで心色を振り絞るってのは、結構辛いんだよなぁ。俺も双頭恐鬼の時に経験があるからよくわかるぞ。
足を固められての棒立ちを強要中ゆえに逃げることはできず。かと言って、剣で受けることをやめれば、今受けている衝撃をその身で直に受けることになる。防ぎ続けるのは辛いが、防がずに受けるのはもっと辛い。よくある言い回しを使うなら、行くも地獄、引くも地獄ってところか?本当に大変な状況だと思うぞ。少なくとも、俺だったら全力で遠慮するところだ。
まあ、文句は言うまいな?お前は、俺たちがされて嫌なことをやらかしてくれたんだから。自分がされて嫌なことは他人にもやらない。そんな、人として当然のことをできなかったから、こんな目に合っているんだぞ?
本当に馬鹿なことをしたよなぁ。真っ当に試合をした結果だったなら、たとえ魔具と残渣取り込みによるゴリ押しの前に敗れたとしても、ラッツたちは素直に負けを受け入れたはずだ。俺だってそんなあいつらの考えを尊重したことだろう。それなのにわざわざ余計な手間をかけてまでふざけた真似をして、そんな目に合っているんだからな。まったくもって理解に苦しむよ。まあ、それもすべては……
自業自得だざまぁみろバーカ!
さて、そろそろ頃合いか。
双頭恐鬼とやり合った時の感覚と比較しても、俺の方はまだ全然余裕といったところ。
というかむしろ、まるで疲労を感じないんだが……
これも『超越』の効果なんだろうか?
……いや、それを考えるのは後回しでいいか。
ともあれ、疲労でクソ次男を倒れさせて終わりという幕切れではつまらない。このままジワジワと押し切るよりも――公開処刑の演出上という理由で――最後は派手に決めたいところ。だから、楽しく遊ぶのはこれくらいにしておこう。
よし、ここで!
次の段階に移る。
50を超えたあたりで勘定はやめたが、何度目になるのかわからない虹剣モドキの叩きつけ。それと同時に、クソ次男の足を固めていた泥を消してやる。
「……ひあっ!?」
すっかり逃げ腰になっていたクソ次男はその弾みでたたらを踏み、無防備を晒す。
そこに『遠隔操作』で突きを繰り出すのは、風剣の刀身へと。
虹剣モドキの先端に込めるのは『爆裂付与』を。
結果――
キィン!と、使い手の腐り果てた性根には不似合いな澄んだ音を立てて、
「あ……」
クソ次男ご自慢の風剣は見事に折れ飛んだ。
「ひいっ……ああああああっ……」
当然ながら精神への負荷だって大きかったことだろう。へたり込んでしまったクソ次男はそのまま後ずさり、
ドンッ!
「うあっ!?」
これまた『遠隔操作』で用意しておいた泥壁にぶつかり、すぐに動きを止められてしまう。
「ひぐ……く、くるなぁっ……」
見ればその顔は、汗と涙と鼻水でえらいことに。
ああ、そういえば……
ふと思い出すのは、試合前にソアムさんとタスクさんに言われたこと。泣きべそと鼻水は達成できたわけだが、他にもあったよなぁ。
「ま、まいっ……もがっ!?」
クソ次男は何かを言おうとしたようだけど、どうせ大したことじゃないだろう。だから泥団子をその口に投げ込んでおく。これで不快な声が発せられることも無くなった。よきかなよきかな。
そのついでに、泥団子の一部を『遠隔操作』。鼻にねじ込み、最小威力での『爆裂付与』もかましてやれば、
「……ふがっ!?」
よし。これで鼻血も達成、と。……そういえば、口にねじ込んだ泥を腹に押し込んでから『爆裂付与』をやったら、さぞやエグイことになるんだろうな。まあ、さすがに今はやらないけど。
それはさて置き――
残りひとつは、最後の一撃で達成できることを願うとして……
次で仕上げるか。
下手に動かれても面倒なので、『遠隔操作』で泥壁の一部を変化させてクソ次男を拘束。
虹剣モドキを頭上に掲げ、新たに生み出した泥団子を『遠隔操作』。俺の背丈と比べて8倍程度はありそうな、長大な刀身を形成。
無駄に派手なこの見た目。大きく見開かれたクソ次男の目には、さぞや絶望的な光景に映っていることだろう。
「ふぁがあっ!?」
不意に、クソ次男が目を白黒させる。
備えなんてのは、無駄に終わるのが一番らしいが。結果良ければなんとやらか。
泥団子を噛み砕こうとした時のために込めておいた『封石』も役に立ったらしい。ひょっとしたら歯の2、3本は折れたかもしれないが。まあ、そこらへんは心底どうでもいいや。
それはそれとして……
背中に託された皆さんの思いを想起。それらを特大虹剣モドキに込めるイメージで。
でかいたんこぶこさえてやるぞ!これで終わりだクソ次男!
その脳天目掛けて力任せに振り下ろす。
鈍い手応え。臭い飯を食わせるという都合上、最後の一撃にはあえて『衝撃強化』も『爆裂付与』も乗せなかった。
そして――
少しは気が晴れたな。とはいえ……ションベンは無理だったか。
内心でため息。
泥をすべて消してやれば、支えを失くしたクソ次男は白目をむいて仰向けに倒れるものの、その股間部分には、残念ながら濡れた様子は見られなかった。もしかしたら、試合直前に済ませていたのかもしれないけど。まあ、そこは仕方がなかったと諦めよう。
そういえば……
今になってようやく気付いたこと。『作業』に集中していたせいでわからなかったけど、なぜかあたりはしんと静まり返っていた。
はて……?
1回戦や2回戦の時は、少なからず歓声が聞こえていたはずなんだけどな。
ひょっとして、俺がやり過ぎてドン引きでもされたんだろうか?
そもそもが、『試合』を『公開処刑』に利用するなんて真似をやらかしてしまったのは事実なんだし……
腹立ちが治まってくると、そんな風にも思えてくる。
純粋に楽しみにしていた人たちには、申し訳ないことをしてしまったんだろうか……
『……はっ!?』
解説さんの我に返ったような声が響いたのはそんな時で、
『しょ、勝者!第七支部代表!』
勝ち名乗りが告げられて、
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
コロシアム全体を揺るがすんじゃないかと思えるほどの歓声。
支部の皆さんが居た方を見れば、全員が立ち上がって手を振ってくれて、
後ろを振り返れば、クーラも大きく手を振ってくる。
だから俺も応えれば、そこかしこからの歓声がさらに大きくなって。
そんな様に思うのは、
とりあえず、せっかくの決勝を白けさせるようなことにはならずに済んだらしい。
ご来場の皆様方をガッカリさせずに済んでひと安心。そんな安堵感だった。




