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人並み程度の野心や英雄願望を持って虹追い人を志した身の上

「さて、まずは聞きたいことなんだけど……」


 込み入った話になるからということで場所を支部長の執務室に移し、勧められた椅子に腰を下ろすと、支部長はそう切り出してくる。


「さっきも聞いたけど、あんたはハディオの出身なんだよね?」

「ええ」


 そのことは、心色取得を申請した書類にも書いた。であれば、当然支部長は知っているはず、なんだが……


「じゃあ、あんたの師匠とやらは?もしかして同じハディオの生まれなんじゃ……」

「そう聞いています」

「やっぱりかい……」

「支部長?」


 深々とため息を吐き出す。その様子はまるで……


「もしかして、ご存じですか?」

「多分ね」


 浮かんだ疑問へは、肯定めいたものを返してくる。


「あんたの師匠ってのは、心色を持たない身でありながら藍にまで登り詰めた男じゃないかい?獲物は錫杖と見せかけた仕込み杖。ふたつ名は色無しのザグジア」


 連盟員証は一度とて見せてくれたことが無く、どうにか見てやろうとしての試みは全て返り討ちだったのでランクは知らない。また、師匠自身が心色を持たないと公言し、事実として一度も見せてもらったことはなかった。そして、支部長が言ったように名はザグジアであり、得物も支部長が言った通り。まあ、色無しというふたつ名は初耳だったけど。


「って、藍!?」


 たしかに師匠は恐ろしく強かったが、それはあくまでもヒヨッコですらなかった俺たちから見てのこと。それでも、他の特徴が見事に一致しているあたり、同名の別人とは思えないんだが……


 藍というのは虹追い人としてはかなりの高位。相当に名は知られていたのだろうし、支部長が噂くらいは耳にしていても不思議じゃない。


 いや、けど……


 疑問も沸いてくる。悪ガキから足を洗った上でなお思うが、ハディオというのは、辺鄙で退屈な田舎村。師匠――藍の故郷だということが広く知られていたのなら、訪ねて来る虹追い人くらいはいてもおかしくはなかったはず。


 だとしたら……


「支部長と師匠、お知り合いだったんですか?」


 結論はそうなる。


「ああ。若い頃はコンビを組んでたのさ。そして、付き合ってもいた」

「…………でええええええええっ!?」

「なんだい急に。大声出したりして……」

「いや、だって……」


 とんでもないフレーズが聞こえた気がしたぞ。たしかそれは……


「つ、付き合うって……その……つまり……そういうことですよね?」

「……あんたがなにを思い浮かべたのかは知らないけど。そうさね……夜、ベッド、裸。まあこんな話になるね」

「そ、それは……」


 そっち方面に俺が持っている知識は微々たるものだが、その先は知らない。


「なんだいなんだい?ザグジアの奴、そのあたりは教えなかったのかい?」

「ええ全く」

「ったく、これくらいで顔真っ赤にして……乙女かいあんたは?」

「そう言われましても……」


 思えばここ5年ほどは師匠の下で修行に明け暮れていたこともあり、その外側に関しては疎い。本当に漠然としてしか、俺は知らないんだ。


「……こりゃ深刻だね。念のため聞くけど、他のふたり。ラッツ、バートも似たり寄ったりなのかい?」

「恐らくは。アイツらも俺と同じく師事していましたから」

「わかったよ。そっちに関しては、あたしの方で教育できる人間を手配するとしようかね」

「いや、そこまでしてもらうわけには……」

「黙りな」


 睨まれた。殺気とかプレッシャーとかいうモノなのか、背筋が冷え、声も出せなくなる。


「これは一般常識だからね?言っとくけど、あんたらに拒否権は無いよ。他のふたりにもそう伝えておきな」

「わ、わかりました……」


 まあ、観念するしかないのか。


「さて、話が逸れたね。何の話をしてたんだっけ?」


 えーとたしか……


「支部長と師匠が昔コンビを組んでたとか」

「ああ、そうそう。あの頃は本当に楽しかったねぇ」


 そう言って目を細める……のはまだいいんだが、支部長の年齢で頬を染められてもこっちが困る。まあ、師匠とはさほど年が離れているようにも見えないし、当時は似合いだったんだろう。……多分。


 それはともかくとして、師匠自身、自分の過去についてはロクに語らなかった。だから当然、支部長とのあれこれも知らないわけだが、ハディオにやって来た時の師匠はひとりきりで、女性の影も無かったように思えるんだが。


「ま、いろいろあって喧嘩別れしてそれっきりさね。まさかこんな形でザグジアの軌跡を見ることになろうとはねぇ……」


 どうやらそういった次第だったらしい。


「俺も、こんな形で師匠の過去に触れるとは思いませんでしたよ」


 意外なところで意外な縁があったものだ。


「ザグジアの奴は今もハディオに居るのかい?」

「ええ。余生は静かに過ごしたい、と」


 まあ、どこぞの悪ガキ共のせいで5年ほど先送りにさせてしまったわけだが。


「……そうかい。今度手紙でも書いてみようかねぇ。っと、あたしが聞きたかったのはこれくらいだね。ありがとうね。おかげで、懐かしい気持ちになれたよ」

「いえ、俺としても師匠のことを知れたのは嬉しかったですし」


 特に驚きだったのは、師匠が藍だったということ。もっとも、本人はランク制の利便性は認めつつも、ランク制を毛嫌いしていた風でもあったんだが。


「はは。機会があったら、他にもいろいろと話してやるよ。もちろん、他のふたりにもね」

「それは楽しみです」

「さて、それじゃあ次の話題に移ろうか」

「はい」


 この話はここでひとまず切り上げ。たしかもうひとつ。支部長が俺に伝えることというのがあったはずだ。


「あんたに伝えたいのは、あんたの心色、虹色泥団子についてだ」

「はい」


 とはいえ、なにかあるんだろうか?先ほど支部長に見せた以上のことなど、あるとも思えないんだが。


「昨日、ここに登録をしてもらったわけだが……」


 指を差すのは机の上にある鏡。なんでもコレは、世界中にある連盟支部と情報を共有しているのだとか。


「あたしの権限でなら、ここに登録されている過去1500年に存在したすべての心色持ちについて見ることができる」

「はい」


 この魔具が開発されたのが1500年ほど前ということも知識としては持っている。その時代を生き、伝説的な存在として語られる虹追い人。『虹剣のクラウリア』の功績というのも、有名な話だ。


「心色と言ってもピンからキリまであるけど、発現する頻度の高いものがあれば発現する頻度の低いものもある。そして基本的には、希少な心色ほど強力という傾向がある。まあ、あたしとしては、心色の種類だけを絶対視しすぎるのはどうかとも思うけどね」

「はい」


 それも知っている。最たるものが複合型。『炎』のみを扱える心色と、『炎』と『風』の両方を扱える心色。後者の方が強力と考えるのは、決しておかしなことではないはずだ。無論、それが全てではないという点にも動意はできるが。事実として、師匠などは心色無しで藍まで行ったらしいくらいなんだし。


「最近だと4種の複合、光闇風弓ってのがあったね」

「ラッツの心色ですね」

「ああ。アレはたしかに希少。だけど、4種の複合であればこの王都にも他にいないわけじゃないし、他の大陸には同じ心色の使い手も存在している。と、まあそんな具合なんだけどね、他に使い手が存在していない。唯一無二の心色というのも、ふたつだけあるんだ」

「ふたつ、ですか?」


 ひとつは知っている。


「クラウリアの『虹剣』は有名ですけど。もうひとつは……ってまさか!?」


 思い至る。俺の心色、虹色泥団子に関してと、支部長は切り出したんじゃなかったか?


「その様子だと、気付いたみたいだね。そう、あんたの虹色泥団子さ。偶然なのかはわからないけど、どちらも同じ『虹』の名を冠しているあたりも、あたしは引っかかってる」


 たしかに、泥団子という部分があまりにあまりなせいで気付けずにいたが、言われてみればそんな共通点もある。


 俺の心色が……?


 そして、虹色泥団子というのは唯一無二とのこと。希少であればあるほどに強力という傾向があり、さらにはクラウリアと同じく“虹”を冠している……?


 じゃあ……もしかしたら俺は……?


 気が付けば、鼓動がやかましく、全身も熱い。どうしようもないと思っていた俺の心色が……?


 いや待て!落ち着け!舞い上がるな!


 浮かれかける部分を切り離し、思考を冷ます。


 仮に、百歩譲って、何かの間違いで、この心色にそんな可能性があったとしても、今の俺は虹追い人としてはヒヨッコ以下だ。それを忘れるな!思い上がった虹追い人の末路がどんなものかは、師匠からも散々聞かされてきただろう?間違っても、自分がクラウリアと同格だなんてことは考えるな!いいか?絶対にだぞ!


「ふぅぅぅぅぅぅ……」


 いつの間にか呼吸も止めてしまっていたのか、気が付けば、大きく息を吐き出していた。それでも、思考を落ち着かせることはできた……と思いたい。


「……俺の心色がクラウリア並みに希少なのは事実なんですよね?」


 問いかける声は、発していてわかる程度には震えていた。少しでも気を抜いたら、浮ついた感情に流されかねない。


「それは間違いないね。これまでに登録された中で、虹色泥団子って心色を持つのはあんたひとりだ」


 そこは確定ってわけか。だがまあ、確定してるのはそれだけとも言えるのか。


 そう思い至って、ようやく気分が落ち着きを取り戻し始める。


 というか、いきなり妙なことを聞かされたせいで動揺していただけじゃなかろうか?


 俺だって、人並み程度の野心や英雄願望を持って虹追い人を志した身の上。クラウリアへの憧れがあれば、クラウリアに並びたいという求めだって持ち合わせてはいる。


 けれど、どこまでクラウリアに近づけたのかを考えるのは、師匠のように一線を退く時にでも遅くない。ならば今は、一歩一歩確実に、足元を踏み固めていくべきだ。


 ったく、なにを考えてたんだかな。そんな当然すら見失いかけるあたり、やはり俺はまだまだ未熟極まりないってことか。そう再認識できてよかったぞ。


「差し当たっては、俺の心色が珍しいということだけ、頭の片隅に置くことにします。……って、どうしました?」


 俺なりに考え抜いて出した結論を伝えると、なぜか支部長は笑みを浮かべていた。それも、ひどく嬉しそうに。あるいはおかしそうに。


「いやね……。ザグジアの奴が、立派に師匠をやってたんだねぇって思ったら、なんだか笑えてきてね」


 はて……?


 なんでこの流れでそうなるのやら?まあ師匠を尊敬する俺としては、そんな風に言われて嬉しくも思うんだが。


「……その様子だと気づいてないみたいだね。駆け出しの虹追い人ってのはね、こんな話を聞かされたら、少なからず増長するものなのさ。謙虚そうだったのに、複合型の心色を得た途端に威張り散らす手合いだって、珍しくはないんだ。それだけ、心色ってのは大きな意味を持っている」

「けど、結局は使い手次第ですよね?爆睡してるところに肋骨の隙間へナイフを通してやれば、子供だって紫に勝てるわけですし」


 この例えも師匠の受け売りではあるんだけど。


「まして俺は、まだ虹追い人としては何ひとつやっていないわけですし。そんな中で増長ってのはさすがにマズいでしょう。まあ、浮かれかけたあたりは要反省ですけど」

「だからその発想をできるあたりが駆け出しらしくないってのさ。あんた……いや、ラッツたちもだね。ザグジアの影響を強く受けてるってのはわかるけど、どんな鍛えられ方をしたら、そんな精神性の駆け出しが育つのかと思ってね」

「……まあ、腐った性根を叩き直された、ということでしょうかね」

「そうかい。さて、なんでこんな話をしたのかというとだね」

「言われてみれば……」


 たしかに、そんな疑問も湧いてくる。そんな輩が滅多矢鱈にいるとは思えないが――やらかしかけた俺が言うのもアレな話だけど――増長を誘発しかねないのだと、当の支部長が言っていたはずだが。


「支部長クラスの権限があれば、世界中にどんな心色持ちがいるのかを知ることができるんだ」

「ええ」


 それは先ほども聞いたこと。


「そして、心色の希少さそのものに重きを置く。そういう手合いも、決して少なくはないのさ。心色至上主義、なんてのを掲げているような支部だってあるんだ」


 それはつまり……


「……引き抜きですか?」

「ま、そういうことさね。もちろん、ラッツ、バートも例外じゃない。むしろわかりやすく3種や4種の複合型な分、そっちの方が狙われるかもしれないね。ウチは、去る者追わずで来る者拒まずだ。自分の意思で余所に移りたいっていうのなら、素直に送り出すけどね」

「……いろいろ裏事情があるんですね」

「残念なことにねぇ……」


 深いため息。「いろいろある」と言うよりも支部長的には「いろいろあった」なんだろう。多分、俺なんかには想像もつかないような厄介ごとが。


「ま、そんなわけでね。強引な勧誘くらいならまだ可愛いもんさ。酷い話になると、魔獣とやりあってる最中に闇討ちして、助けたところを恩に着せて、なんてのもあるから」

「酷いですね、それ」


 本当にどうしようもない。悪ガキ時代の俺でも、さすがにそこまではやらんぞ。


「だからさ、勧誘を受けたりしたらすぐに言っとくれよ。移籍を望むなら手続きするし。迷いがあるようなら、期間限定で別の支部に行ってみてもいい。その上で出した結論は尊重するよ」

「……随分理解があるんですね」


 普通ならば、複合持ちなどは自分のところに留めようとしそうなところだが。


「言っただろ?去る者追わずで来る者拒まずって。変なちょっかいかけられるよりはずっとマシさね」

「なるほど」


 まだ2日の付き合いではあるが、この人らしい考え方と思えた。まあそれでも、


「現時点では、ですけど……俺はこの支部に来れてよかったと思いますよ」


 セルフィナさん、シアンさん、ソアムさん、支部長。まともに言葉を交わしたのはこの4人だけだが、4人とも素直に敬意を抱けるような方だと思う。


「はは。たった2日で言うじゃないか?」

「ごもっともで。ここを勧めてくれた師匠には感謝してますけど」

「なんだい、ウチを勧めたのはザグジアだったのかい」

「ええ。『移籍に関しては比較的緩いからな。とりあえず最初はここにしとけ』とのことでしたけど」


 たしかに、支部長の考え方とも一致している。もっとも、この2日間を思うに、それだけではないようにも思えて来るけど。


「ったく、ザグジアめ……。あたしの前にはあれから一度も顔見せなかったってのに、この支部のこと調べてやがったね……。今度殴りに行ってやろうかねぇ……」


 そんな風に指をパキパキと鳴らす支部長は、実にいい笑顔をしていた。それはもう、見ていて背筋が凍りそうになるくらいには。そして、


 出かける前にションベンを済ませておいてよかったぞ。


 そんな風に思えるくらいには。

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