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試合に出ることのない俺なら、多少へばってても問題無いだろうし

「おはよ、アズ君。話は聞いてるよ。1回戦突破、おめでとう」

「ああ。ありがとうな。お前の助言も役に立ったよ」

「……助言?」

「……忘れたのかよ!?アイツら、本番直前になって緊張してきててな」

「ああ、そのことね。でも、無事に勝てたってことはさ、君が上手くフォローできてたってことかな?」

「上手く、と言える自信は無いけどな。結果的には、肩の力抜いて試合に臨めてたと思う」

「なら十分だよ。結果良ければなんとやら、ってね。ちなみにどうやってリラックスさせたの?もしかして、全裸になって鼻でニンジン食べたとか!?私としては、食べ物を粗末にするのは良くないと思うんだけど……」

「アホかお前は……」


 初戦を終えた翌朝。今日も今日とて、いつものようにクーラとの雑談に興じていた。


「まあ、食い物のおかげではあるんだがな。……っと、そうだ!」


 クーラのほざくたわ言はどうでもいいとして、食い物で思い出したことがある。


「この後なんだけど、少しでいいからエルナさんと話したいんだけど、大丈夫そうか?」

「……この後は無理かな。午前中は用事があるからって、もう出かけちゃってるの」

「そうか……」

「急ぎの用事?」

「いや、急ぎではない。昨日持たせてくれたカツサンドの礼を言いたかったんだよ」


 勝敗に直結したのかはわからない。それでも、アイツらが落ち着いて試合に臨めたのは、あの差し入れによる部分も小さくないと思っている。


「ああ、そのことね。たしかに急ぐ必要無さそうだし、明日でもいいんじゃないかな。なんだったら、私の方からエルナさんに伝えておくけど?」

「そうだな……。明日会えそうか、聞いてもらえるか?」


 エルナさんだったら「そんなこと気にしなくていいのに」とでも言いそうではある。それでも、俺の心情としては礼を言いたいわけで。


「任せてよ。それで、明日が2回戦なんだっけ?」

「ああ。今日一日はしっかり休んでおけってことなんだろうな」


 ちなみにだが、2回戦と決勝の間にも一日空いている。まだ日が浅くコンディション管理も未熟な新人への気遣いでもあるんだろうと、俺は勝手に思っている。


「まあ、午後からは支部に集まって明日の作戦会議だけどな」

「うんうん。備えは大事だよね。相手だって君たちの試合見て対策立ててくるだろうし、さすがに無策で臨むのは阿呆のすることだよ」

「辛辣だな、お前……」


 それでも、相変わらずに理解がある奴だとも思うが。


「じゃあ午前中はどうするの?」

「タマ狩りにでも行こうと思ってる。なんだかんだ言っても、数時間で帰って来れるところに魔獣生息域があるってのは便利でもあるんだよなぁ。仮に外に出てきても、危険度の低い魔獣だし」

「だよねぇ……。というかさ、どこの大陸でもそんな感じだけど、そこらへんのリスクを考えて、強い魔獣が近くに居ないところに造るものだからね、大きな街って。逆に、強い魔獣を狩るための拠点って意味合いの街もあることはあるんだけど、そういうところはあんまり規模は大きくならないし」

「そうなのか?」


 まあ、言われてみれば納得できる話ではあるんだが……


「うん、そういうもの。たしかアレは……900年くらい前のグルドア大陸だったかな?強い魔獣の生息域近くに王都を移そうとした例もあるにはあるんだけど、建設中に襲撃受けて酷いことになっちゃってさ。そのせいで当時はお茶の流通にも滞りが出ちゃっててねぇ……」

「ホントに詳しいなお前は……。けど、実際に見てきたように言ってしまうのはどうかと思うぞ?」

「あ……!?」


 しまった!?と言いたげな顔。この前にもあったが、14歳前後に特有のアレなんだろう。だから追及はしないでおいてやる。


「そ、それはそうとさ、この後って、少しでいいから時間取れないかな?」

「用向き次第ではあるけど、何かあるのか?」


 そんなあからさまな話題逸らしにも乗ってやる。


「うん。もしよかったら、お隣さんに顔出してもらえないかなって」

「なんでだ?」


 お隣、というのは、このパン屋の隣にある魔具屋のことだろう。それ自体は別に構わないんだが。


「実は昨日の夕方にさ、ルカス君がペルーサちゃんと一緒にお客さんとして来てくれてね、その時に言ってたの。ようやく認めてもらえる木剣ができたから、アズ君に見せたいって。……君ってさ、アズールのダンナ、なんて呼ばれてるんだね」

「……ルカスが勝手にな。そうか。ようやく認めてもらえたんだな」


 あの子が努力を続けてきたことは俺も知っていた。俺の呼び名はどうでもいいとして、そういうことならば祝いのひとつも伝えたいところ。


「教えてくれてありがとうな。この後さっそく行ってくるよ」

「そうしてあげて。すっごく嬉しそうでさ、本気で君に感謝してる風だったから」

「まあ、俺はほとんど何もやってないんだけどな」


 せいぜいが、気晴らしにと話し相手をやったくらいなんだし。


「それでもだよ。感謝する方とされる方で温度差が……。ってのはよくある話だけど、素直に感謝できる相手が居るのはさ、幸せなことだと思うの」

「……そういうものかね?」

「そういうもの。だからさ、君は気分よく感謝されてあげること。わかった?」

「あいよ……っと、時間か」

「だね。……いらっしゃい」


 そうしていつものように、俺の一日が始まる。




「どうもです」


 昼飯を調達した後に向かうのは、すぐ隣の魔具屋。


「よう、坊主。ルカスに会いに来たのか?」

「ええ」


 すでに顔見知りとなっていた店主さんは顔を見るなり、用向きを察してくれる。


「クーラ――お隣のアルバイトから聞きましてね」

「あのお嬢ちゃんか。気立てのいい娘だよな。ひょっとして、坊主とは恋仲だったりするのか?」

「まさか。俺なんぞには釣り合いませんって。それはそれと、ルカスは居ますか?」

「おう。奥の工房に居るから、会ってやってくれよ」

「了解です」




「ダンナ!来てくれたのか!」

「おう。店主さんが認めるだけの木剣ができたんだってな」

「ああ。コイツを見てくれよ」


 工房に入れば、そこに居たのは、木の棒に向かって何やらの作業をしていたルカス。けれどすぐに俺に気付くと、傍らにあった木剣を手に、上機嫌で駆けよってくる。


「握らせてもらってもいいか?」

「もちろんだぜ」


 そうして受け取った木剣を振るってみる。


 なるほど。たしかに違うもんだな……


 先日に感じたのは、手に馴染まないというもの。


 けれど今は、実にしっくりと来る感じがする。


 この差がどこから来るのかは俺にはわからないが、これならば過去に握ったことのある――一人前であろう魔具職人による木剣と比べても遜色ないだろう。


「やるじゃないか」

「へへっ。まあな」


 だから素直に称賛すれば、得意気に鼻をこする。


 まあ、魔具職人の道を進む上では、きっと今後も壁はあることだろうけど、今くらいはな。


「あ!アズールおにいちゃんだ!」

「よう、ペルーサ」


 そんなやり取りを聞き付けでもしたのか、妹の方もやってくる。


「きてくれたの?」

「ああ。クーラの奴に、ルカスが木剣を完成させたって聞いてな」

「そうなんだぁ」

「クーラの奴が伝えてくれたのか」

「……おい」


 サラッとクーラを呼び捨てにした点が少しだけ引っかかった。


 ルカスもクーラとはそれなりに親しいのかもしれないけど、ある程度は年上の相手。


「お前がクーラを呼び捨てるのはどうかと思うんだがな」


 だからそこが気にもなってしまうわけで。


「そうだよ!クーラおねえちゃんだよ!」


 ペルーサも同意する。まあ、この子はクーラに懐いてるようだったし、当然なのかもしれないけど。


「け、けど……そんな呼び方は軟弱だし……。他に何て呼べばいいのかわからなくて……」


 そうすればルカスは、歯切れ悪く言う。


「……そういうことか」


 少なくとも、ルカスがクーラを見下してるとかでなかったことには安堵。


「だったら……」


 少し考えて、よさげなものが記憶に中に見つかった。


「クーラの姉御、なんてのはどうだ?」

「……姉御?」

「ああ。前に知り合った虹追い人のことなんだけどな」


 あれもまた、師匠に連れられての旅暮らしの中で。


「同じチームで年上の女性をそう呼んでいる人が居たんだ」


 これならば、一定の敬意を込めつつも、背伸びしたい年頃にはうってつけだと思う。


「クーラの姉御か……。悪くないな。よし!早速使わせてもらうぜ!」

「ああ。ぜひそうしてくれ」

「……わたしはクーラおねえちゃんのほうがいい」

「もちろんそれでも構わないさ」

「ホント?」

「ああ。本当だよ」


 ペルーサに「クーラおねえちゃん」と呼ばれているアイツは少しも不快そうではなくて、むしろ嬉しそうだったと、俺は認識している。


「じゃあそうする!」

「ところでさ、ダンナ。少し頼みたいことがあるんだけど」

「なんだ?言うだけは言ってみるといい」

「この前の『虹剣』なんだけど、また見せてもらえないか?」

「あ!わたしもみたい!」

「お安い御用だ。使うのは、コレでいいか?」


 ルカスが完成させた木剣がちょうどよく手元にあるんだが。


「いや、こっちで頼むよ」


 代わりにと渡してくるのは、さっきまで作業をしていた木の棒。作りかけの新しい木剣といったところか。


「……そうだな。せっかくだし、俺の新技を披露しようか」


 ふと、そんなことを思い付いた。ちょっとした余興としては悪くないだろう。


「新技?」

「ああ。俺だって、あれから少しは成長しているってことだ。ルカスはその木剣を持って、じっとしててもらえるか?」

「わかった」


 さて……


 早速始める。まず手のひらに出すのは、いつもの泥団子。


 動け!


「な、なに!?」

「ええっ!?」


 ふよふよと浮かび上がった泥団子に、兄妹揃って驚きの声を上げる。


「大丈夫だ。そのまま動かないでくれ」

「う、うん」


 よし!このままで……


 使っているのは『遠隔操作』。あれから折を見ては練習やイメージトレーニングを繰り返した結果、それなりには動かせるようになっていた。速度面がほとんど改善していないあたり、実戦では使い物になりそうもないという部分は変わらないんだけど。


 ともあれ、泥団子は刺されるようにして、木の棒を泥まみれにする。これだけでは泥の量が足りないので、さらにふたつほど追加。


 あとは……


 このままではデコボコで不格好。だから押し固めるように『遠隔操作』を使い、表面を整えて、


 発光!


 仕上げにそう念じてやれば、


 一切触れることなく、虹剣モドキの完成というわけだ。


 ……結構キツイな。


 とはいえ、まだ習熟度は極めて低いってことか。これだけでも額に汗が浮かぶ。小さくない疲労感もあった。


「すっげぇ……」

「すごいすごい!」


 まあそれでも、この兄妹が喜んでくれてるあたり、やってよかったとも思うが。


「ねえ、おにいちゃん。わたしにもやって!」


 と、そこへ追加注文がやってくる。


 まいったなこれは……


 結構疲れはしたんだけど、キラキラと目を輝かせるペルーサを見ていると、無理ですとは言いづらい。


 まあ、これも訓練と割り切るか。


「よし。じゃあ、ペルーサはコレを持っててくれ」

「みじかいよ?」


 手渡したのは愛用の短鉄棒。たしかに短くはあるんだけど……


「大丈夫だ。コレでも作れるから」

「そうなの?」

「ああ。ってわけで、始めるぞ」

「うん!」


 そうして再びの虹剣モドキ作成に取り掛かる。さっきは木剣を中心にしたわけだが、いつの日にか実戦で使えるようにということで、短鉄棒を使ったやり方も練習は重ねていた。というかむしろそっちを中心にだったか。


 ともあれ、やること自体は大して変わらない。短鉄棒の先から刀身を伸ばすイメージで泥団子をくっ付け、最後に形を整えてやるだけ。


「……完成だ」

「うわぁ……。すごい……」


 そうすれば、ルカスが手にしたそれとほとんど同じような虹剣モドキがペルーサの手にも。


「よし!ペルーサ、勝負だ!」

「うんっ!」

「……ちょ、待て!?」


 興奮した兄妹はそんなノリで打ち合いを始めるんだけど――


「ああっ!?」


 俺の制止は間に合わず、驚きの声を上げるのはペルーサの方。彼女が手にしていた虹剣モドキは、あっさりとへし折れていた。


「あまり丈夫じゃないんだよ、ソレ」


 これも現状では数多い欠陥のひとつ。強度的には、泥を押し固めた程度でしかないわけで。ほとんど木の棒なルカスのそれと打ち合えば、一瞬でポッキリというわけだ。


「ごめんなさい……」

「いや、謝ることでもないんだけど……」


 しょうがねぇなぁ……


 素直な娘がしょんぼりとしている様は見ていて辛い。


「すぐに作り直してやるからさ」


 だから俺は、気付けばそう口にしていた。


 まあ、これも鍛錬ってことにしておくか。試合に出ることのない俺なら、多少へばってても問題無いだろうし。


 結局のところ、そんな理由で5回は作り直し、支部へと向かう頃にはすっかりと疲労困憊になってしまっていた。

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