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話を聞いていただけなのに酷く疲れた気がする

 クーラとふたりで図書院に行った日から20日ほどが過ぎていた。あれ以降も、クーラが休みの日になるたびに連れ立って図書院へは足を運んでいたものの、キオスさんとシアンさんの件についての解決策は見つからないままで。それでも、俺の中では多少の落ち着きが戻っていたんだろう。眠れない夜を過ごすことは無くなっていた。


 ちなみに、幸か不幸かはともかく、シアンさんとキオスさんの方には、まったく変わった様子は見受けられなかったわけだが。


 それ以外では、時折先輩たちに対人戦の稽古をつけてもらいつつ、木剣制作に頭を悩ませるルカスの話し相手をして、家賃や食い扶持を稼ぐために依頼をこなしたり、『遠隔操作』の扱いの鍛錬をしたりと、それなりに平穏な日々を俺は過ごしていた。


「この5人ってことは、多分新人戦のことだよね?時期的にもそんな感じだし」

「だよな。対戦表が来たとかじゃないのか?」


 第七支部所属の新人全員が支部長のところに呼び出されたのは、そんなある日の夕方で。


「さて、あんたたちも薄々気付いてるんじゃないかと思うけど、新人戦の対戦表が届いてるよ」


 実際に予想通り。机の上に広げられた紙に、俺以外の4人が群がるように集まる。


 ちなみにだが、そんな様子を遠巻きに眺める俺は、別に急いではいなかった。補欠という立場上、基本的には他人事と考えていたからだ。もちろん、全力で応援するつもりではいるけど。


「俺らは第一試合かよ……。緊張しそうだな……」

「初戦の相手は第二支部ね。前衛が3に後衛が1。私とバートの負担が大きくなりそうかしら?」

「そこは私とラッツでフォローするよ」

「だよな。逆に支援が薄いってことだし、そのあたりに付け込めればどうにか行けるんじゃないか?」

「初戦を勝てれば2回戦は……第三か第四か。どっちも有望な新人が入ったらしいってタスクさんが言ってたし、苦しい試合になるかもな」

「そうね。でも、まずは1回戦を勝つことに集中しましょ……うげ!?」


 なんだ?


 にぎやかに盛り上がる中で、急にアピスが発したのは心底嫌そうな声。


「アピス?どうしたの……うげ!?」


 さらにはネメシアも似たような声を上げ、


「「……うげ!?」」


 バート、ラッツもそれに続く。


「いったい何があったんだ……うげ!?」


 そして、遅れて対戦表に目をやった俺も同様に。


 原因となったのは、対戦表の中で第七支部の真逆。1回戦の第4試合に出場するのは第八支部と第一支部で、その第一支部代表。ガユキ・ズビーロの名だった。




「なあ、アピス。念のために聞くけど……このズビーロって、あのズビーロなのか?」


 その後、支部長から大会の日時や時間などを聞き解散。支部のロビーでテーブルを囲んで、俺がアピスにたずねるのは、外れていてほしいという望みを託してのものだった。


 かなりアレな問いかけではあるけど、アピスならばそれでも伝わるはず。


「ええ。残念ながら……」


 そしてアピスは沈痛な面持ちで首を横に振る。


「当たるとしたら決勝以外にあり得ないのは幸いかもしれないけれど、こいつは現宰相の次男ね」

「次男……。そういえば、いつぞのクソ野郎は三男だったか」

「ちなみに、マトモな奴だったりは……」

「……すると思う?」

「……思いません」


 仮にそうだったなら、アピスもネメシアもあんなリアクションはしなかったことだろう。


「まあ、そういうことね」

「「「「「はぁ……」」」」」


 5人揃ってため息。アピスと同じように知っていたであろうネメシアはもとより、それだけでバートもラッツも理解したらしかった。


「待てよ!?次男ってことは、長男も居るんだよな?下手すりゃ四男とかも……」


 バートがそこに気付き、


「うん。たしか第一支部には長男も居たはず。それに、まだ5歳くらいの四男が居るって話も聞いたことがあるよ」


 ネメシアがありがたくない事実を肯定してくれる。


「……クソ次男は風剣使いで、他には氷風が3人か。全員が複合ってのはともかく、見事に3人も被ってるってのは引っかかるところだけど」


 書き写してきたばかりの対戦表。そこには各選手の心色やランクの記述もあり、クソ次男はなんと、一人前と言われている緑。新人なのに一人前とはこれいかに?なんてことも、思わないではないんだが。


「……意図的に集めたのかもしれないわ。新人戦のために他の支部から引き抜いたって噂を聞いたことがあるもの」

「……そりゃまた大した資金力だことで」


 さすがは現宰相の一家ってことか。


「……気分のいい話にはならないと思うのだけれど、一応はあの兄弟……というか一家についても話しておいた方がいいかしら?知っておくことで、防げる面倒もある……かもしれないと思うのだけれど」


 アピスが提案してくるのは、申告通りにロクでもなさそうな話ではあるんだけど……


「……敵を知り、己を知ればなんとやら。だったよな」


 ラッツが口に出したのは、師匠の教えのひとつ。


「だよなぁ……」

「聞かせてもらえるか?」


 となれば、同じ教えを受けている俺やバートの結論もそうなるわけで。


 できることならば、心底関わりたくはない。けれど、つもりと結末が一致するとは限らないというのが現実のままならないところ。


「わかったわ。まず、当主のオビア・ズビーロ。現宰相でもあるわね。心色は、4種複合の炎雷風剣」

「……王都にはラッツ以外にも4種複合持ちが居るとは聞いてたけど、宰相だったのかよ」


 第一支部は現宰相とズブズブらしいけど、複合偏重主義なのはそこらへんの事情もあるのかもしれないか。


「次に長男のジマワ。この男は3種の複合持ちね。たしか……光闇杖だったかしら」

「……強力な組み合わせだな」


 杖というのは、単独では発現しない心色だと聞いたことがある。常に非実体型との複合で発現するものであり、他の心色――今出てきたジマワとやらの場合は、光と闇――を大幅に強化するものらしい。


「ええ。事実、何年か前の新人戦では圧倒的な強さで優勝したそうよ。もっとも、最近は支部に現れることも稀だったみたいで、私たちは一度も見たことは無かったわ。ただ、聞いた限りでは、ユージュ、ガユキと同じような考えをしていたとのことよ」

「……関わり合いになりたくないタイプだってことは理解できた」

「そうね。そして今回出場しているのが次男のガユキ・ズビーロ」

「心色は風剣だったよな」


 これも厄介な組み合わせではある。風をまとうことで自身の身のこなしや斬撃を加速させることもできるらしいんだから。


「そういえば私たち、ユージュだけじゃなくてガユキの方にもしつこく勧誘されてたんだよね……」

「……そうだったわね。嫌なことを思い出したわ」


 揃ってため息を吐く移籍組のふたり。


「今思えば、ユージュが私たちに付きまとってたのって、ガユキへの妨害もあったのかな?」

「……大いにありそうな話ね」

「どういうことだ?」


 なにやら妙な話になってきた。


「あそこの兄弟は、父親の後継者をめぐって争っているのよ。そのあおりを受けて、第一支部の中でもジマワ派、ガユキ派、ユージュ派に分かれて足の引っ張り合いに余念が無かったわね」

「「「……ロクでもねぇ」」」


 聞かされた男3人の感想は見事に被ってしまう。


 そのクソ兄弟。連盟を何だと思ってるんだよ……


 レビドア湿原の件にしたって、跡目争いのせいで起きたんじゃなかろうかな……


「そんなわけだから、過去にジマワが優勝しているこの大会でも、本気で優勝を狙ってくるはずよ。もちろん、ユージュと同じで金にモノを言わせて強力な魔具を揃え、大量の残渣を取り込んでいる公算が高いわね」

「……クズではあるけど、強敵でもあるってことだな」

「そういうことね。三男については省かせてもらうとして、残る四男だけれど、こっちはほとんど情報が無いわね。名前も知らないわ」

「たしか、まだ連盟に入れる歳じゃないんだよな?」


 まだ5歳くらい、だったか。


「せめてマトモな奴であってほしいよなぁ……」


 心底うんざりした口調のラッツには同感だ。クソ三男は大概クズだったが、クソ次男も聞く限りでは、劣るとも勝らない感じなんだから。


「ええ。ただ、気になる噂があったの」

「どんな噂なんだ?」

「剣の申し子と呼ばれるほどの素質があるという噂。さすがに真偽まではわからないけれど、風剣を使った上で1対1で、ガユキが圧倒されたらしいわ。それ以降、ガユキは剣に固執するようになったという話もあるみたい。と、私が知っているのはこんなところかしら?ネメシアの方からは他に何かある?」

「えーと……特に無いかな」

「そうか……」


 話を聞いていただけなのに酷く疲れた気がする。それはきっとその一家の人柄ゆえに。


 多分全員が俺と同じように感じていたんだろう。


「……もうじき日も暮れるし、今日のところはさっさと帰って寝るか」


 だから俺のそんな提案に対しての反対意見が出ることはなかった。

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