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補欠には補欠なりに、やれることもある

 新人戦2回戦の朝。昨日のうちにクーラに言伝を頼んでいたこともあり、エルナさんにカツサンドの礼を伝えることはできたんだけど……


「そんなこと気にしなくていいのに」


 エルナさんがそんなことを言ってくるのは想定の内。けれど……


「今日も用意しておいたから、試合の前にみんなで食べてね」


 ニコニコ笑顔で、再びカツサンドを用意してくれるとは思わなかった。


 というか……


 催促したような形になってしまったんじゃなかろうか。


 なんてことまで思ってしまう。


「ありがとうございます」


 それでもエルナさんが善意100%であることは間違いないわけで。わざわざ用意してくれた以上は、ありがたくいただくのが礼儀というもの。


「それ食べたらどんな相手だって勝てるよ。決勝は見に行くけど、せっかくならネメシアちゃんたちの応援したいからね」


 隣のクーラも、エルナさんと同じくニコニコ笑顔で言ってくる。実際、初戦を突破できた理由のいくらかは差し入れにあったことだろうし、実に美味かったのも事実ではある。だから当然ながら、俺もラッツたちも感謝以外の気持ちは抱いていない。ただひとつ言っておくことがあるとしたら、


「それなんですけどね……。食べたのは試合前じゃなくて、試合の後だったんです。まあ、そのおかげで張り合いが出たわけですが」


 そこらへんは、細かいことではあるんだけど。そうすれば、


「つまり、カツサンドじゃなくてカッタサンドだったのね」

「つまり、カツサンドじゃなくてカッタサンドだったんだね」


 エルナさんとクーラの返しは綺麗に重なって、


「そ、そうですねぇ……」


 俺は苦笑気味に頷くことしかできなかった。




『勝者、第七支部代表!』


 出がけにはあれこれとあったわけだが、ラッツたちは見事に2回戦も突破できていた。きわどい局面は何度かあったものの、昨日の午後にやった作戦会議が活きていたこともあってか、どうにか勝ち切ることができていたというわけだ。


「それじゃあ、2回戦の勝利を祝して!」


 そしてそんな号令でかぶりつくのは、エルナさん&クーラ曰くのカッタサンドことカツサンドで、一昨日と変わらずに美味かった。と、そこまではよかったんだが……


 控室に続く通路から入り口のホールに戻ってきたところで、一昨日をなぞるような形でかけられる声があった。ただ、ドナ支部長の時と決定的に違っていたのは、


「フン!お前たちが第七支部の代表か!」


 その、見下しきったような不愉快極まりない口調。見ればそこに居たのは、俺たちと同じくらいの年齢に見える4人組。先頭に居るのは、橙色をしたマントを羽織り、悪趣味と言える程度に華美な装いの男。口調にはよく似合った偉そうな表情をした金髪のソイツを見て俺の頭に浮かぶのは『苦労知らずで無駄に裕福な育ち方をしたボンクラのアホ』なんて単語で。


 その後ろに居る男3人も、浮かべる表情は下卑たもの。これまた不必要に派手な服装で、こっちはさしずめ『アホボンの取り巻き』といったところか。容姿で他者をどうのこうのというのはあまり褒められたことではないんだろうけど、その中のひとり。紫髪であごにデカいホクロがあり、でっぷりと太った男が、悪い意味で印象深かった。


「……そうですけど、なにか?」


 わかりやすく関わりたくない手合いだという認識は、俺と同じだったんだろう。応じるラッツの口調には――ドナ支部長相手の時とはまるで違い――うんざりとした色が濃く表れていた。


「貴様……ガユキ様に対してその態度はなんだ!」


 ……ガユキ?


 取り巻きが荒げた声で口にしたその名前には聞き覚えがあった。もしやと思い、アピスやネメシアの方を見れば、心底嫌そうに眉をしかめていて。


 つまりコイツが、クソ次男ことガユキ・ズビーロってことか。たしかに、客席から見えた顔もこんな感じだったか。


「所詮こいつらは弱小支部所属の愚か者だ。無知なのも無理はない」

「まったく、ガユキ様の顔も知らないとは……」

「連盟の恥さらしですよね」


 どこを突っ込めばいいんだこれは?


 ドナ支部長曰く、第七支部は保有戦力だけなら王都最強らしいんだが。少なくとも、このクソ次男とドナ支部長であれば、後者の方がはるかに信頼できる。というか、比べることすら失礼ってくらいだ。


 恥さらしはどっちなんだか、なんて風にも思う。


「まあいい。私の名はガユキ・ズビーロ。次期宰相であり、次の決勝でお前たちをねじ伏せ、優勝するものだ!」


 名乗りはともかくとしても、次期宰相がズビーロと決まってるなんて話は無いし、優勝以前にまずお前らは決勝進出すら確定してないだろうがよ……


「それで、無知な愚か者に何の用があるんですかね?」


 それでもラッツは、一応は形だけの敬語は崩さない。我が腐れ縁ながら、感心すら覚えるところ。


「お前たちに慈悲を与えてやろうと思ってな。3種、4種という希少な複合を持ちながら、弱小支部にしか入れなかった愚か者共と」


 ラッツとバートに目を向け、


「我がズビーロ家の面汚しであるユージュに加担した挙句、第一支部を追放された愚か者共め」


 今度はアピスとネメシアに目を向けてきた。


「特別にお前たちを私の配下にしてやろう。私に使われることを泣いて喜ぶがいい」


 いや、だからどこをどう突っ込めばいいんだよこの阿呆は!


 ラッツ、バート、アピス、ネメシアの4人が第七支部に身を置いているのは間違いなく本人の意思。それに、アピスもネメシアも、クソ三男に加担した事実なんてどこにも無い。当然ながら、第一支部を追放されたわけでもない。


 そんなことを思いつつアピスを見れば、諦めたような表情で首を横に振る。


 つまり、このクソ次男の中では事実ということになっているんだろう。本気でどうしようもねぇなコイツ。


「ゴミの集まりである弱小支部から拾い上げてやろうというのだ。感謝するが――」

「第七支部のことを悪く言わないで!」


 いい加減ウザくなってきたクソ次男のたわ言を遮るように声を上げたのは、意外にもネメシア。


「私が第七支部に移ったのは自分の意思!それに、第七支部にいるのはみんな尊敬できる人たちなんだから!ゴミだなんて言うのは……絶対に許さない!」


 へぇ、言うじゃないか。


 俺が感じたのは、そんな感嘆。


 どちらかというと大人しい方で、ラッツやアピスの後ろに隠れてしまう印象の強いネメシアが、正面切って啖呵を切る。それだけ腹に据えかねたということであり、それだけ支部の皆さんを本気で尊敬してるってことなんだろう。


「同じくだ」


 だから俺も言ってやろう。というか、ネメシアを矢面に立たせちまう前に動くべきだった。そこは反省する。


「あの人たちは、お前ごときがゴミ呼ばわりしていい存在じゃない」

「そうね。どうあっても第七支部の人たちを悪く言うのであれば、相応の覚悟はしてもらうわよ?」


 さらにアピスも続き、


「ぐぬ……貴様ら……この私に向かって……」

「どっちもそれくらいにしておきな」


 割り入ってきたのは大柄な女性であり、


「ドナ支部長!?」


 先日知り合ったばかりの人でもあった。


「なんだ?貴様もこの愚か者の肩を持つのか!」

「別にそんなわけじゃないよ。ただね、場外乱闘は感心しないってだけさ。ぶつかり合うのは、試合の中だけにしておくんだね」

「ガユキ様。こいつ、第二の支部長ですよ!」

「……チッ!今日のところは見逃してやる!お前たち、行くぞ!」

「「「は、はいっ!」」」


 このクソ次男も、さすがに支部長を相手取るのはマズいと判断したんだろう。捨て台詞を吐いてそそくさと逃げるように、選手用通路へと消えて行った。まあ、そんな様は実によく似合っていたけれども。


「助かりました。ありがとうございます」

「なに、大したことじゃないさ。それにしても、あんなのに絡まれるとは、災難だったね」

「ですね。さっさと客席に行っとけばよかったですよ」

「違いない。それはそうと……なかなかいい啖呵だったよ」

「え……あ、その……ありがとうございます……」


 そう言われたのはネメシアで。


「そうね。あなたがあそこまで声を上げるのなんて、私も初めて見たわ。ネメシア、やるじゃない」

「だって……本当に許せなかったから……」


 さっきのアレはどこへやら。そこに居たのは、俺が()()()と勝手に思っているネメシアだった。


「はは、さっきの威勢のよさはどこに行ったんだかねぇ」

「す、すみません……」

「いや、別に責めてるわけじゃないんだけど……。まあいいか。とりあえず、2回戦突破おめでとう」

「はい。ありがとうございます」

「さて、もうすぐ次の試合が始まるけど、当然見て行くんだろう?」

「ええ」


 それはそうだろう。決勝の相手が決まるわけだし。


「じゃあ、しっかり観戦しておくんだよ」




 そしてドナ支部長と別れて客席へ。


 俺たち5人。クソ次男が負けますように――無様であればなおよし――と心をひとつに願っていたんだけど……


『勝者、第一支部代表!』


 その願いは叶わず。1回戦とほぼ同じ流れ――ワンパターンとも言えそうだが――で、クソ次男チームは勝利してくれやがっていた。




 その後、勝利の報告と明日のことを話し合うためにやってきた第七支部。そこには意外な顔があった。


「あれ?エルナさん?」


 受付でセルフィナさんと話をしていたのは、朝にも言葉を交わしたエルナさん。


「あら、アズール君じゃない」

「どうもです。支部に来るのって珍しいですね」


 少なくとも、俺は一度もここでは見たことがない。


「そうね。前に来たのは……いつだったか忘れちゃったわね」

「もしかして、依頼をしに来たとかですか?」


 何はともあれ、連盟員以外がここに来る理由として真っ先に浮かぶのはそんなところ。


「ええ。そうなんだけれど……」


 困ったようにため息。向かいに座るセルフィナさんも同じように困り顔で。


「どんな依頼なんです?俺で受けられるようなら受けますけど」

「アズールさんであれば、受けること自体には何の問題も無い依頼ではあるんですけど……。これが詳細です」


 見せてくれるのは、これからボードに貼るところだったであろう依頼書。


「えっと……」


 内容は、早い話が荷物運び。パン屋で使う小麦粉が入荷するので、それを倉庫に運び入れてほしいというもの。


「運送の都合もあるので、どうしても明日でなければならないんです。けれど、今は皆さん全員が出払っていまして……。明日の夕方には全員が戻る予定なんですけど」

「いつもお願いしている人が風邪で寝込んじゃったのよ」

「なるほど」


 それで途方に暮れていたというわけだ。


 付け加えるのなら、ラッツ、バート、アピス、ネメシアの4人にだって頼みづらいだろう。なにせ明後日には試合が控えているわけだし。


 先輩たちが揃いも揃って不在というのも間が悪い……わけではないな、多分。


 推測だけど、ラッツたちの試合を見るために合間を利用して依頼を片付けているんだろう。本当に頭が下がるところだ。


 けど、そういうことなら……


「その依頼書、詳しく見せてもらえます?」

「ええ。どうぞ」


 受け取った依頼書に目を通す。幸いにも、荷物の到着時刻や正確な量なども記載されていた。その上で考えるに……これは行けるな。


 そう判断する。


「この依頼、俺が受けますよ。これくらいでしたら、俺ひとりでもどうにかできそうですし」

「でも、アズール君は明後日が試合なんでしょう?あまり疲れを残すのもよくないと思うんだけれど」

「そこはご心配なく」


 腐れ縁共を見ればすでに察していたらしく、苦笑を見せつつ頷いてくる。


「こいつらが全員無事で決勝進出を決めた以上、補欠の俺には100%出番は有りませんから。多少疲れを引きずったところで問題無いんですよ」

「……アズールらしいわよね」

「うん」


 アピスとネメシアも同じく理解してくれたようで、呆れの色はあっても反対する様子は無くて。


「そんなわけですので」


 日頃からエルナさんにも世話になっている身の上。困っているなら力になりたいというのもあるんだけど、そこは口に出す必要も無いだろう。


「それなら、お願いできるかしら?」

「はい」

「わかりました。それでは、そのように処理しておきますね」


 そして話は成立。


「じゃあ、明日はいつもの時間に来てもらえる?詳しいことはそれから話すわね」

「了解です」




「そんなわけなんでな。悪いけど、明日の作戦会議には出れそうもない」

「そういう事情なら仕方ないよな」

「ああ。明後日が試合じゃなかったら俺が受けてたところだし」


 腐れ縁共は相変わらず話が早い。


「結構な重労働のようだけれど、アズールもあまり無理しないでね。腰は大切よ?」

「もし痛めちゃったらその時は遠慮なく言ってね。治してあげるから」


 そしてその相方たちは、そんな気遣いをしてくれる。


「あいよ。そうならないように用心はするけどな」


 補欠には補欠なりに、やれることもある。コイツらが気兼ねなく決勝に臨めるようにすること。それが、俺の最後の役目ってところなんだろう。




 この時の俺は、そんな呑気なことを考えていた。

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