話はますますややこしくなった気がするんだがなぁ……
そんなこんなでキオスさんに連れられて向かった先は、ユアルツ荘から10分ほどのところにある食堂。
キオスさんの知人らしき店主が営む店は酒場感も強く、にぎやかな雰囲気。
注文したのは、キオスさんのお勧めだという、たっぷりの貝が入ったシチューらしきもの。当然のように美味いそれをいただきつつ、キオスさんの虹追い人経験談などを聞かせてもらい、
「さて、相談したいことなんだけど」
食事がひと段落した頃に、キオスさんがそう切り出してくる。
さて、ここからだな。
「正直なところとしては、相談というよりも愚痴を聞いてほしかったんだ。だから、そう身構えなくてもいいよ」
実際に俺は内心で身構えていたんだが、見透かすように苦笑をされてしまう。というか……
このあたりも覚えのある流れなんだが……
これで、シアンさん相手の色恋関連だったらさすがに笑うぞ。
「うぜぇなこの野郎、なんて思ったら、聞き流してくれても構わないから」
「いえ、さすがにそれはどうかと思いますけど……」
「まあ、君ならそう言うと思っていたけど。それはそうとね。……………………僕には好きな人がいるんだよ」
おいおいおいおい……
本気で既視感が酷いんだが。
「まさかとは思いますけど、シアンさんだったりとかは……」
ってマズい!?
慌てて口をつぐむも、時すでに遅しというやつだ。
数時間前の件があったから出てしまった発言だが、さすがに唐突過ぎる。
「……驚いたね」
けれどキオスさんは大きく目を見開き、驚きをあらわにする。
ひょっとしてこの反応は……
「……僕はアズール君のことを見くびっていたようだ」
いえ、それは勘違いです。
内心ではそんな風に思う。少なくとも、自力で見抜いたとかでは断じてない……んだけど。
「その……シアンさんとは他の人たちよりも親し気に見えたので」
今はこの誤解に乗らせてもらい、
「それに、最近は急に3組ほど身近に増えましたからね。なんとなくかぶって見えたと言いますか……」
いかにもそれらしいことで補強してやれば、
「それもそうか」
ふぅ。危なかったぞ。
安堵する。どうにか誤魔化されてくれたらしい。
というかこれって好都合なんじゃ……
そして、落ち着いてくるとそんな風にも思えてくる。
早い話が、シアンさんはキオスさんのことが好きで、どうやらキオスさんもシアンさんが好きだったらしい。であれば、この件は案外すんなりと解決してくれそうだ。
「キオスさんとシアンさん、お似合いだと思います。俺にできることがあるなら協力しますよ」
だからそう背中を押すんだけど、
「そう言ってもらえるのはありがたいんだけどね……」
キオスさんの表情は優れなくて、
「僕にはそんな資格は無いんだよ」
口にしたのは、数時間前のシアンさんと同じ言葉だった。
「どういうことです?」
「そうだね……。少し、昔話に付き合ってもらえるかな?」
「ええ」
とりあえずはそこら辺を聞くべきか。原因がわかれば、対応策だって見えてくるかもしれない。
そうしてキオスさんが話し始めたのは、予想通りと言うべきか。さっきシアンさんから聞いた話のキオスさんサイドとでも言うべきもの。
「――僕自身、当時の第一支部では、疎まれるか怖がられるかのどちらかしか無かったからね。だから、好意的に……友人のように接してくれるシアンの存在は新鮮で、そんな彼女に惹かれていったんだと思う。そして、友人同士という関係を物足りないと感じて、先に進みたくて。けれど、下手なことをしたら、友人ですらいられなくなってしまうかもしれない。そのことが怖い。そんなことを延々と悩んだりもしたものさ」
このあたりも、シアンさんが話していたこととよく似ていた。
だとしたら……
「シアンと出会って3年が過ぎた頃だったかな。あの、忌々しい事件が起きたのは」
やっぱりか……
シアンさんにとって忌まわしかったという一件は、キオスさんにとっても同じくだったということか。
「あの日はたしか……楽団のステージを見に行くために待ち合わせをしていたんだ。シアンがいつも待ち合わせの20分前に来ることは知っていたからね。待たせるのも悪いけど、僕を待たせてしまったと気にしてほしくない。だから、いつものようにシアンの直後に到着するように計算してね。ただその日は、途中で母親とはぐれた迷子の相手をしていて、待ち合わせギリギリになってしまって……それがマズかったんだろうね」
不意に、気温が下がったような気がした。
その先に起きたことも、すでに俺は聞かされている。
「その場所に着いた時に僕が目にしたのは、ひとりの男に襲われてあられもない姿にされていたシアンだった。あとで聞いた話では、僕がその男を半殺しにしたそうだけど……正直、その時のことはよく覚えていない。印象に残っているのは、僕を見るシアンの目が酷く怯えたものだったということくらいかな」
それもシアンさんが言っていたことだ。シアンさんはそのことを酷く悔やんだ様子で。
「さすがにアレはショックだったよ。その後、いろいろあって僕は第一支部を追放になった。抵抗せずに受け入れたのは、またシアンに怯えられるのが怖かったからだと思っている。そして、自暴自棄になっていたところを第七支部の支部長に拾われて。そこで出会ったのは気のいい奴らばかりでね、ひと月が過ぎる頃には、新しい日常を楽しんでいたよ。……シアンのことなんてまるで考えようともしないでね」
苦笑気味だった表情が暗く陰る。
「ひと月ぶりに再会したシアンは、それは酷い有様だったよ。頬はこけて髪はボサボサで、フラフラしてたと思ったらそのまま倒れてしまってね。その時になって、初めて気付いたんだ。シアンだってあの一件で苦しんでいたはずなのに、と。それなのに僕は、そんな彼女を顧みることもなく、のうのうと笑っていたんだよ」
「……だから、自分には資格が無い、と?」
「ああ。そんなシアンを第七支部に誘ったのは、罪滅ぼしのつもりだった。そしてシアンは、昔よりもずっといい表情をするようになったよ。ただそれでも、僕が自分自身を許せないんだ」
そんなところまでシアンさんと同じことを言う。
だから、
「そうやってキオスさんが自責することを、シアンさんは望むんですかね?」
「望まないだろうね」
答えのわかりきっていた問いをかければ、予想通りの返答が。
「この気持ちは墓の下まで持っていくつもりだったんだけど、ガドやバート君、ラッツ君を見ていたら未練が疼いてしまってね。せめて、誰かに聞いてほしかったんだ。と言っても、付き合いの長い連中に今更話すのはアレだし、かと言ってバート君たちに話すのも気が引けてね。済まない。君には嫌な話だったろう?」
つまり俺が選ばれたのは消去法だった、と。まあ、その程度で立つような腹は持ち合わせていないけど。
「それと、この話はくれぐれも他言無用で頼むよ。特にシアンには絶対に知られたくない。せっかくいい表情を見せてくれるようになった彼女が、無意味な罪悪感を募らせる必要なんて無いんだから」
「ったく、どうすりゃいいんだよこれは……」
部屋に帰って来て風呂に入り、あとは寝るだけ。ベッドに入ったまではよかったんだが、思考は延々と同じところを巡るばかり。眠りにつくことなど、到底無理そうだった。
数時間前にも同じ問題で悩みはしたけど、話はますますややこしくなった気がするんだがなぁ……
まあいいや。どうせこの有様では眠れないだろうし……。いっそ気が済むまで悩みぬいてやるか。
そのうち、疲れ果てた頭と体が勝手に寝落ちしてくれることだろう。
あらためて、思考を組み上げる。
まず大前提。俺が望むのは、妙なしがらみを抜きにして、晴れてふたりが報われてくれることだ。
シアンさんとキオスさんは互いに好き合っている。これは間違いない。
そして、恐らくは相手が自分に好意を寄せていることには気付いていない。これも間違いないはず。
普通であれば、何らかの形で――最悪俺の暴露でもいい。口外したことに関しては後から土下座したって構わない――その事実を知れば、それにて万々歳と行きそうなところ、なんだけど……
ここで問題となるのが、あのふたりは互いに対して罪の意識を感じ、自縄自縛になっているということ。
シアンさんが抱えている罪の意識は、自分のせいでキオスさんがふざけたレベルの降格を受けたことと、助けてくれたキオスさんに対して怯えを抱いてしまったこと。
キオスさんが抱えている罪の意識は、苦しんでいるシアンさんを助けることもせずに逃げ出したことと、そんな中で自分だけが新天地での日々を楽しんでいたこと。
きっとどちらも、相手側にしてみたら、そんなことで悔やまないでくれと思うようなことだろう。
俺の印象では、ふたりとも柔軟な思考のできる人だ。けれどこの件に関しては、頑なに拗らせまくっているように思えてしまう。
そんなところに俺が事実を伝えたところで、また別の方向に拗れてしまう気がしてならない。
となれば、まずはそれぞれが抱えている罪悪感をどうにかしてやる必要がありそうなんだけど……
どうすりゃいいんだよソレ?
皆目見当もつかないというか、無茶言うなとでも言えばいいのか。俺の手には余り過ぎる。
だからって、助けを求めるのもなぁ……
あくまでも感覚的な話だが、この手の問題なら、セルフィナさんあたりはかなり頼りになりそうな気はする……んだが。
わざわざ相談――というか愚痴り――相手に俺を選んできたくらい。その意図がわかっているにもかかわらず即口外ってのも、人として男としてどうかと思う。
「はぁ……」
ため息をひとつ。
だいたいが、シアンさんに乱暴しやがった阿呆が全部悪いんだよな。だったら、過去に戻ってソイツをぶちのめしておけば万事解決だってのに。
いやでも……その場合、シアンさんもキオスさんも第七支部にやって来なくなるかもしれないんだよな。それはそれで困るのか。キオスさんが居なかったら、ラッツもネメシアもレビドア湿原で死んでいた公算が……けど、キオスさんが第一支部に居たなら、今頃は藍以上。であれば、抑止力になっていたんじゃ……待てよ?その場合、下手をすればラッツとバートだけで粘性体原初とやり合う羽目になっていたんじゃないか?それはそれで困る。なら、相性無視で俺も同行して……駄目だ。あの時俺は双頭恐鬼とやり合って疲弊しきっていたはず。じゃあ、双頭怖鬼とやり合わなければ……ってそれは論外だな。ガドさんのことがあるんだ。だったら――
あれやこれやと考えるも睡魔が訪れる様子も無く、長い夜になりそうな気がした。




