さもないと、こいつの命は無いですよ?
「これで心置きなく、ズビーロに殴り込みをかけることができる」
支部長が発したのはそんな、地の底から響くように底冷えのするような言葉。
「殴り込みって!?何考えてるんですか!」
思わず声を上げてしまう。だってそうだろう。クソ宰相一家にはらわた煮えくりかえってるのは俺も同じだけど、さすがにそれはマズい。
「……さすがに今回の件は、あたしも腹に据えかねてるのさ。このまま無罪放免にはしておけないんでね」
「そりゃそうでしょうけど……」
「それに……野放しにしといて、またアホな真似されるのも困りものだろう?だから潰す。今後のための見せしめを兼ねて、ね」
この人……本気だ!
淡々と静かな口調。それが逆に恐ろしい。
「優先順位で言ったら、ネメシアを助けることの方がはるかに上だったよ。けど、その必要が無くなった以上は我慢する理由も無くなった」
「そういうことだったら俺も乗るぜ!」
「ちょ……!?」
さらにタスクさんまでそんなことを言い出して、
「じゃあ、あたしも」
ソアムさんまで乗ってくる。
「……あんたとなら、地獄の底までだって笑いながら駆け抜けてやるからさ」
「……へっ!そう来ねぇとな!目一杯暴れてやろうぜ!あ、ガドとセオは来るなよ?」
「そういうこと。もちろんキオスも却下だからね。こういうのは独り身のあたしたちにお任せってね」
「馬鹿なことを言うんじゃないよ!」
けれどそんなふたりを一喝するのは支部長で。
「タスクにソアム。あんたらも却下だよ!」
「なんでだよ!?」「どうしてよ!?」
「事情がどうであれ、あたしがやろうとしているのは、間違いなく重罪……処刑になるようなことさ。まだ若いあんたたちには先がある。こういうのは老い先短い老人の役目さね。もし付いてくるようなら、殴り倒して縛り上げてでも止めるからね?」
胆力の差なのか、タスクさんもソアムさんも気圧されたように黙らせられてしまっていた。
「……この支部を任されて20年。腹の立つことも多かったけど、それ以上に充実した日々だったよ」
そして一転。しみじみと語るのは普段の気のいいお婆ちゃん然とした顔で。
「これが、あたしの最後の務めさ」
伝わってくるのは気迫とでもいうのか。支部長は完全に腹をくくっていて。
「まあそんなわけだからね。止めないでおくれよ」
「いえ、止めますけど?」
それでも、させるつもりにはなれなかった。
「……邪魔するんなら、力尽くででも行かせてもらうよ。アズール、あんただからって、容赦はしない
「……う、ぁぁ」
叩きつけられる圧力。ここに来る直前にションベンを済ませといてよかった、なんてことを思ってしまう。
それでも!
「せ、せめて……。聞くだけは……聞いてもらえませんか?」
腰が引けているのは、自分でもはっきりとわかる。
「俺に、いい考えがあるんです」
そんな有様でも、言い切ることはできた。
「……聞くだけは聞こうか」
その甲斐あってか、支部長もひとまずは引いてくれる。
ふぅ……。やっぱこの人、怒らせると怖すぎるわ!
引いた圧力にそんなことを思いつつ、居住まいを正す。
多分ここで『復讐は何も生みません』なんて薄っぺらなことを言ってもこの人は止められない。
だけど。
何が役に立つかわからないものだ。
昨夜延々と考えていたこと。今朝の時点では気休めにしかならないと思っていた案は、状況が変わった今ならば意味合いが変わってくる。
漏らす寸前にまで追い込まれた気持ちを落ち着けるために深呼吸を3回ほど。冷や汗が引いたところで切り出す。
「まず確認なんですけど、支部長はこの世に未練ってあります?もう生きてるのが嫌でたまらないからさっさと死にたくて仕方がないんだ、なんて思ってるんでしたら、俺には止めようもないですけど」
まずは否定されるとわかりきったことを、否定しやすいようにあえて嫌らしい言い方で。
「……そんなわけないだろう。ガドとセルフィナの間に子が生まれたらおしめだって代えてやりたいし、ザグジアの奴に言ってやりたいことは山ほどある。出て行ったきりの放蕩娘には拳骨のひとつも落としてやりたいよ。それに、あんたたちが一人前になった姿を見るまでは死んでも死にきれないさ」
「……俺が一人前となると、それこそ20年でも足りない気はしますけど。まあそれはさて置き、支部長はまだ長生きしたい。だけど、ズビーロの連中を許す気にもなれない。ってことですよね?」
「ああ」
「それはよかったです。そういうことでしたら、俺がお役に立てると思いますよ」
「それで、あんたの言ういい考えってのは?」
「いたってシンプルです。真っ当な方法で、クソ宰相を陥れてやればいいんですよ。幸いにも、自分から墓穴を掘ってくれましたから。例の吹き矢は、そのための強力な証拠になりますよね?」
聞くところによれば、この大陸にはふたつと存在しないかもしれないほどに希少。まして有事のための備え。
「クソ宰相があの吹き矢をくすねたのには、入念な計画があったのかもしれません。けど、クソ次男がソレを持ち出したのは、流れからしても場当たり的な話でしょうし。なんだったら、第一支部を追い出された連中を締め上げて吐かせてもいいと思います。連中だったら、手足の2、3本くらいはもいでも心が痛まない自信ありますし」
たしか支部長は、宰相クラスが相手でも影響力があったはず。それならば、
「そこら辺を起点にしてクソ宰相を墓穴に蹴り落とす。支部長だけじゃない。先輩たちが持っている結びつきのすべてを使ったとして、それって夢物語ですかね?」
例えば第二支部のドナ支部長。あの人はきっと協力してくれるだろう。セオさんやキオスさんは本業以外でも顔が広いようだし、タスクさんなんかは余所の虹追い人にも貸しが多いと聞いたことがある。
「……無理、とは言えないね」
「つまり可能性はある、と」
「ああ」
「じゃあそれでいいんじゃないですか?もちろん俺だってそのために協力は惜しみません。まあ、俺ごときが役に立てるかは怪しいところですけど。それと、ここからは俺個人の事情でもありますけど……」
これは昨日になって初めて気付いた……いや、気付かされたこと。
「クソ恥ずかしいこと覚悟で言いますけどね。俺は、今の第七支部が好きなんです」
周り――日常の象徴を見回す。
「セルフィナさんが居て、ガドさんが居て、バートが居て、ラッツが居て、ネメシアが居て、アピスが居て、シアンさんが居て、キオスさんが居て、セオさんが居て、ソアムさんが居て、タスクさんが居て、支部長が居る。そんな日常が大好きなんです。そりゃ、永遠にってわけには行かないでしょうけど。それでも、少しでも長く続いてほしいんです。俺自身、まだまだ心身共にへっぽこですからね。そんな大事なモノがある日突然消えたりしたら、きっとへこむでしょう。立ち直れない自信、ありますよ」
んん?
勢い半分で話すうちになんだか変な方向に転がりだしたような気が……
「俺はそんな、自分の気持ちを大切にする情けない男なんです!けど、だからこそ!」
それでも、今更止まれはしないか。ならこのまま突っ走るまでだ!
「そのためだったら支部長相手だろうと、身体張ってでも止めますよ!だから、早まった真似はしないでください。さもないと、こいつの命は無いですよ?」
自分を指差して締めくくる。
「「「「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」」」」
って、何言ってるんだ俺……
沈黙が重い。というか痛い。何も考えずに走り抜けた結果がこの有様。
何と言うか、穴があったら入りたい。クソ宰相以上の墓穴を掘ったんじゃないかとすら思えてくるというかなんというか……
「……ふふ」
当然と言えば当然か。そんな沈黙を破ったのは笑い声で。
「すごいこと言うよね、アズールって」
少し意外だったのは、それを発したのがネメシアだったということか。
「でも……」
ネメシアも支部長へとまっすぐに目を向けて、
「もし支部長が私の仇を取るために処刑なんてされちゃったら、きっと私は一生悔やむと思うんです。だからお願いです!殴り込みなんてやめてください!私の弱い心を守るために!」
俺に続くようにそんな情けないことを言い、
「そうよね。もしもネメシアがそんなことになったら、きっと私も平静では居られないわ。そこまで強くないって思い知らされたもの。支部長、私からもお願いします!早まらないでください!私が苦しまなくて済むように!」
「じゃあ俺も!ネメシアが悔やみ続けるのを見るのは辛いと思うんで、俺に辛い思いをさせないために、自重してください!お願いします!」
「同じくです!アピスが苦しむのは俺が嫌なんで、そのために思い留まってください!」
アピスにラッツ、バートまでもが続いて、
「私には、支部長に拾っていただいた恩があるんです。だから、返し終えるまでは元気でいてもらわないと困ります!」
「僕が支部の厨房を好き放題に使えるのは支部長が許可してくれるからなんです。だからそのために落ち着いてください!」
「セラと式を挙げる時は支部長にも祝ってほしいんで、そのために早まらないでください!」
「ちょ、ガド!?でも、そうね……。私も支部長にお祝いしてほしいから、そのために落ち着いてください!」
「アパートで好きなようにハーブの栽培を続けられるのは支部長の許可があるおかげなんです。だから、今後も続けたいので自重してください!」
「俺は……家賃が安くて助かってるんで落ち着いてくれ支部長!」
「じゃああたしはえーと……アパートの近くに美味しいパン屋さんがあるから早まらないで!」
なんなんだこれは……?
多分発端は俺。けれど便乗するようにそれぞれが、それぞれの勝手な理由で支部長を止めようとする。
「……ったく、どいつもこいつも揃いも揃って勝手なこと言いやがって」
あきれ顔でため息を吐く支部長。俺が言うのもアレだが、その気持ちはわかる気がしますわ。
「……わかったよ。あたしの負けだ。そこまで言うなら、殴り込みは止める」
それでも、観念したように両手を上げる。いや、上げてくれる。
「けどね……そういうことなら、あたしだって勝手を言わせてもらうよ。……誰ひとり欠くことなく、真っ当なやり方でズビーロのクソ当主とクソ次男を潰す。あんたら全員、そのために協力してもらう。拒否権は無いよ。いいね!」
過程がどうであれ、俺が望んだ形にはなってくれたらしい。そして、支部長が犠牲になることなんて誰も望んでいなかったことだろうし、ズビーロの奴らに腹を立てているのも全員に共通していたんだろう。だから、
「「「「「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」」」」」
全員の返事は――そしてきっと気持ちも、ひとつにまとまっていたと、俺は思う。
「やれやれ、結局はアズールの思うつぼになったわけだ」
「その……何かスイマセン」
「まあいいさ。あたし自身も、ネメシアの件があって頭に血が上っていたのかもしれないからね」
「そう言っていただけると助かります。それとですね……当面の留飲を下げるためにちょっとした余興を考えてるんですよ。……具体的には今から4時間ほど後に」
これもまた、徹夜で延々と考えたことのうち。というかむしろ、最初に考えていたのはこっちの方。
「「「……あ」」」
それだけで何人か――支部長、セオさん、キオスさんは俺の言わんとすることに気付いてくれたらしい。
「きっと今頃クソ次男は不戦勝が決まってさぞやご満悦でしょうね」
さすがに今からでは、ラッツたち4人の謹慎処分取り消しは間に合いそうもないだろう。けれど、クソ次男の思い通りになんぞさせてたまるかという話。
「……ひとりだけ、潰し損ねた奴が居るとも知らずに」
それが俺。
「待って!それはそうかもしれないけれど、1対4になるのよ?」
アピスが言うように、たしかに数の差はある。
だけどそれは――
「それがいいんだよ」
むしろ好都合というもの。
「大観衆の前で4対1で、これまで出番すら無かった単独型の補欠に惨敗する。言ってしまうなら、世間的な意味での公開処刑を食らわせてやるのさ。もちろん、たっぷりと臭い飯も食わせてやりたいからな。殺しはしないように『爆裂付与』は使わずにで」
「だから、いくらアズでも1対4じゃ……」
「……いや、行けるんじゃないか?たしかアズールの心色は、双頭恐鬼を相手に足止めできるだけの威力があったよな?」
「ええ。あの時よりも『分裂』の数は増えてますし、追尾も使えるようになりました。だから勝つだけであれば、さして問題無く行けると思ってます」
普通に勝つのではなく、クソ次男の虚栄心をボロヨレにした上で勝つには……。なんてことまで考えたりもしたんだけど、そこは断念した。それをやるには今の俺では力不足。あと5年や10年の鍛錬は必要になりそうだったから。
「やることはシンプル。『追尾』と『衝撃強化』と500『分裂』を総動員したゴリ押しではあるんだけどな。連中への意趣返しとしては悪くないだろ?」
「けどお前、先輩たち相手の時はそんなの一度も使わなかっただろ?」
「……言っとくけど、手を抜いたわけじゃないからな。連携の訓練するせっかくの機会だってのに、味方を巻き添えにするわけにもいかないだろうが。今の俺にはそこまで器用な芸当はできないんだよ。それに、全開で『爆裂付与』を使ったら俺だって無事で済まないんだし」
というか、格上でなおかつ尊敬する先輩たち相手に手抜きなんて失礼な真似ができるわけもない。付け加えるなら、ラッツたちを巻き添えにしたとしても、先輩たちに勝てたとは到底思えないし。
「と、そんなわけなので。この後に開催予定の公開処刑ショーで少しでも皆さんの気が晴れたらと思いまして」
「……弄るような真似はあまり感心しないんだけど、今回ばかりは向こうから売ってきた喧嘩だからねぇ。いいだろう、アズール。あたしが許可する。何かあれば責任も取ってやる。だから、思いっきりやっちまいな!」
「心得ました!」
「あ、そうだ!アズール君」
そうして話がまとまったところで、何かを思いついたようにポンと手を叩くのはソアムさん。
「どうしました?」
「あのね、ちょっとお願いがあるんだけど、後ろ向いてもらえる?」
「わかりました」
何だろうかと思いつつも背中を向けて、
「闘魂……注入っ!」
パアァァァァン!
叫びに一瞬遅れて小気味のいい音が鳴り響く。
「い……ぎぃっ!?」
そして背中にやってくるのは強烈な痛みで。
「何するんですか急に!?」
視界がわずかに霞むあたり、目には涙もにじんでいたことだろう。本気で痛かった。
「だから闘魂注入だけど?」
けれどソアムさんの返答は、キョトン、なんて表現が似合いそうなもので。
「あたしは一緒に戦えないけど、せめて闘魂だけでもって」
「……なるほど」
そういうことならば、拒む理由なんてあるわけがない。
「わかりました。ソアムさんの分までクソ次男にぶちかましてやりますよ」
「うん!頼んだ!」
と、そこまではよかったんだけど……
「ソアムにしては気の利いたこと言うじゃねーか。よし!俺の気合いも連れて行ってくれよ!」
タスクさんが乗って来て、
「応援には行けないけれど、その分まで私の思いもアズールに託すわ」
アピスもやって来て、
僕も私もあたしも俺もと、最終的には全員の気持ちを受け止めることになった俺。最後には真っ赤に腫れあがった背中をネメシアに治してもらったのはアレな話だったけれど。
ともあれ、こうして俺は新人戦の決勝に出場することになった。こんな形でを望んだわけではなかったんだが。まあそのあたりも含めて……クソ次男には報いを受けさせてやるとしようか。




