そんな風にして第七支部を離れる日が来たりするんだろうかな?
「よう!あんたたちが第七支部の代表だね?」
初戦を終え、控室からコロシアムの入り口ホールに戻ってきた俺たち5人。まるで待っていたかのようにして声をかけてくる姿があった。
「そうですけど」
押し付けられたも同然の役割とはいえ、なんだかんだで律儀なところもあるラッツがリーダーらしく、代表するように応じる。
「なるほど……なかなかいい面構えをしてるじゃないか」
声をかけてきたのは、浅黒く日に焼けたひとりの女性。見たところは30~50の間といったところで、男としても大柄なバートにも引けを取らないほどに立派な体格の持ち主であり、風格とか貫禄とか、そんな感じのなにかを備えているようにも見えた。かなり経験豊富な虹追い人なんだろうか。
「あたしはね、さっきあんたたちに負けた連中の付き添いをしていたんだよ」
なるほど。
察するに、さっき出てきた4人の先輩ということか。あからさまな敵意は感じないとはいえ、いろいろと思うところもあるんだろう。
そんなことを思い、身構えてしまうんだけど、
「といっても、別に恨み言があるわけじゃないさ。もちろん、悔しいとか無念だとかは思うけどね。ただ、ここで喚いたって、全力尽くしたウチの子たちへの冒涜にしかならないってことはわかってるよ」
そんな内心を見透かしたように、ニヤリと笑う。
「自己紹介がまだだったね。あたしはドナ。これでも一応は、第二の支部長をやってる」
支部長!?
そう言われてみれば、相応しい雰囲気があるようにも見えてくるとはいえ、思った以上の大物だった。
「ここからはひとりの虹追い人として言わせてもらうけど、見事な戦いっぷりだったよ。動きは嘘を吐かないからね。心色にあぐらをかいてるだけじゃない。よく考え、よく鍛えてきた虹追い人だってことは理解できるつもりさ。そんなあんたたちに心からの敬意を」
思わぬ高評価だった。
「そんなわけで、少し話をしてみたくてね。こうして声をかけさせてもらったのさ。ウチの子たちもよく鍛えてたはずだし、去年の連中があと一歩だったのを見てたこともあって気合いは十分。今年こそは優勝狙えると思ってたんだけどねぇ……」
そうなのか?
ドナ支部長の言葉で引っかかりを覚えるのは、やけにあっさりと勝ててしまったから。
とはいえ、なぁ……
ここでそれを聞いてしまうのはさすがに失礼というもの。
「無理に話せとは言えないけど、あんたたちはどんな鍛え方してたんだい?特に男ふたりの方は、まだ虹追い人始めてから半年も経ってないんだろう?」
「と、言われましても……」
返答に困るラッツだけど、俺だって似たような心境。主にやって来たことと言えば……
「先輩たちに何度も相手をしてもらったくらいですね。まあ、5対1で手も足も出なかったんですけど。一番健闘できた時でも、2分間持ちこたえるのが精いっぱいで」
それくらいなわけで。
「先輩たちってのは……ソアム、タスク、セオ、ガド、キオスのことかい?」
「ええ」
「なるほど……」
だというのに、何故かドナ支部長は得心した様子。
「そりゃ強いわけだ」
「どういう意味です?」
「……まさか知らないのかい?あの5人、全員が王都でも指折りの実力者なんだよ」
「「「「「そうなんですか!?」」」」」
全員揃って声を上げてしまう。
「……その様子だと、初耳らしいね」
実際その通りだった。俺の基準では5人とも相当の手練れだとは思う。けれどこの広い王都になら、あれくらいは普通に居るんだろうなとも思っていた。
「規模は最小、けれど保有戦力は王都最大。一部では有名な話なんだけどね」
「全然知りませんでした」
ここもラッツに同意見。それほどとは思わなかった。ってことは、先輩たちは新人戦で優勝してたりするんだろうか?
「これは余談だけど、実際にガドは過去にこの大会で優勝してるし、ソアムにタスクなんかはふたりで参加しての優勝をやらかしてたくらいさ。あの時はちょっとした騒ぎになったもんだよ」
やっぱりかぁ……
もしかしたらと思ったことは、しっかり当たっていたらしい。
「そんな連中相手に5対1でも2分耐えられるなら、新人としては驚異的な話さ。たまに手合わせを挑んでる緑以上がウチには何人かいるんだけど、1分以上食い下がれる奴なんてそう多くないんだから」
「そ、そうなんですか……」
どうやら俺らは、かなりすごい方々に相手をしてもらっていたらしい。そしてどうやら、先ほどの対戦相手に疑問を抱いてしまったのは、そんな先輩たちに慣れきってしまっていたからということらしい。
それはそれと……
今しがたにドナ支部長が口にした単語が気にかかった。これは第七支部の人たちに聞くのもどうかと思い、ずっと謎のままにしていたことなんだけど……
「あの、ひとつ聞いてもいいでしょうか?」
「あんたは?さっき出てた中には居なかったようだけど……」
「俺は補欠でしたから」
「なるほどね。それで、何を聞きたいんだい?」
気を悪くした様子も無く応じてくれる。
「第七支部って、規模は最小なんですよね?」
「ああ。他は少ないところでも普通に30を超えてるよ」
「なんでそんなに少ないんです?支部長も先輩たちもいい人ばかりですし、居心地いいと思うんです。だから……」
「……もっと人が多くてもいいはずだ、と?」
「はい」
「察するに、直で第七支部の連中には聞きにくいってことだね?」
「ええ」
「……あんたたちはさ、ソアムたちや支部長をどう思ってるんだい?」
確認するような問いかけ。当然ながら答えは決まっている。
「先達として尊敬しています」
俺だけでなく、バートたちも同意するように頷いていた。
「……随分まっすぐな子たちだね。そういうことなら、第七支部の人数が少ない理由を話してやろうか。別に隠すようなことでもないからね」
「ありがとうございます」
「それで、理由は大きくふたつ。ひとつは新しく入ってくる数が少ないからで、もうひとつは出ていく数が多いからだ」
「それはそうでしょうけど……」
たしかにそうでもなければ、早々人数は減ったりしないはずだけど。
「入ってくるのが少ないのは、単純に勧誘をしていないからさ。他の支部では大なり小なりやっているんだけど、王都や近隣に住んでいる14くらいの子に声をかけたりしてるんだよ。特典として残渣をいくつか無償で提供したり、心色を得るための費用を減額したりとかね。けれど第七支部だけは、そういったことをやっていないんだ」
「どうしてです?」
「そういったことをやってしまうと、肌に合わなかったとしても離脱や移籍をやりづらくなっちまうから、という理由らしいね」
「……わかる気がします」
そう同意したのは俺ではなくてアピス。
「たしか、女子ふたりは第一支部からの移籍だったね」
「はい」
「レビドア湿原の件は報告書を読ませてもらった。災難だったね」
「ですが、結果として第七支部に移ることができたわけですし」
察するに、第一支部ではそんな、餌という名の首輪があったということか。強制力はなくとも、そういったものを受け取ってしまうと心情的に抜けにくくなるというのはわかる気がする。タダほど高いものはない、とでも言うのか。
「来るもの拒まず、去る者追わず。でしたっけ……」
以前に、俺自身もそう聞かされたことがあったわけだが。
「それが支部長の方針だからね。まあそんなわけで、新規加入者の数自体が少ないのさ」
「……じゃあ、出ていく数が多いというのは?正直、まったく理由が思いつかないですけど」
さっきも言ったけど、本当にいい環境だと俺は思っているわけで。
「まあ、あんたたちみたいな子はそう思うだろうね」
「つまりそう思わない人もいる、と?」
「そうだね。これも支部長の方針なんだけど、第七支部では高ランクや複合持ちの優遇を一切行っていないだろう?」
「……あ!」
今度はネメシアが声を上げる。
「そういえば、第一支部に居た頃はそういうのが酷かったです……」
「まあ、第一支部は逆の意味で極端ではあるんだけど……。とにかく、複合を得ても扱いが変わらない。ランクが上がっても優遇されない。そういったことに嫌気が差して他に移る手合いも居ないわけじゃないんだよ」
「……もしかして、引き抜きとかもあったりします?」
これもまた、前に支部長から聞かされた話だけど。
「ああ。特に第一支部なんかは他からの複合持ち引き抜きに熱心だね」
「なるほど……」
「まあ第一支部のことは置いとくとして、第七支部から人が居なくなる理由はもうひとつあるんだよ」
「……まだあるんですか!?」
今聞かされた人員減少の理由については、理屈では理解もできる。けれどそれ以外にと言われてもさっぱりだ。
「ああ。と言っても、こっちは本気でどうしてこうなるのかが謎に包まれててね。あたしとしても不思議で仕方がないんだよ」
よっぽど不可解な理由があるらしいけど……
「ランクが上がってくれば、それだけ受けられる依頼の種類は増える。中にはかなり遠方にまで足を伸ばすことになるような依頼もあるわけだ。ちなみにあんたたちは、月単位になるような依頼はまだ未経験かい?」
「はい」
一番遠くてレビダというのが俺たち。それにしたって、仮に徒歩だったとしても片道が1日の距離だった。
「ある程度ランクが上がって遠出することになる奴は第七支部にも過去に何人もいたわけだがね……。そいつらの大半は、王都には戻って来なくなっちまうのさ」
「それって……」
虹追い人の仕事というのは、魔獣――敵意をむき出しにしてくる連中を討伐するというものが大部分を占める。となれば当然、やる側とやられる側というのもコロコロと入れ替わるわけで。戻らないというのは、いわゆるところの最悪だろう。つまりそれは――
「今あんたたちが考えているのは、多分間違いだよ」
ところが、ドナ支部長は笑いながらそれを否定してくる。
「最近でも……1年くらい前まではふたりほど居たんだけどね。王都に戻ってこないそいつらも、今でも元気でやってるらしいよ。たまに手紙も届いてるようだし。というか、今あんたたちが考えたような理由だったら、謎とは言えないだろう?」
それもそうか……
「じゃあ、戻ってこない理由っていうのは?」
「簡単に言ってしまうとね、遠出した先で出会った相手と恋仲になって、そのまま永住を決めちまうんだよ」
「「「「「……はい?」」」」」
俺たち5人の反応が、困惑という形で綺麗に被ってしまう。
「えーと……。意味は理解できるんですけど……どうしてそんなことに?」
「だからそれはあたしも不思議なんだよ。ウチの連中には全くと言っていいほど起こらないことなんだけどねぇ。まあ、去る者追わずの方針が一因ではあるんだろうけど……。それを差し引いても、第七支部の連中はその割合が高すぎるんだよ。それこそ、異常ってレベルで」
「そ、そうですか……」
たしかに、そう言われても不可解でしかない。
「まあ、第七支部で長続きするような奴は基本的に気のいい連中ばかりだからね。好かれやすいってのも――」
『お呼び出し申し上げます。第二試合の参加選手は受付までお越しください。繰り返します――』
そんな中でアナウンスが響く。
「もうこんな時間かい。どうやら長話しすぎたみたいだね。これくらいにしておこうか。あんたたちは次の試合、観戦するんだろう?」
「ええ。なにせ勝った方が2回戦の相手になるわけですし」
「頑張りなよ。この勢いで優勝してくれれば、落ち込んでるウチの子たちも少しは気持ちに折り合いを付けられるだろうからさ。さて、あたしはあの子たちの様子でも見てくるとしようかね」
そうして、ドナ支部長は行ってしまう。
「なんていうか……いい人だったね」
「ええ。ウチの支部長と雰囲気が似ているというか。あの人がまとめているなら、きっと第二支部も雰囲気のいいところなんでしょうね」
「だろうな。まあそれはそうと、俺らも行こうぜ」
「そうだな」
遠出した先で出会った相手と恋仲に、か……
そうして向かう客席への道すがらに思うのは、第七支部に人が戻らないという理由のひとつ。少し前から、色恋とはなんぞや?なんてことを学び始めている俺としては妙に印象に残る話で、
もしかしたら俺にも、そんな風にして第七支部を離れる日が来たりするんだろうかな?
この時の俺は、漠然とそんなことを考えていた。




