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足元が音を立てて崩れていく

「ネメシアが……二度と目を覚まさなくされちまったんだ」


 二度と目を覚まさない……ってまさか!?


 背中に氷を放り込まれた気がした。


 その意味するところ。真っ先に浮かんだのは、いわゆるところの永遠の眠り。


「……死んだ……んですか?」


 口にするうち、カタカタと歯が鳴っていた。


「いや、厳密にはそうじゃない」

「じゃあ、どういう……」


 支部長や先輩たちの雰囲気からして、のっぴきならない事態であることに変わりはないんだろうけど……


「アズール。あんた、蛇毛縛眼(バインド・サイト)って魔獣は知ってるかい?」

「……いいえ」


 初めて耳にする名前だ。


「簡単に言ってしまえば、あんたの背丈と同じくらいある目玉に、髪の毛みたいに蛇が5匹生えてる魔獣だよ。その視界に入った者は呼吸や心拍まで含めたすべてを停止させられ、抵抗できたとしても、頭の蛇に噛みつかれたら精気を吸い取られて問答無用で干物にされちまう。そんなバケモノさ」

「……とんでもなく恐ろしい魔獣だってことはわかりました」

「そうさね。生息域の外に出てきたら、街のひとつやふたつはたやすく滅んじまう手合いだよ」

「まさか、そいつにネメシアが!?」


 王都の近くにそんなのが居るなら、一度くらいは耳に入っているはず。けれど、双頭恐鬼(エティン)という前例もあるわけで、


「そうじゃない。ネメシアをやったのは、そいつの残渣から作られた魔具だ」


 そう言って布の包みを取り出し、テーブルの上に。そこにあったのは、指先ほどの長さをした針……いや、トゲに羽がくっついたようなもの。トゲ部分の色は赤黒くて、どことなく薄気味が悪い。


「吹き矢、ですか?」

「ああ。本来は、どうしようもなくヤバい魔獣が襲って来た時に使われるようなものさ。記録によれば、使えるのが一度きりとはいえ、数十メートルはあるようなバケモノでさえ、一撃で昏倒させるだけの威力があるらしい。……よりにもよって、そんなものでネメシアが撃たれちまったんだよ」

「……その場合、どうなるんですか?」


 声の震えがはっきりとわかった。そんなものを人の身で受けたなら――今聞いた話をまとめれば、その答えも組み上がってしまう。それでも、外れていてほしいという一縷の望みは、


「過去には、暗殺の手段として何度も使われたらしくてね。……寿命が尽きるその時まで、ずっと眠り続けたとのことだ」


 あっさりと粉砕される。


「……嘘……だろ……」


 信じられない。信じたくない。


「なんで……なんでネメシアがそんなことにならなきゃいけないんだよ!」


『もし痛めちゃったら、その時は遠慮なく言ってね。治してあげるから』


 昨日の別れ際、そんな風に俺の腰を気遣ってくれたネメシア。


「ふざけるなよ!なんで……あんなに気のいい奴がそんな目に……」

「アズール君は見つかりませ……ここに居たんだね」


 きっと、俺と入れ違いだったんだろう。キオスさんが戻ってくる。


「……すいません」


 そして、そんな変化が少しだけ、頭を冷やしていたらしい。


 ここで怒鳴ってもしかたがないのに。


「いや。これで平然としていたら、その方が人でなしだよ」

「それで、ネメシアは今どこにいるんですか?」

「奥の医務室さ。ラッツたち3人もそこに居る」

「……行ってきます」




「よぉ、アズ……」


 医務室の前に座り込んでいたのはバート。俺に気付いて声をかけて来るも、声色、表情、目の色、それらすべてが暗いもので。


「……情けねぇよ」


 そんなつぶやきは泣き言にしか聞こえなくて。


「俺が支えてやらなきゃって思ってるのに……見てられねぇんだよ……。チクショウ……」


 長い付き合いの中でも、ここまで情けない姿は初めてだった。


「……3人は、中に居るのか?」

「ああ」

「わかった」


 といっても、情けないのは俺も同じようなものか。そんなバートに対しても、かける言葉は見当たらなかった。




「ネメシア……ネメシアぁ……」


 ドアを開けて、最初に聞こえたのは嗚咽。


「先走って……っく……心配かけるのは……私に役目だった……のにっ……。なんであなたが……ぐすっ……。お願いだから……目を開けてよぉ……。また……いつも……みたいにっ……アピスはしょうがない……なぁって。私が居ないと駄目……なんだからって……呆れて……笑ってよ……。私はぁ……ネメシアが居ないと……」


 静かに眠るネメシアに縋り付いて泣きじゃくるアピス。その姿には、普段の勝気な様は欠片も見えなくて、


「ネメシア……っ!」


 ネメシアの手を握るラッツは肩を震わせていて、顔は見えずとも、その心情は痛いほどに伝わって来て、


「……」


 無言で静かに目を閉じるネメシアは、一見すればただ眠っているだけ。すぐに目を覚ましても違和感なんて無いような様子。だけど、あれだけアピスに泣きつかれても反応を示さないというのが現実で。


 ホント、情けねぇ……


 バートの言ったことが理解できた。見ているだけで心をえぐられる光景から、俺は逃げ出すことしかできなかった。




「……お帰り」


 ロビーに戻ってくる。突き付けられた現実が酷く重かった。


「さて、まだ話には続きがあるんだ。あんたにとっても無関係ではないんだけど、このまま聞いていくかい?間違いなく、胸糞悪い話になる。辛いようなら、日を改めても構わないけど」

「……聞かせてください」


 ただでさえ頭の中はぐちゃぐちゃ。それでも聞くことにしたのは、多分逃げだ。このまま帰ってベッドに潜り込んでも、延々悩み続けることになるのは容易に予想できたから。だったら、少しでも何かを聞きたい。たとえ不愉快な話でも、俺の中で状況が変わり続けているうちは、苦しまなくても済みそうだったから。


「わかった。まずは事の起こりだけど、あの子たちは午後からキセナ平原に行ったんだよ。ある程度明日の方針が固まったから、軽く身体を動かしておきたいって言ってね」


 それは理解もできる。身体を動かすだけならば支部の訓練場でもいいんだろうけど、ある程度の広さがある場所となれば、キセナ平原が一番手頃だろうから。


「そこで襲われたんだ」

「襲われた、ですか?」


 あの場所にはイヌタマネコタマウサタマなんかが生息しているし、連中だって人は襲う。けれどあの4人が揃っているなら、たとえ不意を突かれたってそこまで深刻なことにはなりそうもない。なら、本来は生息してないような魔獣が……いや、待て!


 今更ながらに気付く。


 ネメシアは何でやられた?


 その答えはテーブルの上にある吹き矢。そんなモノを使うというのは……


「……人相手に、ってことですか?」


 それ以外には考えられないわけで。


「ああ。第一支部の奴らにね」

「第一……支部……」


 俺にとっては、すでに悪いイメージしかないフレーズではある。そして、そこから広がっていくのは、とびっきりにロクでもない展開。


 第一支部の連中がアイツらを襲う理由。その結果として誰が得をするのか?納得できる理屈が組み上がってしまう。


「クソ次男の手下ですね?」


 ひとりでもふたりでも試合に出られなくすることができれば、それだけ野郎が有利になるということ。是が非でも優勝したいクソ次男には動機がある。あるいは、昨日の一件への報復のつもりなのか。


「……違う」


 けれど支部長は首を横に振り、


「ガユキ・ズビーロではなく、ユージュ・ズビーロに与していた連中さ」

「……クソ三男に?」


 どういうことだ?当のクソ三男はとっくに地獄の釜で茹でられているはずなのに。


「第一支部の中でズビーロの兄弟が権力争いをしてるってのは、知ってるかい?」

「ええ。前にアピスから……そういうことですか」


 構図が見えてしまった。本当に、どこまでも胸糞悪い。


「クソ三男が消えて、クソ三男派は立場が悪くなった。そこをクソ次男にそそのかされて、ってことですね?」

「だろうね。ユージュ派の顔があったとは、アピスも言っていたよ。その数はおよそ20」

「20!?つまり4対20だったわけですよね?」


 なんでそこまでやる必要があるんだよ!


「さすがに手加減する余裕までは無かったそうだけど、それでもどうにか撃退できた。けれどその際に、ネメシアがコレで撃たれちまったんだ」


 なんだよそれ……


「ふざけるなよ……。そんなくだらないことでネメシアになんてことしやがるんだよ……」


 どこまでも馬鹿げてる。いっそ第一支部に殴り込みをかけたい衝動すら湧いてくる。


「まったくさね。けど、さらにふざけた続きがあってね」

「これ以上何が……」


 すでに最悪すぎるほどに最悪だってのに……


「どうやらあっちの支部長もグルだったらしくてね。この件の処分として、襲撃をしかけた20人全員のポイントをすべてはく奪、さらには支部を追放しやがったんだよ」

「……そいつらには同情なんてしませんけど」


 いいように利用されたってことなんだろう。それでも――たとえ処刑されようとも、哀れとは思わない自信がある。


「ただそれでも、ウチの4人がそいつらに軽くない怪我をさせちまってたんだ。その処分として、10日間の謹慎を求めてきやがった」

「いや、襲われたから応戦しただけじゃないですか!」

「そうだけどね……。けど、連中に下されたのは連盟としては相当に重い処分。それを引き合いに出されちまってね……。ここまでが事の顛末だ」

「なんだよそれ……」


 本当に連盟を何だと思ってやがる!重ねて言うが、ネメシアたちを襲った連中には一切の同情は無い。それでも、やり方がゲスすぎる!そこまでしてクソ次男を優勝させたいのかよ!


 はらわたが煮えくり返るなんてものじゃない。怒りで気が変になりそうだ。


「さて、次はこれからの話をしよう。ネメシアをあのままにはしておけないからね」

「そう、ですよね……」

「幸いにも、あの魔具で撃たれて目を覚ました前例は無いわけじゃないんだ」

「そうなんですか!?」


 初めてマシな話が……いや、そうじゃない。


 ほんの一瞬だけ気分が上向き始めて、すぐに気付く。


 そんな話があるのなら、ここまで深刻にはなっていないはず。だとしたら考えられるのは、恐ろしく困難な方法であるという線。


「文献にも残ってる。過去に一度だけ、エルベルートが成し遂げているんだよ」


 やっぱりか……


 予想は当たっていたらしい。


 救い手エルベルート。英雄として今日まで語り継がれる存在だ。言い換えるなら、それほどの御仁でなければ不可能だということ。


「だから後任が決まり次第、あたしは支部長の職を辞するつもりでいる」

「え……?」


 俺が漏らした声はきっと呆けていた。


「なにせ、ネメシアを目覚めさせるために必要なモノは山ほどあるからね。希少な魔具が大量に必要になるし、腕のいい治癒使いだって大勢必要で、大規模な施設だって用意しなきゃならないんだ。そのためだったら、世界中だって飛び回ってやるさ」


 その瞳にあるのは本気の色で。


「これでもあと20年は生きてやるつもりだからね。なんとしてでも、あたしの目が黒いうちにやってやるさ。それこそ、死に物狂いでね」


 その言葉には、都合のいい奇跡が起きてネメシアが目覚めでもしない限り、絶対に止まらないんだと思えるほどの気迫が宿っていて。


「それに、あたしひとりでもないんだ」


 そうして目を向けるのは先輩たちに対してで、


「もちろん、私たちも全力を尽くさせてもらいますよ」

「身支度ができ次第、僕らも王都を発つつもりだ」

「アズール君たちに伝えきれなかったことがたくさんあるのは心残りだけどね」

「まあ、そこは信じてるぜ」

「そういうことだな」


 先輩たちの目にも強い決意が宿っていて。シアンさんやセルフィナさんにだって、止めようとする様子が無くて。


「正直、この流れだとあたしの後任にはズビーロの息がかかった奴が来そうだからね。あんたたちと、シアン、セルフィナのことは第二の支部長にでも頼んでおくよ。あの子は信頼できる」


 なんで……なんで……!


 この短い時間にどれだけそう繰り返したのかもわからない。


 足元が音を立てて崩れていく。そんな錯覚。


 失くしかけて初めて気が付いた。


 クーラが居て、腐れ縁共が居て、アピスとネメシアが居て、シアンさんとセルフィナさんが居て、先輩たちが居て支部長が居る。俺は、そんな日常がたまらなく好きだったことに。


 もちろん、それが永遠に続くなんてことはあり得ない。そのくらいは理解しているつもり。それでも思う。


 あんまりだろこんなのは!


「俺は……」


 誰ひとりとして居なくなってほしくない。それが本気の本心で。


 けれどそれを口に出すことはきっと許されない。支部長や先輩たちが抱く覚悟への侮辱になるから。


「いえ。俺にも……協力させてください!」


 だから、そうすることを選ぶ。


 俺なんかで何ができるかはわからない。


 それでも、支部長と先輩たちだけで20年かかる道のりを19年と364日にすることができるなら。1分でも1秒でもその時を早めることができるなら、無意味ではないと思いたい。


「あんたならそう言うと思ってたよ。もちろんだとも。力を貸しておくれ」

「はい」

「頼りにしてるよ」


 きっと、そこにあったのは信頼。


 それでも、素直に喜ぶことはできなかった。

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