経験に打開策が見当たらないのなら、書物から探せばいい
「んで、早速なんだが、何かいい手は無いか?」
協力関係が成立したばかりのクーラへと問いかける。こうなった以上、知恵を借りることを躊躇する理由も無いだろう。それに、助力を得られるというだけでも、いくらか気が楽になった気はする。
もちろん何かあった場合には、俺ひとりが泥を被るのが筋だろうが。
「あるよ」
即答。まあ、そうそう都合のいい展開なんて……んん?
いや待て!今こいつは何て言った?
「まさか……妙案があるのか?」
「うん。私にいい考えがあるの」
「……本気で頼りになる奴だな、お前は」
「うんうん。もっと褒めてもいいんだよ」
ここまで自信ありげに言い切るくらいだ。さぞかし期待できることだろう。
「これまでにもたくさんの成功例を見てきた方法だからね。大丈夫、きっと上手く行くよ」
「そうか!」
さらにはそんな太鼓判も。成功例云々ってのは、クーラの年齢を考えれば引っかからないこともないんだけど、故郷ではそんな話も多かったということなんだろう。
「それで、どんな方法なんだ?」
「簡単に言うとね。しこたま飲ませて同じ部屋に放り込むの」
……はい?
「……………………スマン。よくわからなかったんだが……俺でも理解できるように噛み砕いてはもらえないか?」
なにやらとんでもない案が聞こえたような気がしたんだが、多分俺の解釈間違いがあったんだろう。そうに違いない。だからわかりやすくと頼んでみるんだけど、
「えっとね……。まずはキオスさんとシアンさんをベロンベロンになるまで酔わせるでしょ。その上でふたりきりにしておくの」
「……そうか」
残念なことに、俺の勘違いではなかったらしい。
しかも表情を見るに、ニコニコと自信ありげではあっても、ニヤニヤとかヘラヘラとはしていなかった。本人は本気で本心から、いいアイディアだと考えているらしい。
その上で考えても、ロクでもないということを俺でも理解できるような提案だった。少なくとも『アホかお前は』という発言を喉元までで抑えた自分を褒めてもいいと思えるくらいには。
「もしかして、お気に召さない?」
「……俺が気に入る気に入らないはこの際どうでもいいんだが、あのふたりにソレをやったらますます話がこじれそうな気がしてな」
「そう?早い話がさ、お互いの好意にお互いが気付いてないだけってことなんだよね?だったら、それくらいの劇薬投入しちゃった方がいいと思うんだけど」
……あれ?
何だか、俺とクーラで認識がズレているような気がするんだが……
「ちなみに、俺はどこまでお前に話したんだ?」
吐かされたのはともかく、どうにもそのあたりの記憶はおぼろげ。だからそこを問うてみれば、
「……キオスさんはシアンさんが好き。シアンさんもキオスさんが好き。んで、そんなふたりから別々に相談されたんだよね」
間違ってはいない。間違ってはいないんだが……
「それだけか?」
「うん。だからさ、踏み出したいけど、失敗して今の関係まで壊れちゃうのが怖いっていうジレンマだと判断したんだけど」
「なるほどな」
合点が行った。たしかに、例の事件が起きる前のあのふたりはそんな状況だったらしい。だが、現状と照らし合わせれば、重要な部分が抜け落ちている。
「問題をややこしくしてる要因が別にあってな――」
「うへぇ……。そこまで複雑な話になってたんだね……。だったら、酔い潰し作戦は却下だわ……。下手したら取り返しが付かなくなっちゃうよ……」
だから、ふたりを縛り付けている罪悪感に付いても補足を入れてやる。そうすれば、クーラも現状を俺と同じように理解してくれた。
「早合点してさっさと君を眠らせちゃったのは失敗だったよ……」
眠らせる?
妙な言い回しが出てきたんだが……
多分寝かしつけるって意味なんだろう。
そこはすぐに納得のいく解釈が見つかった。
「まあそれはいいとしてだ。その上であらためて聞きたいんだが、気の利いた案はありそうか?」
「……ごめん。その対処法は手持ちに無いや。無駄に長く生きてる知識も、肝心な時には役に立たないんだよねぇ……」
「そうか……」
まあ、無理も無いことだろう。ここまでややこしくなった色恋なんてのは、滅多矢鱈にあるものとも思えない。というかあってほしくない。
それはそれとして……
「お前も俺と同じで15年くらいしか生きてないだろ?無駄に長くとか言うのはどうなんだかな」
「ふぇっ……!?」
気にかかったところを指摘してやれば、しまった!と言わんばかりに口を押さえる。
「……そういうことか」
そんなことを口にしてしまう理由。思い当たるところがあった。今のクーラと同じような経験は俺にもあったから。
あれは1年ほど前――14歳の時――のことだったか。物語の登場人物になりきっての妄想が過ぎた結果、現実でもそんな設定を口にしてしまったことがあった。
それを聞いた師匠には「俺も14――お前くらいの頃には似たようなことをやってたな。俺の場合は……雷迅リュウドのライバルなんて設定でよ」などと、妙に生暖かい目を向けられたっけ。
これは予想だが、クーラは歴戦の虹追い人になった妄想でもしていたんじゃなかろうか。
「あまり外には出さない方がいいらしいぞ。師匠の受け売りだけど、何年かしたら羞恥で頭を抱えたくなる類のものらしいからな」
「あ、あははははぁ……。そうだよねぇ……。気を付けることにするよ」
乾いた笑いを返してくるあたり、多分俺の予想した通りだったんだろう。
まあ、そんな妄想も楽しいのは事実なんだが。確か俺の場合は、クラウリアと肩を並べて星界の邪竜とやり合ってたな。その頃にクラウリア不老説を聞いたこともあってか、クラウリアのイメージは俺と同年代。性格は腐れ縁共の女性版みたいな感じで。俺もクラウリアと同じ虹剣を振るってたか。
そう言えば、そんな脳内妄想クラウリアとクーラは案外性格が似てるような気もするが。クーラとすんなり馴染めた理由はそのあたりにもあるのかもしれないか。
そしてそんな妄想の細部を補強するために、星界の邪竜について調べようなんて考えたこと……も?
その手があったか!
そこでひらめくものがあった。現状の打開策になる……かもしれないというくらいには思える案が。それは、
「なあ、クーラ。今から少し出かけたいんだけど、いいか?」
「どこに?」
「今思い付いたことなんだが――」
ここから探すわけか……。これはこれで骨が折れそうではあるんだが……
見渡す先にあるのは大量の書棚で、そのひとつひとつに詰め込まれているのは、当然ながら本。
現在位置は図書院の中。存在はガドさんから聞いていて、散策の最中に前を通ったことはあったものの、実際に入るのは初めてとなる施設だった。
何故ここに来たのかと言えばそれは、「経験に打開策が見当たらないのなら、書物から探せばいい」という考えからだ。
早い話が、色恋を扱った物語を参考にしようということだった。
よし、やるか!
場所が場所だけに大声を上げるわけにはいかないが、その代わりに内心で気合いを入れる。外から見るよりもずっと広大だった図書院だけど、圧倒されていても始まらない。
職員さん――クーラ曰く、司書と呼ぶらしい――に聞ければよかったんだろうけど、あいにくと取り込み中。であれば自力でお目当てのものを見つけ出す他は無く、ふた手に分かれて片っ端から、というのが現在の状況だった。
架空の物語系はこのあたりだな。色恋関連は……ここか!
そうして書棚の森を彷徨うことしばらく。ようやくお目当ての区画にたどり着く。
さて、どれがよさげなのやら……
この中からさらに、目的に合ったものを探し出す必要があるわけだが……
とりあえず、タイトルを見て勘で選ぶか。
そう結論付け、書棚を注視しながらゆっくりと歩く。
えーと……
『紅花白花の恋愛譚』『射手の選択。花色恋日記』『百華と剣が奏でる愛』『星空の天使。月明かりの恋人たち』『運命の扉は愛が開く』『星が伴う恋物語』『翼に閃く恋模様』
愛とか恋とかがタイトルに入っているものはいろいろとあるんだけど、どうにも絞り切れない。
『救い手エルベルートが遺したもの。医術と心色の融合とは?』『闇塗りのシザ。咎人はいかにして英雄となったのか』『星の世界を目指した銀翼。カシオンが示した道』
んん?
そうこうしながら歩くうち、目に付くタイトルの毛色が変わった。どれも覚えのある名前。
行きすぎちまってたか……
架空の物語が置かれた区画を抜けて、実在の偉人たちに関する本の区画に入っていたらしい。
そそられる物もあるんだが、今の目的は別。だから引き返そうとしたところで――
『謎多きクラウリア。その軌跡を辿る』
目に映ったそんなフレーズに意識を引かれた。
伝説の英雄なんて言われてるけどさ……結局はひとりの人間だったのにね。
不意に脳裏をよぎるのは、いつだったかにクーラが口にしたこと。
そういえば、逸話のひとつひとつに興味はあっても、ひとりの人間としてのクラウリアに関して詳しく調べたことは無かったな。
その本に手を伸ばして、
今やるべきことはわかっているつもり。だから少しだけ。ほんの冒頭部分を見るだけだから。
そんな言い訳じみたことを思いながら開く。
虹剣のクラウリア。数多くの偉業を成し遂げ、1000年以上の時を経てもなお英雄と呼ばれる伝説的な存在。だがその一方で、彼女の生涯には様々な謎があることはあまり知られていない。
冒頭にあったのはそんな文章。
そういえばタイトルにも、謎多きなんてフレーズがあったか。
どんな謎があるんだろうかと思いつつ、読み進める。
クラウリアに関する記録を集めるうち、浮かび上がった謎のひとつ。彼女はその生涯において数回。年単位で一切の消息を絶っていた。それも一時的に一線を退いていたというものではなく、まったく存在が確認されなくなっていたのだ。その時期には、クラウリアは人知れず死亡したのだという噂が流れたことも確認されている。
そうなのか?
俺にとっては初耳だ。まあ、派手な逸話に比べれば受けは悪そうな話でもあるし、文字通りの意味で時の流れに埋もれたのかもしれないか。
その時期を『空白期』と呼ぶことにする。確証を得られているだけでも、15歳から18歳。19歳から34歳。38歳から40歳。62歳から63歳。そして、76歳から81歳の間は完全に行方をくらませており、最後の目撃証言は81歳の時。星界の邪竜を討伐した際となっている。年齢から考えても、その後死亡したと考えるのが妥当だろう。
待てよ……?だとしたら……
これも先日クーラと話していた時に出てきたこと。星界の邪竜が現れてからクラウリアが駆け付けるまでに3年の間があったという話は、この空白期と関係があるんじゃないのか?
最初の――15歳から18歳の空白期については、クラウリアの名が歴史に現れた直後に起きている。15歳で得た心色は他に類を見ない8種複合である虹剣。けれどそんな彼女は虹追い人としての初仕事の最中に消息を絶ったことが文献に残されている。証言によれば、その直前に目撃された姿は、ウサタマに追われているところだったとのこと。極めて希少な心色の持ち主だったこともあり、100人以上を動員しての捜索が行われたが、発見には至らず。生死不明と結論付けられた。
ウサタマ?
そこに出てきたのは、もっとも弱い部類に入る魔獣の名。
それこそ、クラウリアだってさ、初仕事の時はウサタマ相手にピーピー泣いてたんだから。
そして思い出されるのは、これまたクーラが口にしていたことだ。
もしかしてクーラはこの本を読んだことがあったのか?
いや、けど……
それはそれで何かが違うような気もするんだが……
その3年後。クラウリアは突然の帰還を果たす。行方不明となっていた3年の間に何があったのかについては、決して口に出そうとはしなかったとのことで、今日までその一切が不明となっている。はっきりしているのは、クラウリアの名が世界にとどろき始めたのはそれ以降だということ。帰還の直後、近隣の魔獣生息域から、300を超える剛鬼の群れが外に出るという事件が起き、彼女はたったひとりで、瞬く間にその群れを全滅させたという記録が残っている。
300以上の剛鬼って……
とんでもない話だ。たしか剛鬼といえば、1対1でやり合うのなら、最低でも青以上と言われている化け物。それを瞬殺ってのは……
その時俺は、本に意識のほとんどを向けていた。
「……むがっ!?」
「動かないで」
だから口を塞がれるまで、背後に居る存在には気付くことができなくて、
「場所が場所だからね。手を離すけど、大声は出さないでよ」
「……悪趣味だなお前は」
その正体が悪友、クーラだということにも、すぐには気付けなかった。
「ごめんごめん。すごい集中してたみたいだから。急に声かけたらびっくりして叫んじゃうんじゃないかと思って。図書院ではお静かに、だからさ」
「……それは否定できないけどさ」
「それでさ、何読んでたの?よさげな本があった?」
「いや、それは……」
夢中になっていたのは事実。けれどそれは、本来の目的からは外れたものだったわけで……
「……謎多きクラウリア。その軌跡を辿る、ねぇ」
観念してその本を手渡せば、クーラが静かにその題を読み上げたあと、パラパラと流すようにページをめくっていく。
「……面目次第もございません」
「ま、気になっちゃったのは仕方ないよ。私としてもさ、こういう本があったのは少し驚いたし。まさかここまで正確に調べてる人がいたなんて……」
そっと本を棚に戻し、
「けど、今やるべきことは、ね?」
「……返す返すもすいません」
クーラにそんな意図があったのかはわからない。けれど、責めないことで煽られる罪悪感というのは、たしかに存在していた。
その後、とりあえずは何でもいいから読んでみようということで、クーラが目を閉じて適当に選んだ一冊――先ほども見かけた中にあったひとつ。『射手の選択。花色恋日記』だった――を手に移動。並んで机に向かい、読み始めて、
「……すっかり夢中になっちまったけど、これは参考にはなりそうもないか」
「……だね。というか参考にしたくないというか」
読後の意見はそんなものだった。
どんな話だったのかと言えば大雑把には――
主人公となるのは、弓使いで新人虹追い人の女性。彼女がとある虹追い人のチームに加わるところから、物語は始まる。
先輩たちに囲まれて、ゆっくりと成長を続けていく彼女は、やがてチームのリーダーである男性に惹かれていく。
ところが、ひょんなことから、いつも自分を気にかけてくれた先輩のひとりがリーダーに好意を寄せていて、リーダーもその先輩を想っていることを知ってしまう。
悩んだ主人公は、自分の想いを心の奥底にしまい込み、尊敬するふたりのために奔走。最終的にそのふたりは結ばれ、主人公は密かに涙を流しながら祝福する。
と、そんなお話。
リーダーも先輩も気のいい人だったということもあってか、そこまで悲惨な印象は無かったものの、どうしても感想は、主人公が気の毒だという方に行ってしまう。
少なくとも、今の俺とクーラが頭を悩ませている件。キオスさんとシアンさんの問題を解決する糸口になりそうなものは見つからなかった。
まあ俺自身が、色恋とはなんぞやということを申し訳程度には理解できたような気がしなくもないという意味では、収穫はあったとも言えるんだろうけど。
「どうする?まだ少し時間はあるし、このまま二冊目に行っちゃう?」
「そうさな……」
窓の外を見るに、日差しの色はわずかに紅く染まりつつある時間帯。クーラが言うように、少しであれば時間はあるんだけど……
「今日のところは、ここが引き上げ時だろう」
それが俺の考え。なにせ――
「仮に二冊目を読み始めたとして、読み切るのは時間的に無理だよな?」
「うん」
「となれば途中で切り上げざるを得ないわけだが、生殺しで我慢できそうか?」
「……無理」
まあ、そういうことだった。この図書院、利用するだけならば無料なんだけど、貸し出しは一切行わないという形式らしい。
この一冊目を夢中で読み切ってしまった俺らにとって、妙なところでの中断は辛いだろうということだ。下手をすれば俺の場合、今夜もそのせいで寝不足なんてオチだって付きかねない。
「じゃあ、少し早くはあるけど、君の部屋でお茶飲んでお開きにしよっか」
「ああ」
そうして俺の部屋でクーラの淹れてくれた茶を飲み、帰り道に付きそう。朝のうちに食い尽くしてしまった焼き菓子の代わり、というわけでもないんだろうけど、読んだばかりの恋物語の話題で盛り上がり過ぎたのが悪かったのかもしれない。クーラの住処に到着する頃には、とっぷりと日が暮れていた。
「それじゃあ、また明日にな」
「うん。それとさ、何かいい方法が無いか、私の方でも考えとくよ。どうせ会う機会は毎朝あるんだし、思い付いたことがあったらその時にでも意見交換するってことで」
「それはありがたいんだが、あまり無理はしてくれるなよ?延々悩んで明け方まで寝付けずにいた阿呆も居たわけだし」
「あはは、そうだね。君も今夜はしっかりと眠ること。いいね?明日も寝ぼけた顔してるようなら、添い寝して子守唄歌いながら頭ナデナデして寝かしつけてあげまちゅからねぇ」
「はいよ。お前の方こそ寝坊するなよ、見習い看板娘」
別れ際に交わすのは、相変わらずの気安いやり取りで。本当にこれだけは、どれだけ繰り返しても飽きる気がしなかった。
空を見上げれば雲は薄く、いい月夜になりそう。抱えた問題は何も解決していない。
根拠はどこにも無い。それでも今夜は、ぐっすりと眠れそうな気がした。




