健全な考えじゃないということはわかっているつもり
「まいったな……」
ドナ支部長と別れて観客席にやって来た俺たち5人は、途方に暮れていた。
何故かと言えばそれは、
「まとまった空き場所が見当たらないとはなぁ……」
それなりには客が入っていたため。ところどころに空いた場所はあるんだけど、5人分をまとめてというのが見つからない。
「どうする?いっそバラバラでも――」
「おーい!君たち!」
そんな算段を立てていたところにかけられた声。
「キオスさん!」
手を振っていたのは先輩のひとりだった。
「さっきの試合、見ていたよ。まずは初戦突破、おめでとう」
「ありがとうございます」
「キオスさんに教わった蹴り技、さっそく役に立ちました!」
「はは、そのようだね。なかなかに的確な使いどころだったと思うよ」
「はい!」
ネメシアなどは、あのハイキックが決まったことがよほど嬉しかったらしい。どちらかといえばおとなしい雰囲気のネメシアが蹴りを入れて来るとは、受けた方は魂消たんじゃないかとも思うんだけど。
「それはそうと、次の試合を見に来たんだろう?よかったら一緒にどうかな?」
そう示す隣には結構な空き場所。俺たちに否があるはずもなかった。
『それでは1回戦第二試合……開始!』
程なくして始まった第二試合。
第三支部の斧使いが豪快な一撃で対峙していた槍使いを打ち倒せば、
その隙を突いて打ち込まれた雷撃が斧使いを昏倒させ、
負けじとばかりに第三支部の短剣使いが仕掛ける払い抜けで後衛の雷使いを行動不能に追い込み、
深手を負った第四支部の鉤爪使いが捨て身の特攻で光使いと短剣使いを道連れに。
そんな一進一退の相を呈していた試合は、第三支部の氷剣使い対第四支部の炎剣使いによるリーダー同士の一騎打ちへともつれ込む。
「ふむ……。アズール君」
「あ、はい」
そんな中でキオスさんに名を呼ばれ、
「君はこの試合の行方、どう見るかな?」
「え?それは……」
こうしている間にも続く剣戟。けれど、徐々に均衡は崩れているように見えた。猛攻を仕掛ける炎剣使いに対して、氷剣使いの方は防戦一方。
「炎剣使いの勝ち、だと思います」
「なるほど。じゃあ、バート君は?」
「俺もアズと同意見です」
「アピスちゃんは?」
「同じくです」
そして、ラッツとネメシアも同じ考え。
「キオスさんはどう思うんです?」
逆に問いを返せば、
「そうだね……。氷剣使いの両手に注目してみようか」
なにやら意味深なことを。
そうこうするうちに勝負は大きく動く。
氷剣使いが得物を跳ね飛ばされ、態勢も崩された。いくら心色でも、一度消して新たに出すにはわずかながらの空白が生まれてしまう。そこに炎剣使いが仕掛けるのは大上段からの振り下ろし。
そして――
「あっ!?」
驚きの声を引き出したのは、そこで氷剣使いが見せた動き。
炎をまとう剣の横っ腹目掛けて、左の裏拳を叩きつけた。
手を焼かれることになったとはいえ、そうなれば当然炎剣は空を切る。
その隙に氷剣使いは得物を出すのではなくて、右拳を繰り出すことで反撃までの空白をゼロに。
決め手となったのは、その一瞬。鋭い氷におおわれて剣のようになった右が炎剣使いの腹に突き刺さり、倒れ伏す。
『勝者、第三支部代表!』
そこで決着。勝ち名乗りが上げられた。
「……こうなることが分かってたんですか?」
結果的にはキオスさんの言った通りに、氷剣使いの両手が決め手となったわけだが。
「いや、わかってはいなかったよ」
これまた含みのある口ぶりで。
「ただね、あの氷剣使いの立ち回りや重心、軸の取り方には、体術を絡めた剣技。いわゆる剣体合一っぽい雰囲気があったんだよ。ガドなんかも喧嘩殺法的なノリで使うけど、あの氷剣使いの場合は洗練された型がチラついていたからね。多分、同じ支部の……体術を使う先輩あたりから手ほどきを受けていたんじゃないかな?まあ、そのあたりからの推測だね。当たってくれてよかったよ。おかげで恥をかかずに済んだ」
「そ、そうですかぁ……」
どこかホッとしたようにサラッと言ってのけるキオスさんだけど……
まったくわからなかったぞそんなの!
俺だけなんだろうかと思って横に目をやれば、ラッツたちも唖然とした表情。
『あの5人、全員が王都でも指折りの実力者なんだよ』
脳裏をよぎるのは、先ほどドナ支部長が口にしていたこと。
きっとアレは事実なんだろうなと、素直にそう思わされていた。
「とはいえ、彼にとっては不本意だったのかもしれないね。最後まで使わなかったあたり、できれば温存しておきたかった手札なんじゃないかな?」
「……あ」
そういう考え方もあるわけだ。
「次の相手に見せてしまった。ってことですね?」
「正解。君たちが知ってしまった以上、2回戦では隠し玉にはなり得ないというわけさ。もちろん、出し惜しみをして負けてしまうよりはマシではあるんだろうけどね」
「なるほど……」
この手の大会では、そんな駆け引きもあるわけか。
「他にもいくつか奥の手が見え隠れしていたようだけど、さすがにそれを言ってしまうのはフェアじゃないだろうから、内緒にさせてもらうよ」
「はは……」
隣のラッツなどは、乾いた笑いを浮かべていた。本当にこの人にはどこまで見えているのやら……
「まあそれでもアドバイスをするなら、次の相手はかなりの強敵だね。あのリーダー以外もそう。隙を見逃さず、ためらい無く押し込んでくる。そんな思い切りの良さは、相手にしてみれば怖いものさ。そこから一気に崩されることだってあり得るだろうね」
「は、はい」
リーダーの氷剣使いが見せたアレばかりが印象に残ってしまったけど、たしかにそのあたりも要警戒ってことか。目線が違い過ぎるな……
「さて、小難しい話はこれくらいにしておこう。次の試合は午後からだけど、よかったら一緒にお昼でもどうだい?この近くにいい店を見つけたんだ。初戦突破のお祝い代わりにオゴらせてもらうよ」
「「「「「ぜひ!」」」」」
息の合った即答。キオスさんの勧めとなれば、否応にも期待は高まる。昼飯用にと買ったパンは、晩飯にすればいいだろう。
オゴるという申し出を遠慮無く受けることができたのは、多分俺たちの成長だったんだろうと思うことにする。
『勝者、第五支部代表!』
そうして迎えた午後の部。依頼でこれから明日の夕方まで王都を離れるというキオスさんと別れて観客席に戻って観戦する第三試合は、かなり一方的な展開だった。
勝ち名乗りを受けた第五支部のメンバーは大剣大剣斧斧という重量感溢れる心色揃いで、開幕と同時に一斉突撃、そのまま一気に押し切ってしまっていた。相手の第六支部代表にはそれなりの同情もしてしまったが。
「……なるほど、そういう戦いもあるのね」
「ねぇ、アピス……。あまり滅茶苦茶なことはしないでね?」
第五代表のひとりと同じで斧(正確には地炎斧だが)を使うアピスなどは素直に感嘆もしていたんだけど。ネメシアはなんだか心配げにしているが、同じ重量系武器の使い手ということもあってか、少なからずソアムさんの影響受けてる感があるんだよなぁ……
まあ、もしもの時はバートが手綱を握ればいいだろう。……その時は死ぬ気で頑張ってほしい。
そんな話をするうちに、本日最後の第四試合の時間がやって来て、第八支部代表が入場。そして――
『続いて第一支部代表チームの入場です!』
なにかと因縁のある支部のチームが姿を現す。
「……あの金髪。アレがガユキ・ズビーロよ」
先頭に立って歩くのは、たしかにアピスが嫌そうに言う通りの金髪で、印象通りに無駄に偉そうな面構え。羽織っている橙色のマントはまだいいとして、赤基調の派手な衣服はあまり趣味がよさそうには見えないんだが。そういえば、ユージュ・ズビーロが身に着けていたとおぼしき服(の成れの果て)も、悪趣味な印象があったか。
『前回、前々回の優勝支部であり、過去の優勝回数でも王都最多である第一支部!果たして三連覇を果たすことができるのでしょうか!』
「へぇ……」
初耳ではあったが、そういうこともあるのか。
『所属メンバーは第一試合で圧倒的な強さを見せた第七支部と同じく、全員が複合持ち!さらにリーダーのガユキ・ズビーロ選手は、前々回で他を寄せ付けない強さを見せたジマワ・ズビーロ選手の弟でもあるとのことです!さらに、今大会の出場選手の中でも唯一の緑!その実力はどれほどのものなのか!期待が高まるところです!』
「へぇ……」
そういえばそんな話もあったな。
一応知識としては持っているんだけど、どうにも関心が薄くなってしまう。
『それでは1回戦第四試合……』
そんな紹介も終わったらしい。
っと、今は試合に集中だ。
『開始!』
合図と共に、大地支部の氷風使い3人が一斉に動く。前に手を伸ばして次の瞬間、
「……なんだ!?」
障壁に覆われた舞台のすべてに変化が起きる。
白く細かな何かが勢いよく飛び回るその様はまるで吹雪いているようで。
しかもそれだけじゃない。地面までもがみるみるうちに凍り付いていく。
そして――
ガユキ・ズビーロが駆け出す。風をまとっているんだろう。その勢いは普通に走るそれとは比較にならず、あっという間に第八支部チームの目前へ。
動揺していたところでいきなり距離を潰された第八支部の面々はそれでも対応しようとする素振りを見せて、
速い!?
できたのはそこまでだった。
歩法と同じく剣にも風を乗せていたんだろう。遠目でも追い切るのがやっとの剣閃、瞬く間に全員が斬り伏せられていた。
『しょ、勝者、第一支部代表!』
その結末が衝撃的だったのは俺だけではなかったらしい。勝ち名乗りを上げる解説の声にも、隠し切れない動揺が浮かんでいた。
「……話には聞いていたけれど、想像以上にとんでもないわね、アレ」
その後支部に戻って報告を済ませ、ロビーのテーブルを囲む。明日のことを話し合うつもりでいたわけだが、疲れた口調でアピスが言うのは先ほどのこと。
まあ気持ちはわかる。あまりにも圧倒的なアレは、さすがにインパクトが強すぎた。
「ガユキ・ズビーロ自身も大概だけど、他の……氷風使い3人もかなり厄介そうだったな。アレって、氷と風の合わせ技だろ?」
氷混じりの風を巻き起こす。多分だが、あんな状況では確実に動きは鈍くさせられてしまい、足元が凍るというオマケ付きと来たものだ。
「ああ。周囲の温度を下げるような彩技自体は俺も使えるんだけど、威力は比べ物にならないぞ」
「だろうな……」
バートの言う通りに、効果も小さくはないことだろう。
決着と同時に障壁が解除され、治癒使いと思しき人たちが大慌てで駆け込んできたわけだが、その際に外に溢れた空気は寒いを通り越して痛いと感じるほどだった。
「……多分だけど、あの3人もたくさんの残渣を取り込んでるんだと思う。もちろん、ガユキ・ズビーロはそれ以上に」
「金にモノを言わせてってやつか……」
ラッツのため息には呆れの色が濃い。まあ、俺も同感ではあるんだが。
「剣に固執してるらしいなんて話もあったけど、自分が剣で相手を圧倒するなんて構図を作るために、あんなメンバーを揃えたんだろうな。動きを押さえとけば、より確実にやれるわけ……だ?」
口にするうち、疑問が浮かび上がる。
「そういえば、なんでガユキ・ズビーロ自身はあの吹雪の中で動けてたんだ?」
棒立ちだった氷風使いたちはまだいいとしても、クソ次男の方には動きを鈍らせた様子が無ければ、凍った地面も普通に走れていたように見えたんだが。
「……魔具のおかげじゃないかな?前にしつこく勧誘された時に自慢してたことがあったの。たしかあのマント、炎熱獅子の残渣から作った魔具らしいよ」
「……無茶苦茶だな」
これもラッツに同感だ。炎熱獅子というのも、聞いたことがないわけじゃない。あれは、師匠に連れられての旅暮らしの中でだったか。残渣から作られる魔具は寒さを防ぐ効果があるとのことで、寒冷地の魔獣生息域に向かう際には特に重宝され、数百万ブルグは下らないんだとかなんとか。
どう考えたって、この大会に出るような新人が持っていいようなものじゃない。
「身に着けていたブーツも同じくだったわね。たしか……剣爪山猫の残渣から作った魔具だったかしら?」
「……それ、露店で見たことあるぞ。たしか、急斜面とか氷の上でもスイスイ歩けるって聞いた記憶があるわ。ちなみにお値段300万ブルグだった」
あれはクーラと散策をしていた時のことだった。その値段に魂消たこともあり、はっきりと覚えていた。まあ、クーラの奴デザインの方に強い関心を見せていたりもしたんだが。
「……つまりあれか?猛吹雪と凍らせた地面で相手の動きを阻害しつつ、自分はその影響を受けない。その上で猛スピードで突っ込んできて、高速で斬りまくってくる、と?」
「……でしょうね。さらに付け加えるなら、それ以外にも複数の魔具を身に着けている公算が高いわ」
「「「「「……はぁ」」」」」
揃ってため息。本当にどこまでもロクでもねぇ……。ルールに反してはいないんだろうけど、新人戦の意義をガン無視してるような気がしてならない。
「強いことは強い。それは間違いないさ。認めるよ。けどなぁ……」
俺は師匠や先輩たちのことを心から尊敬しているし、今日の試合に出場した他支部の選手の対しても、一定の敬意は払っている。
それは多分、それぞれがそれぞれの形で自己を高めてきたんだと、そう感じ取ることができたからだ。
だが、クソ次男一派に対してはそんな風には思えない。アレは魔具と大量の残渣に飽かせた力押しでしかない。その資金が自前であるならばまだ話は違うんだろうけど、それも違うだろう。
「クソ次男ども、2回戦で無様に負けてくれればいいのになぁ……」
健全な考えじゃないということはわかっているつもり。それでも俺は、そんな風に思わずにはいられなかった。




